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第51話 新たな目的地を決めた俺が、人狼に散髪して貰う話。

「エクウスニゲルの……領主?」

 耳慣れない単語にトヲルは首を傾げた。


「言葉通り、ブラックホース家がエクウスニゲル一帯を治めておった」

「ブラックホース家って……じゃあエクウスニゲルはアリスのもちものってこと?」

「大崩壊のような文明の断絶がなければそうなっておったろうが、話はその前――まだ人の営みがありふれていた頃のことじゃよ。ジャック・ブラックホースは、当時のブラックホース家の当主じゃった」

 スープスプーンを置いてエルは言った。


「ゼノテラスすらまだ存在しない時代だな。ではアリスの兄上――ジャックは、自分の領地にレッドドラゴンを封印したのか」

「そういうことじゃ。本人はそれをタマシヅメ、と称しておった」


「タマシヅメ……何だか〈タマユラ〉と語感が似てるね」

 固有IDへとチューニングする六角柱の装置を思い出す。


「さもあろう、〈タマユラ〉は彼の能力をもとに開発された装置じゃからな」

「……!」

「ジャック・ブラックホースはヤクモ機関創設時メンバーのひとりでな。つまりわしの同僚のようなものじゃった」


 エルと同じく、アリスの兄ジャックもいわゆるカンナヅキの代理人だったらしい。

「アリスのお兄ちゃんもカンナヅキだったとはねえ……」


「当時のアリス・ブラックホースともよく顔を合わせていたのじゃがな。初対面ではないと言ったのはそれゆえよ」

 アリスは眉根を寄せて記憶を探っている様子だ。

「ううーん……?」

「無理もない、わしとて記憶がおぼろな遠い昔の話じゃよ」

 子どもにしか見えないエルが言うと違和感のある台詞だ。


「……その彼の特性なら、レッドドラゴンに対抗することができたのか?」

 ディアナが問う。


「うむ、〈タマタマルタマ〉――それが彼の特性に付けられた名でな」


「え? タマ……タ」

 繰り返しかけたゾーイが半目になってエルを見る。

「言わすな。急にシモネタであるか、このじじい……」


「言いがかりじゃ、どこもシモではなかろうが。特性〈タマタマルタマ〉、それは魂を支配することのできる能力じゃ。知っての通り赤竜の肉体は不死身、完全に滅することなどできん」

「トヲルの〈ザ・ヴォイド〉みたいなものでもなきゃ――ね」

 アイカが付け足す。

「そうじゃ。ゆえにジャック・ブラックホースはその特性でもって竜の荒ぶる魂を鎮め、地の底に封印することにした」


「力づくで魂を眠らせたの? 何それ、それができるなら無敵じゃない」

 声をあげるクロウを、エルは苦笑を浮かべて見やった。

「まあ、のう。特性を発現するトリガーが、自らの寿命を削ることである点を除けば、じゃがな」

「じ、寿命を削る……?」


「封印するには、赤竜はあまりに強大な怪物じゃった。ジャック・ブラックホースは自らの寿命全てを引き換えにせざるを得なんだ……」

 エルは盛られたフルーツの山にフォークを突き刺し、リンゴを取り出した。

「それでもあの男は、あの男にしかできんことを、命を()してやってみせた。それを勇者と呼ばずして何と呼ぶ。そしてその功業は長い年月を経ておぬしらがやり遂げた。勇者の系譜として誇って良いとわしは思う」


 エルが口を閉じると、自然と視線がアリスへと集中した。

 彼女は手元のミルクの液面を見つめていたが、やがて笑顔で言った。


「わたし……ずっと知らなかったの、お兄さんがいなくなった理由。少し寂しかったけれど……お兄さんはみんなのためにとても頑張っていたのね、聞けて良かったわ」

 アリスはミルクを飲み干した。

「良かったことはもうひとつ。トヲルさん達までいなくなってしまわなかったことよ。これからメイさんに会いに行くことだってできるのだし、わたしも寂しくないのだもの。それはとても素敵なことよ」


