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黒の神隠し  作者: 早渡 あい
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11/11

011 潜む影

 どこかの森の、とある家のベルが鍵を持つ者の入場を知らせる。


「ただいま戻りました! エデンさん!」


 扉を開けて意気揚々と入る花音の顔は自信に満ちていた。

 ソファーで仕方なく本を読んでいたエデンはすぐにその声に反応する。


「お、花音か。遅かったじゃないか」


「すみません! ギリギリまで授業を受けてて……」


 花音は心配させたことを反省するも、その顔は喜びで溢れて止まらない。

 花音がいなかった退屈さによるエデンの精神的な疲労はその笑顔で一瞬にして報われた。


「いい顔をしている」


 はい! と花音は嬉しそうにエデンと対面のソファーへ腰かける。


「色々大変でしたけど、楽しかったです!」


 エデンは読んでいた本を閉じ、机にそっと置く。


「ここにたどり着いたということは、無事マナを使えるようになったみたいだね」


「ふふ、そうなんです!」


 花音はまだ口元が綻んでいる。

 マナを使えたのが相当嬉しいようだ。


「マナは呼ぶ作業が大変なんだ。マナの存在を認識して、信じること。一度使えれば簡単なんだが、何せ人間は」


「人間はマナの自覚がない人種、なんですよね」


 エデンの言葉より早く花音が答えた。


「お、ちゃんと勉強してきたようだね」


 花音は自慢げに今日得た知識を続けて披露する。


「獣人やその他の人種は生まれながらにして本能的にマナの存在を自覚し、使えることを知っている。しかし人間にはそれがない。これは人間は昔からマナを使う必要がなかったことによる退化と言われている」


「素晴らしい」


 エデンは拍手を向けた。その通りだ。

 マナがモノを言う世界で、人間の身分が低い理由はそこにあった。


「この世界のこと、マナのこと、知れば知るほど興味深いものでした。そして守護者の存在って大事なんだなってことも改めて実感できました」


 なんだこの優等生は。


「あと、お友達もできました!」


「お友達?」


「はい! リブ、て女の子なんですけど、凄いんですよ! 誰よりも早くマナを使えて――」


 花音はまるで自分のことのようにリブの話を語った。


「へえ、そりゃ良かったじゃないか」


「はい! 明日も約束してきました! 一緒に勉強しようねって」


 シュヴァルトへ行かせたのは正解かもしれない。

 いや、あの時自分が必死に引き止めても、恐らく時間の問題であることをエデンはわかっていた。

 花音の意志は止められない。

 見た目はか弱いだが、彼女の心には曲がらない強い芯がある。それをエデンは微かに感じていた。


 まだ花音は守護者の辛さを知らない。

 それを今の彼女に教えるのも野暮だろう。

 エデンは無邪気な花音の笑顔を見ていると、そんなことどうでもよくなってきた。


「楽しそうで、何よりだ」


 かける言葉はそれだけだ。


「あ、そうだエデンさん」


 花音は何か思い出したかのように話を切り出した。


「この前、ペルシャさんが言ってたんですけど」


 ペルシャ? 何か話したのか?


「神隠師、て知ってます?」


 ……え?


