ヘル編2
セリオンは「ある館」を見つめた。
そこには妖精サイズにしては不自然な建物があった。明らかに人間の大きさに合わさっている。
「どうかしたのですか、セリオン様?」
「プリーユ、あの館は何だ?」
「分かりません。私が逃げてきたときには見かけなかったものです」
「あそこから邪悪な気配を感じる」
「邪悪な気配?」
「俺はあそこに行ってみる。いや…… あそこが俺を呼んでいるといったほうが正しいか」
「セリオン様、お気をつけて」
セリオンはその館の扉を開けた。内部は上品なたたずまいで、左右に登り階段があった。
登り階段は中央で合流し、天井にはきれいなシャンデリアがあった。
中央の手すりの前にツインテールに髪にオレンジ色のドレスを着た女性がいた。
「おまえは何者だ?」
セリオンが問いただした。
「他人のことを尋ねる前に、自分のことを話すのが礼儀じゃなくて?」
「俺はセリオン。セリオン・シベルスク。青き狼と呼ばれている。そして、俺はテンペルに所属している。妖精たちを解放するためにツヴェーデンからやってきた」
「それはごくろうなことですこと。私はエリス。紅蓮の魔女エリスよ」
「魔女か。なぜ妖精たちの村を襲った?」
「ウッフフフフ、それは、ヘル神の復活には膨大な魔力を必要とするからよ」
「ヘル神だと?」
「そう、闇黒龍ヘルのことよ」
「それがおまえたちの『神』か」
「その通りよ、英雄さん? 暴龍ファーブニルを倒した……」
「? どうして俺のことを知っている?」
「あなたほどの有名人だと、隠すのはちょっと無理があるんじゃないかしら? あなたの声望は遠くのガスパル帝国にまで響いているのよ。もっとも、直接この目で会うまで、存在の真偽は疑わしかったんですけれど、ね」
「なるほどな。俺のことは知られているというわけか」
「でも、邪竜マラカンダを倒し、祭司サフォルクまで打ち倒すとは思わなかったわ。おかげで、残るのは駐在官の私のみとなってしまったわ。ウッフフフフ!」
エリスは手すりを越えて浮遊した。そして一階に着地した。セリオンは片刃の大剣を構えた。
「でも、悪くないわね」
エリスは武器召喚で二本のダガーを手にした。
「この手であなたを、この私自身が血祭りにできるのですもの!」
エリスの目が妖しく光った。エリスは妖しい笑みを浮かべた。
エリスはダガーを逆手に構えた。エリスはダガーを逆手に振るった。高熱の衝撃波が二本起こった。
衝撃波はセリオンめがけて正確に地走った。
セリオンは蒼気を展開した。セリオンは蒼気で二本の衝撃波を防いだ。
エリスが走った。エリスは右手のダガーでセリオンを斬りつけた。
セリオンは大剣でガードした。エリスは左手のダガーで攻撃した。
セリオンはバックステップでかわした。エリスは右手のダガーを投げつけた。
セリオンは大剣でダガーをはじいた。エリスは武器召喚で再び右手のダガーを手にした。
セリオンは低く跳んだ。エリスとの間合いをつめる。セリオンはエリスに右から左へと斬りつけた。
エリスは二本のダガーで防いだ。さらにセリオンは追撃する。大剣を上から下に斬り下ろした。
再び、エリスは二本のダガーを交差させて防御した。エリスは苦悶の表情を浮かべた。
「くっ!?」
エリスはダガーでセリオンの大剣をはじいた。エリスは二本のダガーで踊るような連続攻撃をした。
鋭い刃の舞。セリオンは刃の連撃を的確にガードした。
セリオンは左下から右上に向けて大剣を振るった。エリスは後方に跳びのいた。
エリスは態勢を整えると、素早くダッシュしてセリオンに斬りかかった。
セリオンは大剣で斬った。エリスはセリオンの後ろに移動していた。エリスが振り返る。
「やるわね」
エリスは右手のダガーを目にした。ダガーにはヒビが入っていた。エリスはそのダガーを投げ捨てると、再び武器召喚で右手に新しいダガーを手にした。
セリオンは攻めた。エリスに接近して大剣を振るう。左下から右上へ、右下から左上へ、真上から真下へ振るった。エリスは後ろに下がりつつ、二本のダガーでセリオンの攻撃を防いだ。
セリオンは蒼気を纏った。エリスに対してセリオンは蒼気を纏った攻撃を繰り出した。
