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第59話 世界の管理者の力に面した俺が、透明人間の可能性を広げる話。

 電撃に包まれた巨人、フランケンシュタイン号はゆっくりとカヴンステッドへと高度を上げていく。


 フランケンシュタイン号の右手が上がる。

 巨人を操作しているのはエルだ。

「……“雷霆(ケラウノス)”」


 青空に閃光がはしり、耳を(つんざ)く爆音が響き渡った。

 思わず耳を塞いだトヲルの鼻に、空気が裂けた匂いが届く。


 エル単体で放っていた雷撃よりも、はるかに強大になり、広範囲に渡っていた。

「ヴィルジニア……?」

 フランケンシュタイン号の頭部から周囲を見回すと、かなり下方の空中に彼女の姿があった。


 自らの引力を戻し、自由落下することで雷撃から距離をとったのだ。

「この……ッ!」

 そこからヴィルジニアは周囲の引力を素早く操作して、巨人へ向かって急上昇した。


 フランケンシュタイン号は、手刀にした右手をヴィルジニアに向かって振り抜く。

「“雷剣(エクスカリバー)”」

 生み出された雷の剣は彼女の全身を包み込むほどの幅を有していた。


 斬撃に巻き込まれないようにするために、ヴィルジニアは再び大きく距離を取るしかない。

「くそ……図体の割に速いな!」

 彼女は血の流れる脇腹を押さえていた。蒼褪(あおざ)めた顔に脂汗が浮いている。


「諦めよ。わしの動きを見切ったとしても、このフランケンシュタイン号は全身が超高電圧に包まれておる。おぬしは〈フライングソーサー〉の射程に近づくことすらできまいよ」

 エルは静かにそう告げた。


「エルの言う通り、勝負はついたと思うのである、ヴィルジニア! その深手、放っておくと死んじゃうのである。早くゾーイに手当てさせるのであるよ!」

 デッキの上からゾーイがヴィルジニアに向かって声を張った。


「……」

 ヴィルジニアは傷に耐えるように俯いていたが、やがて悲壮な顔を上げた。

「そうはいくか……!」


「どうしてそこまで……」

 トヲルはうめくようにつぶやいた。


「ふん。まあ……おぬしの気が済むまでつきやってやらんでもないがのう」

 エルはフランケンシュタイン号の右手をかざした。

「“雷霆(ケラウノス)”ッ!」


 視界一杯が眩い雷光に包まれ、腹の底を揺るがすような爆音が響き渡る。

 ヴィルジニアはなすすべもなく、はるか下方まで避けていた。


 トヲルの袖を握りしめる手がある。

 見ればクロウが彼を見つめていた。

「ねえトヲル、ぼくはヴィルジニアを助けてあげたいよ」

「そ、それは……俺だってそうだ。でもどうしたら」

 トヲルは思わずアイカの横顔を見る。


 彼女は小さく鼻から息を漏らした。

「エルの力は見たでしょ? ヴィルジニアは攻撃を避けるだけで精一杯……無理に割り込んだら、むしろあのコの邪魔になって逆効果かもね。下手したらこっちがエルの雷に巻き込まれるわ」

 アイカは否定的な反応を見せつつも、考えを巡らせているようだ。


「隙が生まれた瞬間を狙えば何とかなる、か……それにしたっても、あのコまでの距離が遠いのが厄介ね。距離が判断のタイムラグになる」

「気付かれないようにヴィルジニアに近づく必要がある訳か」

 ディアナが言う。


「なら、レッドドラゴンの時と同じだ。透明になった俺を、アイカが血で作ったマントを使ってヴィルジニアの所まで運んでくれればいいんじゃないかな。ほら、俺の血なら吸っていいから」

 アイカは僅かに頬を紅くして視線を逸らした。

「ば、バカ。大声でそんなこと言うんじゃない、人前でしょ」

「……?」

「それに、その方法はさっき言った問題があんのよ。人を運びながらだと、いくらあたしでも血液の素早い操作ができない。回避が間に合わなかったら、雷の餌食よ」


「気付かれず、素早く近付かなあかん、いうことやなあ……」

 カグヤが扇を口元に当てながらひとりごちた。


 それを聞いたトヲルの脳裏に、昨夜カグヤと交わした会話がよみがえる。


 ――見る側の認識が阻害されて見えへんようになってはんのやろ? その認識の阻害ってどこまでが範囲になんのやろ。

 ――透明化の範囲を変える……ってこと?