「な、何を言っているんだ?」


 急すぎるだろ。どういう話の流れでそんな。


「なんか、自由に転移をできるみたいです! 元の世界に戻りたいなら神隠師がヒントになるだろうって」


「ペルシャに人間界から来たと話したのか?」


「え? はい……」


 エデンの表情が一瞬険しくなるのを花音は見逃さなかった。


「え……ダメでした?」


 花音はエデンの表情を窺うように聞く。


「ダメだ。転移したことを軽々しくこの世界で口にしない方がいい。まだペルシャで良かったが……」


 エデンは口を閉じて、何か思いつめる様子を見せた。


「ごめんなさい……」


「いや、仕方ない。これからは気をつけよう」


 少しの沈黙の後、エデンは口を開く。


「神隠師は……禁忌(タブー)だ、それは絶対に口にしてはいけない」


「え……」


「すまない。でもそれは君に良くない結果になる。頼むから、心の中だけに秘めててほしい」


 それはきっと、僕にとっても――。


「……わかりました」


 花音はいつもと違う様子のエデンに、ただそう答えるしかなかった。

 まだ自分はこの世界についてよく知らないのだ。

 どうこう言えることでもないし、深く追求することもやめておいた方がいいのだろう。


 エデンは陰気臭い雰囲気を断ち切るように手を叩いた。


「この話は終わりだ。そろそろ晩ご飯にしようか」


「あ、はい」


 確かに丁度お腹も空いていた。


 キッチンへ向かうエデンは立ち止まって花音を手招きした。


「何をしてる? 君が料理をするんだ」


「……え?」


 料理……? 私がやるの? できないことはないけど。

 いや確かに状況が仕方ないとは言え、居候してる立場だからそれくらいはやって当たり前なのかもしれない。


「で、でも私この世界の食材の調理法とか……」


 知らない。元いた世界と同じ食材ももちろんあるが、初めて見るものもいっぱいある。


「だから僕が教えるんだ」


 花音は恐る恐るキッチンへ向かう。

 不安を駆り立たせるのはコーヒー豆の件だ。

 あの豆はトカゲから取っている。

 花音の常識では理解できない原料が使われるのだ。

 そういうのは無理だ。


 キッチンへ着くとエデンは花音に野菜と思われるものを手渡した。


「千葉(せんば)キャベツ。まるで千の葉でその身を厚く覆うようなキャベツだ」


 トカゲじゃなくてよかった。

 見た目は普通のキャベツなんだけど、これもこの世界特有の食材よね?


「葉を一枚取ってみな」


 花音は言われるがまま葉の芯を捉え、力を込める。


「え! 何これ、取れない……」


 びくともしない。とてつもなく硬く重い。


 エデンはニヤリと笑う。


「マナを込めてやってみな」


 え、マナ? 食材にマナを使うの?


 花音はまた言われた通りにマナを手に集中させる。

 不思議なもので、一度その存在さえ認知してしまえばマナは簡単に練り出せた。


「あ、取れた!」


 先ほどとは打って変わって、キャベツの葉は驚くほど軽く簡単に取れた。

 がしかし、葉は繊維をたどるように光を放ち、跡形もなく散っていった。


「え、何ですかこれ!?」


 エデンはまた笑みを向け花音に説明をする。


「千葉キャベツは特に繊細にマナが編み込まれてその身を保っている。いたずらに練り込まれたマナで取るとその繊維は崩れて消えてしまうのさ」


「何ですかその高難易度な食材!」


 めちゃくちゃすぎる。食べるどころか調理するのも一苦労だ。


「マナをもって育った食材は調理は困難だがその味は舌を唸らせる。マメトカゲのコーヒー、美味しかっただろ? あれも鱗にマナが凝縮されている。もちろんそれも同じく取り出すのは難しいけど」


 エデンはそう言って他の食材を取り出し、自分で調理をし始めた。


「それは君に任せた。僕は今日それがどうしても食べたいんだ、頼んだよ」


「えぇ!?」


 試練だ。これはただの料理ではない。

 そんなに食べたいなら自分でしたらいいのに!


「そ、そんなこと言われても!」


 どうすればいいのかさっぱりわからない。


「葉の繊維を感じるんだ。崩さないように、繊細にマナを込めて取る」


 マナの説明はいつもこれだ。

 抽象的すぎて理解ができない。

 メルヘン先生に助けを乞いたいくらいだ。



 結局キャベツを調理するどころか、葉をたった一枚取ることすらできなかった。机に並べられた食事はエデンが一人で作ったものだ。


「そんなに落ち込むなよ」


 エデンはうな垂れる花音を励ましていた。


「うぅ……だって、エデンさんがどうしても食べたいって」


「また明日頑張ればいいじゃないか。それに最初からできるとは思っていない」


「えぇ!?」


 できないとわかっててさせたの!?


「はは、すまない。そう言った方が少しはやる気になると思ってね。許してくれ」


「もう!」


 元気が出たのか、花音はシチューにがっつき始めた。


「まあ修行の一環だと思ってくれ。そのうち役に立つ時がくるからさ」


 花音は頷くと同時に頬に蓄えていたものをゴクンと飲み込む。


「そう言えば、守護者には隊長みたいな人がいるのですか? 今日マナを教えてくれた人も七番隊長って言ってましたけど、偉い人なんですか?」


「ん? あぁ、偉いと言えば偉いのか……。守護隊には十番まで隊員があって、その各隊のリーダーが隊長だな」


 守護隊? 守護者とはまた別?

