表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

44/73

第44話 吐血して倒れた俺が、半魚人の真の力を見る話。

 攻撃された?

 いつ?


 口から噴き出した血のせいか、眩暈(めまい)を覚える。

 頭がうまく働かない


「トヲルどうしたッ! ちィッ――戻れッ!」

 トヲルの異変に真っ先に気付いたヴィルジニアが、引力を操作して彼の身体を引き戻す。


 それよりも速くマーティが踏み込んだ。

「視認できないあなたのIDも、今なら骨の形までよく視える――」

 引き戻されるトヲルの眼前に迫る〈レッドドラゴン〉。

 その左腕には復活した紅炎がからみついていた。

「先に進むのは僕だ、トヲル!」


 トヲルは揺れる視界を巡らせて、マーティに右手をかざした。

 特性を発現させなければ。

 〈ザ・ヴォイド〉――と言うのだ。


「ディアナッ! お願い!」

 アイカの悲痛な声が聞こえた。


 その風切り音が耳に届いたのと、銀色の光が目に入ったのはどちらが先だっただろう。


 気がついた時には、地を割る轟音と共に光をまとう銀騎士がそこにいた。

 ディアナの大剣は、マーティの肩口から脇腹まで袈裟がけに断ち斬っている。

「……ッ!」


 踏みしめたディアナの脚が、さらに足下の岩盤を踏み割った。

 返す刃がマーティ頭部を真横から叩き割ると同時に、彼女の姿は反対側の岩壁に移る。


「トヲルに――」

 ディアナの両眼は黄金色に燃え上がっていた。

「何をしたッ!」


 ディアナの蹴った岩壁が砕ける。

 彼女の大剣が、着地と同時にマーティを唐竹割に両断した。


 その間にトヲルの身体はヴィルジニアの側まで引き戻されている。

「おい! これ――血かッ? やられたのか!」

 トヲルが見えないヴィルジニアはほとんど体当たりするようにトヲルの身体を受け止めたが、その彼女の肌のあちこちにトヲルの血が付着した。


 瞬く間にディアナの剛剣を三太刀も浴びたマーティはさすがに動きを止めている。

 だが彼の身体に刻まれた傷はゆらりと不定形になり、溶けあうように斬り口同士がつながった。

「やるね……〈レッドドラゴン〉の身体を斬り刻むなんてさ」


 マーティの両腕から紅炎が放たれる。


「その姿がかのレッドドラゴンか! まるで陽の光だな」

 紅炎によってディアナのいた場所の岩が溶ける。

 彼女はすでに跳躍してマーティ背後の岩壁まで避けていた。

「だがまがいものの陽光など、渾身(こんしん)の月影で断つ!」


 振り返ったマーティの目が青く輝く。


 ぱちん。


 それは、太刀の鍔元が鳴らす音。

「必殺、〈ドオオオン――ブリンガアアアアア〉ッ!」


 頭上からの声と共に、一条の真っ白な熱線が〈レッドドラゴン〉の頭部を吹き飛ばした。

 熱線の奔った場所の岩盤が熱で溶ける。


「抜け駆けはさせないんだよ、ディアナ。ドラゴンスレイヤーはぼくだ!」

 白い翼を畳んで急降下してくるクロウの姿だ。

 眼帯を外した右目が、暗い洞穴の中で白く光の帯を引いた。


 失われたマーティの首から上は流体となってゆらぎ、見る間に頭部が再生していく。

 復活した彼の口元は耳まで裂けていた。

「……まだ新手がいたのか」

 獲物を丸呑みにする蛇のように、その口が大きく開かれる。


 口の奥に、強烈な赤い光が灯った。


「避けろ、クロウッ!」

「はあーい!」

 ディアナの声に、クロウは急降下のスピードのまま、鋭い宙返りをうった。

 マーティの口から放たれた紅蓮の熱線が、彼女の身体すれすれを突き抜ける。


 避けながら、クロウは太刀の鯉口を親指で押し広げた。

 柄頭を叩いて鍔口を鳴らす。


 ぱちん。


 クロウの右目が強い閃光を放つ。熱線がマーティに向かって放たれた。

