魔王様、風呂に入るってマジですか?
……さて、俺は今、究極の2択を迫られている。
耳を澄ませば聴こえてくる、浴室からのシャワーの音。
もちろん、居間に居るから俺じゃない。
つまり……セレスだ。
セレスが今、風呂に入っているのである。
俺も思春期の高校生だし、気にならないってわけじゃないんすよ。
美少女ゲームよろしくの、あの伝説的なイベントが起きるかもしれないチャンスに、胸が高まっている。
しかし、俺の中の天使と悪魔が両耳から囁いてくる。
まずは悪魔の方から。
『覗いちまっても良いんじゃね?だって、元は男だったんだろ?だったら、裸見られても気にしないってぇ~。何なら、一緒に入っても怒られないんじゃね!?』
確かに、自分が男だって思っているなら、別に何も気にしないかもしれない。
次に天使の方が囁く。
『いけません‼心は男の子と言っても、身体は女の子‼あなたは、あのたわわな胸やスラッとした身体を見て、覗いているだけで終わらせることができますか!?最悪の場合、信頼を失うことになるかもしれませんよ!?』
裸を見た後のことを考えたらぁ……ヤバい、立てる気がしない。
どうするぅ……どうするべきなんだぁ~。
やらずの後悔と、やった後の後悔。
いや、誤解しないように言っておくけど、どっち道、あいつの着替えを置きに浴室の前には行かなきゃならないんだよ。
あとは、思春期ゆえの煩悩を抑えこむことができるかどうかと言う問題でぇ……。
「……よし‼」
とりあえず、前まで行ってから考えよう‼
ーーーーー
浴室では、魔王セレス・カルトリスが着ている服や下着を全て脱いだ状態で鏡の前に立ち、改めて自身の身体の変化に深い溜め息をつき、豊満な胸を持ち上げてじっと見る。
「やっぱり……重い」
正直、肩や腰に負担がかかって仕方がない。
下を見れば、いくら見ようとも、触ろうとも、男だった時に付いていた物が無い。
身長は縮み、髪は胸まで伸び、今まで付いていた筋肉も無くなっている。
顔を見れば、イケメンから美少女に変わっていて、頬を引っ張ったりしてみても変わるわけもなく。
「はあぁ……。これほどの美女が目の前に居たなら、すぐにでも俺様の妾にしたものを」
シャワーを浴びた後に溜めてある湯舟に浸かり、両手を組んで上に伸ばす。
「ん~~~~~~~っ‼……っと。思えば、こんなにゆっくり風呂に入るのも、この世界では初めてのことだなぁ~」
ふぃ~~~~っと息を吐きながら肩まで浸かれば、今までの疲れを癒す。
正直言えば、このまま眠ってしまいたいくらい心地が良い。
うとうとしていると、風呂場の前でドアが開く音が聞こえた。
「おい、着替え。入口の前に置いとくからなー?」
魔裟斗の声が聞こえ、引き戸の方を見ると彼の人影が映る。
「おぉ~~」
気の抜けた声を出して返事をする。
そして、そのまま動かない彼を見て怪訝な顔を浮かべる。
「……どうした?戻らないのか?」
「え?あ、ああ‼……その、湯加減とか、どうかなー?って……ちょっと、気になって」
「あー、そうか。丁度良いぞ?瞬時にこんな温度の風呂が作れるとは、一体、どれほどの修練を積んだ魔法使いが居るのだ?」
「この世界に魔法なんて無いって言っただろ?ったく……」
呆れたように溜め息をついた声が聞こえ、セレスは少しムスっとした顔になる。
そして、少しからかってやろうと思い、悪い笑みをして聞いてみる。
「なぁ、マサトー?……俺様と一緒に入るかぁ?」
「は、はぁ…!?」
明らかに狼狽えた反応して可笑しくなれば、彼は頭を荒く掻いて言った。
「ったく……バカ言ってんじゃねぇよ、アホ魔王が」
カッチ―――――ンっ‼
ボソッと呟いたその一言が、堪忍袋の緒を切った。
即座に湯舟から立ち上がり、セレスは引き戸を開いた。
「その言葉、俺様が魔王と知っての侮辱かぁー!?」
ーーーーー
くだらないことを言ったセレスに対して、俺は軽く受け流すつもりで言ったつもりだった。
しかし、それが魔王の逆鱗の触れたようで、いきなり浴室の引き戸が開いては碧い瞳が紅に染まったセレスの怒り顔が視界に入った。
「・・・え?」
そして、それは条件反射のように、顔から下に視線が移って行った。
顔から首、肩、胸、へそ、太股、足と言う順番で。
濡れている長い金髪。
風呂で潤ったスベスベした白い肌。
その自己主張している巨乳は、視界を遮る物なくゆさゆさと揺れている。
あぁ~……はい、完全に、まごうことなく、女の子ですね!?