 よくわからないけど。


「ひとまとめに守護者とは言っているが、その内訳は様々だ。道具を作る専門の職人だったり、世界情勢の観察や情報を司る情報部だったり、まあ簡単に言えば、非戦闘員もいる。守護隊は前線に出て任務をこなし、時には戦闘を要する機関だな」


「ふむふむ。よくわからないけど、ガイルさんみたいな人は守護隊ってことですね!」


 やっぱり一回じゃ理解できないか。


「んー、そうだな。ちなみにあいつは三番隊の隊長だ」


 花音は目を見開いて食事をする手を止めた。


「えぇ!? あの人そんなに偉いんですか!?」


「え、いや……偉いというか、単純に実力かな? もちろん隊長たる器量も必要だが」


 そうだったんだ……、信じられないけど。

 本部でみんなガイルに挨拶をしていたことに合点がいった。


「はは、素行だけを見ると確かに言いたいことはわかる。だがあいつも三番隊を務める長だ。最低限の礼儀やマナーは心得ている」


「全然イメージ湧かないです」


「だろ? そこはガイル自身も苦手とするところだ」


 でも、とエデンは続ける。


「あいつは、人の上に立つ器があるんだ――」



 その後はまた楽しく会話を続けた。

 もともと美味しい食事だが、花音はエデンと会話を挟みながら食べていると、より一層美味しく感じられた。


 次の日の朝もエデンに見送られ、花音はシュヴァルトへと旅立った。



 どこかの国の渓谷を抜けた先にそれはある。

 巨大な岩に掘られた巨大な穴の奥に設けられた長テーブル、その先に鎮座するは帝国のボス獣王。


「ガッハッハ、ようこそおいでくださったぁ」


 獣王は長テーブルを挟んで向かい側に座る者に言う。


「守護者一番隊長、ライアン殿始め、その隊員殿」


 腕を組み、負けず劣らず威厳を放つ一番隊の長。

 その後ろに一寸の狂いもなく立ち構える一番隊員。


「上っ面の歓迎など要らん。この薄汚い場はなんだ。王城に通すのが礼儀だろう」


 ライアンの言葉には迷いが一切ない。

 相手が誰だろうと臆することなく声に覇気が纏っている。

 しかしそれは返って獣王を刺激した。


「あぁ〜? 一番隊如きが随分な口を聞きやがる。この俺に説教かぁ?」


 獣王の目は獲物を捕らえるかのように鋭く光る。


「食ってやろうかおらああああああ!!」


 いきなりの獣王による咆哮は洞窟内を激しく振動させた。

 長テーブルも怯えるかのように小刻みに震える。


 ライアンは目を閉じて微動だにせず、音の反響が静まるのを見計らってゆっくりと口を開いた。


「発声練習は済んだか? 本題に入らせてもらう」


「!」


 獣王の口から思わず笑いが溢れた。


「ガッハッハッハッハ!! やるじゃねえかぁ!」


 手を叩きながら笑い、獣王は続ける。


「さすがぁ元隊長を寄せ集めた精鋭隊よぉ! 誰一人とてビビらねえのは大したもんだぁ! 悪かったなぁ、『護神(ごしん)』クラスをよこさねぇことに少々腹を立てていた」


「護神の方々はこんな茶番に付き合う暇はない」


「言うじゃねえかあ!! 気に入った! 話を聞いてやらぁ!」


 ライアンはため息をつき、変わらず覇気のこもった声で言う。


「話を聞くのはこちらだ。今回の猫の国の一件、どういう意図があっての所業か説明してもらおう」


 あぁ〜と、獣王は怠そうに言葉を紡ぐ。


「俺ぁ、何も知らねえなぁ。全てフライアが勝手にやったことだぁ」


「貴様の部下が自らの意志でボスの管轄する国を落としたと?」


「あぁ、そうだなぁ。全く困ったやつだったぜ」


 フン、とライアンは鼻で笑う。


「貴様の管理能力の低さが招いた結果だな。責任は取ってもらう。我々の提示することは三つだ。その狐の獣人が勝手に引き渡したであろう猫の国の住人の解放。王城の修理費を含む国への賠償金。猫の国を帝国の管轄から外し、今後一切国への関与を禁止する」


