第2話『鈴音は真夜中に鳴り響く』
『魔法少女になった者は、悪と戦う必要があります。因みに魔法少女となった私達の敵は、健全な人間に悪感情や好奇心を植え付け暴走させる実体の無い存在、『真実』。これに支配され同化が始まると、まず最初にストレスを解消出来なくなる。その次に幸福な出来事を幸福と感じられなくなり、深刻化すると罪悪感が欠落してサイコパスになる。やがて『真実』の支配が末期段階に入ると、周囲の人間に向けて『真実』は時間をかけて人間の精神に蓄えた狂気を放出して他人に悪感情を感染させる…… これが私達魔法少女が戦う相手の手口よ』
「人間を、支配……」
まるでテレビのヒーロー番組のストーリーだった。
地球を支配する悪を倒す。
王道一直線だけど、それがかえってシンプルな恐怖を感じる。
私が話を理解出来たから、私はこうして恐怖を感じられる。
私が昨日、あの人からもっと色んな事をされてたら、今とは違う反応をしてたのかな……?
……ありえる。
『そして、楠木さんを誘拐した犯人を支配していた『真実』はグリム曰くレベルゼロ。人間に芽生えたばかりの雑魚中の雑魚よ』
そういえば四ノ咲先輩、あの時剣を持ってたけど……
実際は足で蹴ってたから、もっと強い人がいてもおかしくないよね……
『そして、最高レベルは餘。人々を脅かす存在そのものを目安にしてね』
「その…… 脅かすって、例えば……?」
四ノ咲先輩は強く、そしてハッキリと伝えた。
『人を殺す事に戸惑いや躊躇が無く、殺す事に快楽を感じる人間よ』
敵のあまりの残酷さに、一瞬で背筋が凍りつく。
私、これからそんなに恐ろしい人達と戦うんだ……
『大丈夫だってかなえ。そんな奴でさえ、警察に捕まっちゃう様なヤツらだもん。隠れてコソコソしてる悪人は私がやっつけちゃうから!』
希望が元気付けてくれる。何だか頼もしいなぁ……
『私達は今までレベル貳までしか会った事がないから、それ以上の『真実』がどんな奴なのかは想像出来ない。でも、レベル貳までなら楠木さんにアドバイスが出来るわ』
四ノ咲先輩達は、魔法少女になって一週間でレベル貳の相手を……
平和な場所なんて、やっぱり無いんだなぁ……
『心配しなくて大丈夫ですよ。私は家で剣術を学んでますから。 ……とは言っても、実際は模擬刀しか使用した事がありませんが……』
『四ノ咲さん、剣を使った事はまだ無いですからね〜。いざって時に不慣れな武器だと不利になっちゃいますよね〜』
じゃあ、もし四ノ咲先輩の前にレベル參以上の『真実』が現れたら……
私は、今は元気な希望の声と四ノ咲先輩の声を聞いて黙り込んでしまう……
『……さん? 楠木さん?』
「……あっ、はい! すみません、少し考え事をしてて……」
『私達が死んだらどうしよう、とか?』
私は、静かに返事する。
『その時はその時。いざとなったらグリムに全部任せている』
グリムに……
全部?
『もし希望と楠木さんに危害が加えられそうになったら、二人を頼むと……』
ちょっと待って下さい…… それって……‼︎
四ノ咲先輩一人で戦うって事……?
駄目…… そんな危険な事させません……‼︎
「わ…… 私も戦います!!」
突然の私の発言に、二人とも静かになる。
それでも、私は言葉を止めない。
「私は戦います。たとえ四ノ咲先輩一人で戦う事になっても、希望が動かなくなっても…… 私は希望を捨てずに戦います!!」
私は武器を存分に振るえないけど、少しでも誰かの助けになりたい……!!
その為の魔法少女だから……!!
『分かったわ。楠木さんの覚悟を感じたから、私は止めない。希望も構わないよね?』
『うん、かなえが決めた事だから止めはしないよ』
少なくとも、絆創膏とかなら……
私にも、出来る事があるはずだから…!
『でもさぁ、いくら魔法少女になれても知り合いとかには見られたくないですよね〜』
『そうね…… そうならない様に極力避けて外出する様にしてるけど、そんな事気にする余裕が無い時もあるから難しいわね……』
私がもしクラスメイトに見られたら、どうなるかな……?
ちょっと、恥ずかしいかも……
『あれ? ねぇ四ノ咲さん。そう言えば、アレって……』
『えぇ、そう言えばそろそろね。それじゃあ私は先に』
四ノ咲先輩の通話が切れて、希望と一対一になった。
四ノ咲先輩、何か稽古とかしてるのかなぁ……?
