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第50話 世界の管理者と朝食を共にした俺が、事件の背後を聞く話。

 ヤクモ機関の巨大飛行船、フランケンシュタイン号。

 機関長のエルに招かれたトヲル達は、再びその船内にいた。


 場所は壁一面がガラス窓になった広い部屋だ。

 以前通された作戦指令室とよく似ていた。


 ぬいぐるみを抱いたアリスが、窓を叩いて流れる雨粒を無心に眺めている。

 外は明るかった。雲が少し薄くなってきているようだ。


 部屋の扉が開き、濡れた衣服を着替えたエルが入って来た。

 軍帽に詰襟、インバネスにステッキという出で立ちは全く同じだ。


 その気配に振り返ったアリスが、スカートの端をつまみ足を引いて礼をする。

「ごきげんよう、はじめまして。わたし、アリス・ブラックホースよ」


 エルはその姿を見て、小さく頷いた。

「わしはこのヤクモ機関の機関長、エル・F・ロッサムじゃ。はじめまして――ではないがな」

「……え?」

「アリス・ブラックホース。よもやここで会うことになろうとはのう」


 とまどうアリスをよそに、エルはそのまま視線をトヲル達へ向ける。

「さて……わしに訊きたいことがあるのじゃろう、そう顔に書いておるわ」

 彼は小さく笑みを浮かべた。

「案ぜずとも答えてやる。おぬしらはレッドドラゴンを倒した勇者じゃ。その程度の権利はあってしかるべきじゃな」


 壁際にもたれるアイカが口を開く。

「そう。あんたを物理的に締め上げる手間が省けて良かったわ」


 エルは眉尻を下げてそんな彼女を見やった。

「物騒な奴じゃ……年端も行かぬような子どもを締め上げる娘など、あまりいい絵面ではないぞ」


 彼がテーブルに置かれた鈴を振ると、部屋の扉が開いてワゴンに乗せた料理が運ばれてきた。

「朝食を用意しておる、話は食べながらとしよう」



 テーブルには卵料理とハム、スープ、かご盛りのパンなどが並んでいる。船内に調理スペースがあるのか、料理はどれも温かい。

 そこへ新鮮な野菜や果物が盛られたボウルも添えられた。

 夜明け前にポトフを口にしたばかりではあるが、朝食を取るのに充分なほどの空腹感はある。


 軍帽とインバネスを取り、テーブルの奥に座るエル。

 中性的な面差しは全体的に小作りで、相変わらず小動物を彷彿とさせる。


「そもそも、何でフランケンシュタイン号がここに来てるの? ゼノテラスは?」

 目玉焼きをつつきながら、アイカが尋ねた。


「きっかけはおぬしからの定時連絡じゃ。ゾーイ・リュンクスの発見の報の後に途絶えたじゃろう」

「ああ……アリスの〈ワンダーランド〉に呑み込まれてたからね。その後すぐにレッドドラゴンの竪穴に入って、端末も壊れちゃったし」 


 エルはパンをちぎってバターを塗った。

「楽観できる状況ではなかったからのう。場合によっては、わし自らが動く必要も出てこよう。ゼノテラスでの手続きも順調であったため、フランケンシュタイン号ごと動くことにしたのじゃ」


「今回エクウスニゲルで起こったことは、最初から予想できてた……って感じね」

「……」 

 アイカが鋭い視線を向けると、エルは黙ってパンを口に入れた。


「ゼノテラスにHEXの技術を供与した何者か――ゾーイにその調査を指示した、と以前言っていたか。当然、きみはそれがマルガレーテであることも知っていたのだな」

 ディアナは椅子の上に前足を揃えて座っている。

 彼女の前にも料理が並べられているが、狼の姿のまま食べるのは控えているようだ。


「マルガレーテ・フォン・ファウルシュティヒ――わしは魔女と呼んでおる」

 エルがその名を口にする。

「固有IDに新たな特性を付与するというHEXなる装置。その異様な機能と、かの魔女の存在とは容易に結びついた。そして、エクウスニゲル周辺であの女の足跡が認められたことで真っ先に頭をよぎったのが赤竜の存在じゃ。封印されし怪物を、魔女が利用しようとしているのではないかと懸念した」


