ヘル編7
セリオンは迷いの森クレスカ Kreska を訪れた。森は薄暗く、静けさに満ちていた。
「ヒトケのない森だな。ここがクレスカの森か…… 通称『迷いの森』か。ん?」
セリオンの前方から何かが近づいてきた。影はしだいに形を取り始めた。そこには一匹の狼がいた。
セリオンは狼と相対した。狼は後ろ姿を見せて、セリオンを振り返った。セリオンは狼の目を見つめた。
セリオンはふと、狼の意図に気づいた。
「!? 俺を案内してくれるのか?」
セリオンは歩き出した。周囲には木々がうっそうと茂っていて、先を見通すことはできなかった。
狼はセリオンを先導した。セリオンは狼の後を歩いた。シベリア人にとって狼は「神の使い」である。
神聖な動物とされていた。狼は利口だった。セリオンがちゃんとついてこれるか確かめながら前進していた。ふと、開けた木々のないところに足を踏み入れた。すると、周囲が霧に包まれた。
「霧か…… どうやらただの霧じゃなさそうだ。何者かの魔力を感じる!」
セリオンは警戒して神剣サンダルフォンを召喚した。セリオンの隣で、狼が見えざる敵にのどを振るわせていた。いきなり、セリオンの前から多数のナイフが投げつけられた。
「ナイフか!」
セリオンはナイフを大剣ではじき落とした。今度はセリオンの右側から多くのナイフが投げつけられた。
セリオンは正確に、タイミングよくナイフをはじいた。次にセリオンの左側から多くのナイフが投げつけられた。セリオンは的確にナイフを迎撃した。
「……いったいどこからナイフが飛んでくるんだ?」
セリオンは深く呼吸した。
「は!」
それから大剣を上から下に振るう。すると、濃くなっていった霧が二つに分割された。
「やるじゃないか。このあたしの霧を分断するなんて」
「何者だ?」
「ホーホホホホホ!」
上空から小さな老婆が落ちてきた。老婆は分断された霧の中心で立ち上がった。
「おまえは何者だ?」
セリオンが尋ねた。老婆はとがった鼻に素足だった。
「カーカカカカ! あたしゃホグばあさん! 迷いの森の支配者さあ!」
「魔女ゼノビアの手の者か?」
「ゼノビア? 知らないねえ、そんな奴は。あたしは人間を餌にする妖婆だよ。ちょうど、この森に足を踏み入れたあんたを喰らうところさ! 久しぶりにうまそうな餌が現れたんだ。逃がしゃしないよ」
「どうやら戦いは避けられそうもないな」
セリオンは大剣をホグばあさんに向けて構えた。
「あんたにゃ、死んでもらうよ! そりゃああ!」
ホグばあさんは右手の包丁を上に上げた。そこに多数のナイフが現れた。
「きりゃあああああ!」
ななめ上からナイフが降り注いだ。セリオンはサイドステップでナイフをかわした。
「さあ、いくよ!」
ホグばあさんはセリオンに向かって疾駆した。右手の包丁をセリオンに向けて突き出す。セリオンは大剣でホグばあさんの攻撃をガードした。
「さあ、死にな!」
ホグばあさんはジャンプして包丁で突いてきた。セリオンはホグばあさんの攻撃を身をかわして、よけた。
セリオンはすぐに振り向いた。
セリオンはホグばあさんに斬りつけた。
「おっと! 当たるもんかい!」
セリオンは連続で大剣を振るった。
「キエエエエエエ!」
ホグばあさんはすさまじい軽業・跳躍でセリオンの斬撃を回避した。それは驚くべき身のこなしだった。
「くっ!? 俺の斬撃をかわすとはな……」
「火まっつりだよ!」
ホグばあさんは左手から火花を出した。火花がセリオンに迫る。セリオンはバックステップで火花をやりすごした。
「ほーら、ほーら!」
ホグばあさんは左手から火炎放射を放った。火炎にセリオンは呑み込まれた。
「どーれ、どーれ。良く焼けたかねえ! カーカカカカ!」
しかし、セリオンは蒼気を展開していた。凍てつく闘気が炎を消し去り、無力化した。
「ちいっ! よく防いだねえ! 丸焼きになっていると思ったのにねえ!」
ホグばあさんは忌々しげに答えた。セリオンは大剣を下から上へと斬り上げた。
「おっとっと!」
ホグばあさんはセリオンの斬撃をかろうじてかわした。
「ちっ…… またかわされたか…… 器用な奴だ」
「そっちこそ、やるじゃないか! あたしの攻撃をここまでしのぐ奴は初めてだよ! でも、こいつで決めちまおうかい!」