「ねぇ希望、四ノ咲先輩って剣道とかしてるの……?」
『いやいや、確かに剣術を学んでるって言ったけど、まだ三時間も先だよ。これから掃除をするんだよ』
「掃除……?」
『そう、掃除って言っても庭師だよ。四ノ咲さんの家は日本家屋だから、庭掃除に一時間。しかも両親は夜まで帰って来ないから四ノ咲さんが率先して掃除してるんだ』
「へぇ〜……」
四ノ咲先輩って、家が大きいんだ……
じゃあ、お嬢様って事だね。
『あっ、そういえばかなえ…… その、四ノ咲さんの事なんだけど……』
何だか深刻な雰囲気が漂う。
『あのね、四ノ咲さん…… 最近両親に対して疑問に思ってる事があって……』
何だろう……
何か悪い事かな……
『何かね、最近四ノ咲さんの家のお金が盗まれてるみたいなんだよね…… それに気付いて行動をしてるんだけど、中々足取りを掴めなくて……』
四ノ咲先輩の家に泥棒……?
立派な家ってよく、警備が付いてるはずなんだけど……
『それでね、カメラに不審者が映ってないんだって。これはもう犯人はアイツしかいないよね』
「アイツ……?」
家の中に最初からいる人、かな?
『まず、家の何処かに潜んでるからカメラに映らない。それか幽霊だ!!』
最後は、さすがに無さそうだな……
『そう思った私は昨日、四ノ咲さんの父親と話し合って宿泊の許可を貰ったんだ! かなえの分もあるけど、かなえは行く?』
「うん、私も行く。四ノ咲先輩の助けになれるなら……!!」
もし金銭泥棒にも『真実』があるなら、それを倒せば悪さをしないはず……!!
「ねぇグリム……」
「あぁかなえちゃん。何だい?」
いつの間にかピザを食べてる……
しかも手作りだ……
「私、これから希望と一緒に四ノ咲先輩の家に泊まりに行って来るね」
「はーい、行ってらっしゃーい。皆に危機が近付いたら伝えに行くからね〜」
「うん、ありがとう」
一人で最後の一枚を口に入れて頬張るグリムを後にして、私と希望は四ノ咲先輩の家へと向かった……
私は四ノ咲先輩を悩ます種を取り除く為、希望と一緒に四ノ咲先輩の家へ入り、お泊りをする為の準備を始めた…………
夕方、私と希望は四ノ咲先輩の家の一室を借りてくつろいだ。
部屋の窓からは八王子の綺麗な街中が広がっている。
「あぁ〜…… 明後日の用事さえなければゲーセンに行けるのに……」
「…と言いつつ、テレビゲームは持って来てるんだね」
希望のリュックから、黒くて立派なゲーム機とゲームソフトを何本も取り出して、テレビに接続し始めた。
「まぁ、少しは心を落ち着かせないとね。私は緊張を解いてリラックスしてないと全然駄目だから」
早速ゲームを起動して、一人で遊び始めた。私は横で希望が遊ぶゲームを覗く。
うわぁ…… なんだか強そうなドラゴンを相手に、一人で大きな武器で戦ってる……
ゲームって、こんな感じでなりたい自分になれるんだ……
「あぁ、私の事は無視してて良いよ。かなえが気になった事をしてて良いから」
「うん、わかった……」
ゆっくり立ち上がって部屋を出て長い廊下を歩いていくと、ふと窓の向こうにある小ぶりだが美しい桜が目に入った。
“キレイ……”
まだ少しも咲いてないけど、それでも見惚れてしまう。
やっぱり、桜はいつ見てもキレイだね……
「すごい……」
部屋の場所を覚えながら歩き、一通り歩いた所である場所に行き着いた。
ここは浴場。
家のお風呂なんだけど、私の家のお風呂よりも何倍も広そう……
さすが日本家屋だね……
「少し休んだら、ここに行こうっと」
そろそろ家の人と夕食の時間だから、部屋に戻ろうっと。でもその前に、四ノ咲先輩にお風呂について話しておこうっと。
「四ノ咲先輩、私達は何時頃にお風呂に入れますか?」
「あなた達のお風呂は今からでも入れるわ。私達は最後に入るから好きな時にどうぞ」
「ありがとうございます。じゃあ、私と希望で––––」
「いや、ここは私一人で」
希望が着替えが入ったカバンを持って前に出る。
「かなえ、悪いけど部屋の見張りしてくれる? 私はかなえがお風呂の時に見張るからさ」
希望は手を合わせてお願いする。
確かに、部屋を空けっぱなしなのは危ないよね……
「うん、任せて。残った荷物は預かっておくよ」
「ありがとかなえ! じゃあ先に入ってるね!」
そう言って希望は四ノ咲先輩の案内で浴場へ歩いて行った。
「それじゃあ私は… っと」
私の荷物と希望の荷物を一箇所に集めて、覚えやすくした。
これで何かあった時にすぐ違和感に気付くかも……!!