「……それで調査を指示されたゾーイがのこのこ現地に向かったら、その懸念が的中していたのであるな」

 ゾーイは渋い顔でスープをスプーンですくっている。

「マルガレーテがあんなに危ないやつだと教えてくれていれば、ゾーイも深追いしなかったであるよ」

「まあ、ゾーイが先行して調査進めてたからあたし達が早めに手を打てたって面もあるけどね」


「ねえ、きみはヴィルジニアのことも知ってたんだよね?」

 クロウが口を開いた。

 目隠しを外した彼女も料理には手を付けず、手探りで食べやすそうなフルーツばかり摘んでいる。


「そうね、あのコは自分達のことをヤクモ機関の本流だって言ってた。つまりそもそも全てを仕組んでたのがあんただって捉え方ができるんだけど」

 アイカもそう言ってフォークの先でエルの方を指した。


「……それは違う」

 彼は短く答えた。


「でもヴィルジニアはカンナヅキを名乗ってたんだよ。ヤクモ機関の創始者だっていう、きみもそうなんでしょ?」


「カンナヅキ……」

 エルは目を伏せ、言葉を選んでいる様子だった。

「カンナヅキとは、意思じゃ。その意思を実行する代理人のひとりとして、わしは今のヤクモ機関を組織した。その意味ではこのわしはヤクモ機関の創始者じゃろう。それは事実じゃ」


「ヴィルジニアも同じことを言ってた。やっぱり一緒なんじゃ……?」

 トヲルが言うと、エルは首を振った。

「いいや、あり得ぬ話じゃ。何となれば、カンナヅキはすでに存在しておらんからのう。わしを含めて、代理人が今の世に存在するはずがない」


「え……?」

 エルを除いた全員が、息を呑んだ。

「どういうこと?」

 アイカの問いかけに、エルは静かに答える。


「カンナヅキはヤクモ機関を通じて、SF、IDという技術を人類へもたらした。そしてそれらの技術は――文明そのものを構成する要素となるまで社会へ浸透しきった後、突如として世界中で誤作動を起こした」


 ディアナが目を眇めた。

「……怪物の発生か」


「うむ。俗にいう、大崩壊じゃ。事態の対処に当たるため、わしらヤクモ機関はカンナヅキに判断を仰いだ。カンナヅキの代理人によって組織された機関じゃ、当然じゃな。じゃがその時カンナヅキは何の判断も示さなんだ。そればかりか、以降カンナヅキは一切の意思を表すことすらなくなった」


「死んじゃった……? のであるか」


「そう表現しても良かろう。因果関係が証明された訳ではないが、大崩壊はカンナヅキの死がきっかけで起きたもの、とわしは考えておる」

 エルは目玉焼きにナイフを入れた。


「カンナヅキの異常に気付くのが、遅きに失した。ヤクモ機関が、世界の破壊者と呼ばれておるのは間違いではない。今わしが率いておるヤクモ機関が世界の均衡を保つ為に力を尽くしておるのも、その贖罪(しょくざい)の意味が無い訳ではないのじゃ」


 アイカが顎先に指を当てて小さく唸った。

「カンナヅキはもう存在しないから、今のヤクモ機関はカンナヅキの意思ってのとは無関係――じゃあ、ヴィルジニア達は何者? 単なる(かた)り?」


「わしから言わせればそうじゃ。ヤクモ機関はわしの率いるこの組織のみ。そして、ヤクモ機関がこたびの事態を任務としてヴィルジニアに指示したという事実もない。とはいえ――」

 エルは小さくかぶりを振った。

「状況は深刻なものとみておくべきじゃろう。何しろ、かの魔女が絡んでおる」


 マルガレーテの特性〈スペルクラフト〉は、術式にさえできれば万能の力だ。

 (うしな)われたカンナヅキを復活させるようなこともできるかも知れない。


「あの女の側で、カンナヅキの代理人を名乗る連中が動いておるという認識はあったし、そやつらがヤクモ機関の内に潜んでいることも予想しておった。機関の情報網をもってしても魔女の足跡がなかなか掴めなかったことにも、ここにきてにわかに魔女の存在がにおってきたことにも、何か一定の意思を感じておったがゆえにのう」


「機関の内部で、そう仕向けていた人物がいた……」

 ディアナがつぶやくように言った言葉に、エルはうなずいてみせた。

「うむ。そしてそれは、ヴィルジニア・セルヴァ、ゾーイ・リュンクス、そしてアイカ・ウラキのいずれかじゃろうというところまで絞り込めておった」


「は? あたし?」

「ゾーイも疑われてたのであるか」

 アイカとゾーイが同時に声をあげた。


「ゆえにヴィルジニア・セルヴァのことを聞いても驚きはせなんだ。想定の範囲内じゃ」

「……そっか。さすが世界の管理者って感じだよ」

 クロウはわずかに顔を伏せて、ボウルのフルーツを口に運んだ。


「ちょっと待って。じゃあ、あんたは疑惑を向けてた人間を全員エクウスニゲルに集めてたってこと?」

「ちなみに一番疑わしかったのはおぬしじゃよ、アイカ・ウラキ。状況から、ゼノテラスの事件にも一枚かんでおる可能性すら考えておった」

「はああ?」

 アイカの細い眉が吊り上がる。


「日頃の行いが悪かったんだねえ」

 しみじみと言うクロウをにらむアイカ。

「何でよ。さっきの三人のなかじゃあたしが一番真面目に研究者やってるっつうの」


「でも分かる気がする。アイカは機関の施設にあまり寄り付かないし、きっと普段の素行がいまいちよく分からないのであるよ。何かいつもどこかをほっつき歩いてるイメージ……」

