第六話 人生初手術の感想
この後も寝たきりの自分は看護師に囲まれ、体重を量られたりした。
起き上がらないまま吊るす道具があるらしい。
しかし足を引っかけて不自然な体制になり、痛みを訴えてやっと戻されることになった。
一人の看護師は足を巻き込んでいることに素早く気づき、慌てて制止の声を上げてくれたのだが、実際に操作する看護師は聞いちゃいない。
本当に雑な仕事をするなあと呆れたのは覚えている。
他にも麻酔医がやってきて事前の顔合わせ。
その前に呼吸の力を調べると称して麻酔科の若い兄ちゃんがやってきて、理科の実験のような器具で思い切り息を吹いてくださいと肺活量を調べられた。
しかし骨が折れて全力を出せない寝たきりで身もろくに起こせない自分は、それを満足に吹くことができず、もっと強くお願いしますと言われても無理で、結局その若い兄ちゃんは少し離れた位置にいたらしい麻酔医に「数字が出ないんです」と訴えるほどだった。
そんなこんなであっという間に手術の月曜日が訪れ、ついに自分は手術室に連行されることになったわけだが、まだ話は残っていた。というか次から次へと思い出してしまう。
事前に手術室担当の看護師がやってきて、写真の入ったバインダーで手術室の光景を見せてくれた。
「質問があればなんでもどうぞ、初めての手術で緊張されていると思いますが」
というのだが、自分は首を振ってそれを否定した。
「いや何もありません。全ておまかせしますので」
そらそうだ、手術が決まってから思い悩んだり恐れたりする暇もないままもう手術なんだから。
これで猶予が長ければ、不安でネットを見たり他人の体験談を読んで恐怖を覚えたりあるいは楽観的な意見を聞いて少し不安を取り除かれたりもあっただろうが、情報からも遮断されているしなにもできることがない。
そしてここで若手のそんなに重くも見えない看護師が現れる。
「手術の前に点滴のルートを入れますね、いつものより太い針なんでちょっと痛いかもしれませんが」
賢明な諸氏ならもうオチは見えていると思うが、この時この本当に痛みがいつもより強い、ぶっとい針の穿孔は二度しくじられ、自分は左手を穴だらけにされてしまった。
さらに右手に変えて細い針を一本。はい失敗。
自分の肉の多い体型がこれほど憎らしい場面もなかった。
そして彼女は手練の看護師を呼んだが、この時やって来たのは男性だった。
そして彼はすかさず一発で右手に細い針を打ち込みやーっと成功。
このため自分は利き腕である右手の自由を失ってしまい、この後ちょっと難儀した。
自分が以前男性看護師の注射は安心と言ったのは、この時の経験に由来する。
そして一般の入院患者がいるのとは違う、明らかに毛色の違う人の気配を感じない階層に運ばれ、入り口で不安たっぷりな表情の母親に見送られ、自分は白の世界から緑色が強い手術室に踏み込んだ。
当然歩けないのでベッドごと運ばれてだが。
この時自分は病院内の構造もまるで知らなかったため、毛色が違うことを知ったのは後に歩き回れるようになってからのことになる。
そして本当に不安そうに見送った母親を、逆に自分が先に見送ることになったのは皮肉な話だった。
恰幅のいい麻酔医は以前「自分が担当します」と挨拶に来た人だったが「マスクをつけたらガスが出ます。それで眠ったら手術台に動かしますので、特に何をすることもありません」と段取りを説明してくれた。
この時点ではまだ自分は運ばれてきた自室のベッドに寝ていたから、また移動で悲鳴を上げる必要はないわけか。
そしてマスクを装着された自分は「麻酔流しますよ」という声にはいと答えた。
そしてニオイのあるガスが流れ込んでそれをクサイと思った瞬間にもう落ちていた。
器具を片付ける外野の音とともに
「終わりましたよ」
の声を聞いて意識を取り戻した自分は、既に昼から夜になっていたことなど知覚していない。
