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二十二話 ままぁを求めて

「製鉄工場に?」


「ええ……そこに律子さんとままぁ、が……うええぇぇ」


 凛華は口を手で覆うと、苦しそうにえずいた。これまで一滴も飲んだことのない酒を一缶一気に飲んだのだ。凛華は顔を真っ赤にして気分が悪そうにベッドに転がっていた。


「水です。大丈夫ですか?」


 厳太郎は部屋の中に設置されていたウォーターサーバーの水を凛華に手渡した。厳太郎に支えられながら、水を一気に飲むと凛華は、再びベッドに倒れ込んで頭を抱える。


「うう……頭痛い」


「そりゃそうですよ……もう、こんなことしないでくださいね」


「ふふふ。今度は了解取ってちゃーんと襲おうかな? 焦ってる厳太郎可愛かったなぁ」


 酒など飲むな。と言ったつもりだったが、凛華は何か勘違いをしている。


「了解ってなんですか……凛華先輩まだ酔ってるんですか?」


 凛華はにへー、と笑いながら体を起こした。まだ頭が痛む様子ではあったが、冗談を言えるのなら大丈夫だろう。


「それで……その製鉄所って、ひょっとして繁華街の近くにある最近倒産した企業の?」


「うん。異星人対策の製品を作るみたいで、『地球外生命体対策課』が買い取ったみたい。そこに律子さんがままぁを連れて身を隠しているの」


 ボゥ星人用拘束具。おそらくはそういった物を造るための施設として買い取ったのだろう。しかし、そんなところで何を?


 それにしても。


「詳しいですね。『地球外生命体対策課』はまだ一般人には知られていない組織と聞きました。ままぁの居場所もそうですが、よくそこまでの情報を……」


 凛華は厳太郎から受け取った水を飲み干すと、ベッドサイドテーブルにコップをおいた。


「まだ厳太郎が赤ちゃんだったとき。私が話したいことがあるって言ったの覚えてる?」


「あ、そういえば」


 あの時は、凛華が突然授乳してきたりとそれどころじゃなかった。すっかり忘れていた。


「私ね、律子さんに『地球外生命体対策課』で一緒に働かないかって誘われたの。だからいろいろ勉強して警察学校に入ってキャリアを積んで……みんなの役に立ちたいと思う」


「そうだったんですね。一般人には知られてはいけない組織だと思っていたので……」


「本当はね。こういう組織があるって言うのは世間にも公表したいみたい。みんなが思っているよりも地球には多くの異星人が来てるのよ。まだ表だった事件は起きていないけど……起こるのは時間の問題だから。それで私みたいな若い力もほしいそうなの」


 凛華の顔は、まだ酔いが醒めきっておらず赤く火照ってはいたが、その瞳はまっすぐ遠くを見ていた。


「ねぇ、厳太郎。本当の律子さんは正義感にあふれて、仕事に情熱を持ったすばらしい人。今はただ、復讐のことばかり頭にあって道を踏み外そうとしているの。だから、律子さんに会って厳太郎の気持ちを伝えてほしい」


「はい……!」


 仕事を実直にこなし人々の役に立っている律子は厳太郎の尊敬する人物だ。律子もままぁも厳太郎にとっては大切な存在だ。二人がいたからこそ、厳太郎は誰かを頼りたい、甘えたいと思えるようになった。どちらの方が大切かなんて考えられない。