 ライアンは片時も獣王から目を離すことなく言葉を告げた。


「おいおいなんだよそりゃあ。多すぎて覚えらんねえなぁ。それによぉ、俺だって部下を殺されてるんだぜぇ?」


「正当防衛だ。そしてこれは貴様が負うべき最低限の責任だ」


 ケッ、と獣王は唾を吐く。


「……断る、と言ったら?」


 獣王はまた獲物を狩る目を向ける。


「強行する」


 ライアンもまた、睨み返すように覇気を向けた。


「それはお前の答えかぁ?」


「本部の決断だ」


 しばらくの牽制による沈黙の後、口を開くは獣王。


「ケッ、あんな小さな国一つに大層なこったぁ。好きにしやがれ。俺ぁ今楽しみができたんでなぁ、お前も聞くかぁ?」


「興味はない」


 ライアンは獣王の元に紙を送り、席を立った。


「俺が今話したことは全てそこに記載してある。調印して控えを本部に送れ」


 毅然と立ち振る舞い、ライアンは隊員を引き連れて去り際に言葉を残す。


「今日中にだ。確認ができなければ宣戦布告と判断する」


 振り返ることはない。


「ジジィめ、舐めやがってぇ。どちらが上かはっきりさせてやらぁ」


 獣王は笑みを含めて続けた。


「戦争はまだ後のお楽しみだぁ」


 獣王のその声はライアンに聞こえていたかどうかはわからない。一番隊は誰一人振り返る事なく、規則的に足音を鳴らし、洞窟に響かせていった。



「はっ!」


 シュヴァルトのE棟。守護者の卵を養成する、とある教室に花音の声は響き渡る。


「んー、ダメ。難しいなぁ」


 花音は机に突っ伏して消沈していた。


「もう少しだよ花音ちゃん! 惜しい惜しい!」


 隣のメルヘン先生こと、リブに励まされつつも花音はある授業に苦戦していた。


 彼女たちが受けているのは入門のワンランク上、『底無(ボックス)』の生成である。

 それは小さな異空間を生み出し、そこに道具や武器をしまい、いつでも自由に取り出す基本中の基本の術だ。

 ガイルが烈火を出し入れしているのがそれだ。

 異空間の大きさは生成する際に使用したマナの量に比例する。言わば大きさに底が無い箱のようなものだ。


「もっとマナに優しく、包み込むように、離れないように手を繋いで?」


 相変わらずのメルヘン節が花音を余計に迷わせる。

 もちろんリブは簡単に底無の生成はできた。


「そうですね。形はできています。マナが少し雑に練り込まれていますね。もう少し繊細に込めてみましょう」


 突然の声に花音は顔を上げた。

 目の前には七番隊長フリージアの姿があった。

 この授業もまた、彼が担当していたのだ。


「繊細か……どこかで聞いた気が――」


 した。記憶に新しい、つい昨日のこと。


「千葉キャベツと同じか……」


「おや? 千葉キャベツを知っているのですか? あれの扱いに比べれば底無なんて可愛いすぎるものです。隊長クラスですら手を焼く食材ですよ」


 え、あのキャベツそんなに難しいの!?

 そりゃできるわけないじゃん!