まさに落ちたその時からここまでの記憶が完全に欠落している。
寝ていたという感覚すらすっぽり抜け落ちている、その間の記憶が全くの無なのだ。
この時の怖さはそのまま「死というのはあれが永遠に続くということか」と思わせ、今でも震えが来る。
眠っていて目が覚めた時とはまるで違うのだけははっきりとわかった経験だった。
世界から完全に切り離されて消滅するというのはああいうことなのだろう。
できれば二度とあんな目には合いたくない。
どのみちいずれそうなるしかないのだが。
それもそんなに遠い未来のこととも思えない。
既に自分は尿道カテーテルというものを局部に突きこまれ、その先のチューブが体に巻きつけられていたが、今まであれほどできなかった「上向き寝」の体勢でベッドの上にいた。
痛いわけではないがなにか不快感を訴えて、足を高くするように要求してそこに枕を仕込まれたのは覚えている。
そしてベッドで運ばれ部屋に戻されたのだが、その時も意識はあってもまだ感覚は曖昧だった。
母親がなにか語りかけてそれにぞんざいに答えたことは覚えているが、その後自分は目を閉じてまた眠りに落ちた。
今度はただの自然な眠りだ。
それを見て母親が部屋を出ていき、外の人間に対して「もう寝た」と言っていたのは耳に聞こえていたが、自分の意識はそこで終了。
次に目覚めた時部屋は真っ暗、既に消灯後だった。
この日の夜勤看護師茅ヶ崎さん(仮名)があれこれ看てくれている。
彼女を個別認識したのはこの時だった。
多分この病院一番の美人は彼女だったと思う。
一番ギャグが通じないのもこの人だった。
たまに患者がボケていても、それを全く理解していない天然ぶりを示すことがあった。
普段の発声がやけに高いのだが、疲れて夜勤明けになると段々低くなり、朝の回診時には大分トーンダウンしてしかも疲れからか巻き舌気味になっている。
不機嫌な時の猫という表現がこの時の彼女にはよく似合っていると思う。
気分が悪いという自分の口元にガーグルを当ててくれたのは覚えている。
この時茅ヶ崎さんがガーグルがなにかを説明してくれた。
自分は手術後の痛み止めである麻薬を点滴されていたらしいが、それがきつすぎたのか合わないのか吐き気が一晩中止まらなかった。
この麻薬という言い方もイメージが大分悪いらしい。
ようするに麻酔、痛み止めなわけだが、知らないとどうしても違法な向精神薬のイメージが強く出てしまう。
これは後の話だが、茅ヶ崎さんは別の患者に説明している時にこの麻薬という言葉を連呼していたが、相手の顔がこわばったのを見て取ったのか、途中から言い方を改めるという場面を見たことがある。
彼女以外はあまりこの言葉を使っていなかったことを考えると、ちょっと失言だったらしい。
後に手術した患者は夜まで食事を残してあって目覚めた後それを食していたが、自分は朝から絶食でこの時も結局食事はもらえなかった。
確かもらった献立によればこの時のおかずは鶏唐揚かなにかで、食べ逃したのが惜しいと後で思ったのを覚えている。
手術のダメージにもよるのだろうが、背中を開いた自分には食事はまだ重かったのだと思う。
その後何度も目を覚ましてはまた眠り、ガーグルと睨み合いながら朝を迎えた。
その頃には大分気分の悪さも遠のき、自分はつけられた酸素マスクの空気が臭いなーとそれを吸うことを拒絶した。
茅ヶ崎さんが言うには朝までは必要ですからということだったが、自分はこっそり空気を外に出して、その流れから口元を外していた。
本当に酷い臭いだったので……。
電気が灯り通常業務が始まって、確か自分がやっと食事を食べられたのは昼食の時からだった。
この時の食事がうまかったのは覚えている。
こうして手術は自分の記憶を断絶させつつも無事に終わったわけだが、ここからまだ新たな驚異が自分を待ち構えていた。
敵は以前話に出した左側の患者と尿道カテーテル、そしてもう一つの話は次に送りたいと思う。