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第55話 約束の場所にたどり着いた俺が、世界の意思の姿を目にする話。

 カグヤの言っていた宴の支度というのは、思ったより大がかりだった。


 迎賓館の庭内を流れる川の上に張り出すように広い縁台が据えられており、いくつもの行燈の光に浮かび上がっているのが見える。

 縁台の上で食事が用意されているのだ。

 温泉からでも聞こえていたせせらぎの音はこの小川だったようだ。


「見て、下にお魚がいるわ」

 アリスが縁台から身を乗り出してぱちゃぱちゃと川の流れを触った。

「せっかく温泉で温まったのに水に落ちてしまうぞ」

 と、ディアナが彼女を抱きかかえる。


「ふうん、何だかキャンプっぽくて悪くないかもね」

 アイカは縁台の上で辺りを見回した。


「うちとこでは野掛(のが)け、いうんや。なかなかの趣きやろ? 今日はちょうどええ感じのお日柄やったし、夕涼みがてらお外でお食事すんのもええかと思てな」

 確かに川面を流れるそよ風が、温泉あがりの身体に心地よい。


 そこへ、ようやく温泉から出て来たらしいエルとゾーイが歩いてきた。

「いい湯じゃった……」

「……温泉最高……ゾーイはもうここに住むのである」

「気に入りはったんはええけど、住みつかれても困るわ。ほな揃たみたいやし、始めましょか。乾杯は迎賓館御用達のライスワインや。エルはん、ひと言どうぞ?」

 小さなグラスに注がれた冷たいライスワインが配られる。

 アリスには先ほど風呂上がりに振る舞われた、レモネードが与えられているようだ。


「……ふむ、では改めて」

 エルは縁台の端に立って咳ばらいし、口を開いた。

「レッドドラゴンを倒し、わしらの窮地を救った勇者一行に感謝と尊敬の意を込めて祝宴と行こう。カグヤ・グランシャドウの心尽くしじゃ、各々どうか今は気兼ねなく楽しんで欲しい――では、乾杯!」

 エルがグラスを高く掲げるのに合わせ、トヲル達も乾杯の声を挙げた。


 口を付けようとしたエルのグラスを、カグヤが取り替える。

「な、何をするのじゃ」

「乾杯は済んだやろ、エルはんはアリスはんと同じレモネードや」

「わしは子どもではないぞ」

「年齢は関係あらへんの。あんたはんのIDにお酒はきつすぎるよってな」

「むむむ」

 エルは渋々といった様子でレモネードのグラスを傾けた。


 早速グラスを空にしたクロウへ新しいワインを注ぎながらカグヤは言う。

「……うちからもお礼を。事件を起こしたマーティ・サムウェルは、元々はエクウスニゲル研究所の管理者や……つまり事務局長であるうち管轄の人員やったの。あんたはん達はうちが力及ばへんかった所を助けてくれはったんや。ほんまおおきに」

「そこまで責任感じなくてもいい気がするよ。悪いのはマーティだしねえ……でもお酒は美味しいからいただきます」

 

「確かに美味だ。本当に穀物からできているのだろうか? まるで果実のようだな」

「せやろ? ライスを芯まで磨いたげて(かも)すとこないな澄んだ味わいになるんえ」

 カグヤはディアナのグラスにも酒を注いだ。


「ディアナはんは、確か〈ワーウルフ〉……特性〈ルナ=ルナシー〉て言わはったな? うちは〈月人(つきひと)〉、何やお月はん繋がりで他人とは思えへんわ。ディアナはんはうちの特性〈ホワイト・ラビット〉とも相性いいと思うの」

「相性?」

「エネルギー、活力、元気……表現はまちまちやけど、おしなべて人の力になるようなもん――うちはそれを気力って呼んでる。〈ホワイト・ラビット〉は気力を自在に操ることができる能力や。こないな風にな」

 カグヤはそう言うと、胸元を指で摘まむような仕草をした。

 その指先に、ふわふわとした淡い光が宿る。

「お団子みたでかいらしいやろ? この光は気力の源。この気力のお団子を身体に取り込むと、全身に力が湧くんや。ほんで気力はどこからでも手に入るの。うちの身体からでも、自然の中からでも……」

