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第67話 仲間と再会した俺が、創造主に反撃する話。

 周りを取り囲んでいたID素体の群れが、ゆっくりと接近を再開し始める。

 包囲の向こう側には巨大な骨格〈ブギー〉が白い山脈のように並び、無数のID素体が白い高波のように猛然と押し寄せて来るのが見えた。


「絶対的な消失の能力とは――分かっていても厄介なものだ」

 何体もの<ブギー>から放たれるロビンの言葉が、辺りの空気を震わせた。

「だが無駄なことだ。無限の自我たる私を捉えることなどできぬ。存分に(あらが)うがいい、私はその全てを圧し潰して吞み込んでみせようッ!」


 シェカールが腰の山刀を抜いて言った。

「彼の主張を無視することはできないですね。現に、一度はトヲルさんの消失を逃れている……」

「ならば彼奴が新たな自我を宿す先を無くせばいいだけの話じゃろう。ID素体も含め、全てを破壊し尽くすまでじゃ」

 と、エル。


「ふふふん、それはいい考えだねえ。よし、それじゃここはぼくに任せてみてよ」

 そう言ったクロウが、翼を広げてふわりと空中へ浮き上がった。

「……〈ドーンブリンガー〉か。良かろう」

「あんたの能力、消耗が激しいんだから……ちゃんと考えて使ってよ、クロウ」

 アイカがその姿を見上げて釘を刺す。


「はいはーい」

 間延びしたクロウの声に、アイカは眉をひそめた。

「……大丈夫かな」


 クロウはある程度上昇すると、目元の白い仮面を額に押し上げた。

 両目を閉じたまま、大きく息を吸い込む。

「……満を持し、今解き放たれしは破天の力ッ!」

 と、よく通る声で叫んだ。


「また長いのが始ま――むぐ」

 アイカの唇を手で押さえて、トヲルがささやく。

「聞こえちゃうよ。口上を邪魔したら最初からだよ」

「むぐぐ……」


「純白の翼を広げ、空を駆ける黒髪の乙女、その名は〈天魔〉クロウ・ホーガン! 右手に輝くは伝説の名刀!」

 クロウはおもむろに太刀を頭上にかざした。


「その翼は暗雲を払う凄絶(せいぜつ)なる白き風!」

 彼女の背から生える白い翼が震え、ばさりと倍の大きさに広がる。

「その瞳は黎明(れいめい)を呼ぶ熾烈(しれつ)なる白き光!」

 美しく広がったふたつの翼が、そこからさらにばさりと三つに分かれた。

 無数の羽根を舞わせながら、三対六翼のそれぞれが新たな翼へと形を整えて広がって行く。


「ちょ、ちょっとクロウ……何それ」

 それはゼノテラスでHEXによって暴走した彼女の姿そのものだった。

 かつての黒い六翼が、今は白い六翼となって彼女を取り囲む。

 ゼノテラスの時は苦痛に悲鳴を挙げていたクロウだったが、今の彼女の口元には余裕の笑みが浮かんでいた。


「トヲルは先に進まなきゃなんないんだ……道を開けてもらうよ」

 クロウは頭上の太刀を大血振りで下に払い、手元を返して鞘口に刀の峰を沿わせる。

 ゆっくりと刀身が鞘の中に納められていった。

抜山翻海(ばつざんほんかい)……震天動地(しんてんどうち)……! いざ刮目(かつもく)せよ、これが反撃の狼煙(のろし)だ!」


 ぱちん。


 鯉口の音が鳴るとともに、クロウの両目が開かれた。

「薙ぎ払えッ、必殺〈ドォオオオオオン――ブリンガァアアアアア〉ッ!」


 次の瞬間、周囲を真っ白に染めるまばゆい閃光。

 その光の強さは、レッドドラゴンの熱線と打ち消し合った時を遥かに凌駕している。


 真っ直ぐに伸びた極大の光が正面の群れを跡形も無く焼き尽くし、さらに直進して遠くにいる巨大な骨の頭蓋骨を吹き飛ばした。熱線はそのまま真横に振られ、大量のID素体もろとも、かたわらの<ブギー>を二体同時に真っ二つに切断する。

