2話 出会いと鉢合せ
昨日は結局、ギルドには行かなかった。
冒険者は、ギルドで仕事を受注する。
まだ、ギルドに登録をしていない新人の俺は、冒険者登録の手続きから始めなくてはいけない。
めんどくささ極まる書類の手続きを……。
考えるだけで憂鬱……。
ギルドに向かう道中、そのことに気づいた俺は踵を返し、寮を追い出されて新たに契約した新居のボロ屋へと帰っていったのだった。
引っ越し費用等々で、かなりのお金を使ってしまったのだが 、財布の中には、まだ僅かにだが金がある。
数日は、食べていけるくらいには……。
だけど、これが本当に最後のお金。
これが、なくなったら飢えてしまう。
学生時代のように、両親からの仕送りが貰えればいいんだけど……、そんなことは、どんなに泣き喚いて懇願しようとも、絶対にありえないだろうと確信できる………。
俺を、立派な社会人にすることが、親の責務だと信じているのだ。
何の宗教だよ……。
もっと、俺のことを甘やかしてくれぃ……。
今日こそ、ギルドに向かわなくては……。
餓死が現実味を帯びて、近づいてくる音が聞こえてくる音がする。
俺は、布団の上で、ぐるりと半回転の寝返りをうつ。
…………眠い。
布団から出たくないよぉ……。
………………よし、決めた。
人生初めての仕事。眠い状態でいき、何かミスをしたら取り返しがつかないかもしれない。
しっかりと睡眠をとって、万全のコンディションでギルドに向かおう。
午前中にギルドに向かうのと、午後に向かうのとで、何かがそう変わるわけでもないし……。
俺は、そう決めると枕に顔を埋め、二度寝を始めたのだった。
☆☆☆☆☆
…………あれから、数日が経った。
俺は、今だに、冒険者登録を済ませていない。
ここ数日でやったことと言えば、寝て、起きて、飯を食べて、漫画を読み、飯を食べて、近所の大浴場に向かい(俺が今住むボロ屋には風呂がない)、寝る、ことのみ。
何だかんだ自分に言い訳をし続けて、結局何もせずに、だらだらと過ごしてしまった。
………財布の中身は、残り50ゴールド。
ご飯一食を食べるのに、全然足りてない金額だ。
…………いや、何とか頑張れば、一食くらいはいけるかな……?
………そうだとしても、お腹いっぱいのご飯は食べられないだろう。
……空腹は嫌いだ。
いよいよ、その時が来た。
冒険者としてデビューする日が。
冒険者の報酬は、仕事をこなせば、その場で受け取ることができる。
………よし、今日の仕事をこなして報酬を受け取った後は、大きな骨つき肉にでもかぶりつこう。
美味しいご飯というご褒美を目指して、仕事を頑張るのだっ!!
そう決めた俺は、布団から………………出ずに、二度寝をした。
………………仕事は、午後からでいいや。
☆☆☆☆☆
MG5。
ーーーマジで、ガシする、5秒前。
結局、空腹状態に陥るまで、家でダラダラ状態を継続し続けていた俺は、いよいよ年貢の納めどめと、鉄球でもついたのではと錯覚するくらいに重い足を引きずってギルドへと向かう。
うう………、働きたくない。
…………頑張りたくないよぉ……。
道すがら、何度同じことを思ったのかわからなかった。
そんなことを思っているうちに、いよいよギルドに到着。
いやだいやだ、引き返して布団の中に入ろうよと駄駄を捏ねる体に鞭を打って、キョロキョロと、ギルド内部の受付らしき場所を探す。
「ようよう、ヒナリアっ! まだ、こんな場所で「立ちんぼ」して、仲間を集めようとしてやがんのかよっ。朝からずっとじゃねぇか。無駄な努力、ご苦労さんっ!」
少し離れた場所から、明らかに悪意のこもった声が、耳に強制侵入してくる。
「へへへ、同じ「立ちんぼ」をするなら、一緒のベッドでおネンネする相手を募集した方が、よっぽど効率的なんじゃねぇのか? もっとも、お前みたいなガキンチョの相手をする変わり者は、どこにもいねぇかもしれないけどなっ!」
視線を向けると、そこには、冒険者らしき装備を身にまとい、顔に傷のついた人相の悪い男二人組と彼らに囲まれた一人の少女がいた。
15歳の俺よりも3歳くらいは、年齢が低そう。
子供、である。
「うるさいですよ。あっち行ってくださいっ! あなたたちのような方々は、お呼びじゃないんですっ!!」
「へへへっ、俺らのパーティーに入れてやってもいいぜ。ただし、荷物持ちとしてならなっ!」
ひひひひひっ。
男二人は、嘲笑の声を上げる。
ヒナリアと呼ばれた少女が手に持つ板には、「冒険者仲間募集中」の文字が書かれている。
………てことは………彼女も、冒険者………ということになるのだろうか?
