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エピローグ

 木陰の下に据えた机の前に腰掛けたメイは、分厚い冊子を開いて紙面にペンを走らせている。

 ポニーテールにした黒髪が幾度か揺れた。

 辺りを渡るそよ風に、さらさらとペンの音が乗る。


 その机の上に、黒い仔猫が飛び乗ってきた。

 日誌の周囲をうろうろする猫の背中をメイが撫でていると、

「あ、にゃるにゃる!」

 と声がして、アリスがこちらへと駆け寄ってきた。


「こんな所にいた……メイさんの邪魔をしてはいけないわ」

 と、アリスは仔猫を抱き上げながらメイを見上げた。

「……何を書いているの?」

「日記よ」

 冊子を閉じて、その白い表紙をアリスに示す。

「日記?」


 メイは机に頬杖をついた。

「……わたし、カンナヅキのなかですべての知識を手に入れたつもりになってたのよね」

「〈ザ・ワン〉、ね?」

「うん。特性を失うと同時にその知識も無くなっちゃった。その代わりって訳じゃないけど、これからわたしが見たり聞いたりしたことは全部書き記しておこうかと思って」

 メイはペン先を軽く振った。

「さいわい、わたしにはその特性があるみたいだし」


「〈スペルクラフト〉……一度、うぬの魂が魔女に取り込まれたために、魔女の特性がうぬに渡ったのだな」

 アリスに抱かれた黒猫が喋った。

「かようなこともある……つくづく、知ることとは(たの)しきことなり」


 ゾーイがにゃるにゃると名付けてカヴンステッドから連れ帰って来た仔猫。

 すでに世界から消失したマルガレーテだが、使い魔として操っていた仔猫にその魂の残滓(ざんし)が宿っていたらしい。仔猫の魂と融合して喋る猫になってしまった。

 ある程度魔女の知識や経験を有していて、発言内容も似通っている。


「正確には、〈スペルヴァース〉……世界を書き綴るって能力としては似てるけどね。全く同じって訳じゃないよ」

 頭を撫でてやると猫は喉の奥でぐるぐると鳴いた。基本的には猫なのだ。


 不穏な印象は拭いきれないものの――人格としてはマルガレーテとほぼ別ものと考えた方が良さそうだった。ゾーイの泣き落としもあり、結局にゃるにゃるは無害、ということになっている。


「わたしが書くのはマルガレーテさんのような術式じゃないから、あくまで書き残すだけ――だからこれは日記なの」

「ふうん……?」

 アリスは興味深そうに紙面を覗いている。

 メイはページを繰って見せた。


「見て、これはわたしがお兄ちゃんと再会したあの日。カグヤさんが歓迎会を開いてくれた時のこと」



 トヲルとメイの姿を見たカグヤは扇を口元に当てて、ほっとしたように息をついた。

「……おかえりやす、トヲルはん。おくたびれはんやったな。お空からカヴンステッドが落ち始めたのんには肝冷やしたけど、きれいにさらってもうて。えらいおおきに」

「こちらこそ色々とありがとう、カグヤさん」

 そう言うと、扇の向こうでカグヤは目を細めて笑った。

「ほほ、何言うてはんの。お礼にはまだ早いんと違う? トヲルはんがちゃんとメイはんを連れて帰って来はったんや。メイはんの歓迎会、約束通り腕によりをかけて盛大に開かせてもらわなな」