「……そうだね、ありがとう」

 トヲルは思わず笑みを浮かべた。


「メイとは……?」

「メイ・ウツロミ。俺の妹の名前だ」

「おお、おぬしが探しておるという……よもや、本当にエクウスニゲルで行方が知れたのか?」

「詳しいことは分からないままだけど、手掛かりは見つかった。アリスが案内できるみたいなんだけど……」

 トヲルはエルにカヴンステッドのことを語った。


 話している間に一同の食事は済み、テーブルが片付けられて食後の紅茶が運ばれてきた。

「……カヴンステッド……か」

 話を聞いて考え込むエルに、アイカが問う。

「何か知ってる?」


 エルは首を振った。

「いや……地名ではなさそうじゃが。それでアリス・ブラックホースよ。おぬしの能力をもってしてもたどり着けぬ場所へ、どう案内してみせる?」


 食べさせてあげるつもりなのか、紅茶に添えられた焼き菓子をディアナの口元にもって行こうとしていたアリスが、名前を呼ばれて顔を向けた。

「マルガレーテさんに行き方を聞いているの。教わった通りに手順を踏めば、カヴンステッドが見つかるのだわ」


「……そこまで聞いてもいまいち腑に落ちないが……つまりこれから我々はどこへ向かえばいいのだ?」

 ディアナが尋ねた。

 アリスの差し出す焼き菓子を遠慮していた彼女だが、結局、不承不承という感じで食べさせてもらっている。

「まずはケラススフローレスという場所に行くのよ」


「……」

 その名を聞いたエルが、紅茶のカップに口をつけたまま片眉をあげた。


「ケラススフローレス……城塞都市の名前かな?」

 そう言うトヲルに、ゾーイが勢い込んで言う。

「知らないのであるか? ケラススフローレスはゾーイの故郷である。いい所であるよー、気候は穏やかで、ごはんはおいしいし、温泉もあるのである!」


「温泉かあ、いいねえ。でもぼくも聞き覚えのない街だな……どの辺にあるんだろう?」

 クロウの疑問にアイカが答えた。

「東の方にある島の中心地よ。こっからだと五〇〇〇キロくらいはあるかな……」

「え、遠ッ! というかゾーイならまだしも、アイカも詳しいんだねえ」

「そりゃまあ……」


 エルが彼女の言葉を継ぐように言った。

「何しろ、ケラススフローレスはヤクモ機関の発祥の地にして本拠地じゃからな」


「え……」

「魔女め……あえてかの地に呼び寄せるとはどういうつもりじゃ」

 エルは再び考え込んで手にした紅茶のカップを見つめている。


「……しかし馬車の足でも五〇〇〇キロは遠いな。アリス、きみの〈ワンダーランド〉で行くことはできないだろうか?」

「ごめんなさい、わたしも初めて行くところだから……」

 アリス自身が目的地への行き方を把握していなければ、〈ワンダーランド〉で移動することはできないと言う。

「島国だから海を越えんのよ。海辺の城塞都市で船便の調達も考えなきゃね」


 そこへエルが口を開いた。

「ふむ、おぬしらさえ良ければこのフランケンシュタイン号で運んでやるぞ。目的地に着くのは早いに越したことはあるまい?」


 トヲル達は顔を見合わせて、あらためてエルの方を見た。

「そ、それは助かるけど、いいの?」


「言ったじゃろう、おぬしらに対する感謝の思いに裏はない。その程度のことくらいはさせよ。それに――」

