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第47話 透明人間の力を覚醒させた俺が、敵の目的を阻んだ話。

 低く雷鳴を響かせる空から、ついに雨が降り始めた。

 熱線によって焼かれた木々や岩に水が当たってしゅうしゅうと音を立てている。


 トヲルはようやく空から目線を外した。

 レッドドラゴンという厄災は、消失したのだ。


 ほっとした途端に、強い眩暈(めまい)に襲われた。

 特性を使い過ぎたようだ――しかし今、ここで倒れる訳にはいかない。


 トヲルはもう一度、自分の胸に手を当てる。

「……〈ザ・ヴォイド〉」


 残った〈ドゥームズ・デイ〉の毒を消失させ、彼は大きく息をついた。

 大丈夫、先ほどの成功でコツは掴めている。


 背後でがらりと岩の崩れる音がした。

「……!」

 振り返ると、いくつもの大きな瓦礫が空中に浮かんでいる。

 その下から細い腕が伸びた。

「ヴィルジニア!」


 穴の縁に大槍を突き刺す。

 槍を支えに自分の身体を引き上げたヴィルジニアは、力尽きたようにその場で仰向けに倒れ込んだ。

 詰めていた息を吐き出すように、何度も咳込んでいる。


「ヴィルジニア、無事で良かった」

 トヲルが駆け寄ると、ぐったりと腕で顔を覆っていたヴィルジニアが気だるげに応じる。

「ああ、無事? どこが無事だよ、引力操作して何とか生き埋めは逃れたけど、毒のせいで身体の自由が効かない。這い上がるだけでもう限界だ」


 彼女は顔を覆っていた腕をどけてトヲルの顔を見た。

 目の周りには濃い隈が浮かび、白目も充血している。

「……。いや誰だおまえ」


「俺だよ! 声で分かるだろ、トヲルだ」

「トヲルっておまえ……何か色付いてるぞ」

「色はもとから付いてるよ。俺にも何が起こったかよく分からないんだけど気付いたらこの状態で……」


 ヴィルジニアは苦しげに半身を起こした。

「何でそんなことに……いやそれより、レッドドラゴンはどうした」

 