 彼女はぱちりと扇を閉じる。

「シェカール、戻って来はったばかりのところ堪忍やけど、早速手配や」

「ええ。望むところです、姫!」

 そう言ってシェカールは眼鏡を光らせた。



 アリスがはしゃぎ声をあげた。

「覚えているわ、あの夜の花火! お空一杯にたくさん上がって、すごくきれいだったの!」

「初めて入ったけど、温泉も気持ちよかったね」

 メイは日記のページをめくる。

 トヲルとメイ達は、しばらくケラススフローレスで過ごすことになった。

 飛行船フランケンシュタイン号が失われていたため、再建を待たなければ街を出る足が無かったのだ。


 しかしさすがはヤクモ機関の本拠地と言うべきか、数か月後のうちに飛行船はケラススフローレスの地で無事復活を遂げた。



「見よ、これぞフランケンシュタイン号・改! 無論、性能は旧型をはるかに上回る。新たなヤクモ機関の象徴じゃ!」

 インバネスを翻し、格納庫で浮揚する巨大飛行船を自信満々に見上げるエル。

 飛行船の巻き起こす風に流れる金髪を抑えながら、カグヤが言った。

「もう壊したらあかんえ、エルはん」

「……子どもにおもちゃを与えるような言い方をするでない」

 半目になったエルがそんなカグヤを見上げている。



 日誌のページをめくると、トヲルとメイ達がフランケンシュタイン号・改を使ってゼノテラスに向かった時のことが記されていた。

 市政をヤクモ機関の管理下に置く手続きは大詰めであったし、エクウスニゲルからケラススフローレスに至る一連の事件についての情報共有が必要でもあったので、カグヤとシェカールも同道している。

