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第64話 魔女の城を後にした俺が、創造主の真の姿を見る話。

 ロビンは油断無くトヲル達の姿を視界に収めながら、ゆっくりと大階段の中程まで足を進めた。


「いいだろう、ここで決着をつけるとするか……いみじくもレッドドラゴンを倒したお主らだ、私も全力で臨まねばななるまい」

 懐に手をやり、何かを投げ捨てた。


 階段の上を跳ね、床に転がったそれを見て、クロウが声をあげた。

「……HEX……!」


 それはHEXを移殖するための注射器だ。ヴィルジニアが同じ注射器を使って自らにHEXを移殖しようとした所を、クロウが阻止したばかりだった。


 しかし目の前にある注射器は、すでに使用された後だ。

「おぬしも……持っておったのか」

 エルはそう言って、床の注射器から階段に立つロビンへと視線を移した。


「このようなこともあろうかと、な。お主らが〈レガトゥス・レギオニス〉に敵うことは無いが、〈レガトゥス・レギオニス〉とてお主らに対する決め手を欠いていることは否定できぬ。千日手(パーペチュアル)となっては意味がなかろう」


 ロビンは少しだけ身をよじって、自分のうなじをトヲル達に示した。六角形のパネルがすでにそこに埋め込まれ、青い光を放っている。

 青い発光は適合の印だ。


「自称“ただの人”ってヤツはもうおしまい? それがどういう代物か、知らないワケじゃないわよね」

 アイカが言うと、ロビンは薄く笑って返した。

「無論、でなければこの場で使う意味はあるまい。私の自我は無限だと言っただろう。この自我がひとつ変異したところで私の本質に何ら影響は及ばぬよ」


 シェカールが、黙って自分の端末をロビンに向けた。端末に組み込まれた〈クシミタマ〉の機能が彼のIDを鑑定する。


『……ロビン・バーンズ。特性〈レギオン〉――』

 端末が自動音声で告げた。

『――種族〈ブギー〉』


 ロビンは軽く眉を上げる。

「ふむ、私もこれで晴れて人外種か。ああいや、確か……“トランスト”……と呼ぶのだったな」

 階段を降りながら手元の魔石に指を走らせた。

 いくつもの青い光の筋が、ホールの床から壁、天井へと奔っていく。


 少し間があった後、ホール全体が静かに揺れ始めた。

「何を……?」

 ホールのシャンデリアが大きく左右に振れている。


 トヲル達とロビンとの間に、巨大な六角柱――セルが音も無く床下からせり上がる。

 大階段を降りきったロビンは、そのままセルのハッチを開けて中に入った。


「おのれ、逃がさん。“雷剣(エクスカリバー)”ッ!」

 エルがステッキから電撃の刃を引き抜いて踏み込んだ。

 

 その刃が届く前にロビンの入ったセルは再び床下に沈み込んだ。

 代わりにホールのあちこちから何本ものセルがせり上がって来た。エルの真後ろに出現したセルのハッチが開く。

 エルは身を返すと同時に電刃を振り抜いた。


 その刃に両断されたのは、真っ白な人影だ。

「……これは……」

 人影の上半身が、湿った音とともに床に落ち、下半身も白い液体をまき散らしながら後ろに倒れた。

 目鼻立ちもはっきりとしないのっぺりとした頭部に、関節も指も曖昧な四肢。人型をしているが、半ば液状化している。


「何なの……こののっぺらぼう……怪物?」

 クロウが腰の太刀を抜いた。


 トヲル達を囲むようにそそり立つセルのハッチが次々に開く。

 まるでスライムとデーモンを足して割ったかのような白い何者かが、それぞれのセルから一体ずつ外に歩み出て、緩慢な動きで彼らに近付いて来る。


「ホムンクルス……いや、じゃなくてきっとこれが――」

 アイカの言葉をエルが継ぐ。

「うむ、ID素体じゃ。IDとして完全な生成を終える前に外へ出て来ることなどありえんことじゃが……ロビン・バーンズが操っておるのか」


 その間にも新たなセルが床下からせり上がって来る。

 上階にもセルがあるのだろう。ホール上方の階段からも白い人影が墜落してきて、重い音と共に床へ液体をまき散らした。液体はうぞうぞとうごめき、人型に盛り上がって動き始める。