 今度は空中を指先で摘まむと新たな光がそこに灯った。

「例えば、月の光の中からでもな」

 彼女は掌サイズの小さな球状になった光をお手玉のように両手の間で弾ませた。


「月の光から……」

 ディアナが真顔になってその光の玉を目で追う。

「このお団子、ディアナはんやったら常人の数倍効果ありそうやと思わへん? どないやろ、アイカはんとこやなくて、うちとこで働くいうんは」


「こら、あたしの大事な助手を勝手に引き抜こうとすんじゃないの」

 アイカが背後からカグヤの浴衣の奥襟を引く。

「やあん、いけず。ええやない、ちょっとくらい」


 ディアナは苦笑してグラスに唇を付けた。

「月の光まで気力の源として操るとは興味深い力だ。しかしすまないな、わたしはトヲルとアイカの騎士だ。二人から離れることは全く考えられない」

「……あらあ……そないな一途な所にもきゅんてなるわあ」

 うっとりとディアナの横顔を見つめるカグヤ。


 どこからでも気力を抜き取ることができる――つまり、他人の気力をも抜き取ることができるということだ。

 アイカが精気を吸い取る能力と表現していたのはこのことだったらしい。


 そこへ大鍋をワゴンに乗せたシェカールがやって来た。

「お願いですから姫、私の職務が無くなるような人事を考えないでくださいよ」

「今しがたフられたさかい、心配いらへん。みなはん、シェカールが得意料理をもって来はったえ、どうぞおあがりやす」


 大鍋からは、何やら(かぐわ)しい香りが漂って来る。

「いい匂いだなあ。これは、シチュー……?」

 トヲルは鍋を覗き込んだ。褐色の濃いスープ状のものが鍋に満たされている。


「グレイビーと言います。複数のスパイスを調合して、玉ねぎやトマトなどと一緒に鶏肉を煮込んだものでして。ライスと一緒に食します」

「何がおもろいのか、シェカールは暇さえあればそのスパイスの調合とやらをやってはんの」

「まあ、私の数少ない趣味のようなものです。よろしければどうぞ」


 皿に盛られたライスに、グレイビーがたっぷりとかけられる。

 スプーンでライスに和えて口に運ぶ。

 スパイスの風味に包まれた深い旨みが口の中に広がった。絶妙な辛みが食欲を呼ぶ。

「うま……ッ!」

「ほんと、複雑な味だけど美味しいよ。不思議とこのワインともよく合うねえ」


「おいしーい!」

 アリスが片頬に手を当てつつ歓声を挙げた。

「辛くはないですか、アリスさん」

「全然平気、わたしグレイビー気に入ったわ!」

「良かった、おかわりはたくさんありますから遠慮せず召し上がってください」

「温泉に美味しいお料理……道案内役って素敵ね!」


 クロウが思い出したようにアリスの方を見た。

「そうだよ、道案内と言えば……ケラススフローレスまで来たのはいいけど、これからどうするの?」

「招待状を頼りに約束の場所を探すのだわ。そこに近付いたら、あの青い光が何か反応すると思うの」


「……そのことなんだけど――」

 トヲルは、カグヤに聞いたはじまりのカンナヅキについて話した。

「明日はそこに行ってみようかと思うんだ」


「なるほど、それは行って確かめてみるべきだろうな。そんな場所がこの山の上にあったとは……」

 ディアナは、今はもう夜空に溶けてしまった山頂の方を眺めやった。

「しかし、ここが故郷だったのなら、ゾーイはそのことを知っていたのではないか?」


 ゾーイはスプーンを咥えたまま小首を傾げている。

「うん……この山の上は“いのちの樹公園”なんて呼ばれていて、大きな木がある広場になっているのであるよ。見晴らしが良くて有名だから、そういう意味だとゾーイもよく知ってるのであるよ? でもカンナヅキ云々(うんぬん)というのは……初耳であるなあ……」


