ヘル編1
突如、東のガスパル帝国がアルモリカ地方を軍事力で制圧した。
アルモリカ地方は妖精が暮らす地方で、妖精の村モルガウ Morgau もそのなかにあった。
モルガウの妖精たちの声。
「大変だ! ガスパル帝国が軍隊を送ってきたぞ!」
「武力制圧だ!」
「みんな逃げろ! 帝国兵に捕まるぞ!」
妖精たちは背中の羽をはばたかせながら、いかに逃げるか話し合っていた。
そこに一人の妖精がいた。名をプリーユ Priiju という。
「私は助けを呼びに行こうと思う」
「助け? そんなものどこにあるっていうの?」
「ツヴェーデンのテンペルに助けを求めてみようと思うの。テンペルに所属する英雄・セリオン様なら、私たちを苦境から救ってくれるわ」
「英雄? 人間のだろう?」
「私たちを救ってくれるとは、限らないんじゃないかしら?」
他の妖精たちは否定的な見解を示した。
「帝国兵と同じ人間だよ! 人間がぼくらを助けてくれるわけがない!」
プリーユは反論する。
「セリオン様は高潔な方だと聞いているわ。きっと私たちを助けてくれると思うの」
「プリーユ、危険だよ」
「じゃあ、それ以外に何か手はあるのかしら? ねえ?」
「それは……」
プリーユ以外の妖精たちは答えられなかった。
「私は行くわ、セリオン様のもとへ! どうせ逃げるのなら、少しでも可能性があるほうにかけてみたいの!」
「意思は硬いみたいだね」
「プリーユの言っていることはいまいち信用がおけないわ」
「人間に助けを求めるなんてな」
「それでも、私はセリオン様を信じてる。こうしているあいだにも、ガスパル帝国の支配は固まるばかり……
一刻の猶予もないわ! 私は出発するから!」
かくして、妖精プリーユはテンペルのセリオンに会いにツヴェーデンに向かった。プリーユは夜空を飛翔した。
「あれ? ねえノエルちゃん、あそこ見て!」
「何? シエルちゃん? あっ、何だろう、あれ?」
シエルとノエルは庭園の片隅で倒れている「小人」を発見した。
「なんだろう? よく見ると羽がはえてるね、ノエルちゃん」
「ほんとだね。これ、もしかして妖精なんじゃないかな?」
「そうだね…… でも、どうしよう…… そうだ! お兄ちゃんを呼んでこよう!」
かくして二人はセリオンを呼びに行った。
「庭園で見つけたのか?」
「うん。木の下に倒れてた」
とノエル。
プリーユはテンペルに保護された。セリオンがプリーユを運び、赤子用のベッドに寝かしつけた。
「私たちが見つけたときには、もう意識を失っていたよ」
とシエル。
二人はベッドで眠っているプリーユをのぞきこむ。
「いったいなぜ、テンペルの敷地に倒れていたんだろうか?」
セリオンは疑問を持った。
「う、うん……」
プリーユが身じろいだ。ゆくりとプリーユが目を開けた。青い衣服を着た妖精が目を覚ました。
「ここは? あなたたちは?」
「ここはツヴェーデンにあるテンペルだ」
「テンペル? ここはテンペル?」
「あなたはテンペルの敷地の中で倒れていたんだよ」
とノエル。
「あなたは誰?」
とシエル。
「わたしはプリーユ。テンペルの英雄セリオン様を頼ってアルモリカからやってきました」
「俺がセリオンだ」
「あ、ああ! とうとう出会えましたね! セリオン様!」
「君はどういった事情で俺を探していたんだい?」
「そうでした! 実はアルモリカがガスパル帝国に占領されたんです! 私たち妖精はガスパル帝国に支配されてしまいました! どうか私たちを解放してください!」
「東のガスパル帝国か。軍事的大国だな。厄介な相手だ」
「知っているのですか?」
「ああ。広大な領土と多民族の国家だ。皇帝を頂点とするヒエラルキーを持っている。領土的野心が強い」
「あの、セリオン様…… 私たちを助けてくださいますか?」
「ああ、君たちを助けよう。俺にできることなら」
「ありがとうございます! セリオン様!」
プリーユははばたいて、喜んだ。
東の帝国ガスパル。帝都ブレスラウ Bresrau
皇帝ヒュブリエル Hybriel は皇宮の玉座に腰掛けていた。
「ついにアルモリカが落ちたか。フフフ、これで余の野望がまた一つ進んだわけだ」
「その通りでございます。また一つ陛下の望みが近づいてまいりました」
