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三話 食われた。生まれた。授乳される!

 回想終了。

 と、同時に思い出した。

 喰われたのだ。『ままぁ』と名乗ったこの少女に。


 ちゅううううぅぅぅうう。ごっくん。


 そして、何かを飲みこんだ。


 のど越しスッキリ。カルピスを薄めたようなわずかな甘みが厳太郎の舌に感じられた。


「うふふ。たくさん飲んだね。お腹減っていたのかな?」


 ままぁは満足そうに、二の腕まで下ろした肩ひもを戻した。あらわになっていた胸が隠れて、厳太郎はなんだかほっとした。

 ままぁはもう一度赤ん坊に変貌した厳太郎を、自らの胸にしっかりと抱いた。


 眼前に迫りくる穏やかな表情は、厳太郎の記憶に残る『ままぁ』とは違っていた。劣情に身を焦がされたような雰囲気は、いくら思春期の厳太郎とは言え恐怖しかなかった。


 襲われ、喰われた。


 いくらやさしく、柔らかな笑顔を向けられようとその恐怖は拭えるものではない。


「う、ばぁうぁ! うぎゃあああぁん!」


 厳太郎は力の限り暴れた。


「わわっ! きゃ」


 ままぁは先ほど、厳太郎を地面に落としてしまったのだ。二度とその失態をしないようにと、厳太郎をしっかりと抱きとめる。


「うぶぶぶぶぶぶぶ」


「ううう。どうしようどうしよう」


 厳太郎の必死の抵抗に、ままぁはしゃがみ込んだ。このままだと、また落としてしまうと思ったのだろう。厳太郎はチャンスとばかりに、ままぁの胸の中で力の限り暴れた。


「きゃっ!」


 ままぁは短く悲鳴を漏らすと、強く抱いていた手を厳太郎から離した。


「もう……本当に元気なんだから……」


 じたばたと地面でもがいている厳太郎を見つつ、ままぁは微笑んだ。

 厳太郎はそんなままぁに背を向け、地面を這いずり距離を取る。


「うばぁあぁぁ!」


 とにかく離れる!


「うふふ。つーかまえた」


 そんな思いは直ぐに打ち砕かれた。追ってきたままぁは、地面をミミズのように這いまわる厳太郎をひょい、と持ち上げた。


「ん、しょっと。授乳したからちょっと重くなったかな? 地球人との子だったから上手くいくか心配だったけど……ちゃんとさっきよりは成長しているみたい。良かった」


 ままぁは安心したように目を細める。

 地球人との子? さっきよりは成長?


「また明日も授乳してあげるからね。おっきくなろうね」


「びゃああぁぁ!」


 赤ん坊じゃない! と、厳太郎は叫ぼうとしたが、声になるのは赤ん坊の泣き声。

 その後、しばらく厳太郎はままぁの胸の中で、ゆらゆらと揺らされていた。

 その感触が心地よく、厳太郎は沸き起こる感情に戸惑いを覚えたのだった。








 一日が経った。さて、と厳太郎は考える。


 パニックに陥っていた頭は、時間が経つにつれ少しずつ冷えていった。


 厳太郎が寝かされているベビーベッドは、木の枠とマットレスが設置されたオーソドックスなものだ。ままぁは厳太郎を寝かしつけると、部屋から出ていってしまった。時折、何か電子音が聞こえてくることから何かの作業をしているのだろう。


 寝かされているベッドはまだなじみのあるものだったが、今いる部屋が異常だった。

 無機質な白い壁は天井にいくにつれ、丸みを帯びドーム状になっている。天井付近は、大きな透明な窓になっており、そこから見える景色は真っ暗だった。時折、小さな白い点が見えた――と思うと、厳太郎の目の前に想像しなかったものが映ったのだ。


 地球だ。


 教科書や、テレビで見たままの地球の姿が真っ暗な空間に浮いていた。


 まさか、とは思うが、目の前の光景を見る限り――ここは宇宙空間だ。そして、ここは宇宙船の中だ。バカげた考えだ、とは思うが、そう考えたくもなる。地球では朝なのか、夜なのか。時間の感覚も失われている。気温は暑くもなく、寒くもない。むしろ快適だ。


 厳太郎は一つの仮説を立てた。


 これはいわゆる『キャトルミューティレーション』というやつではないのか?

 地球外生命体が、調査のために地球人をさらうというアレだ。解剖をしたり、血液を抜いたりする人体実験。果ては人体に妙なチップを埋め込まれる。

 ひょっとすると、そのまま人格さえ乗っ取られ、宇宙人の実験に付き合わされる羽目になるのかもしれない。


 厳太郎の冷えた頭が、一瞬で蒸発しそうになる。


「さぁ! おっぱいの時間でちゅよー。すぐにままぁがいきまちゅからねー」


「うびゃああぁぁぁああん!」


 ままぁの声が部屋の外から聞こえてきた。


 相変わらず声に出るのは赤ん坊の泣き声だ。逃げ出そうとじたばたともがく。


 ピッ、と電子音が鳴り、真っ白な壁にドアの枠が浮かぶ。空気が抜ける音が聞こえ、枠の内側にドアが出現し横にスライドした。そこにいるのは満面の笑みのままぁだった。


「ふぎゃああぁぁん!」


 解剖されるうううぅぅ! と叫んだつもりだったが、出るのは悲痛な叫び声のみ。


 驚いた様子のままぁが小走りにベッドに駆け寄ってきた。


「あらあら……そんなにお腹空いてたのね。ちょっと待っててね」


 ままぁはにっこりとほほ笑むと、肩ひもをずらした。


 宇宙人め! 何を飲ます気だ! 俺は二度と飲まない!