……これで、大丈夫だよね?
「少し休もうっと……」
壁にもたれかかる様に休む。
段々とこの大きな部屋に慣れて、ソワソワしてた気持ちが和らいで落ち着いてきた。
“そうだ、希望の分まで布団でも敷こうっと……”
そろそろ日が沈む事を読んで、押し入れから布団を取り出して敷いた。
枕が少し硬そうだけど、何だかホテルの枕みたいで旅行気分になってきた。
“よし、敷き終わりっと……”
その時、部屋のふすまを開ける音がした。
もうお風呂から上がって来たのかな? だったら私もお風呂に……
「やっほー、かなえちゃん。何だか怪しい感じがあるから来ちゃったよ〜」
ガクッ……!
……グリムかい!
グリムは私の隣に座って、レジ袋からホールケーキを取り出して話を始めた。
「ホールケーキを食べながら聞いて欲しいんだよ。実はさ、近くに『真実』が人間に宿ったのかもしれないんだ。しかもレベル參がね」
レベル參と聞いて、私の全身がブルッと震える。
レベル參…………
一体どんな人が……
「レベル參、どんなに危険か知りたい? あんまり戦う前に聞くのはオススメしないんだけどね……」
レベル參かぁ……
でも……
「教えてグリム。レベル參がどんなに危険か」
グリムは私の決心した目を見て、重たい口を開いた。
「いきなりレベル參の目安を伝えても想像しづらいから、まずはレベル貳から言うよ。レベル貳はね、殺意のこもった感情に支配され攻撃的になる人間が目安だよ。そしてレベル參に昇格すると禁忌の欲望に呑まれ精神が崩壊し、周囲の人間の思考に悪影響を及ぼす人間が現れるんだ」
グリムは「思考感染」と言う、レベル參以上の人間が持つ能力を説明した。
「よく刑事ドラマで共犯者が主犯と手を組んだりする展開があるでしょ? その共犯者は犯罪を犯すまでは良い人だったり、仕方なくやったり…… あれは共犯者がレベル參の人間と長く関わったが為に理性を完全に犯された先の末路さ」
ドラマは観ないからよく分からないけど、共犯者は犯人の口車に乗せられて善人から悪人に堕ちていくって事かな……?
だとしたら、騙された善人が咎められるのって何だか理不尽にも感じる……
でも、悪さをしたのは事実だし……
う〜ん…………
「魔法少女と言えども体は人間。レベル參の話を聞き入れたらかなえちゃん達でも悪に墜ちるから、ヤツの話は基本無視だよ」
「うん、教えてくれてありがとうグリム。少しでも望みが見えたよ」
相手が私達に話しかけたら、聞く耳を持たない事。
後で希望と四ノ咲先輩にも伝えないと……
「でも、向こうも賢い人だね。かなえちゃん達が宿泊に来た事で外を出歩く機会を失ったみたい。こうしている間も、『真実』は目的を達成させる為に作戦を練ってるよ」
じゃあ、『真実』は私達のいる四ノ咲先輩の家に潜んでるって事……?
こんなに広い家の何処かに……?
「大丈夫だよかなえちゃん。この家には希望ちゃんと鈴ちゃんがいるんだ。かなえちゃんが魔法少女になるまでに三人も『真実』を仕留めて来たんだから」
三人も……
じゃあ、大丈夫かな……?
「いや〜、お風呂がすごくデカくて立派だったよ! 興奮のあまり泳いじゃったよ!!」
希望がお風呂から帰って来た。いつの間にか部屋にいるグリムにビクッとしたけど、すぐに普段通りにタオルや脱いだ服を洗濯しにまた部屋を出た。
今度は私がお風呂に入る番だから、タオルと着替えを用意しておこうっと。
いざ浴場の扉を開くと、目の前には広々としたお風呂場があり、その風景はまるで銭湯の様な雰囲気を出していた。
うわぁ〜……!
すっごく大きい!
こんなに大きいなんてスゴ過ぎるよ!!