 トヲルは小さくうなずいた。

「……倒せた」

「……〈ザ・ヴォイド〉、か?」

「うん。みんなのお陰だ」


 そうか、とヴィルジニアはもう一度仰向けに倒れ込んだ。

「あいつらも無事ってことだな。……そうかよ、さすがはおれの弟だ。あー、雨だ。生き返る」

 空に向かって舌を出して雨粒を受け止め、彼女は小さく笑った。


「トヲルどこ? 無事なの?」

 崖の上から下りてきたアイカ達の呼びかける声がする。


 トヲルは手を振って声をあげた。

「ここだよアイカ、うまくいったんだ! ヴィルジニアもいる!」


「そう、あのコなら大丈夫だと思ってたけど、良かった」

 ドームの残骸の向こうからアイカが顔を出す。

「……。いや誰よあんた」


「だから俺だよ! トヲルだってば!」

「何なのその姿。身が付いてるじゃん」

「身はもとから付いてるんだよ! とにかく理由は分からないけど、透明状態が解けてるんだ」


「と……トヲル……なのか?」

 アイカの後から姿を見せたディアナもトヲルを見て目を見開いている。


「ほ、ほら見ろアイカ、美少年じゃないか! わたしが前に見た通りだ!」

 トヲルの顔面を刺し貫かんばかりに指を突き付けるディアナ。


「どうだ、これでわたしの妄想ではなかったことがはっきりしたな!」

「ディアナ興奮しすぎだから。……似たようなこと言ってたリサにはこの姿が見えてたのかな。いや何つうか、リサの言うことだから話半分に思ってたけど……むうう」

 アイカはトヲルの顔をしげしげと見つめて低く呻いている。


「はー、意外なのである。トヲルってこんな可愛い顔してたのであるな」

 ゾーイが口を開けてトヲルの顔を覗き込んでいる。

「か、可愛い……?」


「なになに、トヲルの素顔見れるの? ぼくも見たい!」

 ゾーイに肩を貸されているクロウは、目元が白い布で覆われている。

「クロウは目を休ませないとダメなのである」

「ぅえええッ? ずるい!」


 今は誰の目でも彼の姿を視認することができている。

 種族〈インヴィジブルフォーク〉、トヲルの身体が透明でなくなったのは明らかなようだ。


「……というかおまえら、何でそんなに元気なんだ。毒喰らってただろ」

 ヴィルジニアがうつろな表情でこちらを見ている。

「あ、ヴィルジニアも無事で良かったのである」

「だから全然無事じゃないんだよ。取ってつけたみたいに言うな」

「ごめんね」

「謝るなよ、余計傷つくわ」


「……そうだ俺、〈ザ・ヴォイド〉で身体の毒を消すことができたんだ。感覚はしっかり残ってる。これでみんなの毒も消してあげられるよ」


 トヲルが言うと、アイカは彼の全身に視線を走らせた。

「うん、確かに血流を見ても異常が見つかんない。トヲルの力で毒を治癒できるのは間違い無さそうね。ヴィルジニアが一番しんどそうだし、このコからお願い」


「……何だ? 毒を消す?」

 不思議そうな顔をしているヴィルジニアに、トヲルは消失の手を向ける。

 そこで彼は少しためらった。

 その手は、レッドドラゴンを消し飛ばしたものと同じ手だ。


「……平気? 俺の特性を身体に受けるの……」

 ヴィルジニアは寝そべったまま目を閉じる。

「今さら気にするかよ。何だかよく分からんが、ひと思いにやってくれ」


「分かった――」

 トヲルはヴィルジニアの胸元に右手をかざした。

「〈ザ・ヴォイド〉」


 ヴィルジニアが小さく呻いて眉根を寄せたが、すぐに目を見開いた。

「……お……?」


 身体を起こし、確かめるように何度か咳ばらいをしてみる。

「……ホントだ、何か楽になった! 凄いな、こんなこともできるのか、おまえの特性は!」

「できるようになったのはついさっきだけどね」

「おっけー、後は外傷をゾーイに直してもらえば大丈夫かな。じゃあ次はクロウの番ね。囮役としてレッドドラゴンとやりあってたからかなりダメージ受けてると思うし」


「よしきた」

 布で目元を覆われたクロウは、ゾーイの肩に掴まりながら前に出た。

 熱線を受けた白い翼はすでに元に戻っている。

「クロウ、君また目を……」

「今は休ませてるだけだから大丈夫だよ。むしろ両目から熱線出せるようになったからパワーアップなんだよ?」

 顔の上半分が隠れているが、クロウの口は笑顔だった。

「君が注意を引いてくれたお陰でレッドドラゴンの消失に成功したんだけどさ……あんまり無茶するなよ」

 人のこと言えないけど、と思いながらトヲルは右手をクロウの胸に近付けた。


「えっ、なに、ぼくの胸触ろうとしてる? 待って、目隠しされたままなんてめっちゃどきどきする! 変な声出ちゃったらごめんね!」

