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第39話 妹の消息を耳にした俺が、厄災に立ち向かう決意をする話。

 アリスが、熱い紅茶を淹れ直してくれた。

「お茶、どうぞ」


「……ありがとう」

 透明で良かった。

 ようやく気持ちの落ち着いたトヲルは思った。

 きっと今の彼は人に見せられないようなひどい顔をしているだろう。


「マフィンも食べてね。自信作なの」

 言われるがまま、トヲルは差し出されたマフィンを頬張った。

 しょっぱい。

 透明なので、どこが涙で濡れているのか自分でもよく分からないのだ。


「そう。お兄さんは、メイさんの本当のお兄さんなのね……びっくりしたわ」

「うん……突然メイの名前が出たものだから俺も驚いた」


 クロウが珍しく真顔で言った。

「でもトヲル、大事なのはここからだよ」

「……分かってる。実際にメイと再会して、その顔を見てその声を聞くまでは、気を抜くつもりはない――」

 トヲルも静かに応じる。

「ここからだ」


 衝動的にあふれた涙の後、視界は想像したよりずっとすっきりと広がっていた。

 漠然とした不安を抱えながらあてもなく妹を探していたこれまでとは違う。


 妹のメイは、生きている。

 その事実を、確かめる。


 もう単なる望みや願いではなく、それは明確な目標だ。

 そこを目指して真っ直ぐに歩むことができる。


「……アリス、君はメイがどこにいるか知っているのか?」


 アリスは軽くうなずいた。

「ええ……今も“カヴンステッド”にいると思うわ」

「……カヴンステッド……?」


 初めて聞く単語だ。

 周囲を見回してみたが、心当たりのありそうな者はいなかった。

「その……カヴンステッドというのは……地名なのか? どこか君のその特性で移動できるような場所なのか?」


 今度は首を振るアリス。

「今はできないの。わたしの〈ワンダーランド〉は行き方さえ分かっていればそこにお部屋を繋げることができるけど……カヴンステッドの場所をマルガレーテさんに教えてもらわないと」

「マルガレーテ……」

 ここでも、マルガレーテなのか。

「カヴンステッドはマルガレーテさんが作ったものだから……ごめんなさい、お兄さん」

 アリスは本当に申し訳なさそうに目を伏せている。

 マルガレーテにつき従っているが、彼女自身の振る舞いは普通の少女そのものだった。


「アリス、あんたからマルガレーテに頼むことはできないの?」

 アイカがそう尋ねると、アリスはまた首を振った。

「それはだめ。マルガレーテさんの邪魔をしてはいけないわ。マルガレーテさんのお仕事が終わるまで、お姉さん達はここから出てはいけないの」

 アリスの言葉に、(かたく)ななものを感じた。

 普通の少女のようでいて、マルガレーテから求められている役目を全うしようとする意志は確かなようだ。


「まあ、仮に頼むことができたとしても、素直に聞いてくれるとは思えないものねえ」

 クロウが小さく息をつく。

「そもそも、ここから出ることすら認めないだろう。彼女にそう命じているのだから」

 ディアナがアリスの方を見て言った。

「このままマーティの企み通りに進んじまうってことだな」

 ヴィルジニアもアリスを見てぼそりとつぶやく。

「……なまじ話が通じる分、敵視しきれないぜ。全くやりづらい相手を監視役にしたもんだ」


 トヲルは黙って紅茶の湯気を見つめている。


 やがて口を開いた。

「……マルガレーテの邪魔にならなければ……アリス、君は俺達を外に出してくれるってことでいいのか?」

「え? ええ……マルガレーテさんのお仕事はもうすぐ終わるみたいだから、そんなに長くはならないわ」


 再び黙り込んだトヲルに、怪訝な目を向けるアイカ。

「トヲル?」


 彼は少し迷った様子をみせた後、口を開いた。

「それなら……やりようはある気がする」

 全員の視線がトヲルの方を向く。

「……どういうことだ?」


「実際に対面して感じたんだけど、あのマルガレーテの行動原理はかなり特殊なんだよ」

「特殊?」

「うん……マーティとレッドドラゴンの魂を交換するという術式――目的はその術式の完成のみだとマルガレーテははっきり言っていた。術式がもたらす結果――レッドドラゴンの力を得た後のマーティについてはほとんど興味がなさそうだったんだ」


「確かに、利害が一致しているだけで、マーティに協力しているという雰囲気は希薄だった気がするのである。でも本心がどうあれ、マルガレーテはレッドドラゴンを復活させようとしている。その事実は変わらないと思うのであるよ」

