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第三話 まだ続く病院の洗礼、初めてのSBNとSBNK

 シートを強引に回収されてやっと面倒事から解放された自分は、ようやく放っておいてもらえたのだが、実はずっと困っていることがあった。

それはトイレ。

そう今回は完全におシモのお話になるので、いないとは思うがくれぐれも食事時には読まないでいただきたい。


そもそも入院することになったのはトイレで一階に降りるために動いたのがきっかけであり、その問題はいろいろあったものの当然解決していない。

とりあえずナースコールを初めて押した自分は、看護師さんにトイレに行きたい旨を伝えたが、当然ここでも寝たきりの洗礼を受けることになる。

「トイレに行きたいんですが……歩いていくので場所だけ教えてくれませんか?」

「いや歩くのは無理です。尿瓶を使ってベッドの上ですることになりますが……」

この時まだ健常者気分が抜けない自分は、このあと二週間ずっと寝たきりでトイレは尿瓶と差し込み便器ですることになるなんて思ってもいなかった。

途端に羞恥心に襲われる自分は、じゃあいいですとその時は断り、じっと我慢を重ねることになった。

足元近くに吊るされた尿瓶は、男性器をすっぽり覆えるくらいは大きな口を開けている。

これならこぼれることはあるまい。

それを局部に当てて出し終わったら、看護師さんがそれを片付けてくれる。これが今後のトイレ方法になる。

だが自分は人前で放尿するということに耐えられず、結局その日はそのまま我慢し続けることにした。


そして夕食。

この時初めて病院食というものを食べることになった自分は、相変わらず左肩を下に向けて右手でフォークを駆使することになった。

にしても鬼のように米が多いなあ……というのが第一印象。

確かその病院でも後の病院でも、成人男性の米は200gは軽く越えていたはず。

大盛りのご飯は、食べやすいように丸められて団子状になっていた。

これに薄味のおかずが数種類並ぶ。

今なら平気だが、揚げ物肉大好きで、二十代の頃より随分マシになったとはいえまだ多少偏食気味だった自分は、ただでさえない食欲の中でほとんどを残してしまった。

やはりあの薄味は濃い食事に慣れきった現代人には辛い。

そして母親が用意してくれた吸い飲みで少しずつお茶を飲んだ自分は、ようやく少し落ち着いて休めるようになったのだが、起き上がれず目の前以外外の景色どころか部屋全体を見渡すこともできない自分は、病院の簡素な壁をただ眺めるだけの時間を過ごした。

そして気づけば消灯時間。

なにができるわけでもなく眠りに就いた自分は、一度トイレが我慢できなくなりそうで看護師を呼んだのだが、いざ寝間着を降ろして下半身を露出させ尿瓶を押し当ててもらっても、まだ変なプライドが邪魔をしてそこで開放命令を出す勇気が出ず、やっぱり出ないですと看護師に引き取ってもらうことになった。

そしてまた少し眠ったのだが、その後看護師に揺り起こされることになる。

時間の感覚はもうまるでないので、それが夜中なのか明け方なのかもわからない。

「おしっこしてないそうですね、大丈夫ですか。尿瓶持ってきましょうか」

それは善意なのだろうが、わざわざ寝入ったところを起こしてまですることだろうか、自分はさすがに邪険にそれに抗った。

「もういいから寝かしてくれ……!」

本当はしたいのはしたかったのだが、この期に及んでもまだ変な抵抗をしていた自分は、結局その晩もひたすら尿意に耐えることになった。

結局我慢の限界はその後訪れて、いつだったか次の日かさらに次の日か、ついに尿瓶の中におしっこをして真の開放に至ったのだが、本当に辛かったのは耐えている間だけで、一度してしまえばもう気持ちはすっかり解き放たれて、その後は平然とおしっこを頼むようになった。

最初が肝心だが、最初が一番ハードルが高いのだこういうのは。

そして問題は本当に最初だけだった。



まあまだまだ、差し込み便器が待っているんだけど……。

このポータブル便器、ようするにおまるのような品のことをあまり詳細に述べても汚いだけなのだが、おそらく寝たきりになれば通過することになるこの最高に嫌な場面は、自分の中の人間としてのなにかをキレイに破壊してくれたと思う。

今普通にトイレに行けるようになって羞恥心は多少復活したが、それでもなんでこんなことにこだわっていたのかとも思わなくはない。

他の状況ならいざしらず、骨折れているのに。

自分はしばらく知らなかったが、この時の自分はベッドアップ20度以上禁止令が出ていた。

これは電動ベッドの頭を上げて20度より上にしてはいけない、当然それ以上体を起こしてもいけないという命令。

こんなこと言われていなかったはずで、知っていたのは指示を出した医者とその通達を受けた看護師だけだった。

連絡が甘いなと思う。

それはともかく、自分は立ち上がるのも論外な絶対安静の状態だったわけだ。

トイレに行って用を足すなんて問題外な話だった。

大体看護師は患者の下の世話をするのも普通に仕事のうちなので、彼彼女たちに恥ずかしがることはない。

例えちょっとこぼしてしまっても、それを始末するのも仕事のうちなくらいで、慣れきって作業する看護師にはなんの感情も浮かびはしないのに。


しかしその時は尊厳を打ち砕かれすべてが終わる勢いで拒否感情だけが強く出た。

どうしても嫌で嫌で、必死で耐えていたことは覚えている。

結局便秘気味になって手術前までまともに排便に至らなかった自分は、わざわざ六人の大部屋に移ってから患者満載の部屋で排泄行為をし、しかも便器が小さすぎてベッドを汚すことになった。

今思い出しても顔から火を吹きそうな話だが、ベッドの上で起き上がることもできない自分があれ以上うまくできたとも思えない。

もう一度同じ状況になったらぞっとするが、しかし自分も次は躊躇しないだろう。

無理をして苦しんだ末にさらに苦しむのは自分なのだから。


やっぱりこの経験は自分の中のなにかを壊したのかもしれない。

ただそれは壊せるなら早めに一度くらいは壊しておいたほうがいいなにかではあると思う。

それを思い知ったのはもっと後のことだったが、それはその時に譲りたいと思う。



余談だがその時素早く窓側の患者が窓を全開にしたのは、見えなくても音だけではっきりわかった。

ごめんよ……。

その後脳梗塞で四度目の入院中に同じことをされた時は、自分も素早く窓を開けたから、その時の悪臭ぶりは骨身にしみてよくわかったつもりです。

自分の場合これまたベッドの位置が六人部屋の部屋の真ん中だったからなあ……。

あの時ほどスプレーを吹きながら回ってくれる看護師さんが天使に見えた時もなかったよ。

できたらもっと入念に撒いてほしいけど。

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