宮廷錬金術師、不死の研究を邪悪と処断され追放される~別の国で研究して不死の軍団を作ったので、全てが今更もう遅い二度と還れません
「アレインよ、何か申し開きはあるか?内容如何によっては、陛下は追放を取りやめにすると仰っておる」
……朝早くから玉座の間に呼び出されたと思えば、王の隣で、宰相が一方的に『追放』の理由を読み上げて、この天才宮廷錬金術師アレインに、何か申し開きはあるかだと?
そりゃ、大有りだ。折角、不死の呪法ついての、最後の閃きが、天からの囁きが今朝の散歩中に、舞い降りたというのに! あとは、人体で実験を繰り返すだけだ!そんな輝かしい日に何故、よりによってこんな話が?
「……アレインよ。お前の父は、偉大な術師であった。その命尽きる瞬間までな。あの男の息子ならばと思って、宮廷錬金術師として登用したのだが。お前が、不死の研究に傾向しているというのは真なのか?」
おいおいおい……王様よ、何を今更言っているんだ。不死と命の創造、魂の解明は、錬金術師の到達点。研究するのが当たり前だ。どれだけ倫理を侵そうとも。
「ええ、それはもう真実です。ですが陛下、これは必要な事なのです!たとえどれだけの、犠牲を払おうとも!不死を完成させさえすれば、この世から戦いは無くなる!不死の軍団は抑止力となる!後少しの実験で完成するのです!やっと閃いたのです、肉体を捨て、その全てを精神力へと変換する方法を!」
少しとは言ったが、それは国単位での研究の規模でならの話だ。しかし、ここで追放されては完成がいつになるか。
「……肉体を捨てるだと? 何が不死だ!貴様!もう言葉を発するな!! 陛下!このような者、聖王国には不要です! 国民の命を弄ぼうとする、狂人め!」
大きな声で喚きやがって。
しかし……狂人呼ばわりか。政にしか興味のない文官如きがこの俺に。
「……我には、不死が争いの火種となる未来しか見えぬ。一国が生命の倫理を踏み越えたと知れれば、世界中で、外道のような実験が過熱しよう。」
「……ですが!陛下!」
「アレイン……人には踏み込んではならぬ領域があるのだ。それを、侵すのなら、人ではないただの畜生。獣として生きるのなら、もう止めはせぬ。何処へなりとも、行け」
……随分と貶められたものだ。憐れむような瞳に腹が立つ。
どうやら、もう俺とは顔合わせるのも汚らわしいという事らしい。俺は、本当にこの国の事を思って研究していたというのに。故郷だからと食い下がってみたが、王にここまで言われてはな。
よしいいだろう、獣として生きてやる。倫理などに縛れていては、不死へは到達できない。
俺の研究成果を試せる、蛮族と蔑まれる者の国、新興の帝国へと亡命するとしよう。力を持つのが、別に聖王国でなくともよいのだ。圧倒的な武力を一国が持てば争いは終わる。
なに心配はいらない。不死が実現さえすれば、後は命の創造をゆっくりと研究していけばいいのだ……。
――――
あれから俺は、あっさりと出国することができた。正直言って拍子抜けだ。追手の一人も来るものだと思っていたが。それだけ俺を侮っているという事なのだろう。絶対に後悔させてやる。
そんな暗い決意を秘め、揺れる馬車から顔を出す。天気は曇天だが、早朝の風が冷たく心地よい。街道を進む馬車の行先は帝国だ。
――帝国、その実態は国という単位を持たなかった民族たちが、ここ数十年の内に武力をもって束ねられた事で興ったものだ。
纏め上げた王の名はアーケイン。その戦争の徹底的なまでの残忍さ、力や富に対しての異常なまでの貪欲さから、周辺国からは『狂王』と呼ばれ蔑まれていた。だが、この男なら俺の研究に喜んで力を貸すだろう。
――――
通された玉座の間は、深紅に彩られていて、控えめに言って悪趣味だ。狂王の名は、伊達ではないらしい。狂った美的感覚の持ち主のようだ。
「不死の軍団か。……詳しく聞かせろ、堅苦しい言葉は使わんでよいぞ。下らん内容ならば、斬って捨てるだけなのでな」
髭を蓄えた初老の男のどこからこんな恐ろしい、地の底に響くような声が出せるのだろうか。
狂王アーケイン、ただ玉座に座っているだけなのだが、その体から感じる圧倒的威圧感よ。本当に爺なのか疑わしい。皮をかぶってるだけかもしれない。
「……僭越ながら、説明させて貰う。人間は、肉体と精神で構成されている。死とは肉体が劣化していき精神が保てなくなる事で起こるものだ。俺は、肉体の構造を解き明かし、精神力へと変換する呪法を閃いた。肉体を捨て、精神力の塊となれば永遠を生きれる筈だ」
「精神力だけの体で、どうやって武器を持ち戦をするのだ?」
喰いついてきたな。