「ああ!?」
エリスは押された。セリオンは正面に突きを出した。エリスはかろうじて両手のダガーでかわした。
セリオンはエリスに猛烈な勢いで攻撃を続けた。さすがのエリスも守勢に回った。
「くうっ!?」
セリオンはエリスのダガーをはじき飛ばした。間一髪のあいだをのがさずセリオンはエリスに決定的な一撃を振り下ろした。しかし、エリスは魔法の円で、この攻撃を防いだ。
エリスは後方にしりぞいた。ぼろぼろになった一本のダガーを見つめる。
「まさかここまでやるとは思わなかったわ。さすが、英雄さんね。でも、これならどうかしら?」
エリスは右腕を高くかかげた。エリスの右手の上に灼熱の火球が形成された。
「ウフフフ! このほうが魔女らしいかしら? くらいなさい!」
エリスは火球を投げつけた。火球は正確にセリオンに向かった。
セリオンは蒼気を発した。蒼気の刃が火球にぶつかった。火球は爆発を起こした。爆風が周囲に巻き起こった。エリスはダッシュしてセリオンに接近した。右手から闇の針を無数に起こした。セリオンはバックステップしてかわした。闇の針が収まると、セリオンは小ジャンプしてエリスに近づき、斬りつけた。
さらに左から右へと一閃を起こした。エリスは後方に跳びのいてセリオンの斬撃をかわした。
エリスは両手に魔力を収束した。両手をあてて開き構える。膨大な魔力が集まる。
「これで終わりよ!」
「やってみろ!」
「死になさい!」
エリスの両手から強力な爆炎砲が放たれた。爆炎がとどろき発射された。
セリオンは蒼気を纏って、迎撃、相殺した。館の中央で爆発が起こった。
なおも、エリスは爆炎砲を撃った。爆炎が地走りセリオンに向かう。
セリオンは大剣を上から下に振り、蒼気で迎撃した。
刹那、両者が武器を構えて疾駆した。セリオンとエリスが交差した。
セリオンの大剣とエリスのダガーが火花を散らした。エリスの左肩から血が流れた。
「うっ!?」
エリスは床にしゃがんだ。
「まさか、私がここまで追い詰められるなんて……」
セリオンはエリスに大剣を突きつけた。
「これで終わりだ。勝負はついた」
「勝負がついた? ……ウッフフフ。でも、それはどうかしら?」
「まだ、何かあるのか?」
エリスが立ち上がった。エリスは右手を頭の上にかざした。
その瞬間、何か圧倒的な気配が出現した。
「なんだ!?」
「ウフフ、ウフフフフ!」
ゴゴゴと重たい波動がほとばしでる。これは「存在感」であった。こういう「存在」がその存在感を主張しているのである。
「現れなさい! 大悪魔モート Mooth !」
闇の霧が渦巻いた。圧倒的な闇があふれる。
「大悪魔モート?」
エリスはジャンプして、階段の上に着地した。
「私はここから見物させてもらうわ」
はげた頭に角、緑色の皮膚と巨体、大きな胴体、蛇のような下半身、一対の翼。
それが大悪魔モートの姿だった。モートの邪悪な赤い目がセリオンを見つめた。
セリオンは神剣サンダルフォンを構えた。モートを見上げる。
モートは黒く暗い闇の炎をはいた。闇がセリオンを包んでいく。
セリオンは光の刃を出した。光輝刃である。光の刃は闇を斬り払った。
セリオンはモートに接近すると、連続で斬りつけた。右上から左下へ、左から右へ、上から下へと光の剣を振るう。セリオンはモートにダメージを与えた。モートは苦悶にあえいだ。
セリオンは光を収束して刃にすると、光の剣でモートを突き刺した。モートは暴れた。
モートは右手でセリオンを押しつぶそうとしてきた。
セリオンはうまくかわした。モートは左手でセリオンを殴りつけようとした。
セリオンはモートの攻撃を見切ってよけた。モートは右手と左手を合わせてセリオンに叩きつけた。
大きな衝撃が地面に広がる。
「くっ!?」
セリオンはバックステップで回避した。
モートは再び闇の炎をはいた。熱い闇がセリオンの周りに広がる。セリオンは剣に光を宿すと、闇の炎を斬り裂いた。光が闇の中から現れる。セリオンの大剣は光輝いていた。
セリオンは大剣を振るい、光の刃をはなった。光波刃である。光の刃がモートに命中した。