 マーティもその顎をクロウに向けていた。

 ほぼ同時に赤い熱線が放射される。


 赤と白の熱線が両者の間でぶつかり、互いの軌道をねじ曲げてそれぞれが周囲の岩壁に炸裂した。


「もーッ! 真似しないでようッ!」

 唇をとがらせるクロウ。


 崩れ落ちていく岩壁の破片の上を身軽に跳び移りながら、ディアナは肩担ぎに大剣を構える。

「悪くない。きみの熱線は相手に()しているぞ」

「互角じゃダメなんだよう、上回んなきゃ倒せないじゃない」

「それはわたしが請け負おう」

 銀色の弾丸となったディアナが、再び熱線を吐こうとしているマーティの喉をとらえ、上向きに引き裂いた。


「みんな呆れるほど強いね……つくづく、この身体を手に入れていて良かった」

 マーティがまとう六筋の紅炎の端に、それぞれ青い二つの目が浮かぶ。

 そこへ蛇のような頭部が形作られて、大きく裂けた口が開かれた。


 裂帛(れっぱく)の気合とともに、ディアナの剣がうなる。

 紅炎から生まれた首をふたつまとめて斬り飛ばした。

 残る四つの首の、口の中が赤く鋭い光を放つ。

「ドラゴンスレイヤーの称号はぼくのものなんだってば!」


 ぱちん。


 クロウの太刀が金打(きんちょう)の音を鳴らす。

 白い閃光が残る〈レッドドラゴン〉の首を横から捉え、狙いが逸れたマーティの熱線はディアナの銀髪をかすめて奥の岩壁で炸裂した。


 絶え間なく斬撃を繰り出すディアナと、瞬く間に再生を繰り返すマーティ。

 彼は七つの首のそれぞれから熱線を吐き、クロウも負けじと右目から熱線を放つ。


 凄まじい攻撃の応酬が、辺りの洞穴を破壊していく。



 砕けた岩壁の破片が降り注ぐなか、ヴィルジニアはトヲルの身体を引っ張ってマーティから距離を取っている。

 ゾーイが駆け寄って、トヲルの身体を手探りで調べた。

「おかしい、別にどこも怪我なんてしてないみたいなのである……」


「外傷じゃないわ。鼻と喉、胃、身体の内側がいくつも出血してる。元に戻せる?」

「や、やってみるのである」

 アイカがトヲルの姿を険しい表情で見つめた後、ヴィルジニアの方を向いた。

「……ヴィルジニア、あんたもよ」

「あ……?」

 言われた彼女はそこで初めて気づいたように自分の腕を見つめた。

 (あざ)のように、皮膚の一部が赤く色を変えている。

「な、何だこれ。おれがいつ、どこで攻撃されたってんだ。何も感じなかったぞ」


 恐らく、とアイカは絞り出すように言った。

「あの男に、近付いたから……」

「……何?」

 それきり悔しそうに下唇を噛んで黙るアイカに、ヴィルジニアは問いを重ねる。

「おい、どういう意味だ?」


「毒――だな」

 そう言ったのは、マルガレーテだった。


 ディアナ、クロウのマーティへの猛攻から距離を置くように、彼女とアリスは少し場所を移動している。

 巻き起こる風圧に、帽子のつばを鷹揚に手で押さえた。


「……毒……だと」

 ヴィルジニアがそんなマルガレーテをにらむ。

「おい、まさかこれもやつの〈毒手〉の力なのか!」


 帽子に手を乗せたまま、マルガレーテは静かに応じる

「否……〈毒手〉は焼失したIDとともにすでにこの世に無い。だが今かのIDに宿りし魂は、かつて〈毒手〉という特性を得たマーティ自身のものだ。新たな特性〈ドゥームズ・デイ〉に以前と通ずるものが現れたとしても、それはひとつの自然な理であろう」


 トヲルの身体に手探りで白い布を巻きつけているゾーイがアイカの方を見た。

「どうであるか、トヲルの様子は?」

 アイカは小さく首を振って、トヲルの胸に手を当てた。

「……ダメ。あんたの〈ブラック・ファラオ〉は体内の傷を元に戻せてはいるけど、別の場所が新しくやられ始めてる。とりあえずあたしが〈クイーン・オブ・ハート〉で出血だけ止めるわ」