ホグばあさんは包丁をしまうと、ピストルを取り出した。
「こいつで終わりだよ!」
ホグばあさんはピストルを撃った。まず、セリオンの頭を狙う。セリオンは大剣で頭を守った。
次にホグばあさんはセリオンの両脚を狙って、ピストルを撃った。セリオンは大剣を振るって、飛来する弾丸を防いだ。さらにホグばあさんはピストルを撃ってくる。それらもセリオンは大剣ではじいた。
「ちいっ! まだ生きているのかい! しぶとい奴だね!」
ホグばあさんは弾切れになったピストルを投げ捨てた。再び包丁を手にする。ホグばあさんは包丁を右手にセリオンに突っ込んできた。セリオンは大剣で包丁の刃を受け流し、その隙にホグばあさんの首を大剣で斬りつけた。ホグばあさんの首と体が分断した。
「この、あたしが……」
ホグばあさんの体は倒れた。ホグばあさんは灰色の粒子と化して消滅した。
「ん? 霧が晴れてきた。ホグが死んだからか……」
迷いの霧はホグが消えてから完全に消滅した。空はいつしか夜になっていた。開けた場所では再び狼が先導しようとしていた。
「また、案内してくれるのか」
セリオンは狼の後について、歩き出した。セリオンは狼の後をついて行って、迷いの森クレスカの中を進んだ。それは道なき道であった。この狼がいなかったら道のないこの森で、迷ってしまっていただろう。
セリオンは狼に感謝した。
「狼は光をもたらす動物というが、本当だな」
ある程度まで進むと急に、道が現れた。そして、その先に、城らしきものが存在した。
「ん? 城がある…… あれがゼノビアの居城か…… ?」
狼はなおセリオンの先を進んだ。セリオンは城の前で足を止めた。狼も城の前で止まっていた。
「ここまで案内してくれて、ありがとう」
セリオンは狼の頭を撫でた。狼はその後森へと姿を消した。
「さて、行くか」
セリオンは城に向かって歩き出した。セリオンは城の扉を開けた。城の中はシャンデリアで輝いていた。
「はるばる我が居城にようこそ、英雄よ。わらわはそなたを心から迎えよう」
闇の魔女ゼノビアが言った。
「途中でひと騒動あったようじゃな?」
ゼノビアはすでに知っているといわんばかりに話した。
「気に入らないな。もう知っているのか、ホグとの戦闘を……」
「フフフフフフ……」
ゼノビアはニヤアと笑って肯定した。
「来いというから来てやったぞ、ゼノビア! アイーダはどこだ!」
「フッフフフフフフ。そう、あせるでない。彼女は丁重に預かっているとも。なぜなら、我々にとって大切な巫女だからのう…… ヘル神にその血と肉を捧げる……」
「ふざけるな! 俺がこうして立っている限り、アイーダを犠牲にさせはしない! 今すぐアイーダを返せ!」
セリオンは神剣サンダルフォンを召喚した。片刃の大剣をゼノビアに突きつける。
「それは無理じゃな。巫女を返す気はない。彼女は我々のものじゃ」
「ならば力ずくでも返してもらう! 俺がおまえからアイーダを取り戻す!」
「やれやれ…… 好戦的じゃな…… よかろう。わらわが自ら相手をするとしよう。フッフフフフフ!」
ゼノビアは両手に魔力を宿した。とたんに氷の刃がセリオンに襲いかかった。前面から襲いかかる氷の刃をセリオンは大剣で砕いた。
「凍てつく氷よ、その鋭い刃で我が敵を討て」
セリオンに氷の刃が多数降り注いだ。
「くっ!?」
セリオンは右のサイドステップで氷の刃をかわした。ゼノビアは四つの氷の刃を正面から放った。セリオンは左のサイドステップでよけた。
「フフフフフ。逃げるだけか、英雄よ?」
氷の刃がセリオンに斬りかかる。
「くうっ!?」
セリオンは一本一本氷の刃を粉砕した。
「どうした? 受けきるだけで精一杯か?」
ゼノビアは右手をかざした。氷の刃がセリオンの周囲に同時に現れた。
「!?」
「フフフ、よけられるかな?」
氷の刃は一斉にセリオンを突き刺しにかかった。セリオンは床に転がって、氷の刃の一斉攻撃を回避した。
「フッフフフフフフ! おもしろいのう! 床をはいつくばるとはのう!」
「今のうちにほざいていろ! 俺の本当の力はこんなものじゃない!」
セリオンはダッシュした。それから、ゼノビアに向けて強烈な斬撃を繰り出した。
「フッ、無駄なことを!」
ゼノビアは前面をバリアで覆った。バリアがセリオンの大剣を受け止める。
