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第61話 月人と別れた俺が、敵地で弁当を頬張る話。

 ヴィルジニアの血液を吸ったアイカの肌には、〈ヴァンパイア〉特有の美しい紅い紋様が浮かびあがった。


 そのアイカの足元でうつ伏せに倒れたままのヴィルジニア。

 貧血で動けない彼女の頬をクロウが指でつついている。


「やれやれ……気の毒な気もせんではないが、まあ身から出た錆、と言った所じゃな」

 エルがため息交じりに口を開いた。

「……時にカグヤ・グランシャドウ、おぬしはケラススフローレスへ戻るのであろう?」


 カグヤは扇子を口元に当てながら小首を傾げる。

「せやなあ、怪物に襲われた後の街の様子も気になる……これ以上、都市を留守にしたないのは確かや。せやけど、どないして下に戻ろ? ここに入って来た時に通った穴は塞がってもうてるし……」


 エルはアリスの方を見やった。

「ふむ……じゃが魔女の障壁は消えておるはずじゃ。アリス・ブラックホースよ、おぬしの〈ワンダーランド〉が使えるようになっておるのではないか?」

 言われたアリスは一度目を閉じて、何か意識を巡らせている様子だ。

 目を開けた彼女は、うなずいた。

「ええ、大丈夫みたい。〈ワンダーランド〉を街まで繋げることができそうよ」


 コンコン、ココン。


 アリスが空間をノックすると、異空間への扉が開いた。

「あらあ。おおきに、助かるわあ」

「ひとつ、おぬしに頼みたい。ヴィルジニア・セルヴァは見ての有様じゃ、ついでにケラススフローレスの方で面倒を見てやってくれんか」

 と、エルはヴィルジニアを顎で示す。


「それはええけど、うちと違てヴィルジニアはんは戦力になるんやないの?」

「ヤクモ機関にも組織としての規律はある。さすがに離反して敵対しようとした者をそのままにはしておけまいよ。当分は大人しくしてもらわねばな」

「せやったらまあ、このまま一緒に下へ連れて行こか……」


 ロリポップの残りを噛み砕いて呑み込むと、アイカは言った。

「そうね、ヴィルジニアはしばらく休ませておいた方がいいと思う」

「え、怖ぁ。どの口で言うてはんの。とどめ刺したんはアイカはんやろ」


「……いや生きてるから、おれ……」

 ヴィルジニアは視線だけカグヤに向ける。


「ええからあんたはんは寝ときなはれ。シェカール、頼むわ」

「承知しました」

 シェカールは倒れたヴィルジニアの横腹を抱えて軽々と肩に担ぎ上げた。


「もうちょっと何か、運び方ないのかよ……つうか、おまえ誰だっけ?」

「シェカール・ロックです、よろしくお願いします」

「麻袋みたいに担がれたまま挨拶されても困るんだが……」


「エルはんはこれからどないすんの?」

 カグヤに問われた彼は、ステッキの先で地面を軽く突いた。

「わしはもうしばらくこの者達について行く。少しここで確認したいこともあるゆえ」

「さよか、まああんたはんなら心配はいらへんかな。ほなうちはひとまずここで……」


 カグヤはそう言うと、改まってトヲルに身体を向ける。

「せや、トヲルはん。妹はんのお名前、何て言いはんの?」

「メイだよ。メイ・ウツロミ」

 彼女は扇子を口元に添えながら片目をつむった。

「メイはん、な。戻ってきはったらメイはんの歓迎会や。腕によりをかけて盛大に開かせてもらうえ」

「ありがとう、楽しみにしてるよ」

「うちもメイはんに会えるのが楽しみやわ。あ、そうそう――」

 声を潜めるカグヤ。

