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5話 優柔不断と昆虫採取

「んぬぬぬぬぬ…………っ」

「むむむむむ…………っ」



 腕を組み、体をネジみたいに捩りながら、俺とヒナリアちゃんは、依頼表の貼られた掲示板の前で葛藤する。

 どの依頼を受けるのが正解だろうか……?


 冒険者のランクは、「S」から「H」まである。

 ギルドから受けることができる仕事もまた、冒険者ランクに合わせて、「S」から「H」まで設定されている。


 「H」ランクである俺たちが受けられる依頼は、「H」の文字が書かれたもののみだ。


 最低ランクとはいえでも、「H」と書かれた依頼は、意外とバリエショーンに富んでいて、多種多様なものから自由に選ぶことができるようになっていた。

 凶悪なモンスターと戦うような危険で報酬が高いものはないが、「薬草採取」「鉱石採取」といった採取系のものから始まり、「要人護衛」、さらには、「隣町への荷運び」のような力仕事………といった具合に、自分の好みにあった依頼を受けることができる。

 「街の掃除」「赤ん坊の子守」「レストランからの料理の運搬」「飲食店での野菜の皮むき・皿洗い」など、もはや冒険者じゃなくても、人間であれば誰でもよさそうな仕事も少なくない。


 それらの依頼の中から、俺は本日受ける初仕事を、慎重に……慎重にと……、吟味していく。



「これだけあると、逆に迷っちゃうなぁ………」



 選択肢が限られていれば悩む余地はないが、選択肢が多すぎるが故に決められない……。


 依頼を受けた後になって、こんな仕事を受けなきゃよかったと、後悔したんじゃ遅すぎる……。



 この中から、見つけ出すのだっ!


 もっとも、楽に金を稼げる仕事をっ!!



 依頼表に書かれた小さな注意書きまで、余すことなく、ゆっくりと熟読。

 自分には、こんなにたくさんのエネルギーが隠されていたのかと驚くくらいに、血眼になって掲示板を凝視する。



 楽するためになら、一生懸命になって頑張れる自分がそこにいた。



「……ケビンさん。こちらの依頼などは、いかがでしょうか……?」

「なになに………『鼠型モンスターの駆除』? ………うーん……。鼠って、なんか、汚い場所に生息してるじゃん……。汚れるのやだし、めんどくさそう……」


「…………では、こちらなどは……?」

「『畑仕事の手伝い募集』………? いやぁ……、畑仕事って、腰に来るんだよねぇ……。身体を痛めたくないし、疲れそうだし……」


「……………これはどうでしょう?」

「辛そう……」

「……………こちらは?」

「だるいなぁ……」

「……………これ」

「めんどくさそう……」


「……………」

「……………やっぱり、今日、仕事を受けるのはやめようかなぁ……」



 いざ、依頼を受けるとなると、どれもこれも、大変に辛い仕事に見えてきて仕方がない。

 尻込みしてしまう。


 やはり俺は、冒険者の職業に向いてないのかもしれない。




「もう、いいですッ!! これに、決めましたッ!!」



 俺の煮え切らない態度にイラついたようで、ヒナリアちゃんは大声を出すと、掲示板から1枚の依頼表を、勢いよく引き剥がした。



「ああっ!!」


「ケビンさんの優柔不断に付き合ってたら、日が暮れて昇って、また暮れてしまいますよっ! 人生の時間は、有限なのですっ! 1秒たりとも、無駄にはできませんっ!! もったいないのですっ!」


「だけどここは……、その有限の資源をかけるに値するタイミングで………」


「では、あと3秒だけ、お時間を差し上げましょう。すぐに、決めてください」「3秒!? 短すぎだろっ!!」

「3、2、1……」

「いやっ、えっとぉ………」



 『大工の手伝い』……?

 これまた、腰にきそうな仕事だなぁ…………。


「0ッ!! 0ッ!! 0ッ!! 0なのですッ!! タイムアップっ! よしっ! では、これで決定っ! 異論、反論、議論は、ぜーんぶ、まるっと、一切合切大禁止となってますっ!! わたくしめの独断と偏見により………、我々のパーティーは、今からこの依頼に向かうこととしますっ!!」


