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第八話 そして世界は暗転した、立ちくらみで

 そして金曜日が訪れた。

ようーーー…………やっく! 今日はこの不快な不快な管が外れる日。

コルセット完成はどうでもいいが、この睡眠をひたすら妨害し続ける管だけ外してくれればと願い続けた時間は、ある意味大部屋の真ん中で大便を排泄したことも、痛みに怯えて姿勢を一つに固定していたことも、ともすればただ立ち上がるだけで凄まじい激痛で動きが止まったことすら忘れるほどの苦痛だった。

それがようやく終わる。

そして看護師がやってきて自分の粗末な場所からそれは引き抜かれ、やっと解放の時は訪れた。

ずっと生温かかった感触も外される。


そして自分は完成したばかりのコルセットを装着した。

これからはこのコルセットが相棒となる。

起きている時は当然、寝ている時もずっとこのまま。

外せるのはお風呂に入るわずかな時間だけ。


というわけで自分は、早速リハビリを受けることになった。

やってきたのは理学療法士のY氏。当然なんとなく仮名で。

理学療法士は足のリハビリを担当する人のことらしい。

自分は二度骨折したが、二度とも部位は腰椎だったので歩行訓練だけを行った。

そのためこの頃はまだ理学療法士しか関わりを持つことはなく、他は知らなかったが、それは脳梗塞になった時に知ることになる。


彼は早速リハビリ室へ自分を運ぶための車椅子を持ってきた。

それに乗り込むため二週間ぶりに身を起こして立ち上がった自分は、途端に立ちくらみを覚えてへなへなとベッドに尻餅をついた。

あの時の感覚は中々凄まじかった。

宇宙ステーションに滞在していて帰還直後の宇宙飛行士は、地球の重力に逆らって起き上がれないらしいが、たった二週間重力下にいてそれを追体験した気分だ。

なんちゃってもいいところだが。

それに関連した実験で地球上でひたすら横になった姿勢のまま暮らすという仕事があるらしいが、あれと同じようなことを経験した気分だというほうが近そうだ。

その結果こうなるわけかと思ったら、いくら給料がよくてもあれはないなと思った。

なんとか気を取り直して車椅子に移った自分は、足を乗せるペダルを下ろそうとしたのだが、二週間使っていない足は思ったように動かなかった。

しょうがないので手を伸ばして足場を引き出したのをしっかり見ていた理学療法士は、渋い顔をしていたらしいのは後でわかった。

そして初めて経験した車椅子でリハビリ室に運ばれた自分は、馬鹿丸出しで「あ、あれテレビで見たことがある」と平行棒を指差した。

この時もY氏の態度は冷淡だった。

この人は入院中ずっと自分の担当だったが、どうにも冷たい人だったと思う。

表面上明るく仕事はしているがどこかで冷めきっていて、自分はその氷のような冷たさには馴染めなかった。

最もそれが結果としてよかった部分はある。

自分は腕で支えながら平行棒の間を行き来させられたが、最初はこれが中々うまくいかない。

すっかり体も鈍りきっていて、長い間不自然な姿勢で歩いていたこともあって「全然駄目じゃないですか」と言われた。

指摘されたのは靴のすり減り方。

それを見たY氏は自分が足先を外に向けて開きすぎなことを看破した。

なるべく足を閉じてくれと言われても、ももにつきすぎた肉のせいでそれがうまくいかない。

自分は足を閉じることを意識させられて、ただでさえもつれ気味な足をうまく動かせなくなった。


こうして前途多難な「全然駄目な」歩行訓練は幕を開けてしまった。

訓練の度にY氏の冷たい冷笑を浴びた自分は、くそと対抗心を燃やし一人で延々廊下で歩行訓練を続けた。

そうまるでドラマの主人公のように。

そして全然駄目だった人間はなんとか病院中を歩き回り、さらに退院一週間前には階段の上り下りを加えてさらに体力を向上させた。

この頃は最近では一番元気だったかも知れない。

そしてその姿を見つけた看護師の中山さん(仮名)は、頑張っている人がいるなって思ってましたと後に言ってくれた。

そういう一言も嬉しいものだ。

彼女は後にこの病院を訪れた時名字が変わっていた。

中山さんは旧姓になっていたわけだ。

その時も自分をしっかり覚えていてくれたのは嬉しかった。

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