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十話 ままぁと生徒会長

 厳太郎はままぁと一緒に電車に揺られて、この街唯一の繁華街へと向かっていた。

 ままぁは座席に膝立ちをしながら、車窓から流れていく景色を興味深そうに眺めていた。相当機嫌が良いらしく、リズムよく頭を振っている。背中に流れるツインテールも楽しそうに揺れていた。


 ままぁには新学期に向けての買い物だと言ったが、目的は繁華街での風紀活動だ。


 堅岩高校の生徒たちは風紀を乱してはいないか。学生らしい行動はしているのだろうか。今厳太郎の頭の中にある思いはそれだけだった。


「うわぁぁぁ。景色がどんどん変わってく。すごいよ!」


 横を見ると大きな瞳を見開き、ままぁは飽きもせず流れていく景色を見つめている。


「おい。あんまりはしゃぐなよ。そういう約束だっただろ?」


「えー。でも面白いよ。ほら、厳ちゃんも一緒に見ましょう。ボゥ星にはこんな乗り物は無いから」

 そう言って、厳太郎の服の袖を引っ張る。


 ……これでは周りからはままぁは厳太郎の妹か何かだと思われているのかもしれない。まあ、それでもいいだろう。そう思われていた方がなにかと都合は良い。

 電車に乗ってから十分ほどで目的地に着いた。ままぁは物足りなそうにしていたが、繁華街の入り口につくと、再び目を輝かせた。


 夏休みは残り三日。繁華街は若者でごった返していた。残りの休みを思い切り楽しみたいというのは分かるが、そろそろ二学期の準備にも取り掛からないといけない時期だ。ハメを外して風紀が乱れる時期でもある。厳太郎は腹に力を入れ周りに目を光らせ始めた。


 そのそばを、ままぁが小走りで通り過ぎていく。


「厳ちゃぁーん。早くー」


 ままぁがくるり、と振り返り、厳太郎に向かって大きく手を振っている。


 夏らしい真っ白なワンピースと、それに負けないくらいに輝いている白髪のツインテール。ぴょんぴょんと跳ねる様は可愛らしい少女にしか見えない。道行く人も、なんとも微笑ましい視線をままぁに向けていた。


「厳ちゃん。ままぁはこっちだよ。迷子になっちゃうからおてて、繋ぎましょうね」


 ままぁの周りにいた数人が、その発言に眉をひそめる。


 厳太郎の今の姿は大体中学生くらい。ままぁは厳太郎よりも幼い容姿だ。そんな少女が「まま」などと言っているのだ。周りの人が頭をひねっているのも無理はない。


 これ以上誤解されるような発言はたまらない。


 厳太郎はままぁのもとに駆け寄ると、そっと耳打ちをした。


「もうちょっと落ち着いてくれ。お前の姿はこの地球では俺よりも年下に見えるんだ。あんまり妙なことを言うと変な目で見られる」


 そう言うと、ままぁは口元を手で覆った。


「ごめんね。またはしゃいじゃったみたい。ダメなままぁね……」


 先ほどまでの雰囲気とは打って変わって、ままぁの表情は暗くなる。しゅんと視線を落とすと、口をへの字に曲げる。


「ま、まぁ、なんだ。楽しいのは分かる。でも、大人しく俺についてきてくれればそれでいい。そうだ! ここでは俺の妹ということにしてくれないか?」


 ままぁが下げていた視線を厳太郎に向ける。大きな瞳で見つめられ、厳太郎はなんだか恥ずかしくなってしまい視線を逸らす。


「郷に入れば郷に従え、って言葉もあるからね。じゃあ、今日はままぁは厳ちゃんの妹!」


 そんな言葉、良く知っているな。と、厳太郎は素直に感心した。


「それじゃあ……はい。お兄ちゃん」


「ぶはっ」


 いきなり、お兄ちゃんと言われて噴き出してしまう。


 ままぁは片手を差し出してくる。厳太郎よりも頭一つ低い位置から見つめてくるままぁの視線は、何とも可愛らしく、本当に妹ができたような気分にさえなる。


 ここでは兄妹のふりをしておいた方がいいだろう。厳太郎は少し気恥ずかしさを覚えながらも、ままぁの手を取った。そういえば、しっかりとままぁの手を握るのは初めてかもしれない。ぷくぷくと柔らかく、温かい手はとても心地よいものだった。


 しばらく歩いていく。


 相変わらずうだるような暑さだ。歩いているだけで止めどなく汗が流れてくる。ままぁはというと鼻歌を歌いながら、軽快な足取りで歩いている。時折「あつぅーい」と言いながら胸元にタオルを当てているのを見ると、胸の谷間が見えてしまい授乳されているときのことを思い出し、さらに体が熱くなってしまう。


 厳太郎は体の熱を冷まそうと、公園の方へと足を運ぶ。


 繁華街の中心に存在するこの公園は、太陽光を遮るように緑が多く植えられている。しかし、整備が行き届いていないこともあり、所々草木が延び放題になっているところもあったりする。夜になるとここで、男女同士が淫らな行為に及んでいることもある。堅岩高校の生徒が不純異性交遊をしていないかの、要チェックポイントだった。