「これが、毒……? アイカの時と全然違うのである」


「トヲルさん……」

 不安そうなアリスの横で、マルガレーテは無感情にそんな様子を眺めている。

「……さもあろう。命を害する物質という意味で毒と表したが、今のマーティがもたらすのは最前とは比べ物にならぬほどに根源的な命の破壊。まるで別物だ」


 アイカはその底の知れない黒い瞳を見返した。

「そう……それが、あんたの目には視えてるってワケね」

「しかり。我が特性〈スペルクラフト〉は世の理を書き綴る力。それはつまり、世の理を認知する力だ。マーティを中心として、破壊の矢が無限に放射されているのが我には分かる。距離が近いほどに、マーティが攻撃の意志を向けるほどに、その矢の密度は増し、うぬらの肉体を(むしば)むであろう」


「無限に放射される――破壊の矢」

 アイカはマルガレーテからマーティの方に視線を戻す。

 いつの間にか、激しい攻防が止まっていた。

 たち込める土煙の向こうで赤く光る〈レッドドラゴン〉。


「アイカ……さっきみたいに紅い霧でその毒の射程を測れないのか」

「……」

 ヴィルジニアの問いに答えたのはマルガレーテの方だった。

「無用だろう」


「……あ?」

「あの赤い光が届く場所が、すべて〈ドゥームズ・デイ〉の射程だ」

「何だと……」


 アイカははっとして叫んだ。

「ディアナッ?」

 土埃が晴れて、大剣を構えるディアナの姿が見えた。


「……ッ!」

 金色の瞳はその輝きを強くしているが、顔は蒼白になっていた。

 その引き結ばれた口元から、血が流れ落ちる。

「ディアナ、距離を取って! 近付くと毒でやられる!」


 ディアナは口元を手で拭って答える。

「どうやらそのようだ……だが気にするな、一番身体が丈夫なわたしが盾になるべきだ」

「いいから下がるの。盾とかって問題じゃなくて、あの赤い光が全部毒なのよ。もうこの場にいる全員が(さら)されてる! クロウは! 大丈夫なの?」


 クロウはディアナの少し頭上に浮かんでいる。太刀の鯉口を親指で広げたまま、動きを止めていた。

「うん……今のところあんまり気にならない。でも右目は使いすぎちゃったかも」

 右目の白い光が揺れる。

 目尻から血が流れていた。


「……毒……か。やれやれ」

 マーティが嘆息のような声を漏らす。

 破壊と再生を繰り返しているうちに、彼の裂けた口は細長い顎を有し、鋭い牙が無数に並んだものへと変貌していた。

 逆立った髪が、まるで角のようだ。

 それはまるでドラゴンの首そのものだった。


「どこまでいっても僕の魂は毒と縁を切れないのだね」


 マルガレーテが言った。

「それがうぬの魂の在り方なのだろう」

「まあ、観念するとしよう。自分自身を侵さないだけまだ前よりはいい」


 彼女は無表情に言葉を継いだ。

「ひとつ、伝えておく――。その肉体はうぬの魂そのものだ。肉体は不死であるがゆえに、どれだけ傷を受けようとも再生しよう。だが、それは同時に魂も傷を受けているということだ」

