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二十話 求めて叫べ!

「ううむ……ううむ……うむうむ」


 太陽はてっぺんよりも少しだけ西に傾いている。校内には生徒たちはほとんど残っておらず、静けさが漂っていた。


 そんな中、響の唸り声だけが放送室を支配していた。


「さすがに信じられないですよね……ままぁが地球に害をなす宇宙人だったなど……」


 響は唸り声を上げたまま、不安そうな厳太郎の目の前に手のひらを差し出した。


「いや……君はこんな時に冗談などは言わないだろう。それに、私にもなんとなくままぁには妙な力を感じていたのだ」


「妙な力?」


「ああ、そう言うと語弊があるが、ままぁと接していると……その、なんか、妙な温かさがあってな。母のようなぬくもりというか……私には母がいないので本当にその感覚が正しいのかも分からないが」


 響はまた、ううむと唸り出す。


「ふぅむ。なるほどなぁ。君の変化もそういう事情があったのか……しかし、物騒な話だ」


 殺す。


 律子は確かにそう言った。


「君の母の言い分も確かに分かる。大切な人を喰われたんだからな。そして、君にまでも被害が及んでいる。二度と悲劇を繰り返さないためにも、殺してしまうという選択肢もあるとは思うのだが……」


 厳太郎は胃に重しを押し込まれたような不快感を覚える。律子の雰囲気からはそのほかの選択肢は無いように感じられる。


 どうしようもないのか。厳太郎は全身の力が抜けていく感触に襲われた。


「厳太郎はどうしたいんだ? この絶望的な状況で」


「……ままぁを、助け出したいです。あいつは最後に俺に言った。誰かにそばにいてほしかった。甘えたかったって。他のボゥ星人とは違う。根拠はないですけど違うんです」


 本当に子どものようだ。根拠もなく違う違う言っているだけじゃどうしようもない。


「そうか。それで仮に助け出せるとして、そのあとはどうするんだ? 学生の君ではその『地球外生命体対策課』とかいう警察組織からままぁを守れる力はないだろう? 何か考えはあるのか?」


