表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/26

一話 早朝の風紀活動

 セミの合唱が勢いを増し、夏の日差しが強くなってくる七月終盤。


 堅岩かたいわ高校の生徒たちは、どことなくうきうきとした表情で学び舎へと歩を進めていた。


 それもそのはず。今日は堅岩高校の終業式。明日からは待ちに待った夏休みである。受験生は勉学に勤しまないといけない時期ではあるが、やはりどの生徒も学校という枷が外れるため、肩の力が抜け表情も緩みきっていた。


「おい。そこ。スカートの丈が校則よりも八ミリ短い」


 緩み切った生徒たちの中、厳太郎だけが眉間にしわを寄せ、流れる汗も気に止めず愛用の差し棒で女子生徒のスカートを指し示していた。


 厳太郎の言葉に、緩んでいた女子生徒の表情がこわばる。


「服装の乱れは規律の乱れ。夏休み前だからこそ身を引き締めるんだ」


 女子生徒は厳太郎の物言いに怪訝な表情を見せると、スカートの裾をぐぐっと引っ張った。これでいいだろう、と厳太郎を睨みつける。


「夏休み中にしっかりと直してくるように」


「……なにあれ……めんどくさ」


 女子生徒は小声でそう漏らすと、そそくさと校舎へと歩いていった。

 そんな声を気にも止めず、厳太郎は登校してくる生徒たちに目を光らせていた。


 堅岩高校名物『早朝風紀』


 県下一の進学校である堅岩高校は、勉学のみならず、スポーツにも力を入れている学校だ。特に模範的な高校生を体現するために、規律に関しては非常に厳しく監視されている。服装に始まり、髪の毛の長さ、色、言葉使いなど他の高校とは比較にならないくらい校則が細かく設定されていた。個人の自由を尊重する現代に逆行するような校風だった。


「ネクタイが曲がっている」「そこの男子生徒。ワックスは禁止だ」「顔をちゃんと洗ってきたのか? 目ヤニがついているぞ」「しっかりと背筋を伸ばして歩くんだ」


 次々と浴びせられる厳太郎の言葉に、校門を通る生徒たちは煩わしそうに表情を歪める。

 いくら自他ともに認める模範的な高校とはいえ、生徒たちもおしゃれをしたい年頃だ。忙しい教師たちでは見落とすような細かい荒を探すのが『風紀委員』の仕事だった。


 風紀委員である厳太郎は、どの生徒たちよりも朝早く登校し、こうして校門の前で生徒全員をチェックしていたのだ。


「あの人が風紀長になってから厳しくなったよね」「本当にうざい」


 辛辣な言葉が厳太郎に浴びせられる。


 前の風紀長が受験のため、早めの引退をしてから厳太郎がその任を引き継いだが、以前よりも厳しくなった『早朝風紀』に生徒たちからも不満の声が挙がっていた。自他ともに厳しい厳太郎は、生徒たちのみならず風紀委員たちにも厳しく自分を律するよう強制した。


 平日は朝の五時起きで十キロのジョギング。その後に『早朝風紀』。


 さらに土日祝日は生徒たちが校外で風紀を乱していないかの見回り。年中無休の超絶ブラックだった。厳太郎以外の風紀委員たちは皆逃げ出し、ついには一人になってしまった。


「……まったく……規律を守ってこそ、健全な高校生活が送れるというのに……」


 厳太郎の眉間に一層しわが寄ってくる。手に持った鉄製の差し棒が、メキメキと音を立て弓なりに曲がる。

 いくら気合を入れても無くならない風紀の乱れに、厳太郎の体中が怒りで熱くなってくる。一気に汗が流れ出てきた。


「ふふ。少し厳しすぎるんじゃないかな? 厳太郎」


 厳太郎が額に浮かんだ汗を拭いつつ、声の方へと顔を向けた。


 スカートの丈。校則範囲内。制服。着崩れ無し。風紀の乱れ無し。完璧。


「凛華先輩。おはようございます」


 厳太郎は腰を直角に曲げ、恭しく頭を垂れた。


 橘凛華たちばなりんか。厳太郎の一つ上の受験勉強にいそしむ高校三年生だ。

 すらり、と伸びた手足はまったく日に焼けておらず、透き通るように艶めいていた。水を含んだような黒髪は、非常に長く腰のあたりまで伸びている。宝石をはめ込んだような美しい瞳は厳太郎をやさしく見つめている。