 ヤクモ機関事務局長カグヤ・グランシャドウとゼノテラス市長リサ・ゼノテラスはそこで初めて顔を合わせたのだった。



「ようこそいらっしゃいました、カグヤ様!」

 リサは出会い頭にカグヤに抱き付いた。カグヤは戸惑いつつも、ハグを返す。

「じ、事務局長のカグヤです。どうぞよろしゅう」

「ゼノテラス市長のリサです! ああ……柔らかい……いい匂い……」

 なかなか離れようとしないリサに、カグヤは戸惑いの色を増す。

「あ、挨拶の文化て土地それぞれあると思うけど、やっぱりハグの挨拶は慣れへんもんやなあ」


 ロリポップを咥え、横で見ていたアイカが言った。

「ゼノテラスにも初対面でハグする文化は無いわよ」

 リサに抱き付かれたままのカグヤが首だけアイカに向ける。

「……ほな何やの、この時間」

「リサの欲望を満たす時間じゃない?」

「いや何してはんのや、ただの変質者やないかい!」

 カグヤがリサを突き飛ばした。


「ふふふ。あー、バレてしまいましたか……!」

 リサはゆらりと隙無くたたずんでいる。

「ほんまもんの市長はんはどこ行かはったんや。誰か早うこの危ないコ捕まえて!」

「いや、残念ながらその危ないコがほんまもんの市長はんなのよ」

「どないなってんの、ゼノテラス! おかしないッ?」

「お恥ずかしい限りです」

 真顔でうなずくリサ。

「あんたはんのこと言うてんのや! 何開き直ってはんの!」


「一旦、始末しておきますか、姫?」

 すでに山刀を抜いているシェカールを、慌ててトヲル達が止めた。



「たまごプリン、おいしかったわ」

 味を思い出しているのか、アリスはうっとりしている。

「シスター、最初は怖そうな人に見えたけど、優しくていい人だったね」

 ゼノテラスでは、孤児院にも出向いた。トヲルと、クロウの育った場所だ。



「ただいまあ、シスター!」

 以前と変わらず、庭で孤児達を遊ばせていたシスターに、クロウは空中から勢いよく抱きついた。


「ク、クロウか! このやろう、帰って来る時は連絡しろって言っただろーが!」

 シスターのクリスは驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔になった。

 彼女も子ども達も、首元の黒いチョーカーはもう着けていない。ゼノテラスの特別法が改正されたのだろう、ああ見えてリサは市長として確かな仕事をしているようだ。


「何かお前また、様変わりしてるな……」

 白い仮面を目元に着用していたクロウだが、戦闘態勢に無い時は淡い色の丸サングラスをかけるようになっていた。サングラスのテンプルを摘まんでポーズを取るクロウ。

「ふふふん。どう? カッコいいでしょ!」

「……そうだな。むしろカッコいいのはお前の性格だよ、実際」

 そう言ってクリスはクロウの黒髪を撫でた。

「様変わりしたって言うならトヲルだね。あのコの素顔、シスターも見るの初めてでしょ?」

 クロウはトヲルの方へ視線を促す。


 クリスはトヲルとメイの姿に気付き、大きく目を見開いた。

「……お前、まさかトヲル……か?」


「ただいま、シスター。俺、妹に会えたんだ」


「じゃあ……お前がメイ、なのか……」

 メイは慌ててお辞儀をして言った。

「は、初めまして、お兄ちゃんがお世話になってます」


 しばらく呆然と二人の顔を見ていたクリスは、ふと笑って下を向いた。

「……全く、大した奴だよ、お前は……本当に大した奴だ……」

 顔を上げたクリスは目元を拭い、トヲルとメイの肩をぽんぽんと叩いた。


「ったく、初めましてなんか他人行儀が過ぎるんだよ。トヲルの妹ならあたしの家族だ、次敬語なんか使ったら尻引っ叩くぞ」

 乱暴な言葉の中にも暖かみを感じ、メイは自然と微笑んでしまった。

「た、ただいま……」

「よし、それでいい」


 シスターは様子を見守っていたアイカ達にも視線を向けた。

「……いいツレに、恵まれたみたいだな」

「うん、大切な仲間だ」

「なあ、ここは見ての通りの孤児院だ。大したもてなしもできねーけど、休んでいってくれよ。あんた達と一緒にいたトヲルやクロウのこと、話聞かせて欲しいんだ」


 クリスの呼びかけに、アイカも牙を見せて笑った。

「そりゃもちろん。あたしも出会う前の二人に興味あるわ」



「メイさん、そっちの本は何? それも日記?」

 アリスはメイの机の上に置かれたもう一つの冊子に目を止めた。そちらは黒い表紙をしている。

「ちょっと違うかも。これから書くんだけど、こっちにはお兄ちゃんと再会する前のことを記していこうかと思って」

「再会する……前?」

「シスターやアイカさん達のお話聞いてて思ったの。お兄ちゃんと離れ離れになってた間のことをもっと知りたいなって。それをこの冊子に書きとっていくのよ。アリスちゃんにも手伝って欲しいな」

