9話 奪取と喪失
はやいッ!!
先ほどのギンザの動きとは、比べ物にならない速度だ。
常人の動体視力じゃあ、とてもじゃないけど、ついていけなさそう。
俺でも、結構ギリギリ。
うん……、実際に体感してみると、本当にいいスキルだなぁ……。
道を踏み外さずに、真面目に冒険者を続けていたら、そこそこ活躍をする未来もあったかもしれない。
ギンザの拳が、俺の腹に向かってくる。
俺は……………避けない。
先ほど同様、足に力を込めて、その場に踏ん張ろうとする。
さっきよりかは、かなり力を込めて。
少しだけ、足が地面にめり込んだ。
ゴワンッ……。
……………………鉄と鉄がぶつかったような、鈍い音が響く。
「……………………なんで……」
先に声をあげたのはギンザだった。
ギンザのスキルを使った渾身の一撃は、俺を傷つけるどころか、一歩たりとも退けさせることすらできなかったのだ。
「何かのスキルを………」
「いいや。まだ、スキルを使っちゃいないよ。………そのスキルは、力を10倍にするんでしょう? 仮にお前が「1」の力を持っていたとして、それが「10」になったとしても………、「100」の力相手には勝負にならないじゃん」
パワーアップした後のギンザを、俺の肉体の力が凌駕した。
ただ、それだけの話なのだ。
「そんな力………どこに………」
「ずっと隠してただけだよ。学生のときから持っていた」
「ばっ……、化け物……」
「じゃあ、次はこっちの番だね」
俺は拳を構えて……、ギンザの顔面に向かって打ち下ろした。
「げごっ!!!」
ギンザは、潰された蛙みたいな声をあげて、地面に叩きつけられる。
……もう、この一撃で勝負は決まっていたと思う。
だけど、これで終わりにはしない。
むしろ、ここからが本番。
俺の身体は、青白い光ーーー『青光能力波』に包まれた。
「ーーー『勝者ノ略奪』」
俺は、自らに与えられたスキルを名を告げる。
「これが、俺のスキルだ。使うのは………、結構、久々だなぁ……」
自分のスキルを喋るのは好きじゃない。
普段ならば、まず間違いなく隠すだろう。
だけど学友が、せっかく自分のスキルを教えてくれたんだから……、お礼に教えてあげてもいいと思った。
ただの気まぐれ。
ーーーもしくは、絶望を与えるための悪ふざけ。
「スキルの効果は、俺に心の底から敗北したと思った者の最強のスキルを奪うこと」
俺は、地面に倒れて動かなくなったギンザの身体を宙へと持ち上げる。
「お前が、俺に『勝てない』と敗北を認めた瞬間………、お前のスキルは俺の物になる」
………だから、俺はむやみにスキルを使わない。
人前で隠す。
学園でも。
スキルとは、冒険者にとって生命線といっても過言ではない力だ。
スキルがなくては、冒険者として成果を続けていくのは難しい。
俺の常人離れした肉体の力に加えて、スキルを奪う力が合わさったら……?
『勝者ノ略奪』が発動する条件に、俺が直接手を下すとの条件はない。
向かい合っただけで………いや、向かいあわずとも、スキルを奪ってしまう可能性があるのだ
俺が、完全に力を制御しきれているわけではない。
ーーー暴走をする瞬間がある。
………例えば、メンタルが弱い相手だと、俺が敵意を向けていないにも関わらずに、ただ俺が戦う姿を見ただけで……、戦う前に敗北を認めてしまう危険性があのだ。
それが………、意図しないタイミングで……、例えば、学園で発動してしまったら?
他人のスキルを奪い、その人が冒険者になる夢すらをも奪ってしまうかもしれない。
それは……、俺の望むことじゃない。
奪ったスキルを返す術を、俺は持っていない。
だから、俺は人前でむやみに本気を出さない。
可能な限り手を抜く。
…………まぁ、ぶっちゃけ、生まれながらの「面倒くさがり屋」ってのも結構、理由に含まれてんだけどね。
………ほぼほぼ、そっちの理由がメインかも。
俺は、拳を振りかざす。
ギンザに見えるように、大げさに。
ギンザは、ボロボロの姿になってしまってるけれども、まだ意識を失ってないはずだ。
そうなるように手加減をした。
完全に気絶をしてしまっては、俺の声が耳に届かない。
「………今から、お前を殴る。お前が……敗北を認めるまでな……」「ひ、ひいっ………!」
『『勝者ノ略奪』発動』
ギンザの身体から、何かが奪われ、俺の身体に乗り移ってくる感覚があった。
『限界突破ノ火事場力』は俺のものになる。
…………これで、ギンザは二度と自分のスキルを使うことができない。
……あぁ、本当にひどい話だ。
悲劇。
「…………お前らは、どうする?」
俺は、ギンザの身体を宙へと浮かした状態のままで、仲間の4人を睨みつけた。
「………………!!」
『『勝者ノ略奪』発動』
4つのスキルを奪い取った感覚が、身体に流れた。
俺たちに二度と近づくな、なんて忠告は発しない。
彼らは、心の底からの敗北を認めてしまった。
誰かに金を積まれたとしても……、金輪際、俺とヒナリアちゃんに関わり合いになることはないだろう。
「ほら、持ってきなよ」
俺は、4人に向かってギンザの身体を投げつける。
4人はギンザを雑に抱えると……、一目散に逃げて行ってしまった。
☆☆☆☆☆
…………やれやれ。
ようやく、一仕事が終わった。
あぁ………、面倒臭いイベントだったなぁ……。
疲れた。
眠い。
お腹が減った。
肉は食べ損ねるし、無駄にカロリーを消費するし、働くし………、本当に最悪の一日だ。
心の中で悪態をついているちょどそのときに、俺の横から衝撃が走る。
「ケビンさんっ!」
ヒナリアちゃんが、俺の身体に勢いよく抱きついてきたのだ。
「ケビンさんっ、ケビンさんっ!」
何故か、ヒナリアちゃんはゴリゴリと自分の頬を俺の身体に擦り付けてくる。
マーキング。
もしくは、匂い付け、みたいな……。
なんか……ヒナリアちゃんの目に、ハートのマークが浮いている気がするけど、気のせいかな?
「どうしたんだい……? ヒナリアちゃん……?」
「決めましたケビンさんッ! わたし、ケビンさんのお嫁さんになりますッ!!」
「…………………はい?」
3歳は年下であろう少女が告白をしたんだと理解するには……、俺には、もう少しの時間が必要だった。