「本当に暑くなったね。厳太郎もあまり根を詰めすぎないようにしてね」


 手を額に当て、太陽の日差しを気にする凛華の様子はとても可憐だ。長い黒髪も相まってまさに大和なでしこと言える。


「俺は風紀長として、当たり前のことをしているだけです。むしろ――」


 厳太郎が生徒たちに視線を向ける。


「もっと風紀を正さなければいけません」


 一見すると悪さをするような生徒など見られない。皆、清潔感にあふれ、勉学とスポーツに勤しむ誠実な学生に見える。厳太郎にはわずかなほころびが見えているようだった。


 凛華はふぅ、と小さくため息をつくと困ったように眉尻を下げた。


「まぁ、厳太郎は小さな頃からそんな性格だからね。見過ごせないのは分かるけど……そんな気を張ってちゃ持たないよ」


「いえ。この学校の風紀が保たれているのも、諸先輩たちが頑張ってきたお陰です。俺はそのご苦労を無駄には――」


「はい。ストップストップ」


 凛華が目頭を押さえ小さく頭を振った。しなやかな髪の毛が揺れ、シャンプーの良い香りが漂ってきた。


「厳太郎。高校生になってからさらに性格が堅くなってきてない?」


 厳太郎と凛華は家も近く物心ついたときから、よく一緒に遊んでいた。一人っ子の厳太郎は凛華を姉としてよく慕っていたのだ。


「子供のころは凛華おねーちゃん、凛華おねーちゃんってよく甘えてきてくれたのになぁ。今じゃ呼び方も堅苦しくなっちゃって……ちょっと私は寂しいよ」


 凛華は肩口に流れる黒髪をくるくると弄りながら、視線を下げた。


「もう俺は子供ではありません。いつまでも先輩に甘えているわけにはいきませんので」


 凛華は地面を見つめたまま唇を引き締めている。


「凛華先輩……」


 堅い性格の厳太郎でも、全く人の心が分からないわけではない。凛華の表情から察するに、期待した答えを返すことが出来なかったのだと厳太郎は思った。


「ただ……今でも俺は凛華先輩を尊敬していますよ。それだけは本心です」


「……尊敬、か。まあ、今はそれでいいか」


「凛華先輩?」


「あ、ううん。何でもない。そんなことよりも、汗くらいは拭いたらどう?」


 厳太郎は差し出されたタオルを手に取ると、汗塗れの顔を拭った。ふわふわのタオルからは柑橘系の良い香りがした。


「……む?」


 一息つこうか、と思った矢先。厳太郎の視界の隅に一人の男子生徒が映った。


 派手な色のスポーツバックを背中に抱え、あくびをしながらだるそうに歩いている。バックは学校指定のものではなかった。さらには制服のブレザーの前を大きくはだけさせ、シャツも第二ボタンまでが外されていた。


 いくら見かけ上風紀の整った学校とはいえ、こういう輩がいないわけではない。


 厳太郎は汗を拭いたタオルを手に握りしめたまま、大股で男子生徒へと向かっていった。


「服装の乱れは風紀の乱れ。制服はしっかりと着るんだ」


 びしり、と男子生徒を指さし、厳太郎はいつもよりも声を低くして注意した。


 男子生徒は心底めんどくさそうに表情を歪めると、突きつけられた手を乱暴に払った。

 厳太郎は一切たじろぐことはなく、鋭い視線を男子生徒に向けた。


「お前は、二年二組の小倉だな。確か昨日も一昨日も注意したはずだ。服装だけではない。その背中にあるバックも学校指定のものではないはずだ。それに、前髪も長すぎる」


 弾丸のように浴びせられる言葉に小倉は一つ大きくため息をつくと、厳太郎の横を通り過ぎようとする。


「おい! 話はまだ終わっていないぞ」


 小倉の肩を強く掴む。


「……うぜー」


 何度注意をしても、こういう人間は聞き入れることはしない。だが、ここで引いてしまえば今後、小倉は身を正すことはないだろう。


「新学期には直してくるよ。いい加減その手、放せよ」


「昨日は明日直してくると言ったはずだ。今ここで直すんだ」


 小倉は大きく舌打ちをすると、肩に置かれた厳太郎の手を乱暴に払った。その様子に、凛華が眉をひそめ近づいてくるが、厳太郎はそれを手で制した。

 周りの生徒も何事かと視線を向けるが、巻き込まれてはかなわないと距離を取っていた。


「……いったい何様のつもり? なんでお前の言うこと聞かなきゃなんないわけ?」


「俺は堅岩高校の風紀長だ。この学校の風紀を正す義務がある」


「は? 意味分かんねーし。だから何?」


 厳太郎は、ぎりりと歯を食いしばる。情けない。本当に情けない。

 小倉が意見を聞き入れないのは、すべて自分の力が足りないせいだ。何をすれば、どんな言葉をかければ小倉は分かってくれる?