 トヲルはひとりうなずいて、顔を上げた。



 絶え間なく空にほとばしる電撃が、ついにヴィルジニアをとらえ始めた。


 投げ捨てた大槍を犠牲に、雷の軌道を逸らせる。

 しかし次の瞬間には、乗っていた金属板の方へ落雷した。


 ヴィルジニアは身ひとつで真っ逆さまに落下している。しかしその目は、爛々(らんらん)と翠色に光っていた。

 自ら金属板を捨てることでかろうじて雷の直撃を逃れている。


 彼女は空中で宙返りをうち、目の前の空間を円く撫でた。

 今度はカヴンステッドへ向かって急上昇していく。


「……無駄な足掻きじゃ、ヴィルジニア・セルヴァ。いい加減、(くだ)れ」

 青白く光るエルの両眼が、その姿を追う。


 カヴンステッドの滑らかな表面に降り立ったヴィルジニアは歯を見せて声もなく笑っている。

「……引力は質量に比例する。そのバカでかい図体でも、黒い月の引力には負けるよな」

 手で触れたカヴンステッドの表面を円く撫でた。

「〈フライングソーサー〉の射程は確かに短いが、発生する引力はそうでもないってことだ! 喰らいやがれ、最大出力だッ!」


 フランケンシュタイン号の巨体が軋み音を立てた。

「……!」

 もともと電磁力でカヴンステッドと引き合っていたフランケンシュタイン号の巨体が、急速にカヴンステッドへ接近していく。


「わしを黒い月にぶつけるつもりか? 馬鹿め、結局フランケンシュタイン号はおぬしがいるその場所に向かって墜落するのじゃ。超高電圧に焼かれることに変わりはないぞ!」

 エルは冷厳と言い放つ。

「そいつはどうかな……こっちには切り札だって残してあるんだぜ」


 エルは黙ってヴィルジニアを見据えていたが、意を決したようにフランケンシュタイン号の左手を頭上に掲げてみせた。

「……無闇におぬしを苦しませたくもない。この一撃で終わらせてやろう」

 左手の先に、小さな雷球が生み出される。雷球は徐々に膨らんでいく。


「いい加減にしなよ、ヴィルジニアッ!」

 たまりかねたようにアイカが叫んだ。

「何があんたをそうさせてんのか知んないけど、あんたが死ななきゃなんないようなことなのッ? 意味分かんない!」


 ヴィルジニアは接近してくるフランケンシュタイン号をにらみながら、荒い呼吸に肩を上下させている。

「……おれの家族はな……全員おれと同じで、人外種だった」

 彼女は不意にそう口にした。

「……え?」


「……突然だった。ある時、おれ以外の全員が、人格を失って怪物と化したんだ。おれは兵団に保護されたが、後で聞いたよ。全員、兵団に殺されたってな」

 震える掌で、強大な引力を支えるヴィルジニア。


「あんた……」

「勘違いするなよ。確かにショックだったけど、別にそれで兵団に遺恨を抱えた訳じゃない。相手は怪物だったんだから、そうするのが当然のことだろうぜ。おれ自身も兵士になって、ヤクモ機関の研究員にもなった。数えきれないほどの怪物を倒したさ。別にためらうこともなかったよ。そうとも、おれが倒してたのは人類の天敵、怪物なんだからな。けどよ――」

 顔にかかる乱れた髪の下から、吐くように言葉を続ける。


「夜寝る時なんかに、ふと思うんだぜ。もし仮にだ。おれが殺した怪物のなかに、生き延びることができてたおれの妹や弟が混じってたとしたら、果たしておれは気付けてたのかってな……ッ!」