「さっきのアレ、見はった? アイカはんの野蛮な本性。うちの言うた通りやったやろ。気を付けなはれや、あのコほんまもんのケダモノや」

「いらんこと言ってないでさっさと戻れこのやろう」

 アイカが食べ終えたロリポップの棒をカグヤに投げ付ける。


 アリスによって開かれた〈ワンダーランド〉の扉へ向かうカグヤ達に、エルが声をかけた。

「ああ……最後にもうひとつ。ヴィルジニア・セルヴァに訊きたいことがある」

「ん?」

 シェカールの肩に担がれて彼の背中側に顔があるヴィルジニアが顔を上げる。


「竪琴の音は聞こえたか?」


 ヴィルジニアはそう尋ねられて、怪訝な顔をした。

 ややあって、彼女は怪訝な顔のまま言う。

「……あの音が、どうかしたのかよ?」


「……」

 束の間エルは目を伏せ、やがて軽く首を振った。

「聞こえておったのなら、それで良い」



 案内役のアリスが戻って来るまで少し待つことになった。

 すぐそばでロビンが息絶えた場所に長居するのも落ち着かないため、トヲル達は少し移動している。


「あ……!」

 不意にゾーイが何かを見つけたらしく、少し外れた草むらに向かって駆けだした。

「……ゾーイ?」


 草の陰で何かもぞもぞしていたゾーイは、振り返ってこちらへ駆け戻って来る。

「見て見て、にゃんこがいたのである!」

 胸に小さな黒い仔猫を抱きかかえていた。

 両手ですっぽり包まれるほど小さい。

「ね、猫?」


「ちっちゃくてふわふわなのである。おとなしいコであるなあ、どったのー? どっから来たのー? んー?」

 鼻先をくっつけんばかりにゾーイが愛でている猫に、クロウも顔を近付ける。

「ふわあ、かわいいねえ。ゾーイ次、ぼく。ぼくにも抱っこさせて」


 二人の様子を見ながら、アイカが言う。

「いや……にゃんこがかわいいのはいいんだけど。少しは警戒したら? そんな小っちゃいのが普通にこんな場所にいるワケないんだし、怪物の一種かも」

 ゾーイが真顔で言った。

「こんなかわいいコを怪物だなんて、アイカは人の心をもっているのであるか」

「言い過ぎじゃね?」


「でもアイカの言う通りだ。この猫、首から例の魔石を提げてる」

 黒猫は首輪をしており、そこに六角形の小さなパネルが揺れていた。

 淡く青い色で発光している。

 見ればトヲルのガントレットに嵌められた魔石も、同調するように青い光を放っていた。


「“招待状”に反応してるね……」

「この仔猫が導いてくれるのだろうか? ゾーイ、一度下に置いてみてくれ」


 ディアナに言われたゾーイが地面に下ろすと、仔猫はその場にころりと転がった。そのままころころと周囲の草葉にじゃれついている。

「はわわ……かわよ」

 両手を口に当てて上ずった声をあげるゾーイ。


「……ダメみたいね」

「アリスが戻ったら確かめてみよう」


 コンコン、ココン。


 話しているうちにリズミカルなノックの音が聞こえた。

「ただいま!」

「お待たせして申し訳ない」

 アリスのかたわらにいるのは、シェカールの姿だった。


「む? シェカール・ロックよ。事務局長の護衛は良いのか?」

 意外そうな顔を向けるエル。

「姫の指示で、私も同行させていただくことになりました。改めてよろしくお願いします」

 シェカールはたずさえていたバックパックを下ろした。


「心強いです、シェカールさん」

 トヲルが言うと、シェカールは静かに微笑んだ。

「私としても勇者の歩みを最後まで見届けてみたい。踏み出すべき一歩を、もう後で後悔したくはないのです。ひょっとしたら、姫にはそこの所を見透かされていたのかもしれませんが……」


