7話 挑発と騒動
店の中に入ってきた連中は、ギルドで俺とヒナリアちゃんに絡んできた5人組のパーティー。
彼らも仕事帰りに、飯を食いにきたのだろうか。
俺の同級生もいたはずだけど……、名前はなんだったっけ?
もうすでに、忘れてしまっていた。
「どうしたんですか、ロンドンさん………。あっ? 『万年赤点男』じゃねぇかよっ!」
そうそう、ロンドンっ!
確かそんな名前だったなぁ……。
あれ? でも、この男……俺と同い年にしてはかなりの老け顔だけど……。
「なんだ、テメェら。結局、一緒に仕事に行ったのかよ。まぁ、Hランクのクズどもじゃあ、どうせしょっぱい金額の報酬しか稼げてないだろうがなッ! なぁ、ギンザ。そう思うだろ?」
「違いないですよッ! こいつは、クズ中のドクズですからねッ」
5人組が、不快な笑い声のハーモニーを奏でる。
ギンザ。
そうか。こっちが同級生だったか。
顔も含めて、完全に忘却してしまっていた。
まぁ……、今記憶したところで、数時間後にはまた忘れちゃってるだろうけどね。
こんなヤツらの存在は、どうでもいい。
今は、目の前にあるお肉の方がはるかに大事。
スパイスの香ばしい香り、素晴らしい火加減で炙られたプリプリの肉。そこから発せられる全ての情報が、俺の食欲をガンガンと刺激してくる。
せっかくのお肉が、冷めてしまったら台無しだ。
だるいだけ連中は、無視してれば、そのうちどこかに行ってくれるだろう。
ギャーギャーと騒ぎ続けている声は、右耳から入って、左耳から出て行ってしまう。
脳を素通り。
俺は、お肉に夢中なのだっ!
…………では、いよいよご褒美タイムですっ!
いっただきま〜〜すっ!
ーーー計算違いがあった。 失策。
俺はただ、いつも通りに、面倒な連中を無視した。
今まで、うまくいった方法。
……そのノウハウは、今回通用しない。
俺は、一人っきりがじゃなかったのだから……。
ダンッ!!
テーブルが勢いよく叩かれた音が、店内に響く。
大きな音が鳴り、皆が静まり返った。
店内にいる全員が、俺たちの座るテーブルに注目する。
テーブルを叩いた犯人はーーー、ヒナリアちゃんだった。
「ふざけないでくださいですッ! ケビンさんは、クズなんかじゃないですッ!!」
目を真っ赤にして、ロンドンとギンザのことを睨みつける。
………小さな身体で、必死に威嚇をする。
「ひ……、ヒナリアちゃん……?」
そんな連中、相手にしなくていいからお肉を食べようよ、と言いたい……。
伝えたい。
ゆでダコのように顔を真っ赤にして怒っているヒナリアちゃんは、頭に血が上がってしまっているようで、俺の声が耳に届きそうな様子は全くない。
完全に挑発に乗ってしまっている。
相手の思う壺。
向こうは、こちらを怒らせるために、罵詈雑言を並べてるのだから。
ギンザたちは、ヒナリアちゃんが歯向かってきたことに、少し意表を突かれたようだったが……、すぐに先程までの人をバカにしたニヤケ顔に戻り、罵倒を再開する。
先ほどまでよりも、さらに声量を上げて。
「クズにクズって言って何が悪りぃんだよッ!! お前の目の前に座っているソイツはな……、学園じゃあ、本当にどうしようもないクズだったんだよッ! カッコつけてるつもりかもしれねぇけどさぁ、何をするにも無気力、周りの足を引っ張りやがるッ! 必死に頑張る周りを見下したような目で見つめて……、そのくせ、成績は最悪だッ! なんでこんなヤツが卒業できたのか……、学園のカリキュラムに欠陥があるとしか思えねぇぜッ! そんなクズと同じ学園を卒業しただなんて、俺の生涯の大恥だッ!!」
ギンザは、もはや周りの客たちへの迷惑など微塵も考えずに、俺のことをけなし続ける。
周りの人々にも聞かせたい、くらいの気持ちなんだろう。
俺は………、別に平穏な学園生活を送っていただけだけどなぁ……。
誰にも迷惑をかけちゃいないとの自負がある。
そんな俺の存在が、そこまで気に障っていただなんて……逆にびっくり。
ーーー生涯の大恥は言い過ぎだと思う。
俺は、キミの存在を全然覚えていなかったし。
「ケビンさんは、ぜーったいにクズなんかじゃないですッ! ギルドで絡まれて困っているわたしを助けてくださいましたッ! どう考えたってクズは、あなたたちの方でしょうッ! 人をバカにすることを楽しんで……、弱い者イジメをして……。みっともなくて、ダサダサですッ!」
ヒナリアちゃんは、止まらない。
さらに、言葉を続ける。
「それに、ケビンさんは、とーってもお強い方なのです。今日の仕事で、Bランクモンスターである『炎炎陸亀』を倒してしまいましたッ! 武器も使わず、スキルも使わず、素手でですッ! そんな強いお方が、落ちこぼれのはずがありませんッ!」
「『炎炎陸亀』……………だと…………? ヒャハハハハッ!!!」
ロンドンは、笑いを堪えきれない様子で言う。
「そいつは、でっかく出たなァ!! 『炎炎陸亀』っつったら、CランクとDランクが集まる俺らのパーティーでも倒せないクラスのモンスターだぜ? ………そいつをHランクのこいつが倒しただと? 嘘をつくんなら、もう少し騙されがいのある嘘をつけって話だぜッ!」
「何度も言ってるだろう、こいつは『万年赤点男』なんだよッ! 学年一番の落ちこぼれッ!! お嬢ちゃんも将来、大成したけらば、無能と関わるのはヤメにするんだなッ! 落ちこぼれが、移っちまうぜッ!!」
バシャッ!!