 厳太郎は決意を胸に秘め足に力を入れた。もう迷わない。思いは一つだ。


「厳太郎……行くの? 私も一緒に――」


 凛華はやわらかいベッドの上で立ち上がろうとするが、足に力が入らないようだ。体を起こすと、頭からベッドに倒れ込んでしまった。


「あぁー。ダメだ。まだ足に力が入らないよ」


 凛華はもどかしそうに目を閉じた。


「凛華先輩はしばらく休んでいてください。ままぁのところには俺一人で向かいます」


「私本当に駄目だなぁ。大事な時に厳太郎の役に立てない」


 厳太郎はベッドに倒れ込んでいる凛華の手をしっかりと握った。元々、熱く火照っていた凛華の体だったが、さらにその熱は上昇していった。


「凛華先輩は俺が小さいころ、一人で泣いていた時に手を差し伸べてくれました。甘えさせてくれました。常に傍らにいてくれました。大切な存在です」


 凛華の瞳には涙の薄い膜が張り、じっと厳太郎を見つめている。


「そ、それって……厳太郎」


「俺は凛華先輩を――」


「は、はひ!」


「本当の姉のように思っています」


「ふぇ?」


 凛華がぽかんと口を開け、瞬きをしながら厳太郎を見つめる。


「姉かぁ……姉かぁ……ううむ」


 なにやら凛華がぶつぶつと漏らしている。厳太郎はそのつぶやきをまったく気にもせず凛華に背中を向けた。


「では、俺は行きます。ままぁを救いに」


 立ち上がろうとすると、凛華はふいに厳太郎の袖を掴む。


「厳太郎、律子さんも救ってあげて」


 懇願するように凛華が言った。


「もちろんです」


 満足した様子で凛華が手を離した。


 厳太郎は部屋を飛び出していく。エレベーターに乗るのも煩わしいとばかりに、階段を飛び降り外へと飛び出していった。湿気のこもった空気が厳太郎にぶつかる。


 でも、厳太郎はひるまない!


 カーテンに仕切られた駐車場を抜け、右に曲がった時、


「うええぇえぇん……ひぐひぐ」


 響が壁に背をつけて体育座りでしくしくと泣きはらしていた。

 厳太郎は足を踏ん張り、勢いがついていた体を無理やり止める。


「ひ、響会長? ど、どうしたんですか? そんなさめざめと……」


 響は厳太郎の声に気がつくと、鼻水も涙も拭かずに顔を上げた。


「うう……変なおじさんに「お菓子あげるから僕のままになってよ」ってホテルに連れ込まれそうになったぁあぁ。でも、厳太郎を待たなきゃだし、ここでこうして踏ん張っていたらおじさんようやくあきらめてくれた……ううう。こわかったよぅ」


「う、すいません。まさかそんなことになっているとは……」


 響は乱暴に目をこすると、鼻水をずずずっと思い切り吸った。ウサギのような赤い眼と鼻で厳太郎を見ると、一つ咳払いをした。


「それで、凛華はいたのか?」


「はい! ままぁの居場所も分かりました。今からそこに行ってきます!」


「そうか……それなら良かった……って、君!」


 響が全身をプルプルさせて厳太郎に指差す。


「えっ? どうしたんです? なにか顔についています?」


 厳太郎は自分の顔に振れる。違うとばかりに響は自分の首筋をちょいちょいと指さした。


「なんかうっ血したように赤くなってるぞ……。君、それってまさか……凛華と……。私がおじさんにちょっとアレな性癖を向けられている間に……」


 そういえば、凛華に首筋を吸われてしまっていたのだった。


 つまりアレだ。キスマークと言われるものだ。ここはラブホテル。響が妙な勘違いをするのも無理はない。


 だが、ここで先程のあらましを事細かに説明している時間はなかった。この間にも律子がままぁに危害を加えているのかもしれないからだ。


 厳太郎は響の澄んだ眼を一心に見つめた。


「蚊、です!」


「な、なんだってー!」


 響が仰け反る。


「もの凄く大きな蚊がいたのです。それに血を吸われてしまいました!」


 響は心底びっくりしたように、口をぱくぱくさせていたが、ふと疑問顔を浮かべると、厳太郎を半眼で見つめてきた。


「えええ。君ぃ……それは言い訳としてはちょっと……」


 ああ、もう! こんなところで時間を食っている場合ではないのに。


「と、とにかく俺はままぁを救いに行ってきます。響会長は申し訳ありませんが、凛華先輩の方をお願いします」


「凛華がどうかしたのか?」


「ちょっといろいろあって、ぐったりしてて足腰が立たないんです。介抱をお願いします。二〇二号室です。よろしくお願いします!」


「お、おい! 君。事後の凛華を女の私に介抱させるなんて、そりゃあんまりだろう! 責任は取らないといかんぞ! おい。厳太郎!」


 厳太郎はわーわーわめき散らしている響に背を向け走っていく。製鉄工場はここからなら十分もかからない距離だ。


 夏の日差しなど気にならないくらいに厳太郎の体には力がみなぎっていた。

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