「そうだな、闇の魔女ゼノビア Zenobia よ。これもすべては闇の力のおかげ。そちの力添えの結果だ。すばらしいな、闇の力は」
「闇は真理でございますゆえ」
ゼノビアがうなずいた。ゼノビアは黒く長い髪に、胸元の大きくあいた、紺のドレスを着ていた。
ゼノビアは妖艶な女であった。
「闇の真理のままになされば、陛下は絶大な力を手になさるでしょう。非力ながらわたくしも力添えをさせていただきます。わたくしだけではございません。ダクテュロイ教団と教団に所属する祭司たちも力添えをおしみません」
「うむ、大儀である」
ガスパル帝国――
大陸東の大国。首都はブレスラウ。唯一の皇帝による専制政治。皇帝は宗教上の最高権力者でもある。
ガスパル帝国は積極的な侵略戦争をしかけている。近年、闇の魔女ゼノビアと闇黒教ダクテュロイ教団の影響がいちじるしい。
「陛下、そろそろいけにえの儀式を行いたいと思います」
「ふむ、そろそろそんな時期か」
「ヘル神へのいけにえが必要でございます」
闇黒教は闇黒龍ヘル Hell を「神」とみなしている。
闇黒教祭司はコリュバス Corybas と呼ばれる。複数形はコリュバンテス Corybantes である。
「ヘル神はとりわけ若い美少年の生き血を好みます」
「すべてそちに任せる。臣民の中から好きに選ぶがよい」
「はい、おおせのままに」
そう言うとゼノビアはウフフと笑った。
近年のガスパル帝国は闇黒教主導による恐怖政治が営まれていた。むしろ闇黒教が国政をのっとっていたといってもいい。
「一つ気になることがある」
「なんでございましょう?」
「妖精が一匹逃げ出したそうではないか? それもツヴェーデンに」
「たかが妖精一匹の行動に陛下が思いわずらうことはないと思います」
「それがそうとも思えぬのだ。ツヴェーデンにはテンペルがある。そしてテンペルには光の英雄がいるそうではないか?」
ヒュブリエルは懸念を表明した。
「その妖精が光の英雄と接触するとまずいことになる。なにせ、テンペルの軍事力は一国家の力に匹敵すると言われているではないか」
「陛下、ガスパル帝国の軍事力の前には光の英雄など恐れるには及びません。わたくしたちが闇を信仰すれば、光の英雄とて敵ではありますまい。わたくしたちは絶大な闇の力を持っているのですから。闇こそ真理。これこそ万有の法則にして不滅の理なのです。さらにわたくしたちには『ヘル神』が存在します。ヘル神への信仰は必ずやわたくしたちに勝利をもたらすでしょう」
ゼノビアはそう語った。
セリオンはプリーユを伴って、バイクで駆けた。森林のあいだの道を疾駆する。夜、バイクは走った。
途中川が現れたため、セリオンとプリーユはそこで休んだ。
回想――
「今度はアルモリカに行ってくる」
「アルモリカ? 遠いの?」
セリオンはエスカローネに話しかけた。
「アルモリカは妖精が住む地方だよ。そこに住む妖精プリーユから頼まれたんだ。侵略してきたガスパル帝国から解放してくれって。俺はうなずいた。だから妖精たちを助けなくてはならない。それと、ツヴェーデンからアルモリカまでは遠いな」
エスカローネは少し不安げな顔をした。
「そう…… 気を付けてね。セリオンがいなくなるのは不安だけど、きっとセリオンなら妖精を救いに行くわよね。だって、それが私が愛している人なんですもの」
「エスカローネ……」
「愛してる。必ず、私のもとに帰ってきてね。約束よ?」
「ああ。俺もエスカローネを愛している。それに、おなかの子供のことも心配だ」
「私なら大丈夫よ。だから、安心してアルモリカに行ってきて」
「エスカローネ」
セリオンはエスカローネにキスをした。
「セリオン様!」
「!? ん? ああ、プリーユか」
セリオンは我に返った。セリオンは出発前のエスカローネとのやり取りを回想し、物思いにふけっていた。
「すまない。少し回想していた」
セリオンはプリーユにほほ笑んだ。
「セリオン様、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。心配をかけたな」
セリオンは川の前の芝に座っていた。プリーユが横からセリオンの顔をのぞきこむ。
「モルガウまではあとどれくらいだ?」
「この川沿いに進んだところにあります。もうすぐですよ」