ギンザが罵倒の言葉を言い終えるかどうかのタイミング。
ギンザは…………、黄色の液体でびしょ濡れになってしまう。
ーーーりんごジュース。
ヒナリアちゃんが、手元になった飲み物をロンドンへと、ぶち撒けた。
止まらない罵倒の言葉は、いよいよヒナリアちゃんの我慢の限界を超えてしまったのだ。
ギンザは、一瞬、何が起きたのかわからないといった表情で硬直し………、自分の濡れた服を見て現状を把握すると、怒りで顔が歪み始めた。
「テメェ………、やりやがったなッ!!」
ギンザは、腰に差した剣を抜く。
「キャアアアアッ!!」
俺たちのテーブルの周りにいた客が、悲鳴を上げて逃げる。
ーーー暴漢。
ーーーキレた男。
ギンザは、剣を振りかざすと………テーブルを叩き斬った。
美味しそうな料理たちが宙を舞い………、床へと落下していった。
骨つき肉も巻き込んで。
お、お、お、俺のにくぅぅぅぅぅぅ〜〜〜っっっっ!!
貴様、本日のご褒美………俺の生きがいに何してくれてるんだぁぁぁぁっっっっっ!!!
…………ギンザの怒りは、テーブルを斬った程度では、全く収まっていなかった。
もう一度、剣を振りかぶると……、今度はヒナリアちゃんを斬りつけようとした。
こいつ………正気かよッ!!!
子供にジュースをかけられた程度で、人を斬ろうだなんてッ!!
俺はーーー珍し大慌てで、ギンザとヒナリアちゃんの間に入ると、ギンザの手首を抑え、剣撃を止める。
「……………『満点赤点男』……。なんのつもりだ………」
「……人を斬ろうとしてる奴がいたら……さすがに、止めるでしょ」
存在を無視してやろうと思っていたけど、無視できない領域まで、こいつは足を踏み入れてきた。
「俺様とやりあおうってのか……あぁっ? 落ちこぼれがッ!」
「ああ、そうだな…………。お前の前に立っちまったもんな……」
俺は覚悟を決める。
俺は、ギンザと出会って初めて、ギンザの目を見つめた。
この男を、排除する。
「………だけど、ここじゃ店に迷惑がかかる。……ここで、これ以上の騒動は起こしたくない。……俺は、ここの肉が気に入ってるからな。……場所を移そう。別の場所なら、1対5でも何でも好きな条件で存分戦ってやるよ」
「1対5だぁ? ………テメェごときが寝ぼけたこと言ってんじゃねぇぞッ!! テメェなんて俺1人で十分だッ! 明日の朝一番に、ギルドの決闘場に来いッ! そこで、テメェのくだらねぇ人生に、引導を渡してやるよッ!!」
ギンザはそう言うと、剣を鞘へと収めた。
店から出て行こうと後ろを向く。
「………明日の朝だって?」
俺は、ギンザの背中に語りかける。
「おいおい、寝ぼけてんのは、むしろお前のほうじゃん。俺の人生最高のイベント『睡眠』様を、どうしてお前ごときに邪魔されなくちゃいけないんだよ……」
「風呂」「睡眠」「あったかいご飯」が、三種の神器。
その至高の瞬間を……、胸につっかえが残った状態で迎えたくない。
こいつごときとなるとなおさらだ。
「勝負は、決闘場で今すぐやるッ! おやすみ前に決着をつけてやるよ」
どうせ、一瞬でケリがつくんだから、その一瞬は寝る前に終わらせてやる。
「…………お前の身体がどうなっても、後悔するなよ……?」
俺は、かつての学友だったららしい男に警告をする。
「……はぁ? お前ごときが何言ってるんだ」
ギンザは、相変わらずに人をバカにした態度のままだった。
俺にとってこの男は、もう、どうなってしまおうともどうでもいい対象になっていた。
ーーー敵だ。
………ヒナリアちゃんを斬ろうとした。
冒険者とは言えども、こんなに小さな女の子を……。
……こいつには、俺の「スキル」をお見舞いしてやろう。
俺が学園生活中に、一度も使わなかった「スキル」を。
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