 と、厳太郎は心の中で叫び、再び暴れる。もう、暴れることしかできない。

 ままぁもそんな厳太郎に慣れてしまったのか。荒ぶれる厳太郎の手足をひょい、とかわす。厳太郎の脇に手を入れ抱きあげた。


「……ひょっとしたら……」


 ままぁの目線が厳太郎の股間に向けられる。


「おむつ、かな?」


「ひうぅぅ……!」


「ちっちしちゃったのかな?」


 ままぁは涙目になってしまった厳太郎に気が付かず、部屋の隅にある寝台に厳太郎を寝かせた。くたん、と力が抜けてしまった厳太郎の股間をまさぐる。


「む……ちょっと硬い……外れない」


 もうどうにでもしてくれ、と諦めモードになっていた厳太郎の頭にある考えが浮かんだ。

 とにかくこの部屋から逃げ出そう。


 この部屋は実験体を監禁する部屋なのではないか? よく周りを見渡してみると、こちら側から出るためのボタンなどは見当たらない。あくまで仮説だ。どうにも、この『ままぁ』という宇宙人? は現状、厳太郎に危害を加える気はないと思う。これは願望だ。


 逃げ出した瞬間、凶暴な宇宙人の本性を現し襲ってくるかもしれない。しかも、この部屋を逃げ出したところで宇宙空間にいる間はなんの解決にもならない。ただの時間稼ぎだ。


 しかし、少女におむつを替えてもらうなどという屈辱は厳太郎には耐えられなかった。


「うびゃう!」


 ベビーベッドに枠が無かったのも幸運だった。ころり、と寝返りを打って床に落ちる。


「ぎゃぼ!」


 頭から床に叩きつけられてしまったが、先ほどと同じくそこまで痛みはない。思った通りだ。反対にままぁは、きゃあきゃあ言いながらあたふたと厳太郎に向け手を差し伸べる。


 厳太郎が走る!


 足腰がおぼつかないため、立つことはできなかったが、床に手を付け足で蹴り前に進む。


「だぶだぶだぶだぶだぶだぶだぶあぁああぁぁ!」


 向かうは部屋の外!


 移動速度はかなり遅いが、突然のことでままぁはあわあわしながら厳太郎に迫ってくる。ここが正念場だ!

 ままぁの手を逃れ、部屋のドアのところまでたどり着いた。上を見ると、比較的低い位置に小さなスイッチが見えた。厳太郎は反射的に壁に手をあて、つかまり立ちをした。


「あああぁ! つかまり立ち! えらいでちゅねー!」


 先ほどまで慌てていたままぁは、厳太郎のつかまり立ちを見るとぴょこん、と跳ねて喜びの表情を作る。その隙を見逃さず、厳太郎はスイッチを押す。


 ぷしゅう、と空気の漏れる音が聞こえてくると、白いドアが厳太郎の目の前にスライドしてくる。出入り口にぴったりと収まると、そこはただの壁になった。


「だぶぅ……」


 厳太郎はそれを見ると、壁を背にぽてん、と腰を下ろした。どっと疲れた。しばらく、ドアのあった壁を見つめていたが、開く様子は無いようだ。どうやら、思った通りあちら側からはドアを開けることはできなさそうだ。


 ままぁが向こうで何やら叫んでいる。気密性が高いらしく、よく聞き取れないが怒声では無いようだ。どちらかというと、悲痛な叫び声のようにも思える。


 厳太郎はままぁの悲痛な叫び声を振り切り、隣の部屋に這っていく。

 その部屋は先日、目が覚めた時にいた部屋だ。あの時は、パニックに陥り周りを見渡す余裕などは無かったが、注意深く見てみると、まさに『宇宙船』のようだった。


 目の前の巨大なモニターの中心に地球を捉え、何かのデータを収集しているようだった。モニターの端の方には赤いランプが明滅しており、なにやら不穏な雰囲気を感じさせる。

 てふてふとモニターの近くまで進んで行き眺めていると、ままぁの悲痛な叫び声が大きくなっていく。厳太郎の心に、少しばかりの罪悪感が芽生える。


 キャトルミューテーションされたというのは厳太郎の仮説だ。ままぁの叫びはただ、純粋に厳太郎を心配する声に聞こえる。


 が、その思いは直ぐに掻き消えた。


 厳太郎はあの『ままぁ』という宇宙人に喰われたのだ。それは確かな事実だ。その時のことを思い出すと、ぞぞっと体中に悪寒が走る。一時の気の迷いで惑わされてはいけない。

 厳太郎は、絶対開けてなるものかと決意を固め腹に力を入れたのだった。



お読みいただき、ありがとうございます。

四話、五話は明日投稿予定です。

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