第34話 仲間と研究施設跡地に潜入した俺が、封印された扉の向こうを覗く話。
「レッドドラゴン……」
トヲルはヴィルジニアの告げた怪物の名前を口の中で繰り返した。
「……なるほど、それなら掛け値なしに厄災級の怪物ね」
「アイカも知ってるんだ」
「そりゃもちろんID研究者なんだし、情報としてはね。激甚災害を引き起こした怪物として記録されてるんだけど、SF技術が進展するきっかけでもあったから」
「どういうこと?」
「レッドドラゴンみたいな怪物がこれ以上生まれないようにするために作られたのがあの〈タマユラ〉の装置なのよ。IDのアナライズとチューニングって仕組みを通じて、不測の事態に対処できるように備えたのね。それもレッドドラゴンの研究を進める過程で整備されたんだって聞いてたけど――」
アイカは視界の先にある丘を眺める。
「その研究施設がエクウスニゲルにあったなんて知らなかったな」
「隠してたんだよ。おれもこの調査にかかるまで知らされてなかったさ。ゼノテラスみたいな大都市の近くにそんなとんでもないのが封じられてるなんて知れ渡ったらパニックになるだろうしな」
スキンオイルを塗り終えたヴィルジニアは瓶を荷物にしまった。
「でもさっきヴィルジニアはそのとんでもないのが暴走したって言ってたよねえ? 何で今もおとなしく研究施設跡にいるんだろう。もっと暴れ回っておおごとになってなきゃおかしくない?」
幌の上からクロウが問いかける。
「ああ――暴走ってのはな、自滅するレベルの暴走なんだよ」
「じ、自滅?」
「全てを焼き尽くすっていうレッドドラゴンの炎は、制御不能になって自分自身をも焼き尽くそうとしてるってことだ」
ヴィルジニアは続けた。
「けどレッドドラゴンってのは不死身だ。焼かれても焼かれても死ぬことはない。自滅と再生を延々と繰り返してるから、動きたくても動くことができないんだな」
「……暴走した状態のまま安定してるということか?」
と、荷台の床に伏せた狼姿のディアナ。
「そうだな、それでも研究施設が壊滅するくらいの被害はでたんだけど、近付かなければ危険はない状態――とは言えるかもな」
「だからヤクモ機関は研究施設の閉鎖だけでとりあえず事態を収拾させたのね」
なんだかなあ、とアイカはつぶやいた。
「なんだかなあ、ってのは同感だけど、むしろそれしか打つ手がなかったんだろうぜ」
「しかし仮に離反勢力の目的がレッドドラゴンだったとしても、そのような状態の怪物を利用して何ができるというのだ?」
ディアナの疑問に、クロウも同意した。
「そうだねえ。あのロビンって男の怪物を操る能力でレッドドラゴンを操るつもりなのかなって思ったけど、自滅と再生を繰り返してるってんならそれもあんまり意味無さそうだしねえ」
アイカはからころと口の中でロリポップを転がした。
「……色々と気になるけど、今のあたし達の目的はゾーイの救出。先に潜入してた彼女がその辺のことを調べてるかも知れないし……とりあえず現地に急ぎましょ」
*
しばらくして湖を迂回した馬車は、明け方トヲル達が偵察に向かった対岸に至った。
怪物の大群もすでに姿は見えず、かつてエクウスニゲルの街があった荒野にはただ風が吹き抜けるばかりだ。
「くしゅん」
トヲルは小さくくしゃみをした。
ずっとシーツ一枚の裸でいるので身体が冷えてきたようだ。
「ディアナの毛皮を貸してもらったら? もふもふであったかくて気持ちいいよ」
御者台からアイカが言う。
夜通し見張りをしていたからだろう、丸くなって伏せていたディアナはいつの間にか静かな寝息を立てていた。
「……見た目は狼でも中身はディアナだろ、さすがに裸で女の子に抱き付くのはまずいよ」
またぞろ寝込みを襲っただのというあらぬ誹りを受けかねない。
だが規則正しく上下しているふわふわの毛並みを眺めていると、ただのおとなしい獣がうずくまってるようにしか見えなかった。
「……トヲル、今ディアナのこともふりたいって思ったでしょ」
「お、思ってないよ。あ、ほらアイカ。怪物の群れはあっちの方へ進んで行ったよ」
トヲルは慌てて山間に続く森の方を指差して言った。
「……てことはあの先が目指す研究施設の跡地か。大群が移動したお陰で地均しされてるっぽいのは助かったけど――」
行く手の森を突っ切るように、そこには広く真っ直ぐな道ができあがっていた。
押し倒された木々は道の両脇に取り除かれ、さらに地面はしっかりと踏み固められているようだ。
「行った先にその大群と、レッドドラゴンみたいなのが待ち構えてるって思うとぞっとしないなあ。ま、とにかくこのまま馬車で突っ込むわよ」
アイカは馬に鞭を入れて速度を上げた。