 まさか、昼間に淫らな行為に及んでいるとは思わないが……。


「ぁあ……そんな……たっくん。いやあぁん」


 と、思った矢先だ。厳太郎は目頭を押さえて頭を振った。目眩がしてくる。

 淫らな声がする方に視線を向けると、伸び放題の草の陰に隠れて男女がいちゃいちゃしていた。見たところ高校生くらいだろう。堅岩高校の生徒なのかは分からないが、だからといって見過ごせるわけはない。


「んぁっ! たっくん。そんなところさわっちゃいやぁ……。もう、エッチなんだから」


「チカちゃん。またおっぱい大きくなったんじゃないか?」


 まったく、昼間から発情するんじゃない!


 公園の日陰で冷めてきた体が再び、怒りで火照ってくる。


 厳太郎は注意をしようと、歩み寄ろうとすると、


「ねえねえ、厳ちゃん」


「ぐえっ」


 ままぁに服の襟を掴まれた。


「あの子たちはなにをやってるの? 体を触りあってる。ほら、男の子が女の子のおっぱいを吸ってる。あの子たちは親子じゃないよね。へぇ……地球人って他人同士でも授乳するのね。女の子なんてあんなに悦んで……」


 首が絞められ咳込んでいる厳太郎を尻目に、ままぁは目の前で起こっている情事を興味深そうに見つめていた。


「かっ! 解説しないでくれ……!」


「ねぇ……ままぁもなんだか厳ちゃんに授乳したくなっちゃった」


「あああっ! もうっ!」


 とろん、とした瞳で見つめてくるままぁと、どんどん盛り上がってくるたっくんとチカちゃん。厳太郎はいったいどちらを相手にしたらいいのか分からなくなってきた。


 その時、


「はあぁぁい。そこまでぇぇぇい」


 公園中に響きわたるような声が聞こえてきた。


 声の主は草をかき分けて、情事にふけっていたたっくんとチカちゃんの前で仁王立ちしていた。ちっこい。ままぁよりも小さいのではないか。


「なぁ、君たち。その若い体を持て余しているのは、よーく分かる。でも、ここは公共の場なんだ。もう少し配慮してくれないか?」


 響だった。


 動きやすそうなデニムのホットパンツに、赤と白のストライプのタイツという出で立ち。それと薄い生地のグレーのパーカーを羽織っている。


 ……どう見ても小学生にしか見えない。本人は幼い容姿を気にしているようだが、この服のセンスではいつまで経っても年齢相応には見られないのではないか。小さな体で、大きく胸を張る。なんだか小動物が精一杯威嚇しているようにも見える。


 響は無い胸を大きく張ったまま、たっくんとチカちゃんの元へ大股で近づいていく。


 思わぬ来訪者に、たっくんとチカちゃんは大慌てで乱れた衣服を直していく。


 たっくんが、近づく響に鋭い視線を向けた。


「おい! くそガキ! テメェにはまだはえぇよ。どっか行ってろよ!」


「……が、がき」


 響は背中を振るわせると、悔しそうに呻く。


「私は子供じゃないぞ。高校三年生になったんだぞ」


「ええ……高校三年生……ぷふっ」


 と、ちかちゃんが吹き出す。


「私は君たちがしていることも理解しているし、子供の作り方だって知ってるもん」


 ちょっと響が涙声になってしまう。


 響は大きく咳払いをすると、もう一度背筋を伸ばして失礼なことを言ったたっくんとチカちゃんに向き直った。指を天に突き立てたと思うと、勢いよくたっくんに振り下ろした。


「君は性行為をする前に、前戯をしないのか?」


 外見が幼女の響から発せられる、とんでもないセリフ。そこにいた人物全員が、ぽかんと口を開け固まってしまう。ままぁを除いて。


「ねぇ。厳ちゃん。前戯って何?」


 くいくい、と袖を引っ張るままぁを無視する。


「前戯は何も、性行為をする直前に行うだけではない。デート当日、今日はどこに行くのか、どんなことがあるのか……まさか今日の夜は……想像だけで胸は高鳴り、体温は上昇していく……なぁ、君」


 響がたっくんを睨む。


「君がそこの女とデートの約束をした時点で、すでに前戯は始まっているのだぞ」


「な、なんだってー!」


 たっくんがその身にカミナリを受けたように、体を震わせる。


「君はどうせ、今日はヤれる。としか考えていないんだろう? 夜まで待てばいいものを、丁度この公園で目立たない草陰を見つけて、荒ぶる股間を抑えきれなくなったのだ。嫌がるその子を無理やり言いくるめて、行為に及んでいた……違うか?」


 たっくんは、何も言い返せずに口をもごもごとさせるばかりだ。


「うう……」


 突然、チカちゃんが嗚咽を漏らす。


「わ、私は今日のデート本当に楽しみにしていたの……映画に行ったり、二人でたくさんお話したり……でも、たっくんが突然迫ってきて……ううん。私はたっくんならすべてを差し出しても良かったの。でