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第62話 魔女の城にたどり着いた俺が、創造主と出会う話。

 瞳に意思が宿ったように見えたのも束の間、仔猫は再び毛繕いに専念し始めた。


 エルは小さく息をついて言う。

「……長く会わんうちに、よもや猫の姿になっていようとはのう」

『猫は使い魔だ』

 黒猫の口から、マルガレーテの声が返る。


 トヲルがガントレットに嵌められた魔石を示してみせた。

「この“招待状”を、アリスに託して俺に届けさせたのはあんただ……この通りここまでやって来た。妹に――メイに会わせてくれ。側にいるんだろう?」


 細い瞳で彼を見上げた黒猫は、小刻みに身震いして腰を上げる。

『……我に続くがいい』

 それだけ告げると、歩き出し始めた。


 黙って互いに視線を交わすトヲル達。

 他に選択肢は無い。彼らは先を行く黒猫の後をついて歩を進めた。


 仔猫の歩みは草の間を跳ねたり転がったりとたどたどしいものだったが、着実に一定の方向に向かって進んでいるようだった。

 ステッキを突きながら歩くエルが、その猫に呼びかける。

「……カンナヅキの代理人を名乗る者ども……連中を使って、おぬしは何を企んでおる」


『我はただひたすらに万物無限の叡智を希求するのみ。我の望むものとあれらの求めるものがこのカヴンステッドという場にて重なり合ったに過ぎぬ』

 質問に答えているようでいて、言葉の意図はまるで読めない。


 シェカールは眼鏡の位置を直す。

「カンナヅキの代理人が求めるもの、ですか」

「つまりヴィルジニア達が言っていた、世界の改変――であるな」


 クロウは腕組みをしつつ小さく唸った。

「あらためて考えるとやっぱり腑に落ちないんだよねえ、それ。カンナヅキの意思が世界の改変だなんて、突飛すぎない? 真のヤクモ機関を名乗りたいんだったら、もっとそれらしい主張にしても良かったと思うんだ」


 ディアナが思案気に目を伏せた。

「先ほどロビンが言っていたな……怪物の発生による文明の大崩壊もカンナヅキの意思だと。彼らにしてみれば、カンナヅキはその当時から世界を変革させようとし続けていたということになるが……」


「それで言うとIDとSFの技術が造られたのだってカンナヅキの意思だったはずだ」

 トヲルはエルに目をやりながら言う。

「そうやってわざわざ生み出した世界のあり方を変えようするなんて、クロウの言う通り、おかしい気がするよ」


『カンナヅキとは、全ての可能性を肯定する存在……』

 先を行く黒猫が再び声を発する。

『その時点で起こりうる可能性の全てを試行せんとする意思が、カンナヅキの本質なり』


「……」

 エルは無言のままだ。その表情は帽子の陰に隠れて見えない。


「それ、ただの気まぐれってことじゃん。ヤクモ機関はカンナヅキの気まぐれに付き合ってたってこと? さすがに無理あると思うけど」

 アイカがそう言うと、エルは口を開いた。

「……さもあろう。おぬしらの口にした違和感は、カンナヅキが今も存在していれば――という前提に立ってこそ生まれるものじゃ。カンナヅキは、もう無い。カンナヅキの代理人とて、不穏分子が勝手に名を借りておったに過ぎんわ」


 エルの口調からは、(かたく)ななものを感じた。

 今も頭上から辺りを照らしている光点――それを指差してあれがカンナヅキだと告げたロビンの言葉が頭にあるのかも知れない。


「大崩壊も、カンナヅキが(うしな)われたことをきっかけに起こった――やはりそう考えた方が辻褄(つじつま)は合うな」

 ディアナもひとりうなずいた。


 滑らかな外面と違って、カヴンステッドの内部は実際の荒野のように起伏を有している。


 いくつか小川も越えた。ひょっとすると、水の循環までもがここの内部で完結しているのかも知れない。


 なだらかな丘を登っている途中で、ここ知ってる、と不意にアリスが猫を追い越して駆け出した。

「……あ、やっぱり。見て、マルガレーテさんのおうち。わたし、あそこにいたのよ!」


 丘を登り切った場所からは、先の方まで開けて見えた。

 アリスが嬉しげに指差す先に、黒々とした館がある。

 大きさはゼノテラス市庁舎ほどの規模だろうか。取り囲む高い外壁と並び建つ尖塔は、まるで城のようだ。


「魔女の城……といった風情ですね」

 シェカールが眼鏡の位置を指で直した。


「それじゃあ、メイも……あの建物に?」

 思わず唾を飲み込む。

「ええ、きっと」

 緊張を隠せないトヲルに対して、アリスは無邪気な笑顔を見せた。


 流れ込んだ小川の水が城の前に広い池を成している。

 池を越えるような形で、城の入り口に向かって跳ね橋が掛かっていた。

「つくづく……ここが空中に浮かぶ球体の内側ということを忘れそうになるな」

 跳ね橋を前に、ディアナが呆れ気味につぶやいた。


 そうしている間にも、黒猫は跳ね橋を進んでいく。


「……行こう」

 トヲルは自分に言い聞かせるようにつぶやいて、黒猫に続いた。


 そのまま城壁の門をくぐり、ぴたりと閉ざされた正面扉の前に立つ。

 見上げるほど巨大な両開きの扉は、黒曜石のような光沢を宿していた。

 