「……」

「肉体と同様に魂が再生し続けるか否かは、うぬ次第だ」


 マーティはしばらくその青い両眼でマルガレーテを見つめていたが、低く笑って言った。

「心しておく」


 両腕を広げると彼の脇腹が盛り上がり、そこから巨大な蝙蝠のような翼が勢いよく横に伸びた。

 ふわりとマーティの身体が宙に浮く。

 彼はトヲル達を見渡して言った。

「さて、もうひと頑張りだ。あなた達はみんな、恐ろしく強い。僕を倒すことはできないとは思うけど、やっぱり排除しなければならない邪魔者だってことははっきりしたよ」


 マーティの顎が大きく開かれた。

 そのマーティの首を囲むように、六つの首が同様に大きく口を広げる。

「〈ドゥームズ・デイ〉。僕はきっと、この赤い光で世界に終末をもたらしてみせよう」


 七つの口が同時に放った赤い光は、それぞれが干渉しあい、無数の光線となって上空からこちらへと降り注いだ。

「……ッ!」


 熱線が炸裂する爆音が――響くことはなかった。

 代わりにしたのは耳鳴りのような硬質な音だ。


「……〈ザ・ヴォイド〉……!」

 仰向けに倒れていたトヲルが、上空に向けて両手をかざして熱線を全て消失させていた。

 直後、トヲルは喉が詰まって血を吐きながら激しく咳込んでいる。

「トヲル!」


「そうか、トヲル。まだ僕を先に行かせたくはないか」

 マーティは青い目を静かに(すが)めた。


「トヲルだけじゃない。おまえみたいなやばいのををこの穴から出す訳にはいかないんだよ」

 ヴィルジニアが言った。

 その声は、マーティの頭上からだった。


 声を振り返るマーティの顔面にヴィルジニアの掌が向けられている。

「とらえたぜ。〈フライングソーサー〉の間合い!」

「何……」


 彼女は掌で円く撫でた。

「潰れろぉッ!」


 マーティの身体が、凄まじい勢いで下に叩きつけられ、彼を中心に地面が陥没した。

「ぐ……ッ、う!」

 めきめきと岩盤を破壊しながら地面にめり込んでいく。


 ヴィルジニアは掌を向けたまま、口の中に溜まった血を吐き捨てた。

「アイカ、今のうちに立て直すんだ! こいつの光が届かない場所なら、ゾーイやおまえの力でいくらか回復できるだろ!」


「そうだ、穴の外……一度、外に出るのである」

 ゾーイに言われたアイカはうなずいた。

「行こう、みんな。クロウはトヲルをお願いできる?」


「う、うん」

 クロウは手探りでトヲルを抱きかかえると、上に向かって飛び上がった。

 ゾーイは自分の脚に白い布を巻きつけて勢いよく伸縮させては、上方の岩を掴んで上に登って行く。

「ひいっ! ゾーイ、何それ!」

 横を飛ぶクロウが目を見張る。

「これが〈ブラック・ファラオ〉の力。人の特性見て悲鳴出さないで欲しいのであるよ」


 ディアナは自ら跳躍して頭上の岩棚に乗った。

「行くぞ、アイカ!」

「分かってる」

 アイカは自分の血液で上に向かう足場を作り上げて、ヴィルジニアを振り返る。

「ヴィルジニア! あんたは?」


「おれの〈フライングソーサー〉ならどうとでもなる! 早く距離を取れ! ここの引力に引き込まれちまうぞ!」

 ヴィルジニアは手をマーティに向けたまま叫んだ。

 その口から血が飛ぶ。


「ぐ……おおおッ! おああああああッ!」

 叫び声をあげて抵抗するマーティだが、めり込んだ地面から身動きすることすらできない。

「舐めんなッ、まだまだこんなもんじゃない!」

 アイカ達の姿が遠ざかったことを確認したヴィルジニアは、さらに両手をかざした。

 引力が強まり、地面がもう一段深く陥没する。


「ぐうッ! おあああッ、僕はッ! こんな所でッ!」

 地面に押さえつけられたままのマーティの口が、赤い光を放つ。

 しかし瓦礫がマーティの上に墜落してきてその口を塞いだ。

 岩壁から崩れた瓦礫が引力に引き寄せられたのだ。


 瓦礫の引力が新たな瓦礫を呼び、マーティの上へ次々に積み重なった。

 さらに周囲の岩壁には亀裂が入り、そこから剥がれた岩の塊までが飛来しては激しくぶつかっていく。


「このまま地の底に沈めッ! これ以上好きにさせてたまるかってんだ、この厄災があああッ!」

 両眼を翠色に光らせたヴィルジニアが、鼻と口から血を流しながら叫んだ。


 辺りを飲み込む凄絶な引力。

 地響きを立てて、大穴が崩れていく。



つづく

次回「第45話 崩壊する大穴から脱出した俺が、白い影に気がつく話。」


少しでも「面白い」「続きが気になる」と思われましたら

☆評価、ブックマーク登録をしていただけると本当に嬉しいです。

執筆へのモチベーションが格段に高まりますので

なにとぞよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