「いいの? 目立っちゃいそうだけど」
「気にしない、気にしない。どの道、あたし達の存在は勘付かれてんのよ。施設へ潜入する時に慎重になればいいの。まあでも一応、みんなは周囲を警戒しといてね。あ、徹夜明けのディアナは寝かせといてていいから」
怪物の群れは、研究施設の防衛に集中させているのだろうか。
予想に反し、森の中をひたすら疾駆する馬車の前に怪物の影が現れることはなかった。
やがて山が近付くにつれ道は傾斜が強くなり、それ以上さすがに馬車で進むことができなくなる。
馬車を道から外れた森の中に引き入れて隠すと、そこからは徒歩で向かうことにした。
「ディアナ、起きて。行くよ?」
寝ていたディアナの頭をアイカがなでる。
「……うむ……」
ディアナは四つん這いで大きく背中を反らして伸びをすると、ぷるぷると全身をふるわせた。
「……感覚的にはもう少しで人型に戻れそうな気がするのだが、どうやらまだかかるらしい。わたしの装備はどうしたものか」
狼の体型になった際に外れた鎧と、大剣に視線を送るディアナ。
「俺が運ぶよ」
湖に落ちて濡れたトヲルの衣服と装備も、着られる程度には乾いたようだ。
馬車の陰でシャツに袖を通しながら彼は言った。いくら透明とは言え、女性陣の真ん前で着替えるのは抵抗がある。
「それは助かるが――かなりの重量があるぞ?」
「ヴィルジニアに重さを無くしてもらえればいいと思うんだ。お願いできるかな?」
「そりゃもちろん、おやすい御用だが――」
ヴィルジニアはふと思い立ったように続けた。
「どうせならおれら全員、重さを無くしちまうってのはどうだ。クロウに空飛んで運んでもらえば山道歩かなくて楽だろ!」
「そうね、空から接近すれば相手にも気づかれにくくなるかも……」
アイカもそう言ってクロウを見やる。
「いいよ、任せて。よおし、今度こそ落とさないぞお!」
「そういうの、口に出して言わない方がいいと思う……」
ヤクモ機関のイェルド特製というヴィルジニアのバックラーは折り畳み式で、広げると数倍の大きさの円盤になった。
全員が乗り込んだバックラーを紐で吊り上げてクロウが運ぶ。
「今回は水の上じゃなくて森の上だから、落としたらもっと大変なことになるねえ。気を付けなきゃ!」
クロウの言葉にトヲル達は顔を見合わせている。
「でもみんな安心して! 今度こそ、絶対に落とさないから!」
「もうホントやめて。言えば言うほど不安になるから」
ヴィルジニアの能力によって重さを無くした円盤は、クロウに持ち上げられてふわりと浮きあがった。
「おお、意外と安定してるな。いい感じだ! スピードに気を付けろよ、下が振り子みたいに揺れるからな」
「りょうかあい」
白い翼をはばたかせ、クロウは森の上空へと高度をあげていく。
足元に広がるエクウスニゲルの森から、トヲルは隣に立つアイカに視線を向けた。
「……どうでもいいけど、アイカ。何その荷物」
「気にしないで。念のためだから」
彼女は巨大なクマのぬいぐるみを胸の前に抱き締めている。
「オバケなんかいないって言ったの君だろ」
「オバケとか関係ないし。念のための防寒アイテムだし」
ディアナが口を開く。
「大勢が犠牲になった施設に向かうのだ、アイカが気味悪く感じるのも無理はない」
「ああ、それで……」
「防寒アイテムだってば!」
頭上でクロウが声をあげた。
「あれかなあ……見えてきたよ」
切り崩されたような崖の下に平坦な土地が広がっていて、森の中のそこだけが大きく開けている。怪物の大群によって作られた道はそこに続いていた。
「意外と広いな。訓練学校くらいはあるかも知れない」
「建物も何だか学校っぽいねえ」
敷地内には、複数の建物が確認できる。
高い尖塔に複数階を有する立派な石造りの建物だが、放棄されて久しいためか、植物に浸食されて所々が崩れ落ちていた。
「あれがトヲルの見たという怪物の大群か。わたしも作戦中に群れに遭遇することはあったが、あれほどの規模は見たことがないな……」
数百体ごとの群れを作った怪物が広い敷地の複数箇所に配置されている。
不気味なほど静かに整列しているのが見えた。
「見ろ、あのドーム状の建物だけ新しく見えないか」
敷地の中央付近に、異質なほど新しい施設があった。直径は一〇〇メートル、高さは三〇メートルほどの半球を伏せたような形だ。
「確かにあやしいわね。クロウ、あのドームの上に着陸してみて」
「はあい」
怪物の頭上高くを滑空して、クロウはドームの頂上付近にトヲル達の乗る円盤を下ろした。
怪物の群れには全く気付かれていないようだ。
バックラーを折り畳んだヴィルジニアが槍の石突でドームの表面を軽く叩いた。