 見ればエルが両断した素体も、上半身と下半身が液体で繋がって人型を再生し始めていた。


「……一度外に出るわよ」

 増え続けるID素体の群れに視線を配りながらアイカが言った。


「こんなノロマなの、ぼく達なら簡単に倒せちゃうと思うけど」

「いや、クロウ。それはあのロビンも分かっているはずなのだ」

 怯えるアリスの手を引きつつディアナがそう指摘する。

「……ん?」

 アイカはうなずいた。

「それね。それでもなおあたし達にこいつらをぶつけて来るってことは、何か意図があんのかも。警戒した方がいいわ」

 揺れるシャンデリアが床に落下し、激しい音を立てて砕けた。素体を何体か巻き込んでいるが、白い影群れの接近は緩まない。


「トヲル、出口は開く?」

 アイカに言われ、トヲルは手元に視線を落とした。

 ガントレットに嵌められた魔石の点滅は消えている。扉も反応する気配は無かった。

「……“招待状”は、帰り際には使わないってことかな」

 彼は構わず両手を扉に向けた。

「〈ザ・ヴォイド〉ッ!」


 扉の周囲が円形に消失し、外へ向かって大きな穴が開いた。穴の向こうに城門と跳ね橋が見える。


 シェカールが床を踵で強く蹴った。

 辺りに強い冷気が流れ込み、ID素体の群れの白い足が凍りつく。

「気休めですが、足止めにはなるでしょう」

 群れの動きが止まるが、その後ろから新たな素体が最前列を乗り越えて接近しつつあるようだ。


「おっけー、行くわよ!」

 アイカの声を合図に、トヲル達は館の外へと走り出た。


 変化が起こっているのは館の内部だけではなかった。

 跳ね橋の先に広がるカヴンステッドの草原は、視界の届く果てまで六角柱の形に隆起し、あるいは陥没し、大規模な地殻変動の様相を呈している。


 周囲の池が大きく波立つなか、跳ね橋を走って渡る。


「……アリス、危険だからあんたは〈ワンダーランド〉に隠れてて」

 と、アイカは言った。

「で、でもわたしだけ隠れるなんて……」

 アリスは不安そうにトヲル達を見回す。

「ぼく達なら大丈夫だよ、みんな強いからねえ。片付いたら呼ぶからちょっと待っててよ」

 クロウはのんびりとした口調で言った。


「ついでににゃるにゃるもかくまっていて欲しいのである」

 いつの間にかその胸に抱きかかえていた黒猫を、ゾーイがアリスに差し出した。

「って、うわ! 連れて来てるし!」

 ぎょっとするアイカに対し、ゾーイは涼しい顔をしている。

「にゃるにゃるはゾーイのにゃんこだから当然なのである。あんな所に放ってはおけないのであるよ」

「わ、分かったわ。このコも一緒ね」

 仔猫は黙ってアリスに抱かれている。


「だからそれ、ゾーイの猫じゃなくてマルガレーテの猫でしょ」

「?」

「いや不思議そうな顔すんな! 何でこの部分だけ伝わんないのよ」


 コンコン、ココン。


 空間をノックし、〈ワンダーランド〉の扉を開いたアリスは、仔猫を抱いて異空間に足を踏み入れる。

「……気を付けてね」

 扉の陰にアリスの不安げな顔を残したまま、扉は閉じられた。


 六角形の地割れの間からは、ID素体の白い影が大量に生み出されている。

 全方位から迫る白い群れを見据えていたシェカールが眼鏡のブリッジを指で押さえた。

「……肥大化してますね」


