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第七話 初めて眠剤を飲んだがこれが効きゃしない

 話は一旦手術前に戻る。

手術後コルセットを着けることが決まった。というか決まっていた。

これで体をある程度固定して動かないようにするらしい。

ところがこれの採寸のため、上を向いて寝ることをまた指示されたから自分は発狂してしまった。

「無理に決まっていることを強要しないでくれ!」

散々言われてトラウマなこの話だが、実際骨が折れてその後痛み止めの一つももらっていない自分には本当に辛いのだ。

褥瘡被害はあったものの、やっとベッドのクッションでなんとか姿勢を固定して睡眠を邪魔されずに眠れるようになった自分に、この時のなんとか説得(無理強い)しようとする看護師は悪魔にしか見えなかった。

半泣きで抵抗した結果、結局この時の採寸はなしになった。

しかしこれはさらに自分を苦しめることになった。

目先の問題から逃げた結果もっと大きな困難にぶち当たる、自分の人生は大体これだった気がする。


コルセットはどうしても必要になる。採寸ができなければ完成も当然遅れる。

実際に採寸してから完成まで一週間はかかるそうだ。

それもどうかという話だが。

そのためまた手術直前にやってきた別の看護師は、採寸をすませておきたいと無理強いをしてきた。

自分は諦めてそれを承諾したが、実際数分間の上向きの間痛みが走ることはなかった。

傍で看護師さんが手を握ってくれたが、実際はくすぐったいくらいで恐れていた事態にはならず採寸はなんとか終了。

当然いい目を見たではすまず、この報いは完成の遅れという形で自分自身に跳ね返ってくることになった。


そして手術担当のメガネ医師から症状と手術の説明が行われた。

母親も同席、自分はベッドで運ばれて寝転びながらそれを聞く。

自分は骨が癒着して骨化していたらしい。

これは長時間同じ姿勢を取り続けることで起こる、ようするに老人の症状だった。

恐らく長時間ゲームのために動かず座っていた姿勢の影響だろう。

そしてこのために上を向いて寝る姿勢が作れなかったこともわかった。

やはり自分のその場の努力でどうにかなる問題ではなかったのだ。

ここを覚えておいて欲しい。

母親はMRIの画像を見ながら「これは治らないんですか?」と質問。

メガネ医師はきっぱりと「治りません」と言った。

その時の母親のがっかりした顔は今でも覚えている。

必ずしもこれが事実ではなかったことが後に判明するのだが。


そして手術の同意書、「ないとは思いますが」という前提つきの輸血の同意書などを書かされてこの時の説明は終了。

手術といえば輸血はするものというイメージだったが、そんなに必須のものではないらしい。

大体背中を切り開いて骨を固定する器具を埋め込むだけなので、内臓を切除する手術などと違って、そんなに大仰に考えることもなかったらしいというのは、後に知った。

肉体が負うダメージも全然違う。

当然輸血もなかったので、この後献血の要件である「輸血経験のある人はお断りします」にも抵触することはなかった。

まあさらに後に脳梗塞になったので、結局自分はこっちのせいでもう一生献血はできないのだが。

大体自分の血液型は余りまくりらしいので、使命感で勢い込んで行っても結局ありがた迷惑にしかならなかったのだが。



そして手術は意識がない間に終了。

ようやく食事も再開された自分は、この頃には骨折の痛みに支配されることはなくなったが、まだ左肩を下にして寝る姿勢を崩せなかった。

それは尿道カテーテルと、そこから出る排泄物を通す管の影響だった。

これが動くとちゃぷちゃぷと例の液体が音を立てる。

それが体に直接触れているので妙に生暖かい。

自分はおしっこの詰まった管を腹に巻きつけていたことになる。

思い出すとぞっとする話だが。

そしてこれはそのまま重みとなってベッドのクッションを必要以上に効かせてしまい、おかげで自分はやっと得た安住の地で終始収まりの悪い体勢に苦しめられることになった。

やってきた看護師に「これいつ取れるんですか?」と聞く。