プリーユは笑った。
「というわけで占領行政はとどこおりなく進んでおります」
短いツインテールの髪をした女が言った。女は水晶から投影された四角い画面を見ていた。
画面には闇の魔女ゼノビアが映っていた。モルガウにて。
「ふむ。ところでエリス Eris 」
「? 何でございましょう、ゼノビア様?」
「逃げだした妖精が一匹邪魔者を連れてくるかもしれん」
「邪魔者、ですか?」
紅蓮の魔女エリスが答えた。
「光の英雄だ」
「光の英雄? 何者でしょうか?」
「暴龍ファーブニルを倒した男だ」
「その男がこちらに向かっていると?」
「そうじゃ。逃げた妖精は光の英雄を呼びに行ったに違いない」
「ウッフフフフ、それはおもしろいですね」
「おもしろい、か。そちらしいのう」
「ええ。その光の英雄とやらを血祭りにしてさしあげますわ。会うのが楽しみです」
エリスは残虐な笑みを浮かべた。
「おぬしほどの魔女ならおくれをとることもないじゃろうが、よいか、ゆめゆめ忘れるでないぞ。油断は禁物じゃ」
「分かっております。光の戦士は我ら闇の勢力の敵。ましてや光の英雄なら我らが宿敵にございます」
「闇の魔力を、大いなる闇の力を思い知らせてやるのじゃ。エリスよ、そなたにヘル神の祝福があらんことを」
「はい。ゼノビア様にもヘル神のご加護がありますように」
茂みから監視する目があった。セリオンとプリーユである。時は夜。
二人は茂みからモルガウの様子をうかがっていた。家屋は妖精のサイズに合わせて小さい。
帝国軍の兵士が駐留している。
その中に、「人間サイズ」の建物があった。セリオンはそれを気にして。
「あれは何だ?」
「分かりません…… あんな建物はなかったはずです」
「帝国兵が警備しているようだが……」
「これからどうなさいますか、セリオン様?」
「あの建物に潜入しよう」
警備兵の前を一つの石が飛んだ。石は警備兵の前を通り過ぎ、地面に音を立てて落下した。
「何だ?」
「石ころか?」
警備兵がその場を離れた。セリオンに背中を見せる。
「ぐっ!?」
「がはっ!?」
セリオンは峰打ちで警備兵を失神させた。
「ふう、うまくいったな。こいつらから服をはぎ取ろう」
セリオンは倒れた帝国兵を引っ張って森の中に移し、兵士の服と装備をはがした。
帝国兵のヘルメット、ジャケット、ズボン、槍など一式を拝借する。
「すばらしいですわ、セリオン様。どこからどうみても帝国兵です!」
身ぐるみをはいだ兵士らは縄で縛って拘束した。
「プリーユはジャケットの中に隠れてくれ」
「はい!」
プリーユはセリオンのジャケットの中に入った。
セリオンは謎の棟の中に潜入した。棟内を調べる。
「まったく、訳が分からないよな。駐在官殿の命令で地下に妖精たちを集めたのはいいが……」
「必要な設備を作ったものの、扱い方がてんでわからん」
「駐在官殿はどうして妖精たちを拘束したのだろうな?」
「我々には機密扱いだからな」
セリオンはすれ違った兵士たちの言葉を耳に入れた。
「どうやら妖精たちは地下に拘束されているらしいな。地下へと行こう」
「はい、セリオン様!」
地下室の扉はロックもなくすぐに開いた。
中では妖精たちが一人一人カプセルの中に入れられていた。
「これは…… いったい何の設備なんだ?」
「ひどい! いったいなんてことを!」
プリーユはセリオンのジャケットから抜け出ると、カプセルそばにはばたいた。
「プティエ!」
カプセルの中に入れられた妖精たちは衰弱していた。
「このボタンで操作できるようだ」
セリオンがカプセルに付けられた開閉ボタンを押した。ジュワッともやが出て、カプセルが上下に開いた。
プリーユもセリオンにならって開閉ボタンを押した。カプセルが開いた。
「プティエ! しっかりして!」
「うう……」
「ひどいな…… どうやら魔力を吸い取られていたようだ。それも強制的にな。いったい誰が何のためにこんなことをしたんだ?」
「あなた方が知る必要はありませんよ」
「誰だ?」
「わたくしは闇黒教祭司サフォルク。すべてはヘル神に捧げるため」
「闇黒教?」
「偉大なる闇黒龍ヘルを、神とみなして崇拝する宗教です。どうやらあなた方は服装は帝国兵ですが、違うようですね?」
「ばれたか」
「何をしに来たのですか?」