 彼はカップを置いて、ひと息ついた。

「あの魔女のたくらみがわしも気になっておる」



 巨大飛行船の底力というべきか、アイカの馬車は昇降機を使って馬ごと船内に格納された。

 ブリッジに入ったエルが、伝声管を通じてフランケンシュタイン号の発進を告げる。


 これから一路、船はケラススフローレスへと空を進むのだ。


 移動時間を使って、技術員のイェルド・ステンバーグがトヲル達の装備を整備してくれることになった。

 故障した端末、連戦で傷んだ装備などが、彼の前に並べられている。

 トヲルのガントレットも、ワーウルフの攻撃を受けた時に付いた噛み後がはっきりと残っていた。

「こいつぁ……やりがいのありそうな仕事でさあ」

 イェルドは愉快そうに顎髭をなでている。


 アイカは反応を示さなくなった端末を手に取った。

「レッドドラゴンに近付いただけで壊れるなんて、意外ともろいのね、これ」

「まあ、端末はSFの場を利用してる装置でしてね。同じくSF由来の特性による干渉はもとから受け易い仕組みなんでさ。機械が壊れたんじゃねえと思うんで、すぐ直りまさあ」


 ディアナは鼻先を自分の両手剣に近付けた。

「随分と酷使してしまった。もとに戻るだろうか?」

 幾度となくレッドドラゴンの身体を断ち斬った刃は、ほとんど潰れている。


「問題ねえでしょう。あっしにかかりゃあ、新品同然に蘇りまさあ。しかし驚いた。まさかこれでドラゴンを斬っちまうとはなあ……」

 イェルドは両手剣を手に取って角度を変えつつ目を走らせた。

「使い手の技術があったればこそ、この程度のダメージで済んだのかも知れやせんね」


 次いでクロウの太刀を鞘払った彼は、刀身を眺めて軽くうなずく。

「こっちも大丈夫そうだ。両手剣よりは状態がいい」


「ぼくもレッドドラゴンにひと太刀浴びせとけばよかったかな。記念に」

「そんな余裕のある状況ではなかっただろう……」

「ドラゴンを斬ったんだから、ディアナの剣はドラゴンスレイヤーって名乗っていいよね。並び立つ伝説の刃! その名はドーンブリンガーとドラゴンスレイヤー! あ、意外とこれいいかも知れない」

「う……うむ……」

 クロウの口上に、ディアナはむずむずと口元を動かしている。尻尾が大きく振られているので、満更でもなさそうだ。


「そうだ――」

 トヲルはポケットを探って、六角形のパネル――“魔石”を取り出した。

「イェルドさん。これ、装着できるように加工できないかな。どこかで失くしたら大変だし」

「おやすい御用で。そんなら、トヲルさんのガントレットに組み込んでみやしょうか」

 イェルドは魔石を受け取ると軽く請け負ってみせる。


「こないだ手入れして貰ったばかりで悪いけど、また頼むわね」

 アイカはそう言って苦笑した。

「なあに、それだけ厳しい戦いだったってことでしょうや。それに力添えできたってんなら職人冥利(みょうり)に尽きるってもんで」

 と、彼は快活に応じた。

「とにかくこうして戦いから戻ってきた装備をまた手入れさせて貰えるってなあ、むしろありがてえ話なんですよ。ま、それで言やあ――ここにヴィルジニアさんの大槍とバックラーがねえってのはちっとばかり寂しくもあるが……縁がありゃあまた(まみ)えることもありやしょう」