 その扉に、猫は小さな前足をかけて鳴いた。

 クロウが太刀の(こじり)で軽く扉を突いて言う。

「どうやらここが入り口っぽいけど、取手もレバーも見当たらないねえ」

「うん……きっと、ここにも“招待状”が必要なんだ」

 ガントレットの魔石は、青い明滅を繰り返していた。

 扉に手をかざそうと近づくトヲルに、アイカが声をかける。


「ちょっと待って。扉の向こうに人の気配がする」

 彼女はサイドテールの髪留めを引き抜いた。


「それが……トヲルさんの探しているという妹さんなのでは?」

 シェカールが言う。


「だといいんだけど……あたしにはその気配が急に現れたように感じたの。ディアナはどう?」

 ディアナは自分の鼻先に指を当てる。

「いや……扉が分厚いせいだろうか、匂いでは特に何も感じ取れないな」

「……念のため、準備はしておくか」

 アイカは胸元を少しはだけると、髪留めの鋭い尖端を胸の中央に押し当て、刺し貫いた。

 胸から勢いよく噴き上がる鮮血が、大ぶりな紅いマントの形に変化して彼女の周囲に広がる。


「おっけー……じゃあトヲル、お願い」

 アイカはマントを掴んで引き寄せながら言った。

「……うん」


 トヲルは歩を進め、扉の前に立った。

 青く明滅する魔石が嵌められたガントレットを扉にかざす。すると黒く滑らかな扉の表面に青い光の筋が木目のように浮かび上がった。

 ケラススフローレスで見た、はじまりのカンナヅキの時とよく似ている。


 扉は――その重厚な見た目に反し――音も無く滑るように奥へと開かれた。



「メイ! いるのか! 俺だ、お兄ちゃんだ!」

 建物の中に足を踏み入れるなり呼びかけたトヲルの声は、周囲に強く反響した。


 その場所は、高い天井からシャンデリアの吊り下がる広いホールだった。

 呼びかけに対する返事は無い。

「……」

 トヲルは黙ってホールを見回した。

 正面から中二階の踊り場へ向けて大階段が伸びている壮麗な造りは、館の外観にもそぐわしい。


 異質だったのは、そのホールの中央に据えられている六角柱だ。

 ふた抱えはありそうな太さで、吹き抜けホールのシャンデリア付近まで高さのある、巨大な柱。


 館には初めて入るはずのトヲルだったが、その柱に見覚えがあった。

「これは……〈タマユラ〉……なのか?」

 思わずそうつぶやいていた。


 十年前。

 ゼノテラスの市庁舎にある装置〈タマユラ〉でトヲルはチューニングを受け、人外種〈インヴィジブルフォーク〉としての固有IDを得た。

 その六角柱は、〈タマユラ〉にとてもよく似ていたのだ。


 無論、それは誰しもが知っている装置だ。

「ホントだ、どうしてこんな所に〈タマユラ〉があるの?」

 クロウも困惑した様子で目の前の六角柱を見上げている。

 アリスは指先を顎先に当てて首を傾けた。

「うーん……こんなの、前にあったかしら……?」


 六角柱の一面が扉のように少し開いていた。

 それもやはり、〈タマユラ〉内部に入るためのハッチのように見える。


「まさか……あの中に誰かいるのであるか?」

 ゾーイはアイカに尋ねたが、彼女は小さく首を振った。

「今は特に気配を感じないわね」


 シェカールが腰の山刀を引き抜きながら、大股で柱へと近付く。

 そのまま深く踏み込んでハッチ部分を蹴り開けた。山刀を前に構えて中を覗き込むが、やはりそこに人影は無い。

「確かに誰もいません。……ですがこの造り、まさしくこれは〈タマユラ〉ですね」


「もしかしたら直前までそこにいたのかもね。今度はどこに――」

「アイカ」

 アイカの言葉をディアナが遮った。黙って顔を上に向け、アイカの視線を促す。


「……〈タマユラ〉ではなく、“セル”だ」

 ホールの上から声が降った。


 吹き抜け上方の壁沿いの階段を、静かに下りて来る人影がある。

「……」

 トヲル達全員の視線がその姿を追う。


「その装置は、正確にはセルと呼ぶ。そもそも〈タマユラ〉とは、かのジャック・ブラックホースの特性をもとにセルに組み込まれているSF機能のことを指す名称だ。いつしか装置そのものを呼びならわすようになったようだがな」