「素敵ね、任せて!」

 アリスが力強くうなずくと、胸の中の仔猫も小さく鳴いた。


「二人とも、コーヒー淹れたけど飲む?」

 気付けば二人のいる木陰の中に、トヲルが立っていた。


「うん、飲む」

「わたしもいただくわ」

 仔猫もにゃむにゃむと何か言っているが、にゃるにゃるは飲んじゃダメ、とアリスがたしなめる。


 メイはペンを胸元にしまうと、黒い冊子を抱えて立ち上がった。

「ちょうどいい所に来た。お兄ちゃん、タイトルを考えてよ」

「タイトル?」

「そう、わたし達が離れ離れになってから再会するまでのことをこの本に書き残すの。そのタイトル」

「大仕事だな……というか、それタイトル必要かな?」

「必要だよ、わたしの日記と区別しとかなきゃ」

「んー……」


 考えながら歩くトヲルの行く手には、アイカの馬車がある。

 そばの焚き火にポットがかけられていた。

 馬車の前の開けた場所で、ディアナとクロウが武器を使って組み手をしているようだ。ヴィルジニアとゾーイは、コーヒーカップを手にその様子を眺めている。


 トヲルとメイ達は現在、アイカの馬車を使って城塞都市や彼岸を旅していた。

 アイカが言うところのフィールドワークだが、今や大所帯だ。


 メイは、エルに呼び出された日のことを思い出した。

 ゼノテラスでの業務が一段落したカグヤとシェカールは、ケラススフローレスへ引き返すことになった。二人を送り届けるため、ちょうど飛行船が出立準備をしている時だった。



「……ムラクモ班?」

 トヲルが聞き返す。


「わしが名付けた。いつまでもアイカ・ウラキとその助手一同では収まりが悪かろう」

 飛行船の作戦指令室で、エルは新調したステッキを突いている。

「ムラクモ班は少数精鋭の特別遊撃部隊として、ヤクモ機関の援護に当たってもらう」


「つまり……俺もヤクモ機関の一員になるってこと?」

 エルは口元をへの字に曲げた。


「嫌とは言わせんぞ。わしをヤクモ機関の機関長に引き留めたのはおぬしらじゃ。責任はとってもらわねばな」

「嫌な訳ないよ。また一緒に過ごせるってことでしょ? 嬉しいに決まっている」

 トヲルが笑顔をアイカに向けると、彼女は照れたようにあらぬ方を向いた。


「ま……トヲルとメイが再会したからみんな解散――ってのはちょっと違うんじゃないかって、あたしも思ってたトコよ」

 アイカは咥えていたロリポップをからりと鳴らした。

「分かってると思うけど、あんた達も付き合うんだからね。ディアナ、クロウ」


 ディアナは軽くうなずいた。

「当然だとも。わたしはきみ達の騎士だからな」

「アイカらしからぬ愚問だねえ。ぼくがいなくてどうするのさ」

 クロウも何でもないように応じて、机の上のリンゴに手を伸ばしている。


「ああ、ヴィルジニア・セルヴァもおぬしらと行動を共にしてもらう。ヤクモ機関の運用では研究員は分散配置が原則じゃし、貴重な戦力であることも確かじゃが――あれだけのことをしでかしたのじゃ、単独行動は当分認められん」

 エルはそう言った。


 ヴィルジニアはのんびりと椅子の背もたれに体重を預けている。

「すっかりお尋ね者だからな、別に文句はないよ。けどはっきり言っておれはもう大丈夫だぜ。昔のことは吹っ切れたし、今はおまえらという弟妹達が何より大事だ。ま、逆に言えばおまえらに何かあったとしたら今度こそおれはどうなるか分かったもんじゃないけどよ」

