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第35話 研究所跡地に潜入した俺が、怪物の大群に包囲される話。

 研究所跡地に響く警鐘は止まない。

 黒々とした怪物の大群が、ドームの頂上にいるトヲル達目掛けて迫ってきている。


『この騒音……敵襲か』

 収音機能が拾った声に、トヲルはドーム内に視界を戻した。

 黒尽くめの女が、マーティの方を向いている。

『どうする?』


 マーティは首を振った。

『……ヤクモ機関の手の者だろう、さすがに早いな。けど今は時間が惜しい、僕は下へ行くよ。ここはロビンの集めた怪物に任せることにする。あの圧倒的な物量なら、いくらヤクモ機関でも手こずるだろうからね。あなたは仕事の続きを頼めるだろうか』

『もとよりそのつもりだ……来るがよい、アリス』

 女が声をかけると、赤いエプロンドレスを来たアリスの姿が扉の陰から出て来て、とことこと駆け寄って来た。

 

「――!」

 一緒に扉から入り込んだのか、そのアリスの背後から小柄な怪物――ゴブリンが襲いかかろうと跳びかかるのが見えた。


 しかしそのゴブリンは空中で動きを止め、そのまま目や口から体液を噴き出しながら床に崩れ落ちた。


 マーティが左手のグローヴを外し、その手をゴブリンにかざしている。

『……怪物の大群が壁になるのは心強いけど、細部には制御が効かないようだね。二人とも早くこの場を離れた方がいい』

 グローヴの下の手は骨がむき出しになっているかのように細く節くれ立ち、黒く変色していた。

 マーティの手の先で、ゴブリンの姿は全身から噴き出る大量の体液と共に溶けてしまった。


『……〈毒手〉の力は増しているようだな』

『僕自身の生命力と引き換えにね。時間が惜しいというのは、僕の身体がどこまでもつかという意味でもあるんだ。できるだけ急いでくれると嬉しい』

 マーティは左手にグローヴを被せながら、地面に開いた大穴の縁から下へと歩を進めて行く。


 女は黙って自分のコートにしがみ付いているアリスの頭に手を置いた。

 アリスはうなずいて、傍らの空間をリズミカルにノックする。


 コンコン、ココン。


 彼女の叩いた空間が長方形にゆがみ、扉のように開く。

 黒尽くめの女とアリスは、揃ってその異空間へと姿を消した。


「手を触れずにゴブリンの身体を破壊した……あのマーティってヤツの特性も、何だか得体が知れないわね」

 気付けばアイカもトヲルの横からドーム内を覗いていた。


 トヲルが言葉を返そうとした時、すぐ横で激しい音がする。

 ゴブリンがドームの上に降ってきた。


 以前遭遇した集団暴走の時と同じく、別の怪物に投げ付けられて来たらしい。

「〈ザ・ヴォイド〉!」

 飛び掛かって来るゴブリン目掛けて、トヲルは咄嗟に右手をかざした。


 上半身を消失させたゴブリンの下半身が、バランスを崩してドームの下へと落下していく。

 その間も次々に投擲とうてきされたゴブリンが彼らに降り注いできていた。


「アイカ、あの男も気になるが今はこの場をどう切り抜けるかが先決だ」

 ディアナがその鋭い牙でゴブリンに食らいつき、ドームの下に投げ捨てながら言う。

「分かってる。こうなったらとにかく当初の作戦を優先するしかない。ゾーイを見つけ次第、この場を離れましょ」


 ヴィルジニアが別のゴブリンを槍で突き崩す。

「それは賛成だけど、どこにいるか見当ついてるのか?」

「まさか。でもこの敷地内のどこかの建物に潜んでいるはずだし、この騒ぎなら向こうから接触してくるかも知れない。手分けして探し出すしかないでしょ!」

「確かに、建物の中に分散すればこの大群の圧力もある程度は削ぐことができそうだな」

 と、ディアナは軽く顎を引いた。

「そういうこと。みんな、戦闘は最低限! 体力は温存させとくんだからね!」

 ぬいぐるみを抱きしめたままのアイカは、傷を付けた指先を振って辺りに血液を飛び散らせた。赤い球体となって、空中に漂う。


「ぼくが道を作るよ。ここは――」

 空中を飛翔するクロウが、おもむろに片目の黒い眼帯を外した。

 眼帯の下の右目は、白い光を宿して揺れている。

「〈ドーンブリンガー〉の出番だね!」


「大丈夫? 制御できんの、それ」

「大丈夫大丈夫、何となくイメージはできてるから」

 大丈夫なのか、それは。


 クロウは両眼を閉じて、右手の太刀を頭上にかざした。

「純白の翼を広げ、空を駆ける黒髪の乙女、その名は〈天魔〉クロウ・ホーガン!」