期せずして、予想外の状況でセレスの裸体が視界に飛び込んで来れば、一気に頭に血が昇っては鼻を押さえる。
「な、なな、何してんだよ!?前隠せ、アホ魔王‼」
「だから、俺様をアホと言うなと言って――――うわぁあ!?」
俺に詰め寄ろうとしたのだろう、浴室から出ようとした瞬間、セレスは足を滑らせた。
「危ねぇ‼」
両手を前に出して支えようとしたが間に合わず、セレスと一緒に後ろに倒れてしまった。
「いっ……つつぅ……ん?」
ムニュっ。
俺の上に倒れ、セレスは頭を押さえながら身体を起こせば、ある違和感を覚えたようだ。
ムニュムニュっ。
そして、こっちの両手にも違和感が増しましで。
ムニュムニュムニュっ。
いや、どういう原理が働いたら、こういう状況になるんだよ!?
セレスは半眼で俺を見下ろして言った。
「……おい、胸から手を離せ。邪魔だ」
「すいません‼」
事故とは言え、俺の手は期せずしてセレスの胸を掴んでいた。
すぐに手を離してアタフタしていると、あいつはムスっとした表情で俺に顔を詰め寄らせる。
「謝らなきゃいけないのは、それだけかぁ?こらぁ?」
か、顔……近い…‼
つか、生乳が俺の身体に押し付けられてっ…‼
だ、ダメだ……頭が正常に……働かな……。
俺は思考を停止すれば、鼻からドバーっと鼻血が滝のように出てきてしまった。
「ま、マサトぉおお!?」
ダメだ……無防備エロって……恐い……。
ーーーーー
居間に戻り、しばらくして鼻血は止まって頭が冷静に――――なるはずもなかった。
俺はベッドに横になりながら、隣で肩を落として座っているセレスの格好にドギマギしてしまう。
やっぱりと言うべきか、男ものじゃサイズが合わねぇよなぁ。
セレスは今、母さんが置いていった熊のプリントがされたパンツの上に、俺が中学の頃に着ていたパーカーを上から着ている。
胸がデカいせいか、服が伸びて……その……谷間がぁ…。
「全く、俺様の裸を見たくらいで鼻血を出すとは、軟弱な奴め」
「おまえの裸がエロ過ぎるせいだからな‼」
頭が正常に働いておらず、露骨に思ってることを口にしてしまえば、セレスはビクッと肩を震わせた。
そして、耳まで顔を真っ赤にさせて俯いて目を逸らす。
「そ、そんなに……良かったのか?俺様の裸は」
「……し、知らね‼」
俺も身体を横に向け、セレスに背中を向けた。
あー、気まずい。
つか、あいつが元が男だったからか、想定していた展開と違ったー。
普通さ?風呂イベント……こうじゃなくない?
異性に裸見られたら、普通は恥じらわない?
恥じらって『見るな、変態‼』とか言うんじゃないの?
何で、男の方から前を隠すように促さないといかないの!?
やっぱり、異世界人にこの世界のお約束って通じないんだろうなぁ~。
セレスはこの気まずい空気を変えようとしたのか、咳払いをする。
「こ、こういう時はあれだな!酒でも飲んで、パァーっとしようではないか‼」
「いや、酒って……おまえ、まだ子どもじゃねぇか」
「何を言っている!?俺様はもう、れっきとした大人だ‼」
フフンっと揺れる胸を張ってドヤ顔で言うセレス。
俺は彼女の方に身体を向けてジト目を向ける。
そう言えば、大抵のRPGの魔王の年齢って大体は1000歳とか、10000歳とかぶっ飛んでるんだっけか。
大人とか超えて、BBAじゃねぇか。
「大人って何歳だよ?100歳か?それとも、1000歳?もっと行って10000歳?」
「何だそのデタラメな数字は。俺様は16歳だ」
「はぁ!?16ー!?」
想定していた年齢が大外れしてしまい、顔が引きつってしまう。
「16って……やっぱり、ガキじゃん‼」
「何を言う!?15歳からは、もう成人なんだぞ!?」
「この世界では、二十歳からが大人なんだよ‼」
その事実はセレスに大きな衝撃を与えたようで、ガーンっと雷を受けたような表情をしていた。
そして、震えた声で聴いてくる。
「じゃ、じゃあ……酒を飲むのはぁ…?」
「20歳から」
「た、煙草を吸うのは!?」
「20歳から」
「ギャンブルするのは!?」
「20歳から」
「殺人許可年齢はぁ!?」
「20……って、そんな許可年齢ねぇわ‼流れで20歳からって言うところだったわ‼」
つか、殺人するのに許可が居るのか、異世界って。
「そんなバカなぁ~~~~~~‼‼あんまりだぁ~~~~~‼」
セレスは項垂れては、泣きながら床を両手でポカポカと殴って怒りをぶつける。
そんな偉大な魔王(笑)、セレス=カルトリスに哀れみの目を向けてしまい、俺は思った。
こいつ、この世界では苦労するなぁ~~~~。