 あっはっはと笑う彼女を呆れたように見ているアイカ。

「危なっかしいわね……とにかく引き受けるわ、元からそのつもりだったし」


「あ、ゾーイもついて行くのであるよ」

 仔猫を胸に抱いたゾーイが淡々とした様子で続けた。

「今回のことで、ゾーイは単独行動より周囲と連携を取った方が力を発揮できる感じがしたのである。それに何だかみんなといた方が楽しいし。よろしくなのである、エル」


「……まあ、よかろう。違う運用を試すいい機会じゃ」

「よかったである、なー、にゃるにゃるー?」

 ゾーイに頬ずりされながら猫は、

「何人も我が道を阻むことあたわず……」

 と言った。

「……。その不気味な猫からも目を離すでないぞ」


 トヲルがメイの方を見る。

「メイ、君も一緒だ。前に言ったように、君にはたくさんのことを知って欲しいから」

「うん、言われなくてもついて行く。今さら離れ離れになんかなるつもりもないよ」

 メイはそう言って、隣のアリスの手を取った。

「もちろんアリスちゃんもね?」

「……うん!」

 アリスは嬉しそうにうなずいた。



 シュガーポットから複数の角砂糖を落とし込み、なみなみとミルクを注ぎ入れたコーヒーに口をつけるメイ。

「うん、おいしい」

「わたし、ミルク苦手だったけれど、これは好きよ」

 同じミルク入りのコーヒーを飲むアリス。

「確かにお兄ちゃんの言う通り、実際に飲んでみるまではコーヒーのこと分かったうちに入ってなかったかもなあ」


 一部始終を見ていたトヲルは、何ともいえない笑みを浮かべている。

「完全に思ってたのと違う飲み方されてるけど……いいんだ、おいしいなら」

 と、コーヒーカップに口をつける。

「ひと休みしたら? クロウ」


 目の前ではクロウがうつ伏せに倒れている。

「……ううう、ディアナ強すぎる。ぼくスレイヤーS評価なのに。空が飛べれば負けないのになあ」


 アンダーウェア姿のディアナが大剣を肩に担いだ。

「確かに、空中で武器を振るっていたためかきみの体幹はかなり練られているようだ。逆に言えば、より体幹を鍛えれば空中でのきみはもっと強くなれるぞ」

「むむむ……」

「まずはわたしの足払いで簡単に転ばされなくなることだな」

「浮けば足払い関係ないんだけどねえ」

 クロウはふわりと浮き上がって、コーヒーカップを掴むと定位置の幌の上に腰かけた。


 ヴィルジニアがカップを置いて立ち上がる。

「よおし、今度はおれと勝負だ、ディアナ」

 技術員のイェルドに作ってもらった新しい槍を手に取る。

「いいだろう」

「休まなくて大丈夫か? 槍は剣の三倍段って言うぜ」

 ディアナは不敵に笑った。

「三倍程度なら大丈夫だ」

「言ったな」

 ヴィルジニアも笑って槍を回転させて構える。


 膝に乗って来た仔猫を撫でながら、ゾーイが声をかけた。

「〈ブラックファラオ〉でも治せなくなるから死なないように気を付けるのである。ヴィルジニア」

「怖いこと言うなよ。組み手だろ、これ」


 その時、馬車の荷台からアイカが顔を出した。

「みんな集まってるね。次の目的地が決まったから話聞いて」


 テーブルに広げられた地図。その中央辺りをアイカが指で突いた。

「……海、行くわよ」


 その場の全員がアイカの顔を見つめていたが、ややあってクロウがつぶやくように言った。

「……水着買わなきゃ」


「遊びに行くんじゃないの。さっきヤクモ機関から通信が入ったわ。向かう先は城塞都市艦フダラク――怪物を防ぐ城壁を築く代わりに、都市機能全てを艦船に乗せて洋上を移動し続けることを選んだ異色の城塞都市よ」

「物好きな都市であるなあ」

「海には怪物がいないから割と理に適ってんのよ。もちろん沿岸の都市間をつなぐ海上物流も担ってるワケだけど、そのフダラクと数か月近く、連絡の一切が途絶えたままなんだって」

 アイカはコーヒーを口に含んで言葉を切った。


「それは気掛かりだな」

 ディアナは口元に指を当てた。

「そう……つまり、ムラクモ班の出番ってこと」


「でも馬車でどうやって海の上に行くのかしら?」

「飛行船を使うわ。エルがすでにこっちにフランケンシュタイン号を向かわせてるみたい……って、噂をすれば、か」

 アイカが視線を遠くに向けた。


 眼前に広がるのは彼岸の広々とした平野。付近に流れる小川を越えた先に見える山々の遥か上空から、飛行船の巨大な影が近付いて来るのが見える。


「……新しい旅の始まりだね」

 メイがそう言ってトヲルを見やる。

「うん。そうだメイ、さっきの日記のタイトルのことだけど……」

「何か浮かんだ?」

 メイは黒い冊子とペンを手に取った。


「“俺が妹を救いに行く話”、でどうかな」

「まんまじゃない。もっと他に無いの? というかタイトルに“俺が”ってどうなの」

「んー……“透明人間の俺が”……」

「“俺が”は残るんだ」

「……“何の取り柄もない、俺が”……」

「取り得もないって、お兄ちゃんが?」

 メイは思わず吹き出してしまった。何の取り柄もない人が、勇者と呼ばれ、世界を救ったとでも言うのだろうか。


「クロウに聞けば分かるよ、俺は本当にそうだったから。みんなに出会えたっていう運だけは良かったのかもね。日記の内容が分かればいいんだろ? タイトルはそんな感じでいいと思うけど」

「えー……じゃあ――」


 メイは冊子の扉にさらさらと書きつけた。

「何の取り柄もない透明人間の俺が、妹を救いに行く話――ってこと?」


 首を傾げているメイに、トヲルはうなずいてみせる。

「いいんじゃないかな」

「いいのかなあ……お兄ちゃんがいいなら、まあ……いっか」


 メイはそう言って笑うと、冊子をぱたりと閉じた。



おわり

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


☆評価、ブックマーク登録をしていただけると本当に嬉しいです。

執筆へのモチベーションが格段に高まりますので

なにとぞよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです! ストーリーもキャラも、なにもかも面白かったです! [一言] ついに終わってしまいました…… 最後、トヲルが「なんの取り柄もない」と言ったあたりで、感極まって涙がにじむ…
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