 クロウが羽根を使ってじゃらしている仔猫に気付いたアリス。

「にゃんこがいるわ! かわいい!」

 駆け寄って指先で仔猫の腹をくすぐったりしている。


「例の魔石がついた首輪をしているんだ。アリス、何か知らないかな」

「ええ。きっとマルガレーテさんの所のコよ。よくにゃんこのことを使い魔って呼んでいたもの」

 トヲルが尋ねると、アリスはあっさりと答えた。

「マルガレーテの……使い魔?」


「わたしはずっとここにいたけれど、カヴンステッドってとても広くて、どっちに行けばいいか、わたしもはっきりとは分からないの」

 アリスは仔猫を抱き上げる。

「でもその時になればこのコが道しるべになってくれるから心配いらないわ。ね?」

 黒猫は返事をするように小さく鳴いた。


「その時になれば……? 猫が動き出すまで待つってこと?」

 トヲルとアイカは顔を見合わせた。

「やみくもに動くワケにもいかないし、とりあえず様子をみてみるしかないか」


 シェカールがバックパックの中から、新しい詰襟と軍帽を取り出す。

「どうぞ、機関長。着替えをお持ちしました」

「助かる……やはり帽子がないと落ち着かん」

 早速エルは軍帽を目深に被った。


「それと、姫からみなさんへ食事の差し入れです。手早く食べられるよう、ライスボールにしています」

 と、さらにバックパックから人数分の竹の皮包みを取り出した。


「言われてみれば、朝から何も食べてないや。お腹空いてたかも!」

 アリスやゾーイと一緒になって仔猫と遊んでいたクロウが顔を向けた。


「腹が減っては戦はできぬ、か。さすが事務局長は抜かりが無いな」

「ここが安全かどうかは分からないけど、今のうちにいただきましょ」


 トヲル達は草原の上で車座になって竹の皮包みを開いた。

 大ぶりのライスボールは満遍なく塩が振られていて、ライスの旨みを引き立たせている。中央には濃く味付けされた魚の干物がほぐし身で詰められていた。

 粒立ったライスは食べ応えがある。シンプルな食べ物だったが、満足感があった。


「こんな場所だけど、お腹にものを入れるとちょっと落ち着くな」

 竹筒に詰められた茶を飲んで、トヲルはひと息ついた。

「景色だけはいいから、ごはんもおいしく感じるねえ」

 クロウが口を動かしながら、草原を遠く見渡している。穏やかな風が彼女の黒髪をなびかせた。


「ヴィルジニア・セルヴァはどうしていた?」

 詰襟も新しく着替えたエルが、ライスボールを頬張りながら尋ねる。

「部屋を用意して寝かせて来ました。素直に眠ったようです。念のため、監視は残していますが」


「……血の気が多いから変な思いつめ方しちゃうのよ。ちょっと吸い取った方がちょうどいいんだって」

 アイカは涼しい顔で二つ目のライスボールにかぶりつく。

「そんな乱暴な……」

 呆れるトヲルの横で、ディアナは慎重な意見を口にした。


「冗談はさておき、今は眠らせておいた方がいいのは確かだと思う。諦めたと口にしてはいたし、それは本心なのだろうが……依然として彼女の心が危うい状態なのは否定できない」

「そうなの?」

 シェカールも眼鏡の位置を直しながら同意する。

「ええ、彼女がカンナヅキの代理人として動いていた時期は一年や二年ではないでしょうからね。理性と感情の均衡が保てているか、念のため時間をかけて様子を見る必要はあるでしょう」