 ゾーイの言葉に、トヲルはうなずいた。

「つまり、“マルガレーテの邪魔”に当たるのは、術式が完成してレッドドラゴンが復活するまで――なんだよ」

「うん……?」


 その言葉に真っ先に反応を示したのは、アイカだった。

 その紅い瞳を見開く。

「……あんた……まさか」


「マルガレーテの術式の完成を待って、アリスにここから出してもらう。そして――」

 トヲルは一度口をつぐんで、思いを決めたように告げた。


「復活したレッドドラゴンを倒す」



 部屋の空気が一気に張り詰めたようだ。


 ヴィルジニアが、低い声で言った。

「……言ったろ。レッドドラゴンはただの怪物じゃない、厄災だ。おまえはそんなのを相手にするって言うのか、トヲル」

 翠色に光る両目が、彼の方を鋭く見据えている。


 トヲルはその視線を受け止めた。

「危険な橋だと思ってる。俺だけだったら自信はないよ。でも勝手なことを言うみたいだけど、ここにいるみんなの力があれば――不可能じゃないって気がするんだ」


 ヴィルジニアは緩くウェーブのかかった髪に指を入れた。

「簡単に言ってくれるもんだ、本当に分かってんのかよ。しかもマルガレーテがやろうとしてんのは、マーティの魂をレッドドラゴンに移すって話だ。人格を得た厄災の脅威ってのは――正直、計り知れないぜ」

 彼女はそのまま髪をかき回し、ソファに深く背を預けた。


「ったく……ああ、そうだ! そんなのを倒すとしたら――おれ達ぐらいしかいないだろうな!」

「ヴィルジニア……!」


「そうね……結局、合理的に考えてもその結論になるのかも。このままここに囚われたままじゃどの道、手は出せない。無理を押してマルガレーテとマーティの両方を相手にするより、ひとりに絞った方が不確定要素を減らせて戦力を集中できる分、効率的。最大の問題がレッドドラゴンとなったマーティの力が未知数って所だけど――」

 アイカはロリポップを取り出して口に咥えると、小さく口の端で笑った。

「そこをあたし達で何とかするしかないわよね」


「いやあ、トヲルがぼくの力を信じてくれて嬉しいよ。龍殺しかあ……ねえ、それって勇者の偉業だよ。ドーンブリンガーをドラゴンスレイヤーに改名しなきゃ!」

 クロウはむしろ楽しげに腰の太刀の柄を叩いた。


 ゾーイがすっかり冷めきった紅茶を喉を鳴らして飲み干す。

「ゾーイは……最初、どうにかひとりでマーティ達を止めようとしていたのである。今はアイカやヴィルジニア、みんなが来てくれたお陰でむしろ大きな力を得た気分なのであるよ。ゾーイもトヲルに同意する……それはきっと、不可能ではないのである」


 ディアナは、決意を込めた表情に穏やかな笑みを浮かべた。

「……わたしはトヲルの騎士だ。いつだってきみの為に剣を振るう覚悟はできている。それに元兵士のスレイヤーとしては、ドラゴンスレイヤーの称号に興味がない訳ではない」

「やだなあ、それはぼくのものだよ?」

「よく見て学ぶといい、元訓練生のクロウ。元兵団中隊長の剣というものをな」

 不敵な表情を見せるディアナに、クロウは威嚇するようにぱたぱたと翼を広げた。

「んむむむ……勝負だね、ディアナ!」


 トヲルはほっとした思いで仲間を見回した。

 ただし彼にはもうひとつ、彼女達に伝えておかなければならないことがある。


「……今のうちに正直に言っておくよ。俺、どうしても妹のメイと会いたい」

「うん……知ってる」

「俺の〈ザ・ヴォイド〉なら……ひょっとしたら、マルガレーテ相手に攻撃が通用するかも知れない。でもそうしたくないのはマルガレーテがようやくたどり着いたメイの手掛かりだからだ。彼女に確かめるべきことがあるからだ。レッドドラゴンを相手にすると決めたのには、そんな思惑がないとは言いきれない。それは俺のわがままで、みんなをあえて危険な目に遭わせるということだ。許して欲しい、それでも……手を貸して欲しいんだ」


「バカね、気にしすぎよ」

 アイカが呆れたようにロリポップを口元でくゆらせた。

「今言ったけど、この場の選択肢は限られてんの。別にあんたの思惑が全てを左右してるワケじゃないわ。それにあたしはあんたの妹探しを手伝う為に一緒に行動してんのよ? その思惑だって大して差なんかないじゃない」