 彼女を中心としてぐるりと円形に灼熱が迸ると、少し間を空けて連鎖的に爆発が巻き起こった。

 空気を揺るがす轟音。


 全方位、視界の全てが紅蓮の炎に燃え上がっている。

 過去最大と言ってもいい凄まじい破壊だ。


 すごいすごーいと無邪気に跳ねてはしゃいでいるアリスの横で、アイカは呆気にとられて動きを止めている。

 遠くでぐずぐずと炎の海へ沈んでいく三体の<ブギー>を眺めて、満足げにクロウはうなずいた。

「……よし!」


「いや、よしじゃないわー! 何なの、今の! ちゃんと考えて使ってっつったじゃん!」

「うん。だからちゃんと考えて、最大出力で使いました!」

「おいッ!」


 クロウは六翼を楽しそうにぱたぱたと揺らした。

「だって最初っから自分を抑えきる自信がなかったんだもん。中途半端になっちゃうより、やり切った方がいいかと思ったんだよ。あいつに不意打ちでやられちゃってさ、こう見えて結構ぼく、頭に来てるんだよねえ。しくじった自分にもだけど、何よりあいつに」

「だからって程度ってもんが……」


 笑い声がした。

 ディアナが珍しく声を出して、可笑しそうに笑っていた。

「ディアナ」

「……いや、すまない。この際だ、大目に見てやってくれ、アイカ。クロウの気持ちはよく分かる。たまには感情に任せて、全力を出してみるのもいいだろう。余勢(よせい)を駆る、とはそうしたことかも知れないぞ」


