4話 お礼と葛藤
「はい。確かに、3000ゴールド受領いたしました。これで、ケビンさんは我がギルド登録の冒険者としての依頼を受注することができます」
受付嬢のメリッサさんは、微笑みながら言う。
「ケビンさんは、冒険者育成学園の卒業生だそうですが………推薦状はお持ちでないようなので、冒険者ランクは最低の『H』。そちらの掲示板から、『H』と書かれた依頼表を選んで持ってきてください。依頼を完遂することができれば、規定の報酬をお支払いいたします」
「はい、了解しました……」
返事は、俺の気持ちに連動して重いものになってしまう。
仕事始めの日から、自分の主義を曲げてしまった………。
「他人の人生は、背負わない」というマイルールを。
「ケビンさん、ケビンさんっ!」
俺の心を暗く染めることに原因は、真逆のテンションで、
「これで、わたし達は一緒に仕事に行くということでよろしいですねっ!」
と明るいトーンで言う。
「…………うん」
俺は返事をする。
それが、ヒナリアちゃんからお金を借りる際に提示された条件だった。
「ところで、ケビンさんっ!」
「………なんだい、ヒナリアちゃん…」
「ここで一度立ち止まって、我々の立場をはっきりとさせておきたいと思ったりするのですが……、よろしいでしょうか?」
「…………俺たちの立場?」
「はい、立場です。関係と言い換えてもいいでしょう」
「関係も何も………、俺とヒナリアちゃんは、3000ゴールドを貸し借りした代償として、一回限定で一緒の依頼を受けるビジネスパートナーになった。……それ以上でもなければ、それ以下でもないよね……?」
出来るだけ、冷えた口調で言う。
『期間限定』、『仕事の関係』だと強調して。
「うーーん…………。ビジネスパートナーとの言い方には、若干引っかかりますねぇ……。……気に食わないと言ってもよいです」
「言い方がそんなに重要かい? …………言い方にこだわるんだったら、『仲間』と言い換えてもいいよ。1日限りのパートナー。別に、言い方を変えたところで、関係が変わるわけじゃないでしょうが」
「……………いえ、『仲間』との言い方も違います。わたしとケビンさんは、『仲間』ではありません」
ヒナリアちゃんは、きっぱりとした口調で断言する。
「え? ヒナリアちゃんは、冒険者仲間を募集していたんじゃないの? ………自分で持っていた板にも、そう書いてあったじゃん?」
ヒナリアちゃんが何を言いたいのか、よくわからない。
「はい。確かに、わたしはともに依頼を受ける「冒険者仲間」を募集していました。間違いのない事実です。……しかし、ケビンさんはわたしにとっての「仲間」ではありません。仲間の定義から外れてしまいます」
「……………何が言いたいのかな……?」
「わたくしめは、「仲間」や「友達」同士では、『お金の貸し借りはするべきではない』と思っている派閥の者なのです。お金とは、友情や信頼といった目で見えない絆の破壊者でしかないと思うのです。仲間とのお金の貸し借りは断固反対です! ……逆説的に言うならば、お金の貸し借りをした時点で、その人とは、友達でも仲間でもありません」
仲間や友達とは、お金の貸し借りをしない
それが、ヒナリアちゃんの『主義』であるようだ。
…………なるほど。
俺は、人生において壊れて欲しくない絆とやらを手に入れたことがないからイマイチピンとこないのだけれども……、まぁ、言いたいことはわからなくもない。
金は、最悪にして最強のトラブルメイカー。
あらゆる絆の破壊者なのだ。
友情が壊れた原因No.1。
金の貸し借り。
「わたしの主義から言うならば、ケビンさんは、わたしの仲間にはなれません。何せ、ケビンさんはわたしに3000ゴールドもの借金があるのですっ! ケビンさんは、わたしよりも弱い立場にいます」
「………………………」
「現時点におけるわたし達の関係性は、わたしがお金の「貸主」、ケビンさんは「借主」。わたしが「上」、ケビンさんが「下」。……ケビンさんは、わたしにもっとこうべを垂れるべきではないでしょうか?」
ヒナリアちゃんは、指を上下に振りながら、力説する。
まるで、自分の主張が世界普遍の真理であるかのように。
…………キメ顔が、めちゃくちゃムカつく。
「……………ヒナリアちゃんは、大変にいい性格をしているね。言葉を選ばずに言うならば、生意気なクソガキだ……」
たっぷりと嫌味を込めた口調で言う。
俺は、泣き落としの罠にハメようとしたこと言い、とてもじゃないけど「性格がいい」とは言えない。
「まずは、貸主様に敬語を使うところから始めるなど、いかがでしょうか?」
「死んでもごめんだねっ! このクソガキがッ!!!」
こんなにムカつくヤツに丁寧語を使うくらいなら、舌を噛んで死んでやるッ!!