 先ほど間近に見たID素体の大きさはトヲル達と変わらなかったが、今、遠目に見えている素体はその倍のサイズはあるようだ。


 近付きながら、付近の素体と融合してはさらに膨れ上がる。

「あれは……喰らっておるのか……?」


「相手の意図が読めないな。巨大化したところで、対処は難しくはないと思うが」

 二倍、三倍と膨らんでいく素体の群れを目にしても、ディアナは落ち着いていた。


 トヲルもうなずく。

 全てを〈ザ・ヴォイド〉で消失させるのはさすがに負担が大きいものの、みんなと力を合わせれば難しくないはずだ。


 セル外での活動に慣れてきているのだろうか、徐々に動きの機敏さを増していく素体達は、今や十数メートル近く巨大化していた。

「……そろそろ、手を着けるとするかのう」

 急速に狭められる包囲の輪に向かって、最初にエルが左手を掲げた。


「“雷槌(ミョルニル)”」

 落とされた雷球が、爆音とともに何体もの素体を吹き飛ばす。


 その間に、クロウが太刀を鞘に滑り込ませていた。白い仮面は額に押し上げられている。


 ぱちん。


 鍔鳴りの音とともに、彼女の両眼から白い熱線が放たれた。

 視界の先にある素体の群れが焼き尽くされる。


 ID素体は、池の中からも列をなして彼らへと迫りくる。

 それを迎え撃つのはシェカールだ。

 大きく片脚を持ち上げ、思い切り地面を踏み込んだ。池の水ごと、一瞬で素体の群れが凍りつく。


 凍りついた素体を、血液で作られたアイカの槍が打ち砕いた。


 空中から跳びかかって来る素体に対しては、ゾーイが拳を構える。白い布を巻きつけて巨大化させた拳が相手を吹き飛ばすと、それを追って跳躍したディアナが大剣で両断する。


 ディアナの跳躍する先に、トヲルは右手をかざした。

「〈ザ・ヴォイド〉!」

 素体の群れが消失した空間に着地したディアナが大剣を横薙ぎに振るい、周囲の素体複数を斬り裂いた。

 〈ルナ=ルナシー〉が無くても、彼女の戦闘能力は充分に相手に通用しているようだ。


 この攻勢をしのげばトヲル達の勝利なのだろうか。

 その保証はない。体力は温存しつつ、とにかく目前に迫る無言の敵意に対処するしかなかった。


 トヲルは新たな素体の群れへ、右手をかざした。



「〈ザ・ヴォイド〉!」

 何体の素体を消失させただろう。トヲルの息も少し切れてきた。


 素体は圧倒的な物量で絶え間なく押し寄せて来る。

 トヲル達は互いに背を預けるように円陣を組み、その圧力を押し返していた。


 別の相手に向かおうとトヲルが振り返った時、不意に周囲に影が差したように感じた。


 それが何かを理解する前に、

「トヲルッ!」

 鋭く呼びかけるアイカの声がした。


 声に振り返った瞬間、トヲルは彼女の紅いマントに押し包まれていた。

「え……ッ?」

 マントに投げ飛ばされるように自分の身体が宙を舞うと同時に、目の前に激しい地響きとともに何かが勢いよく墜落してきて周囲の地面を陥没させた。


 空中で紅いマントに受け止められ、ゆっくりと宙を漂うトヲル。

 彼の目に映ったのは、直径百メートル以上はあるかという巨大な白く丸い岩だった。


「……まさか」

 岩は先ほどまで彼らが戦っていた場所に埋まっている。

「アイカ、無事かッ?」

 返事は無い。


「クロウ! ディアナ! 大丈夫か?」

 俺だけアイカに弾き飛ばされて、みんなが下敷きになった?