 大階段の上にある踊り場に立ったその人影は、黒いロングコートの下に白い着流しを着ていた。

 頭部には、白い頭巾を被っている。


『戻っていたか、ロビン』

 床に座っている猫が声をあげた。

「その猫は……なるほど、マルガレーテの操る使い魔か」

 

「……ロビン……? ロビン・バーンズ……なのか」

 トヲルは呻くようにその名を口にした。


 相手は白い頭巾に手をかけた。

「ああ、そうとも……今さら説明は必要あるまい? お主らには伝えたはずだからな。我が特性〈レガトゥス・レギオニス〉は、無限の自我を操る能力だと――」


 白い頭巾が引き下げられる。

 髪の色こそ白髪のように真っ白だったが、青年のように若々しい素顔がそこにあった。壮年のような見た目や、まして骸骨のように朽ちていた最前の姿といった面影はまるで無い。

「たかだかひとつIDが朽ち果てた所で、ロビン・バーンズという自我が消えることなど無い。別のIDにその自我を移せばいいだけの話だ」


「別の……IDだと?」

 ディアナが背中の大剣に手をやりながら質す。


 ああ、とロビンは軽く応じた。

「IDは替えが利く」

 彼は袂から六角形の魔石を取り出し、手元で軽く投げて掴んだ。


 身構えるトヲル達を気にする風でもなく、ロビンは端末のように指先で魔石を操作する。

 青い光を放つと、ホールの巨大な六角柱は音もなくその場に沈みこんで床面と同化した。


「……もう気付いているだろうが、この地は六角形の平面充填で形作られている。その構成単位がこのセルだ。カヴンステッドは、無数のセルの集合体なのだな」


 遠目には六角形のパネルで覆われているように見えたが、そうしたパネルもこのセルが集まって作られた塊のひとつと考えるべきもののようだ。

「そうしたセル全てに、ID素体が納められている」


「ID……素体?」

 聞き慣れない言葉を、トヲルは口の中で繰り返す。


「魂を持たぬIDだな。セル内で素体が魂と結びつくことで人格を宿す」


「まさか……そんなので人格が生まれたりするの?」

 クロウが素直な疑問を口にする。


「……あの男の言うことは事実じゃ……」

 そう言ったのはエルだった。

「わしは、そうして生まれた」

「……!」


 ロビンは納得したように言った。

「ああ、原初のIDたるお主ならばそうであろうな。現代では出生した汎用IDにはあらかじめ人格が宿っており、その人格のまま〈タマユラ〉によって固有IDへとチューニングされるという流れが主だが……IDというものが人の肉体として定着する前は、そのようにして作られていた」


 IDが人の肉体として定着する前――大崩壊よりもさらに前の時代の話を、ロビンは淡々と語る。


「人格をもたぬID素体であれば、私の自我は何の問題もなく憑依することができる。つまりこの地には、“私”となりうるIDが無数にあるということだ」


「信じらんない……あんたの魂だけが、複数のIDを渡り歩くってワケ?」

 アイカが低い声をあげた。


「そうだ。人外種のIDならずとも、私という存在は永劫に絶えることはないだろう。さして驚くようなことでもない。IDとは、もともとそうしたものだ。インターフェース・ドール――それは()()人形(ひとがた)。その名の通り、魂の憑代(よりしろ)なのだよ」

 ロビンの声がホールに余韻を残す。


「……あんたは……一体、何者なんだ」

 トヲルの口から、思わずそんな問いが漏れた。


 黙って彼を見つめたロビンは、少し間を置いて答える。

「私か? 人だよ……私は、正真正銘の、()()()()だ」


「ただの……人……?」

 意味を捉えかねているトヲルをよそに、ロビンは言葉を続けた。


「そうだ。かつて人は……ただの人であるがゆえに、人として行き詰まっていた。人の魂は肉体に宿るものだ。しかしその肉体が魂の在り方と完全に合致することはほとんどの場合ありえない。肉体は、魂の器であると同時に(かせ)でもあった」


 ロビンはゆっくりと両腕を広げた。


「人は、理想を求めてやまぬ。では魂の在り方と完全に合致する肉体があればどうか。答えを得んがため、ただの人は、やがてカンナヅキを生み出した」


 カンナヅキを――生み出した?


「人を導くべく、人に造られし、人を超えた、神の知性――カンナヅキが出した答えが、IDであり、SFであり、今のこの世界なのだ」

 両腕を広げたまま、ロビンはトヲル達を静かに見下ろした。

「……私はただの人だ。だがカンナヅキによって生み出されしお主らとこの世界にとって、ただの人とは――創造主である、と言ってもいいだろうな」



つづく

次回「第63話 創造主の目的を知った俺が、妹の居場所を知る話。」


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