「触らないから! いらんこと言うな、動揺して手元が狂ったらどうするんだ――〈ザ・ヴォイド〉!」

「あうっ!」

 クロウは小さく仰け反ったが、そのまま感嘆の声を漏らす。

「おー……確かに毒が消えた感じがする。……でも目の痛みは取れないねえ、やっぱり」


「疲労による痛みだって言ってるのである。休ませるのが一番なのであるよ」

 クロウの身体を支えているゾーイにも右手をかざす。

「ゾーイもじっとして。〈ザ・ヴォイド〉」

 一度強く目をつむった彼女はほっとしたように目蓋を開いた。

「……助かったのである。でもその身体、もう透明にはならないのであるか?」


 トヲルは自分の右手を見つめた。

「いや……そんなことも無さそうだ。意識すれば見えなくなる」

 その手首から先が、視界から消える。


 アイカはその様子を見て口元に手をやった。

「ふうん……透明化を、コントロールできるようになってんのね」

「多分……自分の毒を消失させようと身体の隅々にまで意識を巡らせたことで、IDをちゃんと扱えるようになったのかも」

 トヲルは右手を元に戻してみせる。


「ありえる話だな。剣術においても、意識することで理想的な身体の動かし方を体得する場合は多い。そのIDが本当の意味でトヲルのものになった証だろう」

「ディアナも早く毒を消してもらって。あんたも至近距離でレッドドラゴンとやり合ってたんだから」

「ああ、頼むよ」

 トヲルはディアナの胸元に手をかざした。

「〈ザ・ヴォイド〉」


 ディアナが大きく深呼吸をして言った。

「……礼を言う。またきみの能力に救われたな」

「仲間だからお互い様だよ。俺もみんなの力になれて嬉しいし」

「うむ」


 微笑んだディアナの瞳が、黄金色からいつもの紫色に戻った。

 顔の横に銀色の毛並みに覆われた狼の耳が生える。

「……ここでリセットの時間か」

 腰の上辺りから伸びた銀色の長い尾を指にかけて、彼女はつぶやいた。


 変化は一瞬で、ふぁさりと伸びた銀髪でディアナの全身が覆われたかのように見えた。


 彼女の装備している鎧は体型の変化によって勝手に外れるようになっている。

 外れた鎧が地面に転がる音のした時には、すでにそこに銀色の美しい狼が四つ足で立っていた。


「ディアナのもふみが戻ってきた!」

 喜んで抱き付こうとするアイカの腹をディアナは慌てて鼻先で押しやった。

「待て待て、アイカこそ毒消しがまだだろう」


 アイカで最後だ。

 トヲルは彼女にも右手をかざす。

「〈ザ・ヴォイド〉」

「ん……ありがと」

 微笑むアイカにトヲルはうなずいて、細く息を吐いた。

「ふー……」

 顔に当たる雨粒の冷たさが心地よい。能力の使い過ぎで体温が上がっているようだ。


 アイカの冷たい掌がトヲルの額に当てられる。

「やっぱ熱が出てんね……早くどっかで休ませなきゃ」


 その時、頭上から声がした。

「なるほど……透明人間。それがお主の本来の姿か」

 声の方向は、崩れかけた尖塔の上だ。


 そこに立っている白尽くめのロビンと目が合った。



 操っていた怪物の消失は本人にも影響を及ぼすのか、ロビンは壁に手を突いて身体を支えている。


 彼は疲弊したような表情に薄く笑みを浮かべていた。

「意外と小娘のように線が細いな。竜を丸ごと消し飛ばした男の姿とは思えぬ」


 トヲルは咄嗟に身構えた。

「どうするつもりだ。レッドドラゴンはもういないぞ」


「ああ、そうだ。こちら側の計画は破綻したと言うべきだろう。それにしても竜殺し(ドラゴンスレイヤー)――か。いにしえの物語に出て来るような勇者をまさかこの目にする日が来ようとはな、不思議と愉快な気分だ」

 低く笑った後にうめき、ロビンは壁に背を預けた。

「私に今できることと言えばお主らに怪物の群れをけしかけるぐらいだが、今さらそれも意味をなすまい。仕切り直しだ、この場は去ることにする」


「黙って行かせると思ってんの?」

 アイカの声と共に紅いマントがトヲルの身体から離れた。

 空中で形を変え、いくつもの槍となって穂先をロビンに向ける。

「あんたには訊かなきゃなんないことが山ほどあんだから」


「……お主らとて、疲弊していよう。その状態であのマルガレーテを相手にするつもりか?」

 ロビンの言葉に応じるように、聞き慣れたノック音がした。


 コンコン、ココン。


 尖塔の石壁が扉のように歪み、奥の空間からマルガレーテの黒尽くめの姿が現れた。

 黒い帽子のつばに、雨粒が当たって音を立てている。


「……我が術式によって生まれたひとつの可能性は、ここに潰えたようだな。だがなかなかに我が欲を満たす具合であった。こたびのいきさつは、さだめて我が糧となることであろう」

