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二十二話 尽きない怨嗟

 繁華街の製鉄工場。


 厳太郎はいつもの繁華街最寄りの駅の一つ手前で降りる。


 この駅には、製鉄工場以外の目立った建物は無いため人もまばらだった。製鉄工場が稼働していた時は、働く人間でもう少しにぎわっていたのだろう。厳太郎は今ではひと気の無い駅の改札を走り抜けると、全力で駆けていった。


 最近はツアーなどで、夜景をバックにライトで装飾された美しい製鉄所を見ることができるが、今厳太郎の目の前にある工場は少しくたびれた感じのする雰囲気だった。昼間ならこんなものだろう。

 何本もの煙突が空に向かって伸び、血管のように這いまわる鉄管は武骨で重厚感を醸し出している。なるほど。男子ならば胸に高鳴るものがこみあげてくるが、今の厳太郎の頭にあるのはままぁのことだけだった。


 律子はこの場所で何をしている?


 ふと、厳太郎は『立ち入り禁止』と書かれた看板が目に入る。この警告を無視し、工場に足を踏み入れることは、風紀を乱すことなのだろう。


 小倉のこともそうだった。風紀を乱すものは悪なのだと。そう決めてかかっていた。決められたルールを破る。それは確かに良いことではない。しかし、その裏にはなにか理由があるのかもしれない。もっと、相手に理解を示そう。これは工場へ入る自分を正当化するための言い訳に過ぎない。


 それでも厳太郎は、ままぁを助け出すために工場へと足を踏み入れた。


 内部はさらに厳太郎の想像を超えるものだった。


 厳太郎の頭の上を走る鉄管は、幾重にも重なりあい生物の体の中を連想させる。小さな窓も閉め切られていたため、湿気と埃が立ち込め数分も経たないうちに厳太郎の体は汗でぐっしょりになっていた。内部は薄暗く閑散としていたが、遠くの方から機械の駆動音が聞こえてくる。やはり誰かがいるのだろうか。厳太郎は音に向かい走っていった。


「ままぁ! ……母さん!」


 進行方向に向かって名を呼ぶ。声が反響し直ぐに消えた。本当にここにいるのだろうか。わずかな不安を感じながらも厳太郎は歩を進めていく。


 機械の駆動音が徐々に大きくなっていく。その音に向かい走っていき、角を曲がった時、あまりの明るさに厳太郎は目を細めた。


 大きな部屋の中心には鉄を溶かすための溶鉱炉があり、火の柱が立ち上っていた。この場所は特に気温が高いようだ。赤くぐつぐつと煮えたぎる溶けた鉄の塊がはじけ、周りに火の粉を飛ばす。そのたびに熱気が厳太郎を襲ってきた。


「厳太郎。あなた。こんなところにまで」


 煮えたぎる鉄の音で、一瞬何が聞こえてきたのか分からなかった。


「凛華がこの場所を言ったのね。まだまだあの子も甘いわ。もう少し教育しないと」


 厳太郎は強張る体を無理やり動かして背後に目を向ける。


「残念ね。この場所ならだれにも気が付かれずに一人で終わらせることができると思ってたのに……仕方ないわ」


「か、母さん」


 律子は昨日と同じ真っ黒なパンツスーツを身にまとい流れる汗も気に留めず、蛇のような目で厳太郎を見つめていた。その瞳に内包する光は怪しく輝き、母親としての温かみは一切感じられなかった。


 怖気づいてしまいそうな自分を奮い立たせ、厳太郎は腹に力を入れた。


「母さん! ままぁは……! ひょっとして、もう――」


 言い終わる前に、律子の手が厳太郎の体に伸びてくる。親指を掴まれ捻り上げられる。


「ぐ、あっ……!」


 あまりの激痛に膝を地に突くと、そのまま首筋を掴まれ地面に倒されてしまう。


「あの子のことがまだ心配? まあ、いいわ。あの子はまだ殺してはいない」


 律子は淡々とそう述べると、顎を上空に向けた。

 その上。階段で行ける踊り場のところにままぁがいた。


「ままぁ!」


「……げ、厳ちゃん?」


 ままぁは閉じていた目を開けると、叫ぶ厳太郎の方を見た。その目は徐々に見開かれていき、涙が溜まっていく。


「厳ちゃぁぁぁぁん!」


 叫びと共に、体を動かしたままぁが飛び立つのを失敗したひな鳥のように、地面に倒れ込んだ。ままぁの腕と足には『ボゥ星人用拘束具』がしっかりと嵌められていた。

 ままぁは死にかけの虫のように、厳太郎に向け這いずってくる。


 ――さようなら。


 確かにままぁは厳太郎に別れを告げた。それでも、厳太郎の姿をひと目見たままぁは、愛する子を求める。無様な姿を晒しても、誰に恨みを向けられようとも、ままぁは厳太郎を求めていた。