 思いがぐるぐると厳太郎の頭を駆け巡っている。すぐ隣には、心配そうな表情をした凛華が立ちすくんでいた。


「お前みたいな生徒が一人いるだけで、この学校の風紀が乱れるんだ。身なりを整える気がないのなら校門をくぐるな」


 厳太郎の言葉に、小倉の眉根がぴくぴくと震えた。


「おー。どうしたよ。小倉」


 登校している生徒たちの中からニヤニヤと挑発的な表情を張り付かせ、一人の生徒が厳太郎に近づいてきた。小倉と同じクラスの木崎だ。何度か小倉と共に、生徒指導を受けているあまり評判の良くない生徒だ。


「お前いい加減にしろよ」


 からかうような笑みを張り付かせた木崎とは違い、小倉は今すぐにでも噴火してしまいそうな怒りの表情で、厳太郎を睨みつけていた。


「あなたたちもいい加減にしなさい」


 凛華が、木崎を押しのけ厳太郎の前に立ちふさがった。腰に手をあて、堂々とした立ち姿はさすが「前」風紀長だ。凛とした立ち姿はそれだけでも惚れ惚れとする。


「朝っぱらからそんな怒るんじゃないの。厳太郎もその言い方は少し良くないよ。後、木崎君。そんな人を馬鹿にするような笑い方はしないほうが良いと思うけど?」


 凛華がぴしゃりと、それでいて穏やかに場を収めようとする。


 木崎は凛華の乱入に少し気が削がれたのか、視線を泳がせていたが、小倉の怒りはまだ収まっていないようだった。厳太郎を睨みつけたままだ。同じく厳太郎も睨み返している。


「小倉君……だったよね? その恰好は校則違反だって分かっているでしょう? 明日からは夏休みなんだから、今日は気持ちよく一学期の終わりを迎えたいよね?」


 凛華が諭すように小倉に語り掛ける。


「……だからよ。なんでお前らにそんなこと言われなきゃいけないんだよ!」


 小倉はさらに怒りを増幅させ、凛華に詰め寄ってきた。


「きゃっ!」


 小倉の威圧感のためか、凛華は後ずさり足をもつれさせてしまった。


「凛華先輩!」


 反射的に厳太郎は凛華に手を差し伸べる。凛華の体は思ったよりも軽く、体重を預けられても厳太郎は難なく支えることができた。小倉は少しも悪びれる様子は無さそうだ。


「小倉……お前……!」


 小倉はフン、と鼻息を鳴らす。


 さすがに、周りの生徒が少しざわつき始めた。その時、


「――はああぁぁい! そっこまでえぇぇえぃい! でぇい……でぇい……でぇい……」


 突然、甲高い叫び声が校舎の方から聞こえてきた。どうやら、肉声ではなく校舎に備え付けられたスピーカーからのようだった。語尾の方がエコーしていた。


 今まさに一触即発だった空気も困惑へと変わっていく。時が止まってしまったような雰囲気の中、校舎の方から小さな何かが砂ぼこりを上げ、こちらへと一直線に向かってきた。


「揉め事はだあぁぁぁぁめでええぇぇっす! 私の学校ではああぁぁっ! みんな仲良くうっ……うべしっ!」


 転んだ。


 勢いそのままに、小さな体を地面に滑らせる。ごろごろと転がると地面に突っ伏したままぴくりとも動かなくなってしまった。凛華は特に驚いた様子もなく、倒れ込んだままぷるぷると震えている人物に駆け寄ると、優しく抱き起こした。