 ひとりごとのように言葉をつむぎながら、表情を変えることなく彼女はこちらを見下ろしている。


 確かに底の知れない力をもつマルガレーテに、トヲル達の攻撃が簡単に通じるとは思えない。

「……」

 アイカは槍を浮かべたまま、黙って相手をにらむ。


 アリスが異空間の向こうから姿を現した。

 ぬいぐるみと一緒に、二着の黒いコートを抱きかかえている。

 黒コートを差し出されたロビンは、白い着流しの上からそれを羽織った。

「ではな、また会うこともあろう」


 ロビンはトヲル達に背を向け、そのまま言葉を継いだ。

「いつまで寝ているつもりだ……行くぞ、()()()()()()


 ヴィルジニア……?


 ロビンの発した言葉を理解できないまま、トヲルは横にいるヴィルジニアに目を向けた。

 雨粒を全身で受け止めるように、彼女は大の字になって寝そべっている。


 ――何者だおまえッ!


 以前、ロビンに扮したゾーイがヴィルジニアの名前を呼んだ時、彼女は激しく問い質していた。

 だが今ロビンにその名を呼ばれたヴィルジニアは、黙って身を起こすだけだった。

「……分かってるよ」

 濡れた髪をかきあげて、立ち上がる。


「ヴィル……ジニア?」


 トヲルの声に、彼女は大槍でとんとんと肩を叩きながら考えている様子だったが、

「あー、まあ、そういうことだな」

 と、親指でロビンの方を差した。

「おれ、()()()()なんだよ」


「な……」

 言葉を失うトヲルの横で、アイカも驚愕の顔を見せている。

「……ウソでしょ、いつから……」


「いつからも何も、最初っからだ。これがおれの()()()()()なんだ」

 ヴィルジニアは困ったように笑った。

「黙ってて悪かったよ」


「あ、あり得ないのである。なら何でヴィルジニアはわざわざこんな敵地までゾーイを助けに来たのであるか!」

 ゾーイが叫ぶ。

「それも任務の一環――と言えばそうなんだが、別にそこに関しちゃ理由は要らんだろ、おまえはおれの妹なんだし」

「……!」

 誰彼構わず妹や弟と呼びかけるヴィルジニアの様子はまるで以前と変わりがなく、それがかえって彼女の意思の確かさを如実に語っている。


「そんな、信じられないよ……ぼく達を騙すためにあそこまで命懸けで戦ってたの?」

 クロウの口元が震えて泣きそうになっている。

「違うよ、本気で戦ってたんだよ。それがおれの任務だからな。騙してたつもりも無い」

「うう……」

「おいおい泣くなよクロウ、貰い泣きしちゃうだろうが。おれだっておまえらとの旅、楽しかったんだぜ」

 笑顔のまま、ヴィルジニアは背を向けた。


「……ま、待ってくれヴィルジニア!」

 引き留めようとするトヲルに向かって、ヴィルジニアは掌を向けている。


 空間を円く撫でた。


 途端に、ずしりと全身が重くなる。

 巨大な力で地面に押さえつけられているかのように、身動きがとれない。

 〈フライングソーサー〉の力だ。

 空間全体の引力が操作されているらしく、周囲にいた他の仲間も動けずにいる。


「……治療してくれてありがとな、トヲル。おまえ、おれがいないからってあんまアイカといちゃつくなよ」


「ぐ……う……!」

 立っていられず、地面に膝を着いた。

 

「ヴィルジニア、本当はきみが……ヤクモ機関の離反勢力だったのだな」

 ディアナは地に伏せた状態で強烈な引力に耐えている。


「いや、そいつも違うよ」

 ヴィルジニアはふわりと自分の身体を浮かせて、尖塔の上に移動した。

 アリスから残ったもう一着の黒コートを受け取り、自分の肩にかける。


 大槍の石突で足元をとんと突いた。

「おれは――おれ達こそが、ヤクモ機関の本流だ」


 マルガレーテ、ロビン、ヴィルジニア――。

 黒コートをまとった三人の人影を、雨空に走った雷光が強く照らし出した。



つづく

次回「第48話 研究所跡地を離れる俺が、仲間達と焚き火を囲む話。」


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