「妖精たちを助けにきた」
「ほうほう、それは遠路はるばるよく来たものです。ですが、愚かなことだ。セキュリティーが作動しますよ。あれを見なさい!」
「あれは?」
セリオンはサフォルクが指さしたものを見た。それは結晶であった。その結晶は宙に浮いていた。結晶から禍々しい光が発せられた。結晶の中から何かが現れた。
「かつもくしなさい!邪竜マラカンダ Malakanda ですよ!」
邪竜マラカンダは蛇型の竜で、とさかを首に巻き、四本の脚があった。
セリオンは神剣サンダルフォンを召喚した。セリオンは片刃の大剣を抜いて構えた。
「さあ、呪いなさい! 浅はかな自己を!」
「プリーユ! こいつは俺が相手をする! そのあいだに妖精たちを妖精たちを助けてくれ!」
「はい、セリオン様!」
「こい、俺が相手だ」
マラカンダは高熱のガスをはいた。セリオンは氷の刃「氷結剣」でガスを斬り裂いた。
マラカンダは炎の弾をはき出した。いくつもの弾がセリオンに迫る。セリオンは氷の刃で迎撃した。
いくつかの弾は床に当たり爆発した。
セリオンは蒼気を展開した。凍てつく闘気がほとばしる。セリオンは邪竜マラカンダに蒼気の一撃を叩きつけた。マラカンダは蒼気の衝撃を受け、吹き飛んだ。マラカンダは崩れ落ちる施設の下敷きになった。
セリオンはその様子を見守った。突然、マラカンダががれきの山から跳びでてきて、セリオンにかみつこうとしてきた。
セリオンは後方に跳びのいてかわした。マラカンダは高熱のガスを吹き付けた。
セリオンは蒼気の力を高めた。高めた蒼気の刃で、セリオンは高熱のガスを斬り裂いた。
マラカンダは鋭い牙を見せつける。マラカンダの牙は曲がっていた。マラカンダはじわりじわりとセリオンに近づき、セリオンを追い詰める。マラカンダは鋭い牙で、セリオンにかみつこうとしてきた。
セリオンは蒼気を全力まで高め、マラカンダに蒼気の一撃を叩きこんだ。
マラカンダは蒼気の攻撃を受けて吹き飛ばされた。壁に激突する。マラカンダは頭をくらくらさせた。
再びマラカンダは瞳を開き、セリオンをにらみつける。
マラカンダは高熱のガスをはいた。
「無駄だ!」
セリオンは蒼気の刃で高熱のガスをかき斬った。
「これでとどめだ!」
セリオンは高くジャンプしてマラカンダの頭を越えると、マラカンダの頭に神剣サンダルフォンを突き刺した。マラカンダは絶叫を上げた。マラカンダは黒紫の霧となって消失した。
「ふう、倒したな」
セリオンは周囲を確認した。プリーユが最後の妖精を助け出していた。
「プリーユ、大丈夫か?」
「はい、セリオン様! この子で最後です!」
「闇黒教祭司サフォルクがいない…… さては逃亡したか?」
サフォルクの姿はポツリと消えていた。
「まあ、いい。それよりも、もうこの服装でいる意味もなくなったな」
セリオンは緑のジャケットと黒いズボンを脱いだ。
「プリーユ、俺は退路を確保してくる。おまえはほかの妖精たちと一緒にここにいてくれ」
「はい、分かりました!」
セリオンは階段を上に登った。建物の内部はひっそりとしていて誰もいなかった。
「誰もいないな?」
セリオンは不審に思った。セリオンは誰一人とも出会わず、建物の表へ出た。
すると外から一斉に槍がセリオンに突きつけられた。
「なんだ、外にいたのか」
セリオンは手にした大剣を強く握りしめた。
「待っていましたよ、侵入者よ!」
「! サフォルクか」
「邪竜マラカンダは倒されましたが、この数の兵士はどうです? さあ、その血を大地に捧げなさい!」
セリオンは不敵な笑みを浮かべた。
「俺も甘く見られたものだな。いいだろう。死にたい奴からかかってこい!」
セリオンは大剣を構えた。兵士たちは動揺した。誰一人セリオンに攻撃しようとしない。
「何をしているのです!? 敵はたった一人なのですよ!? さあ、行きなさい!」
サフォルクが叫んだ。しかし、サフォルクの叫びはむなしかった。
誰もセリオンに攻撃しない。彼らは互いに顔を見つめ合った。そして、あいうちするとおそるおそる逃亡した。
「なっ!? なぜ逃げるのです!? 待ちなさい! この愚か者どもめ!」
「愚か者はおまえだ!」
セリオンはサフォルクに一太刀で斬りつけた。
「がはあ!?」
サフォルクは倒れた。サフォルクは死んだ。