「響ちゃん? 大丈夫?」


「……ううう。えぐ……」


 響と呼ばれた少女は、うつ伏せのまま嗚咽を漏らしていた。


 凛華はポケットから取り出したハンカチで響の砂に汚れた顔を拭きながら、腋に手を入れ小さな体をよっこらしょ、と立ち上がらせた。

 まるで小学生のような体つきだが、これでも凛華と同じ高校三年生だ。出るとこも出ず、まっ平らな体つき。口をへの字に曲げ、涙を浮かべて凛華によしよしと頭をなでられている様は本当に幼女のようだった。


 凛華は崩れてしまった響の髪の毛を結び直すと、今度は制服の砂埃を綺麗に払った。


「ありがとぉ……凛華……ぐす」


 響は鼻をずずっと鳴らす。


「どういたしまして。あんまり校庭を全力で走っちゃだめだよ。生徒会長なんだから、みんなに示しがつかなくなっちゃうからね」


 凛華が響の目の前で、指を立て子供に注意するように穏やかに諭す。


 九条響くじょうひびき


 こんななりだが正真正銘高校三年生で堅岩高校の生徒会長を務めている。受験生ではあるが、生徒会長という絶対権力をぎりぎりまで行使……ではなく、最後までこの学校に貢献したいという思いで、卒業の時までその任を全うしたいと考えている素晴らしい先輩だ。


 響はしばらくの間、凛華に頭をなでられていたが、一つ大きく鼻をすすると制服の裾で乱暴に目をこすった。


「あー、もう。響ちゃん。制服が汚れちゃうよ」


 凛華は響の目頭に残った涙を丁寧に拭いてやった。


 その幼女のような可愛らしい外見で校内の男たちの庇護欲をかき立て、一年の夏頃には生徒会長に就任した。外見だけではなく成績優秀で先生たちの受けもいい。おまけに生徒たちにも気を配り、面倒見もいいため男女問わず評判は良い。先ほどのような奇行も多いが、普段の実績により可愛らしいマスコットがはっちゃけてるくらいの感想しかない。


 先ほどまでの険悪な雰囲気も吹き飛んでいき、母親のような凛華と、慰められている響に周りの生徒たちも頬が緩んでいるようだ。

 ふと、横を見ると小倉は心底呆れたような顔で、立ち去っていこうとする。


「君は二年二組の小倉だったな?」


 小倉の前に立ちふさがったのは、あやされて通常モードに戻った響だった。まだ、目と鼻の周りは赤いままだったが、泣くのをやめ生徒会長の表情で小倉を見据えていた。


「まあ、なんだ。風紀委員の役目を奪うのは本意ではないが、注意というか、少し君に話しておきたいことがあってな」


 響は腰に手をあて無い胸を張っていた。とても高校三年生には見えないが、堂々とした佇まいは生徒会長としての雰囲気を醸し出していた。


 小倉はそんな響に視線を向けることなく、校舎へと歩いていこうとする。


「おい! 小倉。会長が話しかけてるのに無視するなんて……」


 響は厳太郎の肩を精一杯伸ばした手でぽんぽんとやさしく叩く。再び響は小倉の方へと向き直った。


「学校指定のカバンはどうしたんだ? もしよかったら聞かせてくれないか?」


 響は優しく語り掛ける。


 小倉はこちらを振り向こうとしないが、息を一つ吐き出すと肩の力を抜いた。


「……留め具が外れちまって、締まんなくなったから。学校指定のカバンは高いし……うちにはそんな金ねぇし」


 小倉は振り向かずに、誰に言うふうでもなくそうつぶやいた。


「……たしか君の家は母子家庭だったな。うんうん。分かるぞ。もう少し学校指定のカバンも安くなったらいいのにな。質は良いが高すぎる」


 響が腕を組み頷く。


「何が分かるんだよ。同情なんかしてんじゃねぇぞ」


「いやいや。私は父子家庭だから、君とは少し違うが……金の問題はよく分かるんだよ。私の父親は稼ぎが悪くてな。困ったもんだ」


 響がにこり、とほほ笑み小倉に語り掛ける。


「じゃあ、こうしよう。特例で君は学校指定のカバンは使わなくてもいい。家庭環境なら仕方がないからな。ただ、もう少し地味な色合いのものを選んでくれるとこちらとしても嬉しい。安くて良いものもあるはずだ。良ければ、私が一緒に選んであげてもいいぞ」


