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1話 卒業と怠惰

 ───春。

 巣立ちの季節。


 3年間、『冒険者育成学園』で学び、15歳となった俺は、いよいよ実社会でお金を稼がねばいけない年齢になってしまった。


 今の気持ちを一言でいうと、………最悪。


 ………だるい。実にかったるい……。

 本当に、かったるい……。


 新生活を始めることへのワクワクなど、皆無of皆無。

 学校とは、ただ言われるがままに教師から与えられるカリキュラムをこなし、テストで適当な点数を取っておけば、誰にも文句を言われることがない実にイージーな空間だった。

 そんな天国を、ある一定の年齢を達したからと言うだけで、無理やり卒業させられるとは……、なんて理不尽な制度なんだろう……。


 俺は社会に出るには、まだまだ未成熟な人間です。

 ……一生、学校に監禁しておいてください。


 別に、学校生活をめちゃくちゃエンジョイしていたリア充ってわけじゃない。


 ───空気。


 卒業して数年も経てば、同窓生たちから顔と名前が一致しなくなるような、教室の隅っこにいたタイプの人間だ。

 学校が、楽しかったかつまらなかったかといえば、後者である。


 それでも、やることなすこと全てが自己責任で、働かなくちゃ食っていけない社会人と比べれば、遥かにマシな日々だったと思う。

 ぼーっとしてれば、一日が終わる……。

 無責任に生きていける立場だった。


 ───「睡眠」「風呂」「あったかい食事」こそが、人生を幸せにしてくれる三種の神器。

 労働など、苦役以外の何物でもないんだなぁ……。




 俺が、卒業したのは『冒険者育成学園』は、その名の通り、冒険者を育成することを目的として作られた専門学校である。


 冒険者は、大変に危険な職業である。

 毎年、少なくない人数の者が命を失っていく。


 ───特に、新人の死亡率は悲惨なものだ。

 一説では、一年間生き延びる確率は、半分に満たないとも言われている。


 だから、『冒険者育成学園』が存在している。

 学校に通う間に、冒険者として働くのに必要な、知識・戦闘技術等を叩き込んでいき、一人でも生き残る新人を増やそうというわけだ。



 ───俺は、冒険者になりたかったわけじゃない。

 むしろ、その逆。


 そこそこ裕福な実家に寄生をして、一生無職として暮らそうと目論んでいた。

 第一志望は、ニート。

 ───至高の職業。

 何としてでも、そうなりたかった。


 ……だけど、そんな怠惰な野望は、両親にあっさりと見破られ、根性を含めて一から叩き直してこいと、全寮制の『冒険者育成学園』に問答無用でブチ込まれた。

 入学式の日には、絶望で目の前が真っ暗に見えたものだ。

 ………まぁ、学校生活は思いの外、楽勝だったから、結果オラーイだったんだけどね。


 ちなみに、「無事卒業することができたので、一度、帰省します」と、両親に手紙を送ってみたところ……、「お前が何だかんだで家に居座り続ける魂胆はバレバレだから、絶対に帰ってくるな。働け」との愛溢れる返事がきた。


 ……………どうして、バレたんだろう。

 さすがは、我が両親である。

 

 

 仮にも、『冒険者育成学園』を卒業したので、俺の就職先は「冒険者」ということになる。



 …………だりぃ……。ありえねぇ……。



 ドラゴンとかゴーレムを退治するの………? 無理無理、絶対イヤっ!!

 血を流すのはおろか、生涯、息切れひとつしたくない。


 ───でも、冒険者以外にできそうな仕事もないし……。

 選択肢は、「冒険者」か「餓死」の二択なのである。


 ああ………、どこかの金持ちのお嬢様が、ヒモにでもしてくれないかなぁ……。

 いっそ、布団の上でゴロゴロし続けるだけの生き物になりたい……。


 ───働くのは嫌いだ。

 ………だけど、空腹は同じくらい嫌いだ。


 俺は、明日のパンを食べるお金を手に入れるために、重い足をズルズルと引きずりながら、しぶしぶ、冒険者ギルドへと向かうのであった……。





   ☆☆☆☆☆





「学長。ケビン・ブライズという生徒のことを知っていますか?」



 ───冒険者育成学園の学長室。

 この学校のNo.1の学長ととNo.2の副学長が、向かい合って会話をしていた。



「ああ、知っているよ。あの『万年赤点男』だろう?」

「そうです。今年、卒業していった、その『万年赤点男』のことなのです……」

「実技・筆記、我が校のすべてのテストを、3年間、赤点回避ぴったりの点数でギリギリ合格し続けた、ある意味伝説の「落ちこぼれ」じゃないか。教師の中で、知らぬ者はおるまい。学長の私の耳にも、噂は入ってきている。同級生たちにも、散々揶揄われて、バカにされていたという」

