3話 プランAとプランB
俺の言葉に、ヒナリアちゃんは、少なからぬショックを受けたような顔をする。
目には軽く涙がにじんでいる。
…………うう、小さな女の子を泣かせてしまった。
心に深いダメージを負う。
「わたしでは不足なのでしょうか………。何人に声をかけても、皆、言うのです。君みたいなちっちゃな女の子とは、パーティーは組めにゃいっ!」
ーーー噛んだ。
結構、深く。
ヒナリアちゃんは、痛そうに顔をしかめる。
「……君みたいなちっちゃな女の子とは、パーティーを組めないって………」
噛んだなんて事実は、最初からなかったかのように、ヒナリアちゃんは話を続ける。
『ちっちゃな女の子とは、パーティーを組めない』
それは………そうだろうと思う。
残念ながら、厳しい現実、である。
冒険業は、命をかけた仕事である。
そのパーティーメンバーとなると、自分の命を少なからず預ける相手となる。
戦闘力は必須。
ヒナリアちゃんのような、か細い女の子よりも、屈強な男と組みたくなるのは当然。
自分の命がかかった状態で、妥協するわけにはいかない。
よほど便利な「スキル」でも持っていれば話が変わるのだろうが、ヒナリアちゃんがパーティーメンバー募集に苦労していることからも、その例にも当てはまらないのだろう。
彼女とパーティーを組まないのは、普通の選択なのだ。
「確かにわたしは子供で………、最低ランクのHの冒険者で、まだ仕事を一つも達成したことがありません……。ケビンさんのような優しい方でも……、わたしなんかじゃダメなのですね……」
……その顔、うるうるした目で見つめるのはやめて欲しい。
正面からよくよく見るとと、ヒナリアちゃんはとても可愛らしい女の子だった。
小動物みたいな見た目。
将来は、誰もが振り向く美人になること間違いなしと断言できるほどのビジュアルの持ち主。
数年後なら、良からぬ目的を持った男どもから、嫌になるほどのパーティー勧誘の依頼が来そう。
そんな可愛い子相手だと……、決してロリコンってわけじゃない俺でも、ついつい彼女の期待に答えたくなるような欲望が湧いてくる。
…………だけど。
「………ヒナリアちゃんの能力と、俺がパーティーを組まないことは関係ないよ。俺は、例えそれが、トップのSランク冒険者だったとしても………誰ともパーティーを組まないって決めているんだ。そういう主義なんだよ」
「………それは……、どうしてなんですか?」
「…………ほら、人間関係ってめんどくさいだろ。パーティーなんて組んだ日には、きっと余計なトラブルに巻き込まれること間違いなしじゃん。お前のせいで任務に失敗した、だとか。報酬の分配がどうだとか……。そんな面倒ごとに巻き込まれるくらいだったら、俺は一人でこなせる仕事だけをして、平穏な日常を送ろうって決めてるんだ。ノートラブル万歳って具合でね」
「…………はあ」
ヒナリアちゃんは、あまり納得してなさそうな表情を浮かべる。
………まぁいいさ。俺の主義主張を誰かに理解してもらおうと、期待はしていない。
自分自身が、そう思い、それに沿って行動していることこそ大事なのだ。
ふと、思う。
冒険者の仕事に年齢制限はない。
だけど、ヒナリアちゃんの年齢で、冒険者をしている子は珍しい。
「冒険者育成学園」ならば、一年生と同じくらいの年齢だろう。
学園を卒業することは、ギルドに登録するための必須の条件ではないから、学校を卒業してない冒険者も少なくないんだけど………この年齢の子が冒険者をやってることは、かなりの異例だと断言できる。
…………何か、よほどの事情があるのだろうか……?
………いや、俺は誰ともパーティーを組まないと決めているんだ。
彼女とも。
最後まで面倒を見る気がないのなら、最初から関わるべきじゃない。
これもまた、俺の主義主張。
ヒナリアちゃんとずっとパーティーを組む覚悟のある人のみが、その質問をすることが許されるのだ。
「…………どうしても、わたしじゃダメでしょうか…」
「………うん、どうしても。キミじゃなかったとしても」
「……絶対に?」
「……………絶対に」
俺は、突き放すように断言する
「…………ごめんね、ヒナリアちゃん。どんなに懇願されようとも俺は、誰ともパーティーを組む気がないんだ。1人で、仕事をするよ」
「そうですか……」
ヒナリアちゃんは、あからさまにがっかりとした仕草をする。
しょぼんと縮む。
やっと、パーティーを組めるかもと期待させてしまったのだろう。
残念だけど、俺では、彼女の希望を叶えてあげることはできないのだ。
………ううう、胸が痛い。
ついつい、自分の信念を曲げてでも、彼女の仲間になりたくなってきてしまう。
「ちっ、なのです。泣き落とし作戦は通用しなかったですか。ケビンさんは優しそうなお方だったので、いけると思ったのですが……」
…………………
………………………
……………………………
…………………………………ん?
