魔王様、泊まっていくんですか?
目が覚めた時、最初に視界に入ったのは自宅の天井だった。
どうやら、俺は寝ていたらしい。
あれ?俺、いつの間にベッドに横になってたんだっけ?
「まぁ、いっか……。ふぅ、それにしても変な夢見たなぁ~。そうだよな、魔王がどうとか……そんなこと、現実で起こるわけ―――」
「おー、起きたか、愚民!」
夢だということで納得しようとしたその時、横から顔を覗かせてきた金髪の女。
「って、おい‼何でおまえ、ここに居るんだよ!?」
パッと身体を起こし、壁まで逃げてセレスを見る。
「何でだと?いきなり気絶した貴様を家まで運んだのは俺様なんだぞ?感謝されこそすれ、非難される覚えはない‼」
「気絶?あぁ~……そうだったぁ…か?」
途中から記憶が無いので、思い出そうとすれば、セレスは立ち上がって角と翼、尻尾を出す。
「俺様の真の姿を見て、いきなり気を失いおって。これだから、人間は不甲斐ない……」
「あわわわわわわわ!?」
やっぱり、あれは夢じゃなかったってことか!?
じゃ、じゃあ、本当に……。
「おまえ……本当に……魔王…?」
「クックック、やっと俺様のことを信じたか。その通り!俺様こそ、人間どもを恐怖のどん底に突き落とした神すらも恐れし魔王‼セレス・カルトリスである‼」
腕を組んで胸を張るセレス。
俺は半眼で胸を指さしながら聞く。
「女なのに……魔王?イメージ湧かねぇ……」
「だから、本当は男なんだよぉ‼」
考えてみれば、大体のRPGの魔王って男だったわ。
女であることを指摘すれば、セレスは地団駄を踏んで怒り出す。
「そもそも、こうなったのは勇者の悪足掻きのせいだ‼」
「わ、悪あがき?」
セレスは話した、異世界で起きた勇者との戦いのことを。
最初から最後まで優勢で戦っていたらしいけど、そこからテレポートアイテムを投げつけられた結果、この世界に飛ばされたらしい。
「それが今日から1週間前のことだ。目が覚めたら、どこかの森に裸で倒れていて、女の身体になっていたことを知った時は驚いたが、そこからは……地獄だった。いきなり野良のモンスターに襲われたり、人間に追いかけ回されたり……」
多分、モンスターは野良犬とか野良猫で、追いかけ回してた人間って言うのは警察だろうな。
「そこから、どうしてあんな格好になることになったんだよ?」
「うむ、そこから2日経って、空腹で倒れそうになったときに1人の女と出会ってな。服と食べ物をくれて、昨日まで泊めてくれたんだ。そして、何やら知らんがその条件にニュウガクトドケと言うものを書かされたんだ。そしたら、学校に行くように言われて今日に至るというわけだ」
「入学届を書かされたって……もしかして、それ、うちの学園長ってことかよ!?」
「ガ、ガクエンチョウ?またよくわからん言葉を使いおって……」
多分、セレスを拾ったのは学園長だ。
異世界から来たセレスの入学手続きが、そう簡単に済むはずが無いしな。
「とにかく!俺様が今日まで生きて来れたのは、そう言う理由があったからだ。わかったか」
「まぁ、納得はしたけど…。はぁ、魔王……魔王なぁ~」
少し気分を変えようとテレビをつけると、画面に映る人間や建物を見てはセレスは「ひゃ!?」と驚いて見せる。
「ど、どうなっているのだ!?小さな箱の中に人間が入っているぞ!?」
あぁ~、異世界人がテレビを見ると、こういう反応になるのか。
セレスはテレビの画面をペタペタと触りながら、興味深々に食い入るように見る。
「触れない……近づいているのに、こっちには出てこれないのか?おい、愚民。この人間たちは、箱の中に閉じ込められているのか?」
「いや、そう言うわけじゃねぇんだけど…」
「この壁を突き破ったら、この人間たちは出てくるのか?」
「いや、それ壁じゃなくて画面だし……。それ突き破ったら、見えなくなるぞ?」
「そ、それは困る‼」
そう言って、セレスは体育座りをしてはジーっとテレビを見る。
まぁ、物珍しいってことだろうな。
異世界にテレビがあるとか、聴いたことねぇし。
……そうだ。
「おまえに面白いもの見せてやるよ」
「む?面白いもの?」
テレビの下のゲーム機の電源をつけて起動し、コントローラーを手に持つ。