「彼について、とある疑惑があるのです……」



 そう言いつつも、その疑惑を口にしたくないかのように、副学長は苦悶の表情を浮かべる。



「彼は、我が校全てのテストにおいて、わざと、『赤点ギリギリの点数を取り続けた』可能性はないでしょうか……?」


「………はあ?」

「我が校は、冒険者を育成する学園として超名門校。入学するのが難しいのは当然、入学したとて、卒業までたどり着く生徒の割合は、20%を切ります。…………不優秀な生徒は、いずれかのテストで赤点を取り、退学になるのです。その厳しいカリキュラムによって、卒業生の品質が保たれ、我が校の卒業生であるということは、一種の「ブランド」として、冒険者の中で一目おかれています」

「そうだ。だからこそ、毎回のテストで赤点ギリギリながら、それでも一度も赤点を取らずに卒業してのけたケビン・ブライネは、伝説となっているんじゃないのか……。『女神に愛された幸運すぎる落ちこぼれ』だと。何せ、すべての試験において、合格点ぴったりでギリギリ合格なのだからな」

「………それを、わざとやっていたのでは、と思うのです……」



 副学長は続ける。



「例えば、ダンジョンを走破するための模擬訓練としての障害物走。1年生時の合格タイムは、20分00秒。彼のタイムも20分00、赤点となるタイムと1秒のズレもありません………。そして、2年生のカリキュラムに同じコースでのタイム計測があります。今度の合格タイムは、15分00。彼は、また15分00で走りきるのです………。彼は、我が校におけるあらゆるテストにおいて、同じ所業をやって退けます」

「…………それは確かに異常だが……、そんなことをわざとやるなど………首席で卒業するよりも、遥かに難しいじゃないか……。常人にはおよそ不可能な神業でしかない。だから彼は、『女神に愛された幸運すぎる落ちこぼれ』と呼ばれていたんだ……。奇跡を起こし続けていると……」

「彼は、落ちこぼれでなかった可能性があると思うんです……」



 副学長は、自分の主張を認めたくないと、ますます苦しげに顔をしかめた。



「だが……、そんなことができたとして、そうする目的はなんだ? どうしてケビン・ブライネは、そんな愚かな真似をする……。普通に考えて、テストではいい点数をとったほうが、いいに決まってるだろうが……。我が校は、優秀な成績で卒業すると、卒業後に、様々な特典があるじゃあないか。冒険者として、高いランクでデビューができるだとか……」


「…………めんどくさかったから、とか?」

「………は?」


「例えば、体力を図る持久走で、頑張るのはめんどくさい。でも、学校には通い続けたい。……だから、赤点回避はギリギリできるタイムでのんびりと走る。そんなことを3年間続けていたせいで、気づけば、女神が起こした奇跡のような不自然な状況を作り上げてしまったのです……」

「それなら、筆記試験はどうなる? テストの出来不出来に関わらず、拘束時間が変わらないだろう……」

「ペンを必要以上の動かすのすら、めんどくさかったとか………。赤点回避ギリギリなら、書く量が少なくて済むでしょう……」

「…………………」



 ───学長は、気づく。

 副学長の仮説が、全くありえない与太話でもない……と。

 彼のことを落ちこぼれだとあざ笑っていた我々は、彼の本質を、見極めることができていなかったのだ。


 とんでもない怪物の存在を、3年間見過ごし続けてきた。


「ありえない……、そんな怠惰な人間、いるわけがない……」


 頭を抱えてブツブツと言う。



「そうだっ!」



 学長は、ふと、副学長の考えへの反証を思いつく。


「我が校の生徒は、在学中の鍛錬で様々な『スキル』を発現するッ! だが、ケビン・ブライズは何のスキルにも目覚めなかったッ! そんな生徒、前代未聞だろう。卒業時に、何のスキルにも目覚めて生徒は、我が校始まって以来初だッ! どうだっ、これでヤツが落ちこぼれだと証明できただろうがッ!」

「学長……」


 副学長は、ゆっくりと二往復、首を振る。

 学長の考えを否定するように。


「…………それもわざと、なのですよ。……スキルに目覚めなかったのではなく、目覚めたスキルを使わなかった。卒業まで……。彼にとって我が校のカリキュラムは、自らのスキルを使うまでもない『イージー』なものだったのです……」



「彼は、『万年赤点男』などではなく、我が校始まって以来の『大天才』だったのかもしれません……」


「…………あいつは、ただの落ちこぼれさ。そんなこと……、ありえないよ……」



 絶対に、ありえない……。


 学長は、力無い様子で、そう呟くのだった……。

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