 その言葉に小倉はようやく振り向いた。迷惑そうな表情で響を見つめる。


「いいよ! カバンくらい一人で選べるから……」


「そうか、そうか。それなら私も一安心だ」


 響は花が咲いたような笑顔を小倉に向けた。ほんの少しだけ小倉の頬が赤く染まる。


「も、もういいか? 夏休み明けには変えてくるから」


「小倉。もう一つ」


 立ち去ろうとする小倉に、響が思い出したように声をかける。


「なにかあったら私を頼れ。いついかなる時でも相談を受け付けるぞ、私はみんなの生徒会長だからな!」


 響はさらに大きく胸を張った。


「……ふん」


 小倉は響に返事を返さず、そそくさとその場を立ち去っていった。ぽかんとしていた木崎も慌ててその背中を追っていく。


「響ちゃん。ありがとう。助かったよ」


 凛華がほっと胸をなで下ろし、響に声をかけた。


「なぁに。私は生徒会長だからな。校内のもめ事は率先して解決しないといけない」


 響はさんさんと輝く太陽にも負けないくらいの笑みを凜華に返した。その様子に、恐る恐るこちらを窺っていた生徒たちも安心したようだ。所々から感嘆の声があがる。


「響会長。お手を煩わせてしまいました」


 そんな中、厳太郎だけが眉根にしわを寄せ、難しい表情をしていた。響は厳太郎に近づいていくと、


「せいやっ」


 と、少し背伸びをして、厳太郎の額にでこピンをした。

 響はふすん、と鼻から息を吐くと不思議そうにおでこをさする厳太郎を見上げた。


「おまえはもう少し余裕というものを持ったらどうなんだ? あんな風に無理矢理押さえつけるようなやり方じゃ相手も反発してしまうぞ」


 響は厳太郎にびしり、と指を突きつけてなおも続ける。


「堅岩高校は確かに、校則に関してはどの学校よりも厳しいかもしれない。しかし、軍隊じゃないんだ。相手の言い分も聞いて受け入れるだけの器も磨かないとな」


「響ちゃんは、体は小さいのに器は大きいからね」


「うがー。茶化すなぁ……うぅ」


 ぶんぶんと子供のように腕を振り回す響を見て、凜華が小さく笑う。


「まぁ……なんだ。厳太郎の風紀を正そうとする姿勢は私も凜華も感心しているんだ。いずれこの学校になくてはならない人材になると思っている。だからこそ凜華も安心して風紀長を引退することができたんだよ」


 響は厳太郎に向けて指をちょいちょい、と動かす。厳太郎は膝を曲げ響に頭を向けた。


 ぽふぽふと響の小さな手が厳太郎の頭をなでた。


 響は生徒会長として、なにか説教をしたときは必ず頭をなでてくる。あまりにも体が小さいため、こちらが頭を差し出さないと手が届かない。正直、かなり恥ずかしい。

 周りの生徒から苦笑が漏れているのが聞こえる。凜華も微笑ましいものを見るかのように笑みがこぼれていた。


 厳太郎は恥ずかしさのあまり、逃げるように響から距離を取ると、一つ咳払いをした。


「ご、ご指導ありがとうございます。肝に銘じておきます」


 まだ撫で足りなさそうな響は、指をうにうにと動かす。


「本当に分かっているのか? 君は何度言っても自分の考えは変えないからなぁ」


「いえ。響会長や凜華先輩の手を煩わせるのは俺がまだ未熟者だからです。お二人が安心して卒業できるよう日々精進して参ります」


 響は凜華と目を合わせる。二人とも困ったような表情をしていた。


「……あまり分かってないような気もするが」


 響はやれやれと頭を振った。


「厳太郎」


 凜華がいつかの幼い厳太郎を優しく諭すように呼びかけてきた。


「まだ、私たちの卒業も先なんだから。なにかあったら甘えてきてもいいんだよ」


 凜華が厳太郎を覗き込むように見つめてきた。響はうんうんと小さくうなずく。

 厳太郎はその視線から無意識に目を逸らす。


「いえ。甘えるわけにはいきません。これは自分の不徳の致すところですから」


 厳太郎の声が、蝉の鳴き声にかき消されていく。


 つつ、と額から流れ落ちる汗を拭おうともせずに、厳太郎は夏の日差しの中、背筋を伸ばし屹立していた。

二話を明日12時 三話を明日21時に投稿します。

ままぁぁぁぁぁぁ!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