「そんな……、横暴なっ!」


 俺の抗議に、ヒナリアちゃんは聞く耳を持ってくれない。

 もはや、俺の方を見ようともせずに、勝手にギルドの受付へと向かっていってしまう。



「我々が受ける依頼は、『虫モンスター採取』ですっ!!」





   ☆☆☆☆☆





 ………世の中には、「知らなくていいこと」、もしくは、「知らない方がいいこと」がある。

 例えば、ポーションを作る材料とか……。



「まさか………、『麻痺毒解除ポーション』の正体が、こんなにキモい虫だとはなぁ……」



 俺は、木に張り付いていた拳大あるワーム型モンスターをつまみ上げる。

 学園での授業の中で、『麻痺毒解除ポーション』は飲んだことがある。


 ……俺の手の中で……うねうね動く、キモいワームから作られたそれを……。


 うっぷ……。

 二度と、飲めなさそう……。



「口を動かさずに、手を動かしてくださいっ! 報酬は、出来高払いっ! 捕まえれば捕まえるほど、報酬の額が上がるのですっ!」


 遠くで、せっせと虫採取をするヒナリアちゃんが、大声で言う。


 ………女子って、結構虫が苦手なイメージがあるけど……。

 ヒナリアちゃんは、その例には当てはまらないようである。

 本当に………、たくましい……。




 俺たちが受けた依頼は、薬品の製造工場が出していた『キシビレワーム』というモンスターの採取だった。

 『麻痺毒解除ポーション』の原料成分となる虫で、絶対に欠かせない素材らしい。


 俺たちは、依頼を出した製造工場へと向かい、担当者から依頼の詳細の説明を受け、必要な道具をレンタル。

 マスク、ゴム手袋、虫かご、麦わら帽子………と、ザ・虫採取中といった防備を身にまとって仕事をこなしている。


 『キシビレワーム』モンスター自体は、大して危険がないモンスターだ。

 危険を察知したときに飛ばしてくる粘液を直接肌で触れると、しばらく痒みが治らない程度。それも、手袋さえしていれば、防ぐことができる。


 冒険者でなくても採取は可能だが、『キシビレワーム』の生息地に、ごく稀に危険なモンスターが出没するとのことで、ギルドに依頼が出されていた。


 仕事を始めてから数時間、俺の虫かごの中には、なかなかの量のワームたちがひしめいている状態だ。

 初仕事の成果としては上々。

 これなら……、ヒナリアちゃんへの借金返済はもちろん、美味しい夕食にもありつけそうである。


 ーーー特大サイズの骨つき肉。


 ご褒美の予定は、忘れていない。





「ケビンさん、成果はいかほどでしょうか?」


 いつの間にか、ヒナリアちゃんが、俺のすぐ近くまで来ていた。


「す、すごいね。ヒナリアちゃん………」


 自分ではなかなかの成果をあげたつもりだったが、ヒナリアちゃんの虫かごの中には、俺の倍以上の『キシビレワーム』が入っていた。

 君、虫採取の才能があるよ……。


「心配せずとも、約束通り、報酬はぴったり半分に分配いたしましょう」

「なんだか、悪いね……。ヒナリアちゃんなら、一人でも問題なく依頼をこなせたんじゃないかなぁ……」

「いえいえ、ケビンさんがいてくれたおかげで、仕事を頑張ることができました」


 にへっ。

 ヒナリアちゃんは、可愛く微笑む。


 うーん。

 頭とか、撫でてあげたい……。




 その時である。


 ーーーガサガサガザ。


 草木が、異常音を鳴らす。

 何か、巨大なものと触れて擦れた音だ。


 俺とヒナリアの間に一気に緊張感が高まる。

 音でも、光でも、匂いでも………。

 街の外で、何か異常を捉えたのならば、それはまず間違いなくよくないことの兆候である。

 音の鳴った方角をを見て……、それを視界に捉えた。



 …………そうだった。


 だから、冒険者たちはパーティーを組むのである。

 例え、一人でこなせるレベルの依頼であったとしても………、千回に一回に起こるトラブルに巻き込まれてしまい、それに対処できなかったとき……、即、命の危機に繋がるから。


 お互いの命を守り合うための仲間、なのだ。


 ごく稀に出没する危険なモンスター。

 依頼主の言葉を思い出す。




 全長10メートルはあろうか………。


 赤黒の固い肌、刺々しい甲羅。

 爛々と光る鋭い目。

 全身が凶器を覆われた、巨大な亀型のモンスターが堂々とした振る舞いで、そこに立っていた。

 ーーーモンスターと目が合う。

 睨みつけてくる。



 ………何が気に障ったのかはわからない。


 モンスターは明らかに敵意を持った目を、俺とヒナリアちゃんに向けてきた。

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