でも、流石にここを泳ごうとは思わないかな……
「はぁ〜…… 気持ち良い……」
足を伸ばしても余裕の広さがこのお風呂の大きさを物語っている。
私の身長は一五五センチ程しかないから、もしかしてこのお風呂はニメートルはあるのかもしれない……
「………………」
こうして一人で立派なお風呂に入るのって、何だかこう……
名家のお嬢様みたい……
お風呂から上がって服を着てる時、ふとアレをしたくなってきた。
“お風呂上がりの牛乳を飲んでみたい……”
すごく分かりやすい発想だけど、実は私、お風呂上がりの牛乳を飲んだ事がない。
こんな機会はこれから無いかもしれないから、今日でついに牛乳の新しくも伝統のある飲み方をしてみようと思う。
まず着替える。
「あ、四ノ咲先輩。私ちょっと牛乳を飲みたくて…… 牛乳ってありますか?」
「あぁ、牛乳はあるわよ。よかったら一緒に飲む?」
「はい、では一緒に飲みましょう!」
冷蔵庫から牛乳パックを取って、二人分を注ぐ。
『いただきます』
おぉ… 美味しい……!!
私が保育園の頃にお父さんと銭湯に行った時、お父さんがお風呂上がりに牛乳を美味しそうに飲んでたけど……
今日でやっと、その理由が少し分かった気がした。
これからは銭湯に行ったら、お風呂上がりに牛乳を飲んでいこうかな……
「さて、楠木さん。夕食の準備が出来たので一緒に食べましょう」
「あ、はい!」
それから私は四ノ咲先輩の家族、希望の合わせて五人で豪華な夕食を頂いた。
歯磨きを終えて布団でうとうと眠っている時、廊下から床が軋む音がかすかに聞こえた気がした。
“…………??”
起き上がって耳を澄ます。
“…………”
もう聞こえない……?
それとも、聞き間違い?
「かなえちゃん」
「うわっ……!!」
真横でグリムに話しかけられた。私は驚いてビクッとして避けるが、グリムはそうする事が分かっていたのか話し始めた。
「ヤツが動き始めた。鈴ちゃんはもう既に尾行してるから、かなえちゃんは希望ちゃんを起こして」
「うん、分かった」
希望は気持ち良さそうな寝顔をしている……
でも、緊急事態だから起こさないと……!
「希望、希望……!!」
希望は目をゴシゴシしながら、出番が来たかと上半身を起こす。
「もう来たの……?」
「うん。私達の出番だよ」
足音を立てない様に廊下に出て魔法少女に変身した私と希望は、まずは四ノ咲先輩と合流した。
(四ノ咲先輩、『真実』は……)
(こっちよ。物音を立てない様に行くわよ)
ジェスチャーで連絡をとり、相手の物音を聞き逃さない様に忍び足で進む。
数十メートル程歩いていると、かすかに私達以外の物音が聞こえてきた。
(聞かれたら一巻の終わり。相手との距離を空けながら行くわよ)
(はい)
(はい!)
音が聞こえる方向に気をつけながら尾行を続けていくと、『真実』はとある部屋に入って行った。
四ノ咲先輩の母の部屋らしい。
相手も用心してるのか、ほとんど音を立てずにある物を盗もうとしている気がする。
(お金がありそうだよね〜、ここって)
(だとすると、相手は金銭泥棒って事になるわね……)
四ノ咲先輩は前に出て、武器である剣をかざす。
グリム曰く『真実』自体に実体は無いから、武器や優しさで倒しても良いらしい。
ただ、『真実』に取り憑かれた人間が犯罪を犯すキッカケを与えるだけの存在なので、『真実』を消したからと言って取り憑かれた人間の犯罪心理が無になる事は無いらしい。
四ノ咲先輩は剣を『真実』に突き刺し、そのまま深く刺し込んだ。
すると『真実』は刺された事に気付き悶え苦しんだが、しばらくすると煙の様に消えてなくなった。
(これで終わりですね。さぁ、こっそり戻って寝るとしましょう)
(随分とあっけないレベル參でしたね)
(…………)
四ノ咲先輩が『真実』に対して弔いの言葉をかけている。
いくら悪い人でも、悪い事をした理由があるからね。
きっと、罪を償う為に説得も兼ねているのかも……
(四ノ咲先輩…… やっぱりスゴイ……)
四ノ咲先輩を後に、私達は寝室へ戻ろうとした。
『タタッ…… ドッ』
突然、背後で物音がした。
希望にもハッキリと聞こえたらしく、二人でゆっくりと後ろを振り向いてみる。
「えっ……!?」
希望が目を見開いて口を押さえる。
私は、目の前の出来事に固まった。
四ノ咲先輩が、血塗れた姿で倒れていた。
しかも、四ノ咲先輩にまたがった誰かが大きな包丁で、何度も何度も体を刺しては別の箇所を刺す。
頭。
顔。
喉。
腕。
胸。
腹部。
上半身をくまなく、と言うか無我夢中で四ノ咲先輩を『真実』とは違う何かが耳をつん裂く唸り声を上げながら殺している。
四ノ咲先輩の上半身の原型はもう、留めていなかった。
……ふと足に冷たい感覚が。
恐る恐る足元を見ると、血だった。
同時に、四ノ咲先輩の左手が私達に向かって伸びている。
……私にはあの手が「逃げて」と伝えている気がした。
(のっ…… 希望!! 逃げるよ!!)