「…………いえ」


「そうか」


 何も手はないのだ。今ままぁがどこにいるのかも分からない。ひょっとしたら、すでに遠くへと移送されているかもしれないのだ。何も手掛かりはない。

 悲壮感に暮れる厳太郎を見た響は、慌てて駆け寄っていく。


「あ、いや、すまない。責めているつもりはないんだ。そ、そうだ厳太郎。テレパシーとやらは使えないのか?」


「試みていますが、応答はありません。おそらく、俺の体が戻ってからはボゥ星人の遺伝子は消え去っていますから」


「そ、そうなのか。うぅむ。では、君の母親はどこに行ったのか、ヒントは無いのか?」


「ありません。メールをしても返信はありませんでした」


 その言葉に、響がのけぞる。うぐぐ、と唸り声を上げると――がっ、と厳太郎の頭を思い切りつかんだ。ぶんぶんぶんぶんと振り回す。


「き・み・は! なぜそんなに悲観的なんだ! もっとよく考えるんだ! どこに行ったのか考えろ! 本当にままぁを助け出したいのか?」


 構わず、響は厳太郎の頭を振り回し続ける。


「うええぇぇぇぇ…… でも、あの母親がそんな分かりやすいヒントなんて……」


「考えろ! 考えろ! もっと死ぬ気で考えるんだ! 何かあるだろう!」


 こうしている間にも、ままぁは危険に晒されているのかもしれない。殺す方法がないとは言っていたものの、猶予はどのくらいあるのかも分からない。


「……分かりません。まだ、近くにいるとは思いますが……母はままぁに触れるのも危険と言っていましたから移送にも時間がかかるはずです……それくらいしか」


 突然、響の動きがぴたりと止まった。まだ厳太郎の頭を掴んだままではあるが、視線を上へ下へと動かし、時折目をつむると「うーん」と唸る。


「あ、あの響会長……どうされたんですか?」


 まだ頭がぐるんぐるんと回っている中、厳太郎は思考を巡らせている響を見つめていた。


「厳太郎!」


 かぁっ! と響は目を見開くと、今度は厳太郎の頬を掴み捻りあげた。


「いたたっ! ど、どふぉしふぁんでふか?」


「ふざけている場合か! 一つ思いついたことがある!」


 かまわず、響は厳太郎の頬をぐにぐにとなで回す。


「ちょ、ちょっと! これじゃ話せませんよ」


 厳太郎は響の腕を掴んで、上に引っ張る。体のサイズが小さい響はむりやりバンザイをさせられたような姿になってしまう。それでも、響は自分の考えついた提案を言いたそうに目を輝かせている。

「ままぁはまだこの近くにいるんだな! それは確かだな!」


 響はそのままの体勢で、興奮気味に言った。


「……確証はありません。この町にいるだろうなとは思いますが……」


「それで十分だ!」


 響は厳太郎の手を振り払うと、風のように素早い動きで放送室の機材を操作し始めた。電源を入れ、マイクテストを始めだした。厳太郎が響をのぞき込む。


「何を……しているんです?」


 響は厳太郎の不安げな声にも耳を貸さずに、ふんふんと息を荒くして一心不乱に機材を操作していた。


「よっし!」


 響が妙に嬉しそうな声を上げる。放送室の機材全部からなにやら低い機械音が鳴り始めた。響が一つのマイクを手に持つ。


「この放送室の機材は災害時に避難を呼びかけられるようにと、広範囲に声が届くように調節してある。だから私も興味を持って、最近は放送室に入り浸っていたわけだが……」


 マイクを通し、響の声が何倍にも増幅され放送室の中に響きわたる。


「最大出力ならば、かなりの広範囲に声が届くのだぁぁぁぁ!」


 きぃぃぃぃん、とマイクを通した響の声が反響する。厳太郎が耳を押さえながら、ドヤ顔で胸を張っている響を見る。


「ど、どういうことです?」


「まだ、分からんのかっ!」


「響会長……み、耳が……」


 ままぁのテレパシーと同じくらいうるさい。


 響は手に持ったマイクを厳太郎に放り投げた。とっさに手を伸ばして受け取ると、ゴツンっ! と大きな音が鳴った。


「厳太郎。君からままぁに語りかけるんだ」


「え?」


 厳太郎は手に収まっているマイクと響を交互に見る。


「ままぁだけではない。君の母親にもしっかりとままぁを救い出す意志を見せてやるんだ」


 厳太郎は響の意図が分からず、放心していた。


「君の母親も、きっとままぁのそばにいるのだろう。電話も通じないと言うのなら、こちらからむりやり自分の意見を聞いてもらうまでだ」


「こ、この放送室から……町中にですか?」


「そうだ。今私たちができることはこのくらいしかない! こちらの意志を伝えれば、可能性は低いかもしれないが、向こうから何かアクションがあるかも分からん」


 響はそう断言する。


 たしかに、そうなのかもしれない。このまま、何もしないで手をこまねいているよりは、呼びかけるという可能性に賭けてもいいのかもしれない。でも。


 これは、厳太郎を心配する律子に対しての裏切りではないのか? そもそもこんなことをして、街の風紀が乱れてしまうのではないか? 自分がしていることは独りよがりのわがままではないのか? これまで律子に受けてきた教え。規律を守れ、ルールを守れ。それらをすべて否定することになるのではないのか?


「響会長。やっぱり俺――いたぁっ!」


 すぱあぁぁぁん! と気持ちの良い音が放送室に響き渡った。響が履いていたうわぐつで思い切り厳太郎の頭を叩いたのだ。


「ほんっっっっっとぉに、うじうじと考えるのが好きだなっ! 今、君が望むことはなんだ? ままぁを救いたいのだろう? だったら、やることは一つだろう!」


 響はビシッ、と外の様子が映し出されているモニターを指さした。


「わがままを貫け!」


 言えなかった。律子の邪魔にはなりたくなかった。物心ついたときから、わがままなど言った記憶がなかった。言ったら、二度と律子が帰ってこなくなる気さえしていた。


「君はまだ子供だ! 私もそうだ! 他のえらい大人たちが私たちのことをまだ何も知らないガキだとのたまう! だったらいいじゃないか! わがままくらい言ってやれ!」


 厳太郎はマイクをつぶすほどの力で握った。大きく深呼吸をする。肺にわずかな隙間さえ許さないくらいに、空気を吸い込んだ。厳太郎は体の中に燻ぶる澱みをすべて吐き出すようにマイクに向かって思いをぶつける!