モートが悲鳴を上げる。モートはセリオンをにらみつけた。
モートは前に出ると、左腕で大きく薙ぎ払った。セリオンは的確にかわした。
モートは右手をかざした。闇が一点に集まる。その瞬間、大きな闇の爆発が起きた。
セリオンはその闇に飲まれた。
「くううううう!?」
セリオンは片膝をついて、しゃがみこんだ。
「はあ…… はあ…… はあ……」
セリオンはモートを見つめる。
「あっはははは! さすがのあなたも大いなる闇の力の前には無力というわけね! さあ、闇の力の前にひれ伏しなさい!」
セリオンは笑うエリスに目を向けた。セリオンの瞳には、意思が宿っている。彼はまだあきらめていない。
セリオンは大剣に力を込めて、立ち上がった。
「光は希望だ。俺がこうして光を発する限り、希望はある! 闇の絶望に負けはしない!」
セリオンは大剣をモートに向けた。神剣サンダルフォンの刃が光で輝いた。
「無駄なことを…… あなたの命もこれまでよ! さあ、モート!」
モートは下半身をくねらすと、蛇のような尾でセリオンを打ち付けてきた。セリオンは後方にジャンプしてかわした。モートは右手を頭上に上げた。闇の炎の塊が形成された。炎の塊から無数の闇の炎がセリオンに迫る。
「ちっ!?」
セリオンは迫りくる炎を迎撃した。光輝く大剣で闇の炎を斬った。
モートは口を大きく開いた。闇のエネルギーがモートの口に集まる。モートは口から闇の熱線をはいた。
セリオンは光輝く大剣を闇の熱線に叩きつけた。光と闇が激しくぶつかる。セリオンは闇の熱線を輝く大剣で受け止めていた。
「はあああああああ!」
セリオンは大剣に力を込めた。闇が破られた。セリオンは闇の熱線を打ち破った。
「これで、終わりだ!」
セリオンはジャンプすると、モートの首を輝く大剣で斬った。モートの首が床に転がった。
モートの体が崩れ落ちた。モートは大きな闇の渦を巻き起こした。モートの体が闇の粒子に分解されていく。大悪魔モートは死んだ。
「まっ、まさか、そんな……!?」
エリスは狼狽した。
「大悪魔モートが倒されるなんて!?」
「おまえの切り札を失ったな。それで、どうするつもりだ?」
セリオンは光輝く大剣を手にして、エリスに歩み寄った。
「くっ…… 覚えておきなさい! 大いなる闇は人に無限の力を与えてくれる。今回は光が勝ったけれど、それが絶対とは限らない。闇の力の真理を、いつかあなたに思い知らせてあげるわ!」
エリスは後ろのドアを勢いよく開けると、その中に入り外に出た。
「エリスは逃げた、か……」
その瞬間館全体に振動が走った。
「!? 建物が崩壊する!?」
セリオンは入口のドアに向かうと、外に脱出した。セリオンが外に出たあと、館は轟音と共に消滅した。
ガスパル帝国軍はアルモリカから撤退した。
かくして、モルガウの村に平和が訪れた。エリスがいた館は消滅した。セリオンは館が消え去る様を見つめていた。
「セリオン様!」
そこに声がかけられた。セリオンが振り向くとそこにはプリーユがいた。
「ああ、プリーユか」
「セリオン様のおかげでみんなを助け出すことができました。ありがとうございます」
「ガスパル帝国軍はモルガウから撤退した。これで妖精たちを脅かす脅威はなくなったな」
「それもこれもみんなセリオン様のおかげです。本当にありがとうございます!」
プリーユは羽をはばたかせて言った。プリーユの目が輝いている。
「そう言ってもらえるとうれしいよ。助けたかいがあった」
「やっぱり、セリオン様は思った通りの人でした。英雄ってすごいんですね」
「そう言われると照れるな。ありがとう。ただ……」
「ただ? どうかしたのですか?」
セリオンは懸念を表した。
「ガスパル帝国の動きが気になる。そもそも帝国はなぜアルモリカ地方を占領したのか? いったい何が目的だったんだ? 魔女エリスが語ったところによれば闇黒龍ヘルを復活させるためだと言った。それなら、今回の事件はまだ終わっていない。俺にはやるべきことがある」
「やるべきこと、ですか?」
プリーユは首をかしげた。
「事の深層を探る必要がある。俺はガスパル帝国の首都・帝都ブレスラウに赴かねばならない」