「まだまだ!」
セリオンはゼノビアに対して連続で攻撃した。大きく大剣が振るわれる。
「氷の刃をくらうがよい!」
斜め上からセリオンへと氷の刃が降り注いだ。
「ちっ!?」
セリオンは急いでバックステップし後方に跳びのいた。氷の刃は次々と降り注いでくる。ゼノビアは一瞬の隙も許さぬ様子だ。
「闇の魔法の力を思い知るがよい!」
ゼノビアの水色の瞳が光った。氷のとげが地走った。セリオンめがけて迫る。
「翔破斬!」
セリオンが地走る衝撃波「翔破斬」を放った。翔破斬と地走るとげがぶつかり合う。衝撃がはじけ飛んだ。
「ほう、やるではないか。だが、まだまだ、これからじゃ。これならどうじゃ?」
無数の氷の刃がゼノビアによって作り出された。それらはただ一点を、セリオンのみに向けられている。
「死ぬがよい!」
ゼノビアは無数の氷の刃を一斉に発射した。
「蒼気!」
セリオンは蒼気を発した。セリオンは膨大な蒼気の波動で氷の刃をすべて打ち砕いた。
それから、ゼノビアに急接近すると蒼気の刃を打ち付けた。ゼノビアはバリアを張った。セリオンの蒼気の刃を受けて、ゼノビアのバリアに亀裂が走った。
「ふむ、わらわが追い詰められるとはのう…… このままでは、素手では勝てぬのう。いいだろう。我が武器を、きさまに見せてやろう!」
バリアがはじけ飛んだ。セリオンは後退した。ゼノビアの手に縄のような光が形成された。縄は形を成し、金属性の鞭となった。
「これが、わらわの武器じゃ」
金属の鞭がまるで蛇のように動いた。
「調伏してやろう!」
ゼノビアが金属の鞭を放った。セリオンは片刃の大剣でこの攻撃を受け止めた。すると鞭が大剣に巻きつき出した。鞭はセリオンの大剣をからめ捕った。
「ぐっ!?」
「くらうがよい、闇のいかずちを!」
ゼノビアの鞭から闇のいかずちが放電した。
「うおあああああ!?」
セリオンはもろに闇のいかずちを受けた。それでもセリオンは大剣を手放さなかった。ゼノビアの鞭が大剣から引き上げる。セリオンは床に倒れた。
「これで終わりか、英雄よ? 違うであろう? フッフフフフフ!」
「当然だ…… まだ終わってなどいない!」
セリオンはゆっくりと立ち上がった。そして、再び大剣を構えた。ゼノビアは鞭を左右に叩きつけた。
セリオンは大剣でゼノビアの鞭をはじいた。ゼノビアは鞭を真横に振るった。セリオンは大剣で鞭をガードした。すると、ゼノビアの金属の鞭がセリオンの体に巻きついてきた。鞭はセリオンを縛り上げた。
「ぐっ!? しまった!?」
「もう、遅い。くらうがよい!」
ゼノビアは鞭に闇のいかずちを流した。とたんに、セリオンは感電した。
「ぐうううううう!?」
セリオンの全身に闇の黒いいかずちが走った。セリオンはその場に倒れ込んだ。鞭が蛇のように主人のもとに戻った。
「フッフフフフフ。これこそが闇の力じゃ」
セリオンはゆっくりと立ち上がった。大剣を支えにする。ゼノビアは金属の鞭でセリオンに打ち付けた。
セリオンは左下から右上へと大剣を振るって鞭をはじいた。
セリオンはダッシュでゼノビアに接近した。セリオンは蒼気を展開すると、蒼気の刃をゼノビアに叩きつけた。
「くっ、鞭よ!」
ゼノビアは鞭でガードした。セリオンの蒼気が、ゼノビアの鞭を振動させた。パリンと音が鳴った。
ゼノビアの鞭が蒼気によって破壊された。
「なんじゃと!?」
ゼノビアは驚愕した。
「くっ!? 氷の刃よ!」
ゼノビアは氷の刃を放った。セリオンは後方に跳びのいてかわした。
「……………………」
ゼノビアは沈黙した。
「まさか、わらわが追い詰められることになるとはのう……」
「おとなしくアイーダを返せ。そうすれば命は助けてやる」
「さて、どうじゃろうのう…… 奥の手というものは常に残しておくものじゃ」
「まだ何かあるのか?」
「フッフフフフフ! 魔導要塞プルトン Pluton ! それを起動させるのじゃ!」
ゼノビアの周囲に魔法陣が浮かび上がった。魔法陣はさらに高速で回転する。
「さて、では英雄よ。わらわは去らせてもらおう。プルトンで再会できることを楽しみにしているぞ?」
こういうとゼノビアは姿を消した。
「ちっ! 逃げられたか…… それにしても、魔導要塞プルトン…… いったい何だ?」