 ありえない、あのアイカ達がそんなあっさりと――。


「ゾーイ! エル! シェカールさんッ?」

 落ち着かない気持ちでトヲルは仲間の姿を探して首をめぐらせる。

 そこでふと視界に入ったものに、彼は注意を引かれる。

 遠くに見えるひと際高い丘だ。


 丘の上も白い人影で埋め尽くされているが、そのなかに特に目立つ白い柱がそそり立って見える。

「……何だ……」


 節くれだった柱が丘の向こうから二本、三本と伸びる。

 違う、あれは柱などではない。


 指だ。

 骨の形をした指だ。


 指骨から中手骨、手根骨と巨大な右手の骨が丘の向こうから姿を現し、丘全体をわし掴むようにそこへ手を着いた。

 身を起こすように前腕骨がのぞき、上腕骨が見え、鎖骨が持ち上がっていく。


 肩甲骨の先から左腕が振り下ろされ、さらに近くの草原へとその手を置いた。

 両手の置かれた場所も素体の群れで覆われていたが、素体達はその手へと取り込まれているようだ。


 辺りを満たす無数のID素体。

 恐らくそれらが融合と肥大化を繰り返し、この巨大な骨を作り上げているのだ。


 そびえるように脊椎が伸び、巨大な胸骨、肋骨が上空に広がった。


 見えている部分だけで何百メートルに及ぶのだろうか。

 とてつもなく巨大な人の骨格が丁度、両手を着いて上半身を屈みこませるようにトヲルの頭上へ覆いかぶさって来ているのだ。


「……」

 マントに包まれて着地したトヲルは、呆然とそれを見上げている。


 その骨格には、頸椎から先が無かった。


 頭部の無い巨人の骨は、トヲルの頭越しにさらに身を沈めていく。

 その先にあるのは、先ほど墜落してきた巨大な丸い岩。頸椎の先端が、岩の中へと押し込まれる。


 首の骨と繋がったその白い岩がゆっくりと持ち上がった。


 それは岩などではなかった。

 頭蓋骨だ。


 むき出しになった歯並び、虚ろな鼻腔。

 深く落ち窪んだ暗い眼窩の奥で、緋色の光が揺れる。


 上空で輝く強い光を覆い隠すように、巨大な髑髏がトヲルを見下ろしていた。


 顎の骨の隙間を抜ける風が細く唸るように鳴る。

 それは、どこかロビンが奏でていた横笛の音を思い起こさせた。


「これが……〈ブギー〉……」

 思わずつぶやいたトヲルに、髑髏が答えた。

「……しかり。これがこのロビン・バーンズの新たなる姿ということだな。全てを(むさぼ)り喰らう種族……シンプルな力はそれだけに強い。トランスト……思っていたより使える力だったようだ。蓋を開けてみれば、呆気ないものだったな」


「……」

 トヲルは黙ってロビンの巨体を見上げる。

「特性〈レギオン〉、まさに大勢の自我そのものといったところか。〈ブギー〉の貪食(どんしょく)により我が身の内へ取り込まれた者は彼我(ひが)の区別すら曖昧となり、全ての魂と同化してひとつとなる」


 ロビンは自分の能力について語っている。だが聞いていてもトヲルにはどういう能力なのかはっきりとは分からない。


「……ここで諦めてはどうだ。見ての通り、何者をも全て喰らい尽くす〈ブギー〉には、いかなるIDもなすすべがないのだ。お主の消失の力とて、無限の自我を有する私を完全に消し去ることなどできぬ。()()()()()(あらが)ったところで、じり貧のあげく結局は喰われることになるだろう」


 トヲルは視線を陥没した地面に向けた。


 巨大な頭蓋骨が落下した場所だ。あそこには直前まで確かにアイカ達がいた。

 しかし今、負傷して倒れている姿などは見えない。

 決してあの衝撃で押し潰された訳でないのだ。


 ただ影も形も無い。

 ならば、みんなどこへ行ったのか。


「……」

 冷や汗が額ににじむ。

 笛のように鳴る、不吉な風の音が耳をつく。


 トヲルは、肩にかかるアイカの紅いマントを強く握り締めていた。



つづく

次回「第65話 悪夢の真の力を見た俺が、小さな灯のそばにたどり着く話。」


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[良い点] 最終章らしい緊迫感が!! [気になる点] アイカたちーー!! [一言] 次回を早く読みたいです。
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