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第五話 姫屋さんとの出会い、そして手術まで

 少し時間を巻き戻して火曜日のMRI前。

突然やってきた看護師にまた囲まれた自分は、部屋を移動しますと言われて荷物をまとめられることになった。

最初有料の四人部屋に入れられた自分は、冷蔵庫つきの部屋に一人だけオジサンの同室人が、後に横に手術を終えた多分十代の学生さんと三人で部屋にいたが、ここからは六人の大部屋暮らしに突入することになった。

実際ベッドから立ち上がれず、トイレに行くことすらない自分は、今どこにいてここがどういう場所なのかすら全くわからないので、ただ片付けをして部屋を移動されるに任せるままだった。

そして六人部屋の真ん中の場所に運ばれた自分は冷蔵庫を失い、左右を人に囲まれて暮らすことになった。

相変わらず左肩を下に向ける姿勢は変わらない。

今まで左側は病室の壁だったが、この部屋では左側は別の患者のベッドということになった。

これが(動けない自分にとっては)たちの悪い相手だったため、延々苦しめられることになるのだが、まあそれは置いておく。

そしてこの部屋で若い医者に脅しをかけられた自分は、やっと無事MRI検査を受けて病状が判明する。

この時言われた病名は結局忘れてしまったが、ようするに腰椎を骨折ということだったと思う。

背骨とざっくり言っているが、実際は腰骨というほうが正しいようだ。

どちらにしても一本に繋がった骨の一部ではあるのだが。


この時の自分は相変わらず痛み止めなどは一切なく、ただベッドの上で転がされるだけの状態だった。

なので痛みが響かないように、ひたすら同じ姿勢を取るしかなかった。

痛み止めくれよーと思わなくもないが、恐らく手術が決まっているのでそういうことはしないのだろう。

実はこの辺りもこの病院に対する不信感をさらに大きくさせる要素だったりしたのだが、それはまた別の機会に譲ろうと思う。

宿題がやけに多いが、その時はいっぱいいっぱいでわからなかったことが、他との比較で一気に浮き彫りになるという経験をすることになったのだ。

それは改めてその時に。



自分がはっきり姫屋さん(当然仮名)を認識したのは、MRI検査のときだったように思う。

小柄で元気がいい看護師である彼女は、後に「(MRI前)寝ているところを叩きながら大声で呼んでいた」と証言してくれた彼女である。

その彼女はベッドに取り付けられた電灯が壊れている、と指摘する自分のために、倉庫に行ってちゃんと動くものを探して取り替えてくれた。

「これ探して取り替えたのは私、覚えといてよ!」

と豪語した彼女は中々豪快な性格だが、気配りもできてそのキュートな外観と相まって人気者のようだった。

後に知り合いになった同室の人も「あの娘はいいね……」としみじみ語るくらいで、ちょっと他とは異彩を放つ存在だった。

自分も彼女を見るとちょっとだけ、寝かした子が起きるような甘酸っぱい気持ちになったものだ。


ちなみに姫屋という仮名は、昔友人が彼女(当時)をそう呼んでいたことに由来する。

「おお姫様、よくお越しを」

と掲示板で言った友人に対して自分は

「○○(彼女の名前)さんは酢できゅっとしめられるの?」

と聞いた。

後にその彼女と友人の間で

「これ答えたほうがいい?」

「いやほっといていいよ」

との相談があったらしいことは後に聞いた。

結局「それしめさばや」というツッコミは帰ってこなかった……。

後に友人の奥さんになった彼女とは何度も顔を合わせることになったが、この時のことはいまだに忘れられない。

そんなわけで彼女はこの病院で知り合った第一の姫となった。


おいおい色気出しているよと思わないでいただきたい。

当然この話にはキレイにオチがついてしまうので。

まあとりあえずこの時まだ真人間のつもりであり辛うじて男でもあったらしい自分は、ちょっと姫屋さんにほの字だったということだけは確かだ。

正直医者のほうはあまりいい思い出がないのだが、看護師に関しては(かわ)いい人が多かったなと思う、この病院は。

変に意識したのは最初に顔と名前が一致した看護師で、しかもこの病院に一番長い期間入院していたこともあって、ちょっと距離感を誤っていた面もなくはないかもしれない。

まあどうせロマンスなんてないのは確定しているので、ここは一つお遊びということでちょっと色気を見せるくらいは勘弁して欲しい。



その後自分はあまりにも同じ姿勢で寝続けたため、褥瘡(じょくそう、床ずれとも)というものができた。

これは寝返りを打たずにいるとできる、長期入院の寝たきり老人にありがちな症状。

ずっとベッドに当たっている部分の血行が悪くなり、皮も剥けてかなり痛い。

それが入院から一週間と待たずにできるんだから、圧力は相当なものだったのだろうと思う。

とはいっても骨折の痛みで動くことすらできないのだから、自分ではどうしようもないのだが。

右向きも上向きも痛みがある以上、姿勢を動かすのは全く問題外なのである。


違和感を覚えた自分はいよいよ痛みが強くなってきた頃にそれを告げたが、起き上がったり体勢を変えて患部を見せることもできなかった。

やっと手を突っ込んでテーピングだけしてもらい、寝間着を整えてもらったのだが、その寝間着だって一度引き抜くのは難儀だ。

なんたって上に百キロの重りが乗っている。

それをやったのは姫屋さんだった。

自分はやけにこだわる彼女にちょっとブーイングを飛ばしたが、すぐ反撃が帰ってくる。

「ぴしっとしとかないとまた悪くなるから!」

とはいえ体を持ち上げられない自分には、なんの援助もできはしない。

結局よれて段差を作ることを阻止することはできなかった。


彼女は休みの日に飲み屋に行くのが楽しみらしい。

別の患者と話をしていて、焼酎が美味しかったまた行きたいと語っていたことがある。


彼女は後に手術後、尿道カテーテルというものを入れられた自分のおしっこを処理してくれた。

これのおかげで自分は勝手に尿が排出されるため尿意からも排尿からも解放されていたのだが、当然タンクには汚水が大量にたまる。

ベッド傍にやってきた彼女は、重いと言いながら重量感のあるオレンジの液体が満たされた水瓶を両手で抱えて帰っていった。


それのなにが萌えポイントかと言われると自分でもよくわからなくなってきたが、どうもこういうのに弱かった。

結局彼女はこの後も定期的に自分の(部屋の)担当となり幾度も会話を交わすこととなった。

だが……。

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