「ヴィルジニア……」


「人格がなければ怪物、あれば人外種。頭で分かっちゃいても、どっかで割り切れないんだろう。もうどうにかなっちまいそうだよ」

 ヴィルジニアの右手は、ショートパンツのポケットを探った。

 そこから取り出されたのは、六角柱状の器具だった。


「おぬし……よもやそれは……」

 エルの表情が強張る。

 ヤクモ機関長である彼もすでに知っていた。その器具は、かつてニコラス・ゼノテラスが使っていた、HEXを移殖するための注射器だ。


「よお、エル……もう一度勝負だ。おまえの雷で、おれを倒してみろよ……こいつが切り札だッ!」

「この……愚か者めがッ!」

 エルの顔が、憤怒に染まった。

「“雷槌(ミョルニル)”ッ!」

 左手から放たれる巨大な雷球。


「おれは――」

 雷球に向かって翠色の両眼を見開き、注射器を自分のうなじに押し当てた。

「こんな世界、もう嫌だああッ!」

 絶叫するヴィルジニア。


「〈ザ・ヴォイド〉ッ!」

 ほぼ同時に、トヲルの声とともに雷球は消失していた。


 注射器は、彼女のうなじから数ミリほど離れて止まっている。

「……ッ?」

 ヴィルジニアの右腕がそれ以上、動かない。


 彼女の顔が次第に悔しさに染まっていく。

「このやろう……トヲル……ッ! そこに……いるんだな……ッ!」

 右腕の先の空間から、滲み出るように人影が浮かぶ。


 しかしそこに姿を見せたのは、白い翼を広げたクロウの姿だった。

「く……クロウ……だと?」

 ヴィルジニアの表情が、悔しさから驚きに変化する。


 クロウは、左手で注射器を持つヴィルジニアの右腕を強く握りしめていた。

 右手の先からは、トヲルの姿が浮かび上がる。

「間に合った、ヴィルジニア!」


 〈インヴィジブル・フォーク〉であるトヲルは、手にしたものや身にまとうものまでが透明になる。最初から彼は、自分以外のある程度の範囲を透明化していた。


 同じ理屈だった。

 ただ、()()()()()()()()()()のだ。


 トヲルは手を繋いだクロウを透明化した。

 二人は透明状態のまま、クロウの高速飛行で一気に距離を詰めていたのだった。


「……マジかよ……」

 ヴィルジニアは呆然と二人の姿を見ている。


 クロウは、しっかりとヴィルジニアの腕を掴んだまま放さない。

「ダメだよ。こんなの、ぼくが絶対に許さないからね」

 強い語気の言葉とは裏腹に、白い仮面の下の口元は穏やかに微笑んでいた。


 かつてうなじにHEXを打ち込まれたクロウは、IDが変異したうえに暴走し、人格を失う寸前にいたるほどの苦痛を経験した。

 彼女が〈エアダンサー〉と〈ドーンブリンガー〉という異なる特性を二重に有しているのも、その名残だ。


「あんな思いをするのは――ぼくひとりだけでいいんだよ」

「クロウ……おまえ」

「もうよしなよ、ヴィルジニア。みんなきみが戻って来るのを待ってるんだよ」


「今さら何言ってんだ……できるかよ、そんなの。それにおまえ達もう忘れたのか? この距離は、おれの射程なんだぜ」

「……大丈夫、君はもう負けてるんだ」

 トヲルが、そう言って自分の首元を指差して見せた。


「……?」

 ヴィルジニアも、釣られるように自分の首元を左の指で触れた。

 指先に血が付着する。そこに傷は無い――彼女の血ではなかった。


 はっとなったヴィルジニアは、首を巡らせてデッキの上にいるアイカの姿を捉える。

「しまっ――」


 そのアイカの瞳が紅く光った。

「ブラックアウト」


 途端にヴィルジニアの首ががくりと仰け反る。

 アイカの血によってヴィルジニアの血流が操作され、彼女の意識をそこで途切れさせたのだ。


 体勢を崩す彼女の身体を、クロウが抱きとめた。そのまま羽ばたいてその場から飛び上がる。


 直後、ヴィルジニアの作り出した引力の勢いのまま、フランケンシュタイン号がカヴンステッドの表面へ激しい衝撃音と共に激突した。


 カヴンステッドを覆う無数の六角形のパネルがめくれるように巻き上がる。

 ヴィルジニアが気絶したことで引力は消失しているはずだが、フランケンシュタイン号はカヴンステッドの中へと沈んでいく。

「……掴まっておれ!」

 エルは周囲に電磁気を飛ばして巨人の身体を支えようとするが、沈下は止まらない。


 フランケンシュタイン号はそのままカヴンステッドの内部へと、落下するように姿を消した。

「大変だ……クロウ、みんなを追って!」

「はあい」

 左手にヴィルジニア、右手にトヲルを連れたクロウは、フランケンシュタイン号によって開けられた穴に向かって飛んだ。

 開いたばかりの穴は、飛び散ったパネルが元に戻って早くも塞がれようとしている。

 トヲル達はその小さくなった穴の中へと飛び込んだ。


 穴を通り抜けた先に広がっていたのは、

「……空……?」

 そう見紛うほどに明るく広大な空間だった。


 視界の先には太陽のように明るく輝く光点があり、そこを中心に広がっているのはまさに青空だ。

 地面は、背後――今抜けてきた穴の方にある。


 黒い月の姿をしていたカヴンステッドは、ゾーイが推測していた通りの中空構造をしていた。

 しかしその規模は、まるでそこにもうひとつ世界があるかのように壮大だった。


 風に髪を流されながら、トヲルは辺りを見回した。

「これをマルガレーテが作り上げたのか……?」

「凄いねえ……」

 クロウも呆気にとられた様子で空中を旋回している。


「こんな空間でも君は普通に飛べるんだな」

「そうみたいだねえ。でも穴に飛び込んだ時に上下が逆転するみたいな変な感覚がしてさ、一瞬、地面に突っ込んだかと思ってひやりとしたよ」


 トヲルは視線を背後に向けた。

 中空空間の表層部分にある地面に、膝立ちになったフランケンシュタイン号の姿が見えた。

 アイカ達を乗せた頭部のデッキを分離させ、側へ下ろしている。


「おーい、こっちこっち! なのである」

 その地面の上で跳びはねながらこちらに手を振っているのはゾーイだ。

「あ、ゾーイがいるよ。おーい!」

 ぱたぱたと翼を振って応えるクロウ。


「いや、おーいじゃなくて! 早くヴィルジニアを連れて来るのである! 死んじゃうでしょうが!」

「おっとそうだった」

 と、慌てて空中を旋回する。


「忘れてるなよ。せっかく助けたんだから、ヴィルジニアのこと」

 半ば呆れて、トヲルはクロウの腕の中でぐったりとしているヴィルジニアを見やった。

「そうだねえ。ありがとう、トヲル」

「助けたのは君だよ」

「ふふふん。きみはいいコだねえ」

 クロウは上機嫌でそう言うと、ゾーイのいる場所へと向かって翼を羽ばたいた。



つづく

次回「第60話 黒い月に乗り込んだ俺が、白い影と再会する話。」


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