ヒナリアちゃんのいる方から、とんでもない言葉が聞こえたような気がした。
……………気のせい……だよね?
「……………ヒナリア……ちゃん?」
「ケビンさんは、大変にチョロそうな見た目をしてらっしゃいますねっ!」
「ねぇ………嘘だよね……? 嘘だって言ってよ……。ヒナリアちゃんの言葉の意味が理解できないよ……?」
「同情を引いて仲間に入れてもらう作戦はもうやめですっ! プランBに移ることにしましょうっ!」
「きっ、きみ。今、自分が口にしてる言葉の意味がわかってる!?」
先ほどまでのシリアスな空気は、夢であったかのごとく四散してしまっている。
さっきまでの悲しげな表情は………………演技………?
騙すための罠。
……もしもそうならば…………完全に、引っかかっていた。
捕獲寸前。
「もしも、パーティーを組んでくれないのなら、ケビンさんに手篭めにされたとギルド中に噂を流しますっ!」
「キミっ! とんでもない子だねっ!!」
か細い女の子だなんてとんでもないっ!!
そんじょそこらの冒険者よりも、はるかに逞しい魂の持ち主だっ!!
プランAが「泣き落とし」なら、プランBは「脅迫」だった。
………恐ろしい作戦を用意してやがる。
「いいんですか、ケビンさん? ギルド中にケビンさんがロリコンだとの噂が流れれば、大変に仕事がしにくくなること間違い無いですよ?」
「…………んぐっ」
「将来、ケビンさんの気が変わる日が来たとしても、真性の危険人物として、誰ともパーティーを組めなくなることでしょう。仕事の受注・官僚報告するたびに、受付嬢の方からも冷たい視線を浴びせられることになりますっ!」
さっ、最悪の攻撃だっ!
「だるい」「つらい」「めんどくさい」が大っ嫌い。
空気のように生きたく、誰とも関わり合いになりたくない俺でも、さすがに、そんな視線を浴びせられ続けることには耐えられそうにない。
ただ、パーティーを組むためだけに、ここまでするか?
脅しに屈してパーティーを組んじゃいそう。
ひどく理不尽で……、効果的な作戦だった……。
…………だけど、それでも……。
「……ごめん。何を言われても、パーティーは組めないんだ。一人でも背負える責任しか抱えない、身の程に合った人生を送るって決めてるから……」
「そう…………ですか………」
ヒナリアちゃんは、さっきと同じような仕草だけど、今度こそ本当にがっかりとしたような顔をした。
「……………わかりました。では、今回はあきらめさせていただきます。噂を流す件は………一旦、保留と言うことで」
「一生中断、だとありがたいかな」
これ以上、だらだらしていると、仕事を終えて報酬をもらう頃には夕食どきを超えてしまうかもしれない。
俺は、ヒナリアちゃんに別れを告げて、受付へと向かうことにした。
可愛らしいだなんてとんでもない……。
とてつもなく、恐ろしい女の子だった………。
できることなら、二度と関わり合いになりたくないものである……。
☆☆☆☆☆
「登録料3000ゴールドになります」
「メリッサ」の名前が書かれたネームプレートをつけたギルドの受付嬢は、大変魅力的なビジネススマイルを顔に貼り付けた状態で言う。
「…………はい?」
「ですから、冒険者に登録するために料金として3000ゴールドの費用がかかる、と言いました」
聞き返したところで、メリッサさんcの言葉の中身は、これっぽっちも変わらなかった。
「冒険者としてギルドに登録するとき、事務手数料としていただいている料金です。3000ゴールド支払っていただけないと、仕事を受注することができません」
「………………」
俺の財布の中身は、50ゴールド。
これが全財産。
家に帰ったところで、へそくりもない。
…………まさか、こんな罠が仕込まれていただなんて……。
今日は、様々な種類の罠に引っかかる日だ。
「…………今、ちょっとお金がなくて……後払いにしてもらうことは……」
「認められません」
「じゃあ、依頼を完遂したときの報酬から天引きしてもらうとか……」
「認められません」
「…………何かのキャンペーンで、初期費用が無料になったりとかは……」「しません」
メリッサさんは、ビジネススマイルを少しも崩さずにビシビシと断言する。
…………交渉の余地はなさそう。
まっ、まずい!
冒険者に登録することができないっ!
完全に詰み状態。
どうにかして3000ゴールド用意しないと、本当に飢え死にすることになりかねないぞ……。
だけど、どの手段が………。
「何か、お困りでしょうか!」
ひょこり。
そう言いながら顔を出したのは…………、稀代の悪女・ヒナリアちゃんだった。
ヒナリアちゃんは、何かとってつもなく嬉しいことがあったかのような……、邪悪の笑みを浮かべていたのであった。