「ままぁァァァァァァアァァァァァァァァァァアァァァァァァ!」


 厳太郎の思いが、声が、堅岩高校のスピーカーから町中にぶちまけられた。あまりの爆音に部屋中がビリビリと震える。


「ままぁぁぁぁぁぁぁアアァァァァァっ! どこだあぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁぁああ! どこにいるんだああっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 外を映し出しているモニターには、地上を歩いている学生や通行人が、耳を押さえうずくまっていた。


 もう一度だ!


 厳太郎が再度、深呼吸をすると――。


「げ、厳太郎……ちょ、ちょっとまって……」


 息も絶え絶えに、床にうつ伏せで倒れている響が、震える腕を厳太郎に伸ばしていた。


「……ほ、本当に君ってやつは、加減というものを知らないな……鼓膜が破れてしまうかと思ったぞ……」


 響は床に突っ伏したまま、頭を抱えていた。よろよろと立ち上がると、目をぐるんぐるん回しながら厳太郎に寄りかかってきた。


「す、すみません……大丈夫ですか?」


 厳太郎はそっと響の体を支える。

「ま、まあ、あれだけ大声をかませば、近くにいれば聞こえてはいるだろう。あとは」


 体をふらつかせながら、響は厳太郎の顔を見上げる。


「君の母親にもぶちかましてやれ! ままぁに危害を加えるな! と」


 そう言うと、響は両手でしっかりと耳を塞ぐ。厳太郎はもう一度、マイクを手に取り、再度深呼吸をした。


「かあさあああっぁぁぁぁぁぁぁぁんっ! 今どこにいるんだああぁぁぁぁっ! お、俺は必ずままぁをっ! 助け出すぞおおおぉぉぉっ! かあぁさああぁぁ――」


「げっ、厳太郎。ストップ! ストップ!」


 耳を塞いでいた響が、慌てた様子で厳太郎の背中を叩く。その手には厳太郎のスマホが握られていた。


「君のスマホに着信がある!」


「えっ?」


 無機質な着信音と、小刻みに震えるスマホを響から受け取る。ディスプレイには――。


「凛華……先輩?」


 響が厳太郎のスマホを覗き見る。


「そういえば、凛華もままぁが宇宙人だということを知っていたんだったな。協力を仰いでみてはどうだ?」


 このタイミングだ。おそらくは、厳太郎の絶叫を聞いての連絡なのだろう。響の言うとおりに、凛華にも協力を仰ぐべきなのだろう。しかし、なぜか厳太郎の胸中には不安が沸き起こっていた。


「……どうした? 出ないのか?」


「あ、いえ」


 一抹の不安は感じるが、出ないわけにもいかない。


「もしもし」


 ……返事がない。


「もしもし?」


「………………厳太郎」


 厳太郎は思わずスマホを耳から離し、ディスプレイを確認してしまう。たしかに『橘 凛華』と表示されている。今の凛華の声は、幼馴染である厳太郎がこれまでに聞いたことのないくらいに、感情のこもっていない声だったのだ。


「どうしたんです? 凛華先輩。大丈夫ですか?」


 再び、沈黙が訪れる。厳太郎が妙な雰囲気を察し、一度喉を鳴らしたとき、


「話したいことがあるの。今から言うところに来てほしい」


 と、抑揚のない声が聞こえる。


 これまでに聞いたことのない凛華の声に、スマホを持つ手には汗が滲み始めていた。

 そんな時、思いもよらない言葉が聞こえてきた。


「私、ままぁと律子さんの居場所知ってるから」


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