すると、画面がゲームのものに切り替わる。
「うわぁ!?いきなり、壁が変わったぞ!?さっきの人間たちは、どうなったのだ!?」
「チャンネル切り替えただけだっつの。……ほら、ちゃんと見てろって」
画面を指させば、西洋の街並みのファンタジーRPGにセレスは目をキラキラさせる。
「な、何だこれは…‼さっきまでの人間と違う…建物もだ‼どうなってるんだ!?」
「テレビゲームだよ」
セーブデータをロードすれば、勇者を操作してモンスターと何度か戦ってみる。
「こ、これは勇者か?」
「ああ、俺がこのコントローラーで操作してんの」
「ゆ、ゆゆ、勇者を操作するぅ!?そんなことができるのか!?貴様は神かぁ‼」
「そんなわけねぇだろ。……何なら、おまえも勇者を操ってみるか?」
「うむぅ‼」
セレスは喜んで頷き、俺からコントローラーを受け取ってはゲームの中の勇者を操作し始める。
「クックック……勇者め、悔しかろう。魔王である俺様に、弄ばれることを…‼」
相当、勇者に対して怒りが溜まってんだろうなぁ、こいつ。
最初の方はコマンド操作とかを教えながらやっていたが、覚えが良いのかすぐに1人でプレイできるようになっていった。
……それにしても、こいつすげぇな。
俺が1時間くらいかかって倒した中ボスを、15分もしないで倒してるんですけど。
攻略レベルが初心者のそれじゃねぇ。
つか、攻撃する箇所が適格だし、弱点属性とかドンピシャで当ててくるんですけど。
「おまえ、何でそんなに初見の弱点ばっかり狙えてるんだ?」
「む?あ~、こいつら、俺様の部下のモンスターと姿が似ているんだよ。だから、何となくそいつらの弱点部分と同じ所を突いてるだけだ」
「は、はぇ~……流石、魔王」
いや、ここで魔王って納得するのもおかしいけどさ。
じゃあ、RPGのモンスターって、異世界だと本当に似たような姿をしてるってことだよな。
2時間程すれば、あっという間にラスボスである魔王との対戦になった。
そして、その魔王の姿を見て、セレスはコントローラーを落とした。
「こ、これが……こんなものが、魔王……だとぉおお!?」
いきなり声をあげては、全身から怒りのオーラが放出される。
「どうしたどうした、何で怒ってるんだ?」
「怒るに決まっているだろ!?こんなムキムキの獣人みたいな狂暴な奴が魔王だと!?俺様と全然違うではないか‼」
「いや、ゲームにそんな文句を言われてもぉ……」
「俺様は本当は、8頭身でスリムな美しい姿をしていたと言うのにぃ~。魔王をバカにしてるのか、ゴラァ‼」
本物の魔王様は再びコントローラーを手に取り、即行でゲーム内の魔王を最終形態まで瞬殺してしまいました。
その間も、第一形態から段階的に原型を留めない変化をしていくことに文句を漏らしながらプレイしていた。
セレス曰く、魔王には真の姿というものは無く、巨大化もしないらしい。
ゲーム会社の人たちが聴いたら、カルチャーショックを受けることになるだろうなぁ。
ラスボスを倒してエンディングが流れれば、ぜぇぜぇと息を切らしながら額の汗を手の甲で拭い、「水‼」と要求してきたのでミネラルウォーターを渡した。
「ゴクゴクゴクっ……ぷはぁ~。スッキリしたぁ~」
「まさか、3時間足らずでクリアするなんて……。そう言えば、おまえって元の世界ではどんな魔王だったんだよ?話を聞いてる限り、このゲームの魔王とは全然違うんだろ?」
「クックック。よくぞ聴いた、愚民よ。先程も言った通り、俺様は魔界最強の存在として君臨し、配下の魔族と共に、人類を恐怖のどん底に落としたものだぁ。……勇者が出てきてからは、領土を奪い返されたりで大変だったが…‼」
勇者の話になると、プルプルと拳を震わせた。
「そんで、今は俺よりも身長が小さくて、魔力が使えなくなり、おまけに女になってしまったと……」
「全ては勇者のせいだ‼100の女を虜にするほどのイケメンだった俺様が、こんな女々しい顔になるなんてぇ~」
今の自分の顔が気に入らないのか、両頬を引っ張って不満を露わにする。
そんなこんなで不満を漏らしていると、セレスの腹からグウゥ~~っという音が聞こえた。