 アイカは大きく溜息をついた。

「もう……こうなりゃ仕方ないか」


 そうしている間にも新たに生まれたID素体が焼野原を白く覆っていく。四体目、五体目の巨大な骨がすでに身を起こし始めている。


 ディアナは右耳のイヤリングを取り外した。カグヤにもらったそのイヤリングに取り付けられているのは、月の光を閉じ込めたというムーンストーンだ。

「さて、わたしもできることを精一杯やるとしよう。この石が、どれだけわたしの力になってくれるかは未知数だが……」

 イヤリングを迫りくる素体の群れの上方高くに投げた。

 地面の大剣を抜き、イヤリングを追って跳躍する。一閃する剣が正確に紫の石を砕き割った瞬間、ディアナの全身を金色の光が包み込んだ。

「……!」

 彼女は石を砕いた剣を、すでに大上段に移している。


 足元の群れに向けて着地ざまに大剣を振り下ろす。

 轟音とともに、地面に放射状のひび割れが生じた。

 地割れから金色の光が噴き上がり、爆発するように数十体もの素体の群れが吹き飛ばされる。


 陥没した地面の中央で、ディアナがゆっくりと身を起こす。

 銀髪が光を帯び、白金色に輝いていた。

 身体から立ち昇る炎のような金色の光が、その髪を揺らしている。


 ディアナは自分でも驚いたかのように金色の瞳を静かに見開いた。

「……これは……」

 その背後へ殺到する別の群れ。

 視認するより先に、目にも止まらぬ剣閃が金色の光とともに相手を吹き飛ばしていた。


 右手の大剣を見つめ、彼女は微かに笑みを浮かべる。

「そうか、これが……わたしの〈ルナ=ルナシー〉なのか。カグヤには、改めて礼を言わなければな」

「ディアナ、大丈夫? カグヤに何か変なもん掴まされてない?」

 向こうから心配するアイカの声が届く。


「……ああ! むしろいまだかつて、これほど力の充足を感じたことはないくらいだ!」

 ディアナは言い残して新たな群れ目掛けて突進して行った。


 様子を見ていたアイカは口をへの字にしていたが、ぽつりとつぶやいた。

「二人ばっかり、何だかずるいわね」


 肩にかけていた紅いマントが変形していく。

 衣服の下の筋肉の流れをなぞるように、マントが帯状になって彼女の体幹や四肢に巻きついた。

 全身に紅い鎧をまとったようなアイカの、両前腕部には巨大な紅い槍が形作られる。


「何か……アイカこそ見たことない姿だけど」

 トヲルの言葉に、彼女は帯できつく固められた腕を軽く動かしてみせた。

「血液で作ったパワードエグゾフレームってヤツ。これが無いと〈クイーン・オブ・ハート〉の解放に身体がもたないのよね」


 どくんッ、とアイカの体内から大きな音が響いた。


「あたしの特性だって、まだ真価は出し切ってないんだから」

 どくん、どくんと鼓を連打するような心音は、次第に速度を増していく。


「……おぬし、考えて力を使えと自分で言っておったろうが」

 エルに言われたアイカは軽く肩をすくめた。

「……あたしも大概、ロビンにむかついてんのよ。今までの敵と違って物理攻撃が効くみたいだし、あたしも溜まった鬱憤(うっぷん)ぶちまけてやろうかなって」


 どっどっどっどっ、と内燃機関のような心音が響く。

 今や彼女の肌に浮かぶ紋様は紅く輝き、白い肌の色も紅く染まっていた。


「ま、トヲルは後ろからのんびりついて来るといいわ。それじゃね」

 牙を見せて笑うと、アイカが地を蹴った。

 紅い鎧に包まれた彼女の姿は、すでに数十メートル先に移動していた。


 エルが、トヲルの方を気の毒そうに見ている。

「おぬし……あのようなでたらめな連中と長い間旅をしておったのか。気苦労が絶えんのう……」

「……えッ? い、いや何その目、俺は頼もしいと思ってるよ?」

 それはそれとして、つくづく底の知れない力をもった仲間だとは思う。


「私は、噂に聞いていた彼女達の力を目の当たりにできて興奮しております」

 シェカールは嬉しそうにしている。

「いや、あそこまでいくと、もうちょっと引いちゃうレベルなのであるよ」

「……。どちらかと言うとゾーイさんもあちら側だと思っていますが」

「いやいやゾーイの力はスカウトとサポート特化型。いたって常識の範疇(はんちゅう)なのである。一緒にしないで欲しいのである」

 心外そうなゾーイ。


「無駄口はその辺にして、わしらも向かうぞ。放って置いたらあの娘ども、ロビンを倒す前にカヴンステッドを破壊してしまいかねんわ」

 エルが指先から電撃を発しながら進み出た。

「わたしもお手伝いするわ!」

 楽しそうにそう言うアリスに、トヲルは微笑みかけた。

 避難させておく必要はないだろう。今はもう彼女も一緒に戦う仲間だ。



 巨大な<ブギー>の一体がディアナに覆いかぶさるように腕を伸ばしてきている。

 その腕を見据え、ディアナは跳んだ。


 金色の閃光となったディアナによって、伸ばされた骨の腕が下から上へ細切れに斬り裂かれていく。

 分断された骨が地面に落ちる頃には、彼女は肩の骨まで斬り上がって頭蓋骨上空へと移動していた。

「これぞ月狂――」

 大剣を担ぐディアナの両目が金色に輝く。


 直径一〇〇メートル近い巨大な頭蓋骨が、ひと太刀で輪切りになった。

 ゆっくりと倒れながらも、左腕の骨がディアナを捉えようと伸ばされる。


 その骨が砕かれた。

 貫いたのはアイカの右前腕部から放たれた紅い槍。空中にアイカの姿が踊っている。

「やるな、アイカ。今のわたしの動きについて来れるとは!」