………なるほど。
状況はだいたいわかった。
ヒナリアという少女は、複数人で仕事を受けようとああやって、看板を持ってパーティーメンバーを募集していた。そこを、たちの悪い連中に見つかり、絡まれたというわけか。
ギルド内部には、ギルドの職員、冒険者と少なくない人数の人たちがいる。
全員の耳に、トラブルの声が届いているだろうに、皆が見て見ぬ振りをしている。
冒険者とは、荒くれ者たちが集まる仕事である。
これくらいのトラブル、日常茶飯事すぎてまだ介入するほどではない、と思っているのか、自分がトラブルの渦中に巻き込まれるのを面倒だと思っているのか……。
まぁ、その気持ちはわからなくもない。
「あのぉ……」
俺は、二人組の男のうちの一人の肩を叩く。
「あっ?」
男が、ただでさえ悪い人相をさらに歪ませながら、こちらを見る。
正面から顔を見るに、男はベテラン冒険者といった風貌であった。そこそこの年齢はいってそうである。
「なんだ、テメェは?」
「……ギルドの受付ってどこかわかります? 俺、ここに初めてきたもんで……。勝手がわからなくて……」
「はぁ? んなもん、自分で調べやがれってんだ」
男には、同業の新人に対して少しでも親切にしてやろうとの人情は、かけらもないようである。
プイと、俺から顔を背けてしまう。
「あのぉ……」
俺は、再び、男の肩を叩く。
「だからっ、なんだってんだよっ!!」
男は、ますます顔を歪ませて、激昂の表情でこちらを見る。
「俺、結構な方向音痴なんで……、よければ、受付まで案内してくれませんか?」
「はぁ!? こんなちっちゃい建物の中で、迷子になるバカがどこにいるってんだよっ!」
俺にからかわれたのだとでも思ったのだろうか。
男は今にも殴りかかってきそうな顔で、俺を威圧してくる。
「ーーーどうしたんですか? ロンドンさん」
俺の後ろから、第三者の声が聞こえてきた。
そこにいたのは、ロンドンと呼ばれた俺の目の前にいる男よりも若い、俺と同世代くらいの3人組の男たち。
俺たちの会話の輪に加わってくる。
…………おそらくは、ロンドンの仲間であろう。
5人組のパーティー、といったところか。
俺はただ案内をして欲しかっただけなのに、いつの間にか5人組の男に囲まれるという愉快ではない状況に陥っていた。
「それがな、ギンザ。聞いてくれよーーー」
「ん? お前…………、『万年赤点男』のケビンじゃねぇかよっ!」
後から合流した男のうちの一人が、俺の名前を叫ぶ。
………………お知り合い、だろうか?