「おい早くしろ」

「もー邪魔しないでよお! いま大事なところなんだから!」

 急かすヴィルジニアに唇を尖らせるクロウ。


 改めて目を伏せ、右手の太刀を頭上にかざした。

「純白の翼を広げ……」

「それ最初からやんの?」

 聞こえない風に、クロウは太刀で空を斬る。

「……空を駆ける黒髪の乙女、その名は〈天魔〉クロウ・ホーガン! 右手に輝くは伝説の名刀!」

 手の内で太刀を回転させ、切っ先を鞘の鯉口に添える。

 ゆっくりと太刀を鞘へと納めていく。

「遠からん者は耳に刻め、近くば寄って目に焼きつけよ! 天を引き裂き、地を穿うがつ、謳歌おうかするべし、この力!」


 ぱちん。


 納めた太刀の鍔元が音を立てると同時に、クロウは両眼を見開いた。

「必殺! 〈ドォオオオオオン――ブリンガァアアアアア〉ッ!」


 彼女の右目が、日中でもまばゆいばかりの強い閃光を放つ。 


 視界の先の怪物の大群が、轟音と共に一瞬にして焼失し、後には灼熱に燃え盛る一本の真っ直ぐな道ができあがった。


 熱風に黒髪をたなびかせつつ、クロウは不敵な笑みを浮かべる。

「完成……ぼくの特性」

「……かっこいい!」

 舌を見せたディアナがぱたぱたと尻尾を振って喜んでいる。


「前口上いらんでしょ……まあいっか、包囲も破れたし! とにかく行くよ!」

 アイカは硬化させた血液を足場に、ドームから地上へと駆け下りて行く。

「よっしゃあッ!」

 ヴィルジニアも新たなゴブリンを槍で薙ぎ払いつつ、ドームの向こう側へと跳び下りた。


 トヲルもドームの曲面に沿って地上目指して滑り降りる。

 その横で同じように滑り降りながら、ディアナが叫んだ。

「身体が元に戻りそうな感じがする! トヲル、わたしの剣を投げてくれ!」


 言われるままに、トヲルは彼女の両手剣を力一杯に投げた。

 ヴィルジニアの能力で重さを消された剣は、空中高くを舞う。


 それを追って、ディアナは曲面を蹴って跳躍した。

 彼女の影と剣が重なった時、陽の光が視界を奪う。


 着地した時、ディアナは銀髪の女性の姿へと戻っていた。


 勢いよく振るわれた長大な剣が、周囲の怪物を薙ぎ払う。

「正面の建物に向かう! トヲル、わたしの鎧をもって一緒に来てくれるか!」

 アンダーウエア姿のディアナは行く手の怪物を切り裂きながら走り出した。

「分かった! 〈ザ・ヴォイド〉!」

 トヲルも彼女を追い、四方から迫る怪物目掛けて消失の手をかざした。


 目指す建物は、植物に浸食されているものの、壁も扉も健在だった。

 先にたどり着いたディアナが扉に手をかけてトヲルを待つ。


 扉まであと数歩という距離で、トヲルは急に強い力で後ろに引っ張られて尻もちをついてしまった。

 怪物ではない。

 離れ離れになってしまったからだろう、ヴィルジニアの力が消え、背負っていたヴィルジニアの鎧が元の重さに戻ったのだ。


 ディアナが叫んだ。

「トヲル、来るぞッ!」


 猛然と突っ込んできたワーウルフが噛み付いて来る。

 その牙はトヲルが突き出した腕で止まった。

 ガントレットが防いでくれている。

「〈ザ・ヴォイド〉ッ!」

 逆の手でワーウルフを消し去ると、立ち上がって建物の中に駆け込んだ。


 ディアナが同時に扉を閉める。

 直後、怪物が扉にぶつかる音が室内に響いた。



 今にも破れそうな軋み音を立てる入口扉の前で、ディアナは手早く鎧を装着していく。

 トヲルは辺りを見回した。

「小部屋が沢山あるね……」

「あまり広くはない。ここにいた者達の寄宿舎か何かだったのかも知れないな」

 背中のホルダーに大剣を装着させながら、彼女は言った。

 確かに朽ちた生活家具が部屋の中に見えた。


 廊下だったと思われる通路の突き当りに上へと続く階段があったので、二人は上階へと歩を進めた。


 二階も一階と似たように廊下沿いに小部屋が並ぶ造りだ。

 その中でひと部屋だけ、扉が閉まっている部屋がある。


「……」

 閉まった扉に手をかけたままトヲルがディアナに視線を送ると、彼女は大剣の柄を握りうなずいた。


 トヲルは思い切って扉を蹴り破る。


 中は古い家具が倒れて雑然としていた。舞い上がる埃を透かして見ても、人の気配は無い。

「……誰もいないね」

「うむ、この建物ではなさそうだな……」

 トヲルは部屋の窓辺に近付いた。曇った窓ガラスの向こうにいくつか木立ちが見えた。

「入口の反対側には怪物の群れがいないみたいだ。建物を出る時はこっちから――」