 アイカは小さく肩をすくめた。

「ま、仕方ないんじゃない。ヴィルジニアが言うには、あたしもあのコの妹らしいし……精々きょうだいらしく、見守ってやるわよ。ちゃんとあんた達も付き合うんだからね?」

 そういえばトヲルもヴィルジニアから弟と呼ばれていた。彼は笑顔でうなずいた。

「ああ……そうだね」


「ふへへー」

 クロウがどこか嬉しそうにアイカの肩にもたれかかった。

「何よ?」

「別にー」

 ライスボールを頬張るアイカは、そんなクロウに眉をひそめている。


 シェカールが思い出したようにメモを取り出して言った。

「姫から言伝を預かっています。えー、“シェカールにもたせたんは、うちが丹精込めてこしらえたおむすびどす。ライスボールのことをうちとこではおむすびいうんどす”」

「……あのコふざけてない? そんな語尾で喋ってなかったでしょ」

「“しっかりあがって力をつけておくれやす。なかに気力のお団子を仕込んでおいたさかい”」


「……」

 シェカールとアリスを除く全員の口が止まった。


「お気になさらず大丈夫ですよ。姫の〈ホワイト・ラビット〉は気力を回復させる能力で、生み出されるエネルギーの塊は無味無臭、別に食べ物の味を変えるようなものではありませんので」


「いやそれは分かってるけどさ……」

「回復してくれてるのもありがたいと言えばありがたいよね」

「だが気のせいか、何やら一服盛られたような感じがしてならないな……」

 ディアナは微妙な表情で咀嚼(そしゃく)を再開させた。


「そういえば、ディアナさんに対しては別に預かっているものが……」

 シェカールは再びバックパックの中を探り、紐のかけられた小箱を取り出す。

「わたしに?」


 受け取ったディアナが箱を開くと、中には淡い紫色の石が納められていた。

 石には金細工が施されている。

「これは――イヤリング、か?」


 シェカールは別のメモを開いた。

「その小箱についても言付かっています。“ディアナはんには、贈り物どす。それはムーンストーン、うちが月の光から生み出した気力を石に宿らしたもんどす。石を砕けば、中の気力が一気に溢れ出てくるはずどす。ひとつしか用意できひんかったし、一度砕いたら二度と使えへん。試した訳やおへんから、何の保証もあらへんけれど――ディアナはんには、絶大な効果があるん違うかと思てます。大事に使ておくれやす。月にゆかりの深い者同士、特別どすえ”、とのことです」


「……ムーンストーン……」

 ディアナは石の色によく似た瞳で、顔の前にかざしたイヤリングを見つめた。

「感謝する。今は〈ルナ=ルナシー〉が使えないからな、いざという時に試してみよう」

 そう言って、彼女はイヤリングを右耳に付けた。


 シェカールがメモをめくる。

「……“追伸、アイカはんへ。うちは別にふざけてなんかないどす”」

「完全にふざけてんじゃんッ!」


 しばらく食事が進んだ頃、アリスは改めてよちよち歩き回っている仔猫を見つめた。

「このコ、お腹空いてないかしら?」

「ライスをあげるのはやめておくのであるよ? 猫には塩味が濃すぎるのである」


 見ているうちに猫は車座の中央で止まり、前足で顔を撫で始めた。

『……アリス……』

 その猫の口から、声が漏れた。


 その場の全員が猫に注目する。


「……ゾ、ゾーイのにゃるにゃるが変な声で喋り出したのであるッ!」

「なに勝手に名前つけてんのよ」

「というかゾーイのネーミングセンスどうなってるの?」

 悲鳴のようなものを挙げるゾーイに、アイカとクロウが同時に言った。


「待ってみんな。この声……」

 トヲルが彼女達を手で制する。

 地の底から響くような、落ち着いた声音――初めて聞く声ではない。

「……マルガレーテさんね?」

 そう言ったのはアリスだ。


『しかり。我が言いつけた通り、かの者どもを連れて来たか……』

 黒猫は自分の毛づくろいに余念が無い。

 猫の意思とは無関係に、口から声が発せられているようだった。


 エルがステッキを手に立ち上がる。

「ふん……久しいのう、マルガレーテ・フォン・ファウルシュティヒ。このわしを覚えておるか?」


 猫の目が、細く眇められたように見えた。

『そうか……エル・F・ロッサム……うぬもいたか』



つづく

次回「第62話 魔女の城にたどり着いた俺が、創造主と出会う話。」


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