人生において一番イラついた瞬間だと断じても過言じゃないッ!
「お誉めいただいて恐縮なのですが……、褒めていただいた程度では、借金は1ゴールドも減りません。お金の関係は、お金でしか変化しないのです。我々の上下関係もまた、何一つ変化がないと言えるでしょう」
「………………目的はなんだ……?」
俺は、再び怒鳴りそうになるのをぐっとこらえて質問する。
ヒナリアちゃんは、どうしてこうも俺の上に立とうとするのだろうか………?
まさに、『目的』がわからないのだ。
ヒナリアちゃんは、何を狙っている。
「別に何かを求めているわけではありません。欲しいものはありません。ただ、一度だけ言葉にしていただきたいだけなのです」
「……言葉に?」
「『ヒナリア様、3000ゴールド貸していただいてありがとうございます。借金を返済するためにも、是非ともわたくしとパーティーを組んで仕事に行ってください』、と」
「………………」
「ケビンさんが、わたしに一緒に冒険に行ってください、と頼む立場だと思うのです」
「…………随分と、強い立場に出たね……。俺は、別にヒナリアちゃんと一緒に依頼を受けなくたって良いんだよ。一人で仕事に行って、一瞬で金を稼いでくる。大人にとってね、3000ゴールドなんて子供の小遣いだ」
「その子供の小遣いレベルの金額を払えなかった方は、どなたでしょうか? ……まぁ、どうしても嫌だと言うなら、言わなくてもいいですよ。頭も下げていただかなくて結構です。ただし、お金は今すぐに耳を揃えて返していただきますからね」
ヒナリアちゃんは、俺の方へと手を差し出す。
俺の財布には、彼女の手に乗せられるお金は入っていない。
彼女は、それがわかってるからこそ、強気に出ているのだ。
なんとかして、俺に頭を下げさせようとしている。
…………本当に、『いい性格』をしている。
な、殴りたい……。
ーーー「年下」の「女の子」。
どちらかの条件が欠けていたならば、まず間違いなく鉄拳制裁を食らわせていただろう。
ーーー3000ゴールド。
ーーー子供の小遣い。
正直、ヒナリアちゃんにお金を貸してもらって大変に助かった自分がいる。
ヒナリアちゃんがいなければ、本当に、路頭に迷ってしまっていたかもしれない。
今よりも、遥かに面倒臭い立場に追いやられていた………。
彼女が「救世主」であることは、ある一面から見れば、間違いのない事実なのだ。
だけど、俺は本当に年下の女の子相手に、頭を下げなくちゃいけないのか……?
3000ゴールド借りてしまったという負い目がある。
ヒナリアちゃんに。
お礼がわりに、頭を下げるくらい、しても当然なのかもしれない……。
俺には、彼女の要求に答える以外の選択肢は、残されていなかった。
口が達者なヒナリアちゃんによって、巧みに追い詰められたとも言える。
「……………『ヒナリアサマ、オカネヲカシテイタダイテアリガトウゴザイマス。ゼヒトモ、ワタクシメトパーティーヲクンデクダサイ』……」
棒読みで言ってやった。
「……まぁ、仕方ないですねぇ。年上のケビンさんが、そこまで懇願するのなら、わたしとしても協力することもやぶさかではないですよ」
「言っとくけど、一度限りのパーティーだからなッ! お金を返したら、おしまいの関係だからッ!!」
「今は、それで構いませんよ。今はね。気持ちというものは、季節と同じく移りゆくものなのです」
「君と仲間になるなんて、金輪際ごめんだねッ!!」
心の底からの叫び声をあげる。
「……………ふふふふふ」
そんな俺をみて、ヒナリアちゃんは、笑い声をあげる。
「少しからかいすぎました……。ケビンさんは、大変に面白いお方なので、ついつい楽しんでみたくなってしまったのです」
舌をぺろっと出して言う。
「ケビンさんが、とっても優しいお兄さんだと、よぉくわかりました。言い過ぎちゃってごめんなさい、ケビンさん。一人で依頼を達成する自信がないところを、助けてくれてありがとうございますっ! 仲間として是非とも、よろしくお願いいたしますっ!!」
……不覚にも、彼女のいたずらっぽい笑みを可愛らしいと思ってしまった自分が、そこにはいた。
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