「その汚らしい口で、私の子の名を出すな!」


 律子が吼える。それに呼応したかのように、溶鉱炉が火の粉を散らした。


「厳ちゃああぁぁん!」


 ままぁも吼えた。


 律子の奥歯が音を鳴らす。律子は、スーツのポケットから手のひらほどの錠を取り出した。両端に穴の開いた錠を厳太郎の親指に通すと、かちゃり、とはめる。


「か、母さん! やめてくれ。ままぁは他のボゥ星人とは違う。今まで見てただろ? ままぁを俺を愛してくれている。父さんと同じようにはならない」


「何を言っているの? 厳太郎。あれこそがボゥ星人の本性なのに」


 膝を地につけたままの厳太郎に律子が歩み寄る。厳太郎のシャツに手をかけると、おもむろに引き裂いた。厳太郎は何が何だか分からず、鍛えられた肉体を晒した。


「げんちゃああぁぁあぁん。あぁ……あ……」


 ままぁの厳太郎を見る表情が明らかに変わった。半開きの口からは赤い舌が見え、唇を舐め回している。明らかに呼吸が浅く早くなっていき、その瞳は情欲に染まっていった。


「あの姿を見ても、他のボゥ星人と違うと言える?」


 厳太郎の視界が歪む。あの姿は厳太郎が恐れているままぁの姿だ。自らの欲望をさらけ出し、発散するために男を求める姿だ。


「あの子がどれほど厳太郎を愛していようと、種族の本性には抗えるものではないわ。ボゥ星人は地球にとって……いえ、この宇宙に生きるすべての者にとって害悪な存在よ」


「そ、それでも……ままぁは」


 厳太郎はうなだれる。


 信じたい。ままぁを。これまでに、何度もあの状態になったことはあった。それでも、二度とままぁは厳太郎を喰うことはしなかった。


「あ、あ、あ、あ、あ。げぇんちゃん……あ」


 でも、頭では理解できていても、心が怯え、震える。


「げんちゃあぁぁん」


「……ままぁ」


「うぁぁあぁ……げんちゃぁん」


「親が――」


「げ、げんちゃ」


「息子に欲情するんじゃなぁぁっぁぁぁぁいいっ!」


 絶叫がこだました。

 意外な言葉に、律子も目を白黒とさせている。


「ボゥ星人の本性など知るか! ままぁは俺のことを『自分の子供』だと言った。この地球で暮らしたいのならば、息子に欲望をぶつけるんじゃない! 気持ちが悪い!」


 律子はため息を漏らし、頭を抱える。


「何を言ってるの厳太郎。ボゥ星人にそんな理屈は通らない。そうじゃなくてボゥ星人はそういう種族なのよ。いくら訴えてもそんな――」


「げ、厳ちゃん……」


 ままぁの瞳に生気が宿る。欲望ではなく慈愛。口を強く引き結ぶと、ままぁは一心に厳太郎を見つめる。


「げ、厳ちゃん……ままぁは」


「とんだ茶番ね」


 律子はままぁに歩んでいく厳太郎の足を紐で結んだ。両足が密着し芋虫のようにその場に倒れてしまう。


「くっ!」


「厳ちゃん!」


 律子は厳太郎が床に倒れ込むのも気に留めず、溶鉱炉への階段を上がっていく。鉄の階段を踏みしめる乾いた音が、溶けた鉄の音と交じり合い厳太郎の耳に聞こえてきた。

 律子は踊り場まで来ると、ままぁの首を掴んだ。怒りのためか律子の爪がままぁの肌に食い込んでいる。溶鉱炉からは溶けた鉄が火の粉となって、辺りに飛び散っていた。


「溶鉱炉に落とせば死ぬのかしらね。試したことがないから分からないけど。確実に殺すには少し心配」

 厳太郎は這いずりながらもままぁの目を凝視した。


「ねぇ。厳太郎。ボゥ星人を確実に殺す方法。ようやく思いついたわ」


 ままぁの目には、恐れの感情は無かった。代わりに困惑と動揺。生身で大気圏を突入したのだ。溶けた鉄で焼かれても死ぬことは無いと思っているのだろう。しかし、律子のこの自信は何だ。ままぁはそれを気にしているのかもしれない。


「ナイフで心臓を貫く? 毒物を無理やり飲ませる? いや、そんなことじゃ死なない。じゃあ、どうする? 溶けた鉄が煮えたぎった溶鉱炉に落としてみるのはどうかしら? でも、それで殺すことができなかったら?」


 律子はブツブツとままぁを殺す方法をつぶやいていた。


 何が律子をこんな風にしたのだろう。家族が喰われたから? もちろんそれもある。しかし、この十七年間、ずっとボゥ星人に恨みを持って生きていた律子だ。この瞬間。ままぁを葬り去ることができる。その目的を達成することが目の前に迫っている。それが律子の母親としての感情をそぎ落とし、狂わせている。


「でもね、そんなめんどくさい方法を使わなくたって、ボゥ星人を殺す方法はあったのよ」


 律子がくくっ、と笑う。その表情に、とてつもない熱気が漂うこの場所でも、厳太郎の全身が寒気に震えた。


「自分で自分を殺すことよ」


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