「意図的に伏せてるところはあるんえ。はじまりのカンナヅキ、なんて意味深なもんがひとり歩きしても物騒やろ?」

 シェカールにグレイビーのおかわりを注いでもらっているエルが言葉を続けた。

「ヤクモ機関は、世界の管理者とも世界の破壊者とも言われておる存在じゃ。わしらの(あずか)り知らぬ所で強い思いを抱える者も多かろう」


 そこにあるのが今や残骸としてのカンナヅキだったとしても、世間がそこに何か特別な意味を与えることも充分にありえる、ということか。


 軽い音を立てて、アイカがワインのグラスを置いた。

「ま……とにかく明日、行けば分かるんじゃない?」



 翌朝。

 トヲル達は、山の上にある“いのちの樹公園”へ向かった。


 何が起こってもいいように、全員装備を整えた状態での出発だった。

「……やっぱり魔石が反応してる」

 トヲルは左腕のガントレットにはめ込んだ魔石を見て言った。


 山の上へと向かう坂道を登るにしたがって、青い光の点滅は徐々に間隔を短くしていっているように見えた。

「そりゃ良かった。ここまで登って、ハズレだったらちょっと泣けるもんね」

 アイカは軽く息をついて、来た道を振り返った。

 なだらかな道だったが、迎賓館は随分下の方に見える。


「ねえ、凄いわ! 大きな樹が見えて来たの! 早く早く!」

 坂のかなり先の方で、アリスがぴょんぴょん跳ねながらこっちを呼んでいる。


「……やはり子どもは元気じゃのう……」

 杖を突きつつ、エルは眩しそうにアリスの姿を見やる。


「いや、あんたも見た目は子どもでしょうが。どうなってんのよ、あのコとの差」

「IDは魂と深く結びついた肉体じゃ。このIDも、長く生きたわしの魂に同調しておるのじゃな。常に七歳の魂を維持しておるあの娘との違いよ」

 エルは軍帽に手をやり、大きく息を吐いた。


「……ただの運動不足でしょ?」

「ヤクモ機関の長が言うと、不思議な説得力があるな……」

 ディアナは苦笑している。

 身体能力が高い彼女は全く疲れを見せず、ペースをトヲル達に合わせてくれている。


 そもそも坂道を登る必要がないクロウはと言えば、桜の花びらが舞う上空を鼻歌交じりに飛んでいた。

「クロウはん、楽そうで羨ましいわあ。今日もええお天気やし、あれ気持ちええやろなあ」

 カグヤが扇で首元へ風を送りつつその姿を見上げている。


「カグヤもだいぶ楽そうに見えるのであるが……」

 ゾーイはそんなカグヤを見上げていた。


 カグヤは大柄なシェカールの左肩に横座りに腰かけて運んで貰っている。

 慣れているのか、シェカールは彼女を乗せたまま涼しい顔で軽々と歩いていた。

「いややわ、ゾーイはん。これでもコツがいるんえ。お馬はんに乗るんと感じや、こう、お腹の筋肉を使っててな……」

「いいから降りてあんたも歩きなさいよ」

「え? 嫌や。何でうちがそないなえらいことせなならんの」

「こいつ……」


 カグヤをにらむアイカに、シェカールは笑って言った。

「私としてもこの体勢は姫を警護には効果的なのだと考えています、ご了承ください。それに〈月人〉の姫は日中は本当に体力が無いので、みなさんの足にはついて行けないと思いますよ」

「そうなの。うちはか弱い事務畑なんえ。アイカはんに言われてこないな装備着けてるんやけど、もう重い。もう外してほかしたいもん」

 カグヤは昨日のワンピースに近いシルエットの服を着ているが、胸当てを装着し、大弓と矢筒を背負って武装していた。

「そのでかい弓を引くんでしょ? 言うほどか弱くないわ」


 先を行くアリスを追うように坂を上って行くうちに、黒々とした巨木の姿が視界に入って来た。

 というより――山の一部だと思っていたものが、一本の樹木の姿だと分かったのだ。

 それほどに巨大だった。


 坂を上り切って頂に至ると、その樹の大きさがより際立った。

 高さおよそ一二、三〇メートルはある。樹冠の直径も同じくらいあるだろうか。

 巨木の作る影が、辺りの広場全体を覆っていた。


「でかいな……」

 見上げて思わず溜息をついたトヲルに、ゾーイが言った。

「あれがいのちの樹と呼ばれているのである。公園のシンボルであるな」


 遠く海辺まで望める見晴らしのいい公園は、多くの人で賑わっていた。

 景色を楽しんだり、散歩をしたり、それぞれが思い思いに過ごしている。大道芸人が何か芸を見せている人だかりや、飲食を提供する屋台まであった。


「何というか、のどかな場所だな」

 花びら交じりの風になびく銀髪に手をやりながら、ディアナは周囲を見回す。

「ちょっと武装が場違いに感じるね」

 そう言ってトヲルはガントレットに目を落とした。

 魔石の点滅の間隔はさらに短くなっており、ほとんど光り続けているように見える。


「場所はここで間違いなさそうだけど……カグヤさん、その、はじまりのカンナヅキってどこにあるんですか?」

 シェカールの肩の上にいるカグヤは、扇子で口元を覆ってほほほ、と笑った。

「何言うてはんの、トヲルはん。目の前にあるやないの」

「え?」

「さっきからずうっと見えてはるやろ?」

「ま、まさか――」


 トヲルはあらためて巨木を見上げた。


「これが……ッ?」


 カグヤはトヲルの反応を楽しむように笑みを浮かべている。

「せや。市民にはいのちの樹て呼ばれてるこの大きなのんが、はじまりのカンナヅキ。言うたらヤクモ機関発祥の地の象徴やなあ」


「いのちの樹が……カンナヅキだったのであるか?」

「……カンナヅキは意思だとかなんとか、言ってなかったっけ。これ、樹でしょ」

 ゾーイとアイカも驚きを隠せないような様子で目の前の大木を見上げている。


「見た目は樹に見えるけど、これ植物じゃないよ」

 上空を舞っていたクロウがふわりと側に着地した。

「え……?」

「近くで見ると石でできてるみたいだった。その石の表面に植物がくっついてるんだねえ、きっと」


「しかり。カンナヅキは純然たる人工物じゃよ」

 とエルが言った。

 いつの間にかどこかの屋台で買い求めたらしい、串に刺さったリンゴ飴をかじっている。


「じ、人工物……」


「うちとこの古語で、“カン”は“神”、“ナヅキ”は“脳”を意味するんや……」

 カグヤは詩を朗読するように、告げた。

「カンナヅキは“神の脳”。それは人を導くべく、人に造られし、人を超えた、神の知性」


 巨大な樹木――はじまりのカンナヅキを見上げるエルのインバネスが、風に広がった。

「カンナヅキとは、意思。神の脳がくだす、神の意思そのものだったのじゃ」



つづく

次回「第56話 黒い月を前にした俺が、怪物の大群を迎え撃つ話。」


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