すると、カァァァっと顔を真っ赤にしてキッと睨んでくる。
「今の……聴いたか?」
「え?い、いやぁ~……何のことだかぁ~」
目を逸らして苦笑いを浮かべれば、セレスは俺の胸倉を掴んで前後に激しく振ってくる。
「忘れろぉ~~‼‼今のは‼全部ぅ‼」
「わ、わかった、わかったから‼忘れるから、手を離せって‼」
手を掴んで強引に話せば、俯いてドヨ~ンと落ち込んでしまう。
「こんな貧弱そうな愚民にまで力負けするとは……魔王セレス、一生の不覚だぁ…」
「貧弱とは失礼な。……はぁ、ちょっと待ってろ。夕飯準備するから」
俺は立ち上がり、キッチンに行けば昨日作っておいたシチューを温める。
そして、2人分の皿を用意して盛り付けて出せば、セレスはそれを見て目を光らせる。
「こ、これは何だ…!?」
「シチューだよ、異世界には無いのか?」
スプーンを渡せば、恐る恐る一口すくって口に運ぶ。
すると、「うっ‼」と声を唸らせては肩を震わせる。
「どうした?もしかして、異世界人の口には合わな―――」
「美味い‼美味いぞ、これはぁ‼こんな美味いの、初めて食べたぞ‼さては貴様、料理の神か!?」
「なんちゅーオーバーな」
こいつをファミレスとかに連れていくには、その前にこの世界のことを慣れさせないと周りの客の迷惑になるな。
「くっ!これほど美味い料理を出せるのならば、魔王城の料理長にできるものを…‼」
すげー、市販で売ってる300円のシチューミックスってすげー。
魔王城で料理長できるくらいの美味さなのかよ。
俺は慣れ親しんでいる味であるため、食べても特に反応はない。
シチューを食べながら、俺はふと思ったことを聞いてみる。
「そう言えば、おまえいつまで家に居るの?帰る所があるなら、そろそろ帰った方が良いんじゃねぇの?」
「っ‼……か、帰りたく…ない……」
セレスは歯切れ悪く言い、俯いてしまう。
「いや、帰りたくないって……何で?」
「な、何ででもだ‼あの女の家に帰ると……身体がぁ……」
怯えた顔をし、ブルブルと震える。
理事長、セレスに何をしたんだ?
「まぁ、帰りたくないって言うなら、別に良いけど……。この部屋、今は俺しか住んでねぇし」
「ん?貴様の母上と父上は何をしているのだ?」
「父さんも母さんも、世界を飛び回ってる写真家なんだよ。帰ってくるのなんて、年に数回くらいだ」
深く話すのも違う気がし、話を戻す。
「そんで、泊まっていくのか?」
「貴様が言うなら、別に止まってやらんでもないぞ‼愚民。魔王の生活に貢献できることを光栄に思うが良い」
「よーし。イラついたから、さっさと出てけー」
「泊めろぉ‼泊めてくださいぃ‼お願いだからぁ~~‼」
「なっ‼…おい‼」
後ろから抱き着いて懇願され、心臓の鼓動が速くなる。
背中に大きくて柔らかい感触が2つ広がり、平常心を保つので精いっぱいになる。
「わ、わかった、わかったから、離れろよ」
両腕を振りほどいて溜め息をつけば、1つ不服な点を言う。
「泊めてやるのは良いけど、その愚民って言うのやめねぇか?魔王様」
「……貴様の名前……知らない……」
もじもじしながら言うセレス。
おい、出席確認してたよな?ホームルームの時。
まぁ、良いか。
「加藤魔裟斗。それが俺の名前だ」
「カトウ……マサト…。そうか」
セレスは笑みを浮かべながら言った。
「ありがとな、マサト‼」
「っ!?」
その笑顔があまりにも可愛いと思ってしまい、後ろを振り向いて胸を押さえて深呼吸をする。
こいつは男、男、男……身体は女で、おっぱいが大きくて、金髪碧眼の美少女でも、心は男‼
自分に言い聞かせてから、もう1度セレスを見れば、首を傾げてキョトンっとした表情をする。
「どうしたのだ?マサト」
「……何でもねぇよ」
男……何だよな、こいつは。
セレスはハッとした表情をすれば、俺にとんでもないことを聞いてきた。
「泊めてくれると言うなら、風呂に入っても良いのか!?」
「ふ、ふふ、風呂ぉ!?」
前屈みに詰め寄りながら、上目遣いで聴いてくる。
その体制だと、乳がより強調されてぇ…。
風呂と言う単語が頭の中で反響する。
そして、思春期の煩悩が勝手にイメージしてしまう。
目の前の女体化した魔王様の裸体を。