 ヴィルジニアも歯を見せて笑った。

「そうだぞ! トヲルの妹ならおれの妹だからな、当然だ!」


「ああ。わたしもきみと一緒に妹を探すと約束している。最初から何も変わっていない」

「ぼくだってきみとの付き合いは長いけど妹とはまだ会ったことないからね。ちゃんと挨拶しなきゃだよ」

 ディアナとクロウに合わせて、ゾーイも言った。 

「うん。おまえ達はヤクモ機関ではないのである。そのくらい利己的な考え方の方が、ゾーイとしても信頼できるのであるよ」


「ありがとう、みんな……」


「あ、あのっ……」

 声の方を見ると、アリスが身を乗り出していた。

「わたしもお手伝いする。お兄さんがメイさんに会えるように」


「いや、君は……」

「あんたはマルガレーテの言うことを聞かなきゃなんないんでしょ?」


「お仕事が済んだら、マルガレーテさんにカヴンステッドのことを聞くわ。そうしたらお兄さんをメイさんの所へ連れて行ってあげられる」

「気持ちは嬉しいけど……」

 マルガレーテがそう簡単に応じるとも思えない。


「ねえ、わたしもメイさんの喜ぶ姿を見てみたいわ。わたし、メイさんとお友達なんだもの。お兄さんと離れ離れになる気持ち、わたしにも分かるの」

 必死にそう訴えかけるアリス。

「……分かった、無理のない範囲で助けてくれると嬉しいよ」

 そう言うと、彼女は安心したように身を戻した。


 ディアナがカップの紅茶を飲み干す。

「……術式とやらが完成すれば、きみにも知らせが来るのだろうか?」

「ええ。きっと呼ばれると思うわ」

「……あと一日、か」

「今朝の時点であと一日と言っていたし、順調だとも言っていたから、実際には今日の夜くらいかも知れないね」

「夜か……月の光が届く時間であるといいのだが」


 アイカはロリポップをからりと鳴らした。

「とにかくそうと決まれば腹をくくって待つしかなさそう。ディアナは徹夜明けだし、今のうちに可能な限りは休んでおくべきよ。ゾーイも、まともに休んでないんでしょ?」

「確かに、ずっと連中の動きに注意を向けていたであるからな。そうさせて貰えると助かるのである」


「この部屋で休ませて貰うけどいいわよね、アリス。宿代ってワケじゃないけど――」

 アイカは持参していたクマのぬいぐるみをアリスに渡した。

「このぬいぐるみ、あんたにあげるわ」


「うわあ、実はずっと気になっていたのよ。くまさん! 大きい! ふかふか!」

 ぬいぐるみに顔を埋めて無邪気に喜ぶアリス。

「本当はこっちのディアナの方がふかふかでもふもふなんだけどね」

「わたしはぬいぐるみではないぞ」


「いいの? アイカ、きみがオバケに怯えた時の大事な受け皿じゃない」

 そう言うクロウに、アイカは口元をへの字に曲げる。

「別にオバケに怯えてないし。後でまた作ればいいし」

「まさかの手作り!」

「……次はわんこにする」

「なぜそこでわたしを見る……」

 ディアナが半目になってアイカを見返している。


 テーブルのティーセットは片付け、ディアナとゾーイはソファを使って休むことになった。

 もどかしいが、今は次の動きを待つしかないのだ。


「とはいえ、待ってるだけってのも退屈だねえ……」

 クロウは部屋の上空をふらふらと飛び始めた。

「それならお姉さん、良かったらこれで遊びましょう?」

 アリスがマントルピースの上にあったチェス盤を持ち出してきた。


「おお、いいね。チェスか。得意なんだよ、ぼく」

「意外だな、クロウがチェスのルール知ってるだなんて」

「やだなあ、見くびらないでよね。簡単じゃない、自分の駒で相手の駒を挟んだら間の駒を全部奪えるんでしょ」


「……んーと……」

「いや全然違うな」

「何よそのつまんなそうなゲーム」

 困惑を隠せないアリスの横でトヲルとアイカが同時に指摘する。


「え? ぼく、結構強かったんだけど」

「しかも何でそれで対戦相手がいんのよ」

 訓練学校の女子寮で育ったローカルルールだろうか。

「……アリス、俺が相手になる。君が白でいいよ」

 トヲルは赤い駒を手に取った。


「えへへ……いいの、お兄さん。わたし強いよ?」

 すっかり気に入ったらしいクマのぬいぐるみを抱きしめて、アリスは笑顔だった。

 小さな指先で白のポーンをついと前に進める。


 その仕草に、トヲルは記憶を刺激された。

 そういえばチェスを覚えたての頃、メイとこうしてよくチェス盤を挟んでいた。


「……メイのこと、何か話してくれないか」

 トヲルはつぶやくように言い、赤のポーンを動かす。

「もちろん。わたし、メイさんともこうやってチェスをして遊んだのよ」

 アリスは嬉しそうにうなずいて、駒を手にした。



つづく

次回「第40話 悪夢とチェスをした俺が、きょうだいについて語る話。」


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なにとぞよろしくお願いします。

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