顔をじっくりと観察してみたのだが、彼の顔に該当する記憶が、脳内に保存されてない。
「なんだギンザ? 顔なじみか?」
「ええ、ロンドンさん。眠たそうな半開きの瞼、死んだ魚の眼、ボサボサの頭………。間違いねぇな。こいつ、俺が通っていた学園の同級生だった男です。それがね……、くそほど成績が悪いバカでしてね……、学年ビリでギリギリ卒業できた落ちこぼれなんですよッ!」
…………なるほど。
ギンザと呼ばれた男は、俺の元同級生だったのか。
そう言われて、改めて顔を観察してみると、確かにこんなヤツがいたような記憶もなくはない……………気がする。
……………多分。
「へー、それで『万年赤点男』ね……」
「うちの学校って卒業すると同時に、ギルドに対する推薦状を書いてもらえるでしょ。学校の卒業時の成績によって、冒険者としてのランクを飛び級することができるんです。俺みたいに成績が良かった人間は、新人でもDランクから冒険者を始めれるんですけど………、こいつはH、最低ランクっ! 推薦状をもらえなかったんですっ!」
「なんだそりゃ! それって………わざわざ苦労して、学校を卒業した意味がないじゃねぇかっ!」
「そうそう、推薦状がもらえなかった卒業生なんて、前代未聞っ! ありえねぇっつう話なんですよっ!」
推薦状?
………ああ、なんかそんな制度もあったっけ。
まぁ、ギンザという男曰く、俺はもらえなかったらしいから覚えてなくても関係ないけど。
ははははは。
五人組の耳障りな笑い声が、聞こえてくる。
…………えっとぉ……、彼らは俺の話で盛り上がってるんだよね……。
じゃあ、俺はこの場にい続けなくちゃいけないのかなぁ……?
さっさと、受付に行って登録手続きを済ませてしまいたい。
「まさか、お前が本当に冒険者になるとはなッ! てっきり、実家に帰って引きこもりでもするのかと思ってたぜッ!」
……………うん、俺もそうしたかったんだよ……。
それは、叶わぬ夢である。
「ようよう、『万年赤点男』。なんとか言いやがれってんだッ! お前みたいな落ちこぼれは、さっさとモンスターの餌になるのがオチだぜっ!」
「…………はぁ……」
応対に困った俺は、曖昧な仕草で返事をする。
「ロンドンさん。こんなヤツの相手をしてても時間の無駄ですよ。任務の受注はしてきたので、さっさと仕事に行きましょう。新パーティー結成の記念すべき初仕事じゃないですかっ! 落ちこぼれの相手をして、厄でもついたらたまったもんじゃないですからっ!」
「それもそうだな………。じゃあな、『万年赤点男』。次に会うことがあれば、よろしく頼むぜっ!」
ロンドンたちは、へらへらと笑いながらそう言うと、ギルドから出て行った。
面倒ごとが、目の前から消失する。
よしっ、じゃな今度こそ受付に向かうか……。
「あのぉ………」
俺の服の裾がちょいちょい、と下方向から引っ張られる。
そこには、「冒険者仲間募集」の板を持った少女がいた。
名前は確か、………ヒナリアちゃん。
「…………助けていただいてありがとうございます。邪魔をされて……、とっても困っていたのです」
ヒナリアちゃんは、丁寧にお辞儀をする。
「……いや、助けたつもりはないよ。ただ、俺は受付の場所が聞きたかっただけさ。……全然、教えてくれなかったけど」
「先ほどの会話から察するに、ケビンさんは、冒険者なのですか……?」
「………………うーん……。「冒険者もどき」かな……?」
「もどき……?」
冒険者になる予定ではあるけど、まだ登録手続きを済ましていないから、「もどき」で間違いはないだろう。
「それは、正式な冒険者とはどのような違いがあるのでしょうか?」
「…………まぁ、四捨五入すれば冒険者で間違いないよ」
「?」
ヒナリアちゃんは、不思議そうに小首を傾げる。
…………俺専用用語で、小さな女の子を混乱させてしまい、ちょっとした罪悪感を覚える。
「まぁいいのです。ケビンさんが、冒険者であるのならば問題ありません。…………ケビンさんっ!」
ヒナリアちゃんは、俺の目を強い眼差しで見つめて言う。
「わたしと、パーティーを組んでくださいっ!!」
「ごめんっ。むりっ!」
俺は、シンキングタイム0秒で、ヒナリアちゃんの申し出を断った。