「しかも千葉キャベツは入手するのも困難な食材です。一体どうやって?」


「え、それは……!」


 花音は喉まで出かけた言葉を急いで飲み込んだ。

 エデンとその家の存在は口止めされていたのだ。

 特に家は絶対に口外してはいけない。

 あれは鍵を持った者しか入ることを許されない秘密の空間なのだ。


「え、えーと、たまたま知り合いに頂いて……はは」


 苦し紛れの言い訳で何とか取り繕う。


「知り合い……ですか」


「そ、それよりフリージアさん! もっとコツを教えてください!」


 深く踏み込まれないように花音は必死に自分のペースに流れをもっていく。


「え、ああ、はい。花音さんのマナにはまだ無駄があるのです。底無に限らず、道具の生成にはマナをいかに繊細に扱うかが問われてきます」


「繊細に……丁寧に……」


 花音はマナを込めて円陣を浮かび上がらせる。

 ここまではできる。あとはこれにものが入るかどうか。


 花音はペンを手に取り、ゆっくりと円陣の中心に近づける。

 ペンは円陣を通過し、そのまま床へと落ちた。


「はぁ〜、ダメだぁ難しい〜」


 また机に突っ伏す花音。


「惜しいよ、もう少しだよ!」


 優しい。リブは失敗する度に励ましてくれる。


「気にすることはありません。むしろよくできている方です。昨日マナを覚えて底無をここまで形作れる人は少ないですよ」


 そう、花音にまだこの授業は早かった。

 普通なら数日は入門レベルでマナの基礎を築く。

 花音とリブは背伸びをして、初級の授業を受けていたのだ。


「それでもリブちゃんは簡単にできちゃうんだもんなー。やっぱり天才だよ」


「そ、そんなことないよ、たまたまだよ!」


 リブは身振り手振り必死に否定する。


「僕からすれば花音さん、あなたも素晴らしい才能をお持ちですよ」


 あ、とフリージアは続けて補足する。


「そうですね、二人とも後で僕の部屋に来てください。少し頼みたいことがあります」


 フリージアは優しく笑みを向けた――。



「おー、ガイルかー。またサボりにきたか」


 エデンはソファーに寝転びながらベルを鳴らした者に声をかける。


「サボりじゃねえよ休憩だ。本部は人が多くて落ち着かねえ」


 味わうことを知らないこの男はあろうことかまた貴重なコーヒーを飲み込みにきたのだ。


「お前こそ、女がいなくて寂しいだろ。話相手ができていいじゃねえか」


「あぁ、確かに。孤独死しそうだよ」


 フンとガイルは鼻で笑い、勝手にキッチンへ侵入してコーヒーを入れ始めた。


「なあ、ガイル。今守護隊の七番隊長は誰がやっている」


「あ? どうしたそんなどうでもいいこと。暇なのか?」


「退屈がすぎる」


 ガイルはコーヒーを入れてエデンと対面のソファーに座る。


「はぁ……フリージアだ」


 エデンはその言葉に眉を動かす。


「まだあいつがやっているのか?」


 エデンの言葉の意味をガイルはわかっていた。

 向上心のない者に興味はない。

 ガイルは怠そうに口を開く。


「昇格の話は何度も出ている。あいつはそれを蹴って好き好んで七番隊に居座ってんだ。それでいてヘラヘラ笑ってやがって、気持ち悪いぜ」


「はは、昇格の話を蹴って好き好んで三番隊に居座ってるやつが何言ってんだよ」


「あぁ? 一緒にすんじゃねえよ! 俺は一番隊と二番隊の隊員になるのが嫌なんだよ。あいつらの下で働くなら死んだ方がマシだ」


 ガイルは舌打ちしてコーヒーを口の中へ放った。


「あいつらは癖が強いからな。君が出世するには彼らの実力を超えて隊長になること、か」


「うるせーよ! その話はすんじゃねえ」


「はいはい」


 一番隊と二番隊の隊長は別格だ。

 ガイルはそれを認めている。

 認めているからこそ、気にくわないのだ。

 彼らを超えるできずに三番隊に留まっている自分自身にガイルは腹を立てるのだ。


「俺はいつまでも三番隊にいる自分に満足してねえ。だがフリージアは違う。あいつは七番隊で満足してんだよ!」


 確かに、そう聞くと同じではないな。

 ガイルが一緒にして欲しくないのも納得がいく。


「七番隊ってそんなに固執するほど美味しい立場だったかなぁ」


 エデンの言葉にガイルはまた舌打ちをする。


「んなわけねーだろ。大した任務も任されねえ、本部で卵の守(も)りばかり。優秀な生徒を見つけては連れ出して特別授業をするらしいが、所詮は小さな山で大将張りたい小心者だ」


 ボロクソだな。どれだけフリージアのこと嫌いなんだよ。


「特別授業? なんだそれは」


「知るかよ、興味ねえ」


 まあ、別にいいけど。


「なんだよエデン、今日はくだらねえ話ばっかしやがって」


 ガイルは機嫌が悪いらしい。

 まだ眉間にシワが寄っている。


「いや、花音がフリージアに授業を見てもらったらしい。それだけだ、特に深い理由はない。すまない」


 ガイルはフンと鼻を鳴らし、ため息まじりに告げる。


「今は初級の授業はだいたいあいつが受け持ってるからな。そりゃ一度くらいは顔を見るだろ」


 そうか、とエデンはこの会話に終止符を打った。


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