「あんたも疑われてたのは一緒でしょうが! つうかフィールドワークよ、ほっつき歩くとか言うな」


 趣味のキャンプがそのフィールドワークのかなりの部分を占めているのではないかとトヲルは思ったが、黙っておくことにした。


「偶然によるところもあったが、三人をエクウスニゲルに集めれば何か動きがある……そう踏んでおったことは認めよう」


「エルが俺達にあまり情報を渡してくれなかったのは、アイカ達が疑われてたからか……」

「悪かったわね」

 アイカが拗ねたように目玉焼きを頬張っている。


「何となくだが……アイカやヴィルジニアの、エルに対する評価が腑に落ちた気がするな」

 ディアナが細く溜息をついて言った。

「ね、いけすかないでしょ?」


 知らないうちに死地へと向かわされていたゾーイも憤慨している。

「全くである。この人を人とも思ってない感じ。ちょっと顔が可愛いからって調子に乗ってるのであるよ」

「別に調子に乗ってなどおらん……」

「でも残念だったであるな! こっちにはもうトヲルという新たな美少年がいるのであるよ!」

 指差されたトヲルは何も言えずにいる。

「だからこっちのじいさんは、いっそのこと入れ歯が飛び出るぐらいの勢いで顔面パンチしてやってもいいかも知れないのである!」


「面と向かってむちゃくちゃ言いおるな……理由がどうあれ無闇に人の顔面をパンチしていい訳がなかろう。分かってくれとは言わんが、わしとてヤクモ機関の長としての責務があったのじゃよ。……というかわしは入れ歯でもない」

 顔をしかめたエルだが、すぐに真顔に戻った。


「……じゃが結果として、事態は最悪の方向へ流れた。飛行船から赤竜の巨躯(きょく)が見えた時にはさすがに肝が冷えたわ。先行させていた機関職員も四方に放たれる熱線で近付くことすらままならず、撤退を余儀なくされた。赤竜にわしの力が通用する確証は無かったが、わしが出るしか術はないと考えておった――」

 彼はトヲル達の顔を見回して言う。

「その赤竜を、おぬしらが倒してみせたのじゃ。少なくとも、おぬしらに対する感謝の思いに裏はない」


「そうであって欲しいわね。それなりに大変だったんだから」

 アイカは不機嫌な顔のまま、パンを手に取った。


 つられるようにパンに手を伸ばしたトヲルは、そこでふと浮かんだ疑問をそのまま口にする。

「エルの力が通用する確証は無かったって……そんなもの凄い怪物を、そもそも最初はどうやって倒したの?」

 クロウも大きくうなずいた。

「確かにそうだよねえ。レッドドラゴンはあの穴に封印されていたんだもんね?」


 エルは意外そうな表情を見せる。

「何じゃ……おぬしらアリス・ブラックホースと行動を共にしていて、まだ聞いておらなんだか」

「?」

 カップを抱えて舐めるようにミルクを飲んでいたアリスが、名前を呼ばれて顔を上げた。


「……何でアリスが出て来るの?」

「さあ……?」

 怪訝な顔をアリスへ向けるアイカ。アリスも怪訝な顔をアイカに向けている。


「アリスが初代ドラゴンスレイヤーだったとか? それならぼく達の先輩だ」

 歳を取らない種族<ナイトメア>のアリスが、当時もそのままの姿でいた可能性は高いかも知れない。


「まあ、わたしったらいつの間にそんな大それたことを成し遂げたのかしら」

 素直に驚いているアリスに、ディアナが言う。

「いや……竜を倒していればさすがに覚えているのではないか?」


「無論、彼女ではない。その実の兄の方じゃ」


「兄……? そういえば、アリスにもきょうだいが――」

 言いかけてトヲルは口をつぐんだ。


 ――うんと昔、わたしにもお兄さんがいたのだわ。


 チェスを指している時、アリスは確かそう言っていた。

 過去形だった。今はもういないということか。


「気にしないで、トヲルさん。お兄さんのことはわたしもよく覚えていないのよ」

 アリスはそう言って困ったような笑みを浮かべた。


「その名は、ジャック・ブラックホース――」

 エルは言葉を継いだ。

「エクウスニゲルの領主にしてかつて勇者となった男じゃよ」



つづく

次回「第51話 新たな目的地を決めた俺が、人狼に散髪して貰う話。」


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なにとぞよろしくお願いします。

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