「そうだねえ。案外、蛸のおじさんの技術を惜しがって、泣きついて来るかも知れないよね」

 クロウも小さく笑みを浮かべた。


「何にせよ、職人風情にできるなあ、目の前の装備を万全にすることだけなんで。よし、そんじゃあ――」

 イェルドは両手をぱんと叩いた。

「いっちょ〈神工鬼斧(しんこうきふ)〉の腕の見せ所でさあ! ケラススフローレスに着くまでにゃあ、きっちり仕上げてみせますからちょいと待っといておくんなせえよ!」

 威勢のいいイェルドの言葉を受けて、トヲル達は彼の仕事場を後にした。


 エルのはからいでトヲル達には個室もあてがわれていたが、何しろ飛行船による移動は初めてだ。

 トヲルはラウンジの広い窓辺で、外の景色を眺めて過ごしていた。

 外の天候はすっかり回復したようで、青空のなか雲が次々に後ろへ流れていくのが見える。


 両眼の容態が回復したらしく、白い布の目隠しを解いたクロウがそこへやって来た。

「……解釈違いだなあ」

 初めてトヲルの顔を見た彼女は開口一番、そう言った。


「思ったより顔が可愛いかったのは良かったけど、全く蛸の要素が無いじゃない。それじゃあダメだよ」


「ダメだよと言われてもな……いい加減、蛸から離れてくれないか」

「やだよ、何でだよ」

「何でだよはこっちの台詞だよ」

 トヲルはげんなりした様子でうなだれた。


「それに髪が長すぎだよ、トヲル。毛先もばらばらだし、何でそんなにぼさぼさなの?」

 言われてトヲルは自分の前髪をつまんだ。

 確かに長い。

「ずっと自分の姿が見えなかったから、気にならなかったんだ。襟もとや顔に触れたりして煩わしい部分は自分で適当にハサミで切ってたし……」

 切るべき髪も透明で見えなかったから、完全に手探りでやっていた。


「何ならわたしが切り揃えてあげようか?」

 声の方を見ると、人型に戻ったディアナが歩いて来る所だった。

 鎧ではなく、すっきりとしたシャツとパンツを身にまとっている。


「ディアナ散髪とかできるの?」

「軍用犬の世話をしていたからな。トリミングは得意だ」

「……」

「冗談だ。兵団の作戦では長い期間、町場を離れることも多い。兵士をやっていると自分達で身支度を整える技術はひと通り身につくものなのだ。任せておけ」

 彼女は軽く胸元を叩いてみせた。


 エプロンを着け、長い銀髪を後ろでまとめ上げたディアナは飛行船の後部デッキへ椅子を持ち出した。そこへ座ったトヲルに白いシーツがかけられる。


 彼女は手慣れた様子で彼の髪を霧吹きで濡らすと、櫛を動かしつつハサミを入れ始めた。

「トヲルは髪質がわんこと似ているな。やりやすい」

 何やら気になることをつぶやいているが、散髪が得意なのは本当らしい。


 デッキには、上空の爽やかな風が吹き渡っていた。

 周囲を取り囲む明るい青空と白い雲が、目に鮮やかだ。


「こんな見晴らしのいい場所で髪を切ってもらえるなんて、贅沢な時間だな」

 髪を切る規則正しい音も耳に心地よい。

「たまにはいいだろう。アイカの言う、メリハリというものだ」

 ディアナはそう言って微笑んだ。


「何だかおもしろそう。ぼくもトヲルの髪を切ってみたいな」

 デッキの柵に腰かけて散髪の様子を眺めていたクロウが言った。


「……君に任せたら、丸坊主にするだろ。そっちの方が蛸っぽいとか言って」

「そうだね」

「否定しろよ、危ない奴だな……。そういえば君の両眼は平気なのか? 前は眼帯を着けてただろ」


 言われたクロウは嬉しそうに翼を動かした。

「お! よくぞ聞いてくれたねえ、蛸のおじさんにこんなの作って貰ったんだ」

 と、彼女が取り出したのは純白のマスクだった。

 顔に装着させながらクロウは言う。

「平気っちゃ平気なんだけど、やっぱりちょっと抑えが欲しい感じはするんだよねえ。このマスクは目の所が遮光器になってるらしくて落ち着くんだよ。両眼に眼帯する訳にはいかないもんね……」

 目元だけを隠すハーフマスクで、鼻先はくちばしのように鋭く尖っている。

 翼の生えたクロウが着けると、全体が優美な鳥のようなシルエットになった。


「どう、これ! 純白の翼を広げ、天空を駆ける黒髪の乙女、その仮面の下に隠された素顔は誰も知らない! かっこいいよね!」

「君の素顔ならみんな知ってるけど……」


「か、かっこいい!」

 ディアナが目を輝かせている。

「ディアナッ? ハサミ使いながらよそ見しないで!」

 デッキにトヲルの悲鳴が響いた。



つづく

次回「第52話 飛行船で海を越えた俺が、城塞都市の出迎えを受ける話。」


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