(待って…!! こんなのって、こんなのって……!!)
私は無理矢理にでも希望の手を引っ張り、走って逃げる。
あの時、隠れていた犯人の協力者がいたのかもしれない。
主犯を倒した事で油断した四ノ咲先輩は、きっと……
寝室に入ると、グリムはいなくなっていた。
それを確認してすぐに布団に潜り込み、恐怖に震えながらただひたすら朝を待った。
次の日の朝、希望と一緒に四ノ咲先輩の部屋に行ってみたけど、四ノ咲先輩はやっぱりいなかった。
そして、昨日のあの場所に行ってみると、四ノ咲先輩の血塗れの遺体と朝になって見つかった四ノ咲先輩の母親の遺体が放置されていて、四ノ咲先輩の父親が血で濡れた床の上で泣き崩れている。
という事は、昨日の夜に殺された四ノ咲先輩は本物の……
「う、うぅっ……」
一生忘れる事のない出来事を思い出して涙を流していると、希望が涙を流しながら私を抱き寄せてくれた。
「…………」
私も希望も、ただ泣く事しか出来ない。
警察によって犯人は捕まったけど、私達の間にはあまりにも深い傷跡が出来てしまった。
一泊が終わり、自分の家に帰る途中も私達の目から涙が止まらなかった。
まだ捜査が中途半端だから葬式を出せない現実に、私の心の中に渦巻く感情にとどめを刺し、涙が止まらなくなる。
四ノ咲先輩の死は、私達にはあまりにも重く、心をえぐる現実だった。
「ただいま…………」
家に帰って部屋に戻っても、当然気持ちは晴れない。
勉強、入浴、夕食、就寝。
どれか一つをする度に昨日の夜が重なり、涙が込み上げてくる。
夜中の十一時になっても、全く眠くならない。
……今思い出せば、あの夜からずっと食欲も笑顔も湧いてこない。
私の心が限界に近付いていくのを、何となく感じている……
「かなえちゃん」
……グリムの声?
声がした方へ首を向けると、グリムが何かを抱えて立っている。
暗くてよく見えない……
「かなえちゃん、こんな時に呼び出してすまないね… かなえちゃんと希望ちゃんにしか出来ない事があるんだけど、聞くかい?」
私と希望にしか出来ない事……
と言ったら……
「明日の夜、鈴ちゃんの父親が業者に無理言って小規模の葬式を行う事になったんだ。招待状にかなえちゃんと希望ちゃんの名前があったけど、行くかい?」
お葬式……
「行きたい」
「分かった。じゃあコレを」
グリムから何かを手渡された。
アクセサリー……?
「これは……?」
「鈴ちゃんの遺品だよ。あの時にこっそりと回収したんだ。これを棺桶に入れて弔おうと思ってね」
魔法少女として命を落とした四ノ咲先輩のアクセサリーは、微かに血の匂いがしたが綺麗に洗われていて、血で汚れたとは一目では分からなかった。
「希望ちゃんには鈴ちゃんの剣をあげたよ。これからのアタッカーは夢見 希望ちゃんが務めるからね」
そっか……
今日から私達、戦力がゼロになったんだ……
希望はゲームでしか戦えないけど、大丈夫かな……?
「大丈夫だよ。鈴ちゃんの剣術を見た事があるから、少しは戦えるよ。少なくとも素人相手には負けないね」
グリムはスクッと立ち上がり、部屋のドアに手をかける。
「それじゃあかなえちゃん。葬式は明日の昼二時。場所は四ノ咲家だから、出来る限り心のケアを済ませておいてね」
そう言い残し、グリムは手を振って自分の部屋へ戻った。
「…………」
明日行われる四ノ咲先輩の家での葬式。
それに備えて、私は四ノ咲先輩との間にある数える程しかない思い出を探し始めたのだった。