「コルセットが来るのは金曜日なので、それが来てからということになります」

という返答に絶句。

さっさと採寸さえしていれば。

本来なら手術後すぐにコルセットを装着して起き上がることもできたらしい……自分は一週間お預け。

また自分の馬鹿が新たな悲劇を生み出してしまった。

手術は月曜日だったため、都合四日はこの状態が続くことになる。

それは絶望とも言える長い時間だった。


その日の夜、消灯後自分は相変わらずちゃぷちゃぷ言うおしっこの管をなんとか外したい衝動と戦いながら、痛みではなく不快感と懸命に戦っていた。

そして変わらず左を向いた先にいた患者が、これにさらに追い打ちをかけてくれた。

この人は夜もかなり遅い時間まで起きている人で、いつも消灯後延々テレビを観ていた。

その明かりが当然自分の視界にも入ってくる。

向きを変更できない自分はそれから逃げることができず、ひたすら明滅を浴びることになった。

目を閉じてもそれは防げない。

せめて映像も見えるか音でも聞こえれば違うかもしれないが、院内のテレビはイヤホンをつけないと聞こえないようになっているので、情報として入ってくるのはひたすらペカペカとパッシングしてくる光だけ。

ただでさえ管の不快感で眠れない自分は、さらに明滅ショックを浴びて触覚、視覚を侵されていた。

それを防ぐ方法はない。

さらに困ったのはこの人、ポータブルのテレビだかビデオだかも持ち込んでいて、それを見ているのだがその時は音声が開放になっているので外に漏れている。

こうなると聴覚も汚染。

あと五感の残りはなんだ、俺はシャ○に攻撃を受けているのかという気分だった。



ほとんど夜眠れずくたくたになってしまった自分は、次の日まず母親に頼んで、耳栓とアイマスクを買ってきてもらうことにした。

そして夜、他の患者が眠剤をもらっているのを以前見ていた自分は、思い切ってそれをもらってみることにした。

睡眠導入剤はこの時が初体験。

これもあまりイメージはよくない。

いやそれは今までまるで縁がなかったせいで、勝手にそう思い込んでいるだけかもしれない。

別に劇薬ではないので、それで死んでしまうような代物ではないのだ。

しかも看護師が扱っている薬なのだから余計恐れることもない。

しかしそれが見かけ倒しであることも味わう羽目になった。


寝る前に眠剤を一錠。

今日はこれでぐっすり眠れますように。

そして母親が買ってきてくれた耳栓とアイマスクをセットした自分は、やはり自然とではなく気づいたら眠りに落ちていたようだ。

ただこの時違和感自体は感じたのだが、それは全身麻酔のそれとはまた違った感覚だったように思う。

全身麻酔が完全な消失だとしたら、こっちは単にブレーカーが落とされて真っ暗になった程度かもしれない。

そして目覚めた自分は、またペカペカの明滅を浴びながら覚醒した。

時計がないため正確な時間はわからないが、多分落ちてから一時間も経っていればいい方だろう。

相変わらず消灯後も隣の患者はテレビを観ていた。

アイマスクも全然意味がねえ……。

耳栓もしっかり詰めたところですぐ外れるし、やはり百均グッズ程度ではなんの防御力にもならなかった。

一番がっかりなのは眠剤のほうだが。

確かに自分の意志に関係なく眠りに落ちることはできたのだが、それをまるっきり維持できていない。

できれば朝までもってほしかったのだが、そんな効果はなかった。

そして延々明滅攻撃にさらされ腹の生暖かい不快感に苛まれた自分は、長い夜を数日は続けることになってしまった……。


この隣人、毎晩いつまでも起きているなと思っていたら、徐々にいびきをかき始めた。

だったらテレビ消せよと思っていた自分。

見回りに来た看護師も声をかけて「○○さん、寝ているならテレビ消したら。テレビカードがもったいないよ」と声をかけた。

グッジョブと思ったのもつかの間、自分はさらに絶望に追い込まれることになった。

「いやこのままでいい、気持ちよく眠れるから」

あんたはよくても俺が眠れんのじゃー!

叫びたかった……。

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