「持てる、という意識があればできる筈だ。普段から俺たちは、精神で肉体を動かし力を振るっているのだからな。己の全てを精神力にするのだ、その力は絶大な物になる。そして全てが精神力へとなるならば、自分に心酔する者を選別して不死とすれば、容易に操れるだろう」
「……なるほどな。一度、我の意思一つで動く不死の軍団の存在を示せば、戦をしようとする馬鹿もおるまい。我は労せずして世界の王となれるという事か。面白い、お前に乗ってやる!枯れかけていた野心が戻ったわ!必要な物は幾らでも与えよう、人だろうが、金だろうが存分に使え!」
蛮族の狂王と言われている男だが。流石は一代で成り上がった王という事か。話が早い。時に決断し犠牲を払える者こそが力を得るのだ。出来ぬものは、手をこまねいて一生迷っていればいい。今更遅いのだ。
――――
研究は順調とは言い難かった。肉体を精神へと変換することは、もう分かっている。後はその比率。肉体から精神へと移らせる力加減。それが中々に難しく、毎日体を失った出来損ないで研究室は溢れた。
……変換の力加減はもう完璧な筈なのだが、変換後にどうやっても空気に溶けるように消えてしまう。やはり肉体を失うという事は、人間にとって耐え難いものらしい。強烈な自我を持つ者しか耐えられないのだろうか? であるなら、捕虜や奴隷たちで試すのは間違いなのだろう。精神が追い詰められている彼らに、試しても成功する筈がない。
結論から言えば、成功した!
アーケインへの熱烈な忠誠を誓う兵士の一人が不死の第一号となった。精神力、魂の色という物なのか、薄い白い靄のような人型が宙に浮いている。どうやら精神力は自分の肉体を投影するらしい。俺の声にはなんら反応を示さなかったが、アーケインの声には忠実に応じる事が確認できた。
「……素晴らしい」
驚嘆の声をあげるアーケイン。
「すぐに我が親衛騎士団を不死に変えよ!そして遍く国に知らしめるのだ!最早、我に逆らう意味などない事を!」
……これで、帝国に逆らう国は無いだろう。圧倒的武力に支えられた戦争の無い平和な世が、ここから始まるのだ!犠牲の果てに俺は成したのだ!
――――
あれから幾年も過ぎた。戦争は無くなってはいない。いや寧ろ世界は、終末へと向かっている。
国力の無い貧しい国々が、この不死の呪法に興味を持つのは当たり前の事だった。それに狂った指導者と狂信者が集まれば完璧だ。人間という安価な資源さえあれば、この呪法は完成するのだ。粗悪品の不死の軍勢は自我を無くし、破壊の限りを尽くす。
俺は逃げた。帝国から、聖王国から、何処とも知れぬ不毛の山奥に。俺の研究は世界を救わなかった。今世界は見渡す限りの屍山血河で、大地は夕陽の赤か、血の色かも区別がつかない。俺が狂っていたのだろうか。あの天からの囁きと閃きは、世界を侵すためのものだったのか?生者はもしかしたら、俺だけなのかもしれない。
……どうやら、もう俺に残された選択肢は一つしかないようだ。自分自身を不死にする。自我を保っていられるか分からない。だがやらなければ、不死という存在を滅する方法を、無限の時間の中で考えるのだ。最後に俺も消えよう。それがせめてもの罪滅ぼし。
自分の肉体を変換する。激痛などという生易しいものではない。全身に鋸をあてがい一斉に引く。それが体の表面ではない。内面にも行われているような、鋭い痛みが永遠に続く拷問。
狂ってしまいたいが、不思議な事に俺は、それを許されない。死のその寸前、人間の意識は逆に明瞭になるという。今がそれなのか? 光で何も見えない。俺は……。
――――
……変換の光に包まれて、どれくらいの時間が過ぎたのだろう。いや、自我がある時点で成功したのか?
奇妙な浮遊感。肉体の境界がひどく曖昧な感覚。成功している?記憶すらもはっきりとしない。
しかしここは何処だ?俺は……そうだ!山奥で自分に呪法をかけた筈。辺りの様子がまるで違う。緑は青々と茂って生命力に溢れている。あそこに見えるのは……城か!?全て滅んだのではなかったのか!
あの距離ならすぐにたどり着く!人間がいるのなら話は速い!伝えなければ不死の脅威を!あの規模の城ならば、錬金術師もいるだろう!願わくば俺の様な天才がいればよいが!
城に近づく。森の中を歩く一人の男が見える。奇妙な感覚だ。
俺はこの男を知っている。いや、だが今回は違う筈なのだ。そうだと信じたい。
俺が囁くのは、不死の呪法、そう不死を滅するためには、不死について知らなければならない。
……どうかこの声に、耳を貸してくれ。俺の自我がある内に。
副題 ~精霊がこの世に満ちた理由とその永劫~
完