「金属製か。かなり分厚いな」
「何だか敷地内に無理矢理ねじこまれたみたいな感じね。研究施設が閉鎖された時か、その後に急ごしらえで建てたのかも」
と、アイカは周囲の建物を見回している。
「……暴走したレッドドラゴンを……閉じ込めるために?」
トヲルが訊くと、アイカは口元に手を当てた。
「そう考えるのが自然ね……にしては雑な造りなのが気になる。頑丈そうではあるけど」
「こっちに通気口があるぞ」
ディアナが鼻先でかたわらのハッチを示している。
頭が入るくらいのサイズのハッチは手で簡単に開いた。
中に首を突っ込んだアイカの声がする。
「……真っ暗ね。ハッチからの明かりだけじゃ全体が見えないけど、中はがらんどうな感じがする。ここには何もないのかも――」
と、そのドーム内が急に明るくなった。照明が点けられたのだ。
慌てて首を引っ込めるアイカ。
顔を出し過ぎないようにして、改めてハッチから中を覗く。
ドームの中は確かにがらんどうだった。
通気口のある天井から床まで何もない空間が広がっている。
そしてその広大な床一面が分厚そうな金属板になっていた。
「とりあえずゾーイもここにはいないようだな。別の建物を探るか?」
「待って、誰か入って来た」
ドームの扉が開いた。
そこに立っていたのは、黒コートの男。
「……あれがマーティ・サムウェルだよ」
トヲルはアイカにささやいて、端末の指向性収音機能をマーティに向けた。
「ヴィルジニアが追ってたっていう離反勢力の首謀者ね」
『……想像したより順調なようだね、助かったよ』
金属板の床を見下ろしていたマーティは、そう言って背後を振り返った。
扉の向こうから、人影がもうひとつ現れる。
「あれが、ロビン?」
「いや違う――」
ロビンは白づくめの着物姿だった。
新たな人影は、マーティと同じような黒いロングコートに全身を包んでいた。
黒いつば広の帽子を目深に被っていて顔が見えないが、帽子からは驚くほど長い黒髪が流れ落ちている。身体つきからしても、明らかに女性だ。
『基礎術式の詠唱が完了したにすぎぬ。うぬに対する発展術式を発現させるための詠唱が完了するにはまだかなりの時間を要するであろう』
低く落ち着いた声音でそう告げる女性に、マーティはうなずきを返す。
『分かっているよ。着実に前に進んでいるのが分かっているだけでも、十年前とは大きな違いだ』
そう言って手元の携帯端末を操作すると、ドーム内に大きく機械音が響き始めた。
床の中央付近から放射状に切れ目が入り、広がって行く。
「床がまるごと扉になってたんだねえ……」
クロウがつぶやいた。
分厚い金属板が広がり切ると、そこにはドームの底面と同サイズの大穴が口を開けていた。
金属板の動く音が消えても、穴の底から轟々と唸るような低音が響いて来る。
どのくらいの深さがあるのだろうか。
天井付近から見下ろす穴は暗い闇に沈み、そのはるか奥底の方でかすかな赤い光が揺らめいているのが見えた。
トヲルは思わず固唾を飲んだ。
その赤い光に何か不吉なものを感じる。
何も確証はないが、本能的に確信していた。
――あの光がレッドドラゴンだと。
その時だった。
かんかんかん、と耳障りな金属音が辺りに響き渡った。
ハッチのそばから身を起こしたアイカは素早く周囲を見回し、ドームの側に建つ尖塔の方を向いて視線を止めた。
尖塔の頂上は、ドームを見下ろす高さにある。
そこに一体のゴブリンがいて、狂ったように棍棒で横倒しになった鐘を乱打していた。
トヲル達の存在に気付いたのだ。
その鐘の音が届いた別の尖塔からも激しい打音が鳴り始め、敷地のあらゆる場所から乱雑な金属音が響きだす。
「警鐘……! ゴブリンにも見張り役をこなす程度の知性はあったってことか!」
アイカは人差し指に牙で傷を作り、鐘を鳴らすゴブリン目掛けて血液を射出した。
血液の弾丸はわずかに逸れて尖塔の石壁を一部破壊した。ゴブリンは身を翻して逃げ出している。
「どうするの……ここで戦う?」
警鐘が鳴り止まないなか、クロウは腰の太刀を抜き放った。
いくらそれぞれの能力が並外れていても、この大群を相手にするのは危険だ。
「……」
誰もクロウの問いに言葉が出ないでいる。
敷地を埋める怪物の群れの意識が、こちらに向く気配を感じる。
怪物達が動き出す重い音が、足元を揺らした。
つづく
次回「第35話 研究所跡地に潜入した俺が、怪物の大群に包囲される話。」
少しでも「面白い」「続きが気になる」と思われましたら
☆評価、ブックマーク登録をしていただけると本当に嬉しいです。
執筆へのモチベーションが格段に高まりますので
なにとぞよろしくお願いします。