 ディアナはすでに五体目の頭蓋骨を縦に両断している。


「あたしも身体能力強化できんのよ、ディアナにだって負ける気がしないんだけど?」

 アイカは崩れ落ちる<ブギー>を踏み台にして、左の槍を六体目の巨大骨に向ける。

 放たれた大槍が、その頸椎を破壊した。


 落下する頭蓋骨をクロウの熱線が蒸発させる。


 その下で地上を駆けるのはシェカールだ。

 山刀で素体の群れを薙ぎ払い、同時に踵を打ち付けて次々に凍らせていく。


 凍った素体の山を駆け上り、踏み台にしてゾーイが高く跳んだ。

 そのゾーイの手を、クロウが掴み、勢いをつけてゾーイをさらに遠くへと投げ飛ばす。


 空中のゾーイは組み合わせた両手を巨大化させ、思い切り地面に叩きつけた。地上にいた無数の素体が吹き飛ばされる。


 そのゾーイへと、七体目の巨大骨格が腕を伸ばしていた。

「〈雷霆(ケラウノス)〉!」

 稲妻と雷鳴。

 エルの電撃で七体目は全身が吹き飛んでいた。


「電気使う時は先に言って欲しいのであるー! こっちまでぴりぴりするのであるー!」

 帯電してはねた髪を手櫛で直しながらゾーイは唇を尖らせる。

「……無茶を言うでない。〈雷霆(ケラウノス)〉」

 気にせずエルは、生み出されたばかりの八体目の<ブギー>を破壊した。

「もー!」


「おのれ、煩わしいものよッ! 無駄だということが分からぬのかッ!」

 ロビンの咆える声が辺りに響く。

「いくらもがこうと、最後は力尽きて圧し潰されるだけだッ!」


「だったら――」

 新たに装填されたアイカの二本の槍が同時に射出され、九体目、十体目の頭蓋骨を粉砕する。

「やってみろっつうのッ!」


 行く手が仲間達によって切り開かれていく。

 トヲルは――最後尾からその切り開かれた道を真っ直ぐ走っていた。

 徐々に速度を乗せ、全速力で走る。


 コンコン、ココン。


 目の前に〈ワンダーランド〉が開く。

 迷わずトヲルは中に飛び込んだ。


 一瞬で暗闇を抜けると、彼は空中にいた。目の前には、十一体目の<ブギー>がいる。

「〈ザ・ヴォイド〉!」

 かざした右手の先で、巨大骨格が消失する。


 十二体目の骨格を熱線で溶かしながら、落下するトヲルの手をクロウが掴む。

 鋭く滑空したクロウが手を離すと、さらにトヲルの足元へ跳躍していたディアナの剣が受け止めた。

 トヲルの乗せた剣を思い切り振り切って、彼を先へと弾き飛ばす。


 大きな放物線を描いて飛んだトヲルを、アイカが地上で抱き止めて軽く背中を押した。


 そのまま走るトヲルの視線の先、数百メートル前方に今まさに生まれようとしてる十三体目の〈ブギー〉が見えた。

 まだ不定形のままで人丈のサイズだ。

「……トヲル・ウツロミか! 何度やっても無駄なこ――」


「〈ザ・ヴォイド〉!」

 叫ぶトヲル。

 次の瞬間、彼は〈ブギー〉たるロビンの目の前に立っていた。


 彼の顔面には、トヲルの右手が向けられている。

「な……ッ?」

 一瞬で距離を詰められたロビンが動きを止めた。


「……お互いの()()()()()()()()! これで最後だ、ロビン・バーンズ!」


「……最後だと? 勇者よ、お主の力が計り知れぬことは認めよう、だがそれがありえぬとまだ分からぬか!」

「そっちこそ分かっていない。俺の力には死角がないらしい。確かに存在さえ確認できれば、俺は目に見えない毒だって消し去ることができる」

「……!」

「俺は、アリスの“ヴォーパル”であんたの魂に触れた。あんたの魂の存在を確認した。無限に生まれるIDや自我じゃなく、あんたの魂を、あんたの()()()()()()を消失させるッ!」


「ふ――」

 ロビンの声に、初めて動揺がはしった。

「ふざけるな……ッ」


「魂が無くなれば、特性も無くなるはずだ! あんたはもう復活できない!」


 不完全な素体のままのロビンは自由に体を動かすことができずにいる。

「やめろ……やめろやめろやめろやめろ――」


 トヲルの右手を前に、ただ叫んだ。

「やめろおッ! 愚か者めが、お主は自分が何をしようとしているのか、分かっているのか! 私は人だ! 創造主にして世界の(もとい)なのだ! おのれがどこから来て、どこへ向かっているのか、その問いをおのれで答えられる者などいない。世界があらぬ方向に向かっていても、おのれでは気付けぬのだ。世界が世界であるためには、世界の観測点にして基準点が必要なのだ。すなわち、それがただの人だ。それを失うということは世界がしるべを失うということだ! お主らの未来はこの先、野放図の極みとなることが分からぬのか!」


「未来って、普通はそういうものだと俺は思う。それに言ったはずだろ」

 トヲルは言う。

「俺はあんたを許せない――って」


「……ッ、おのれ……おのれ勇者どもが……」

 絶叫が響き渡った。

「この……化け物どもがああああああアアアアッ!」


「俺達は人だッ!」

 ロビンの咆哮に負けないよう、トヲルも同時に叫んだ。

「〈ザ・ヴォイド〉ォッ!」



つづく

次回「第68話 黒い月の変貌を目にした俺が、世界の意思の前に立つ話。」


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執筆へのモチベーションが格段に高まりますので

なにとぞよろしくお願いします。

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