 ディアナを振り返ったトヲルの目に、彼女の背後に降り立つ白い影が映った。

「ディアナ、後ろ!」


 ディアナが剣を抜くより先に白い影が動いた。

 鋭い横蹴りがディアナの腹部を捉える。


 蹴り飛ばされたディアナに巻き込まれて、トヲルは外へと窓を突き破った。

 窓のすぐ近くに立っていた木にぶつかり、枝を折りながら地上へと落下する。

「ッす……すまない、大丈夫か。トヲル」

「う、うん……少し痛むけど、木がクッションになったみたいだ。ディアナこそ平気なの?」

「ああ、丈夫なのがわたしの取柄だ」

 ディアナはそう言って立ち上がり、両手剣を抜いて構えた。


 破れた窓から、跳び下りてきた白い影。

 白い頭巾に白い着流しの白尽くめの男。


「……ロビン・バーンズ!」

「怪物を操っているのがこの男か!」


 ロビンは無言で半身に構えると、低く腰を落として地を蹴った。

 ディアナとの距離を詰め、頭部へと回し蹴りを放つ。


 剣の柄でそれを受けたディアナは、返す刀で相手の胴を薙いだ。

 ロビンは後ろに引いて剣先を避けるとすぐに踏み込んで拳を振り抜く。


 素早い攻撃の応酬が続くが、ロビンの打撃もディアナの剣撃も相手を捉えることができない。

 ディアナの剣のリーチは長い。

 そのリーチの内側に素早く踏み込んでくるロビンの方が有利に動いているようだ。


「見つけたッ! ロビン・バーンズだな!」

 その時、建物の屋上から声が届いた。

 ヴィルジニアがそこに立ってこちらを見下ろしていた。

「おまえを倒せば怪物の動きも鈍るだろ! 加勢するぞ、ディアナ!」


 彼女は身軽に跳び下りて、その勢いのまま槍をロビン目掛けて振り下ろした。

 身を捩ってその穂先をかわすロビン。


 ヴィルジニアはそのロビンに掌を向けた。

 特性〈フライングソーサー〉、相手の引力を操作する力だ。


 しかしロビンは大きく後ろに跳躍し、ヴィルジニアとの距離を大きく広げた。

「……! おれの間合いを切っただと」

 彼女も意外そうな顔を見せる。


 終始無言だったロビンが、そこで口を開いた。

「お主……ヴィルジニアか!」


 それを聞いたヴィルジニアの顔が険しくなる。

「今の動き……名前だけじゃなくおれの特性のことも知ってるな? 何者だおまえッ! どこで知った!」

 そう叫んで槍を構えて踏み込んだ。


「待て!」

 ロビンはさらに後ろに下がって距離を保った。彼はすでに構えを解いている。

「説明する!」


「説明? 何をだ!」

「……会ったことがあるのか、ヴィルジニア?」

 ディアナが尋ねると、ヴィルジニアは首を振った。

「いや……どこかからおれの情報が漏れたとしか思えん。離反勢力がまだ機関にいるってことか……」

 ディアナもヴィルジニアも武器を構えたまま、じりじりとロビンとの距離をはかる。


 ロビンは彼らから距離を保ったまま、制するように左手を突き出している。

「落ち着け、攻撃するな……私だ、ヴィルジニア」

 被っていた白い頭巾を脱ぐと、下から現れたのは整った顔の壮年の男。真っ白な長い白髪を撫でつけにしている。


「素顔を見せても、おまえのことなんか知らんぞ!」

「……分かっている」

 と、彼は着流しの袂に右手を入れると、そこから包帯のような白い細長い布を取り出した。

 その布を、手早く自分の頭部に巻きつけていく。

 完全に頭が白い布で隠れてしまった直後、相手はするりと布を解いた。


「おまえ……ッ!」

 ヴィルジニアが目を見開いた。

 トヲルもディアナも驚きで言葉を失っている。


 解けた布の下の顔は、直前の壮年の男とは似ても似つかない、あどけなさすら残る若い女性だった。

 白髪だった髪も、黒くさらさらとしたショートカットに変わり、肌も褐色になっていた。


「ぞ、ゾーイ……ッ?」

 ヴィルジニアの口から洩れた言葉に、トヲルはディアナの方を見た。ディアナもこちらを困惑気にこちらを見ている。

「この娘が、ゾーイ……捜してた、ゾーイ・リュンクスなのか?」


「そのゾーイ・リュンクスである。なるほど、お前達がゾーイのことを捜しに来てくれたのであるな」

 口調も変わり、声音も女性のものになっている。

 淡々とした様子で、ゾーイを名乗る女性は小さな笑みを浮かべた。



つづく

次回「第36話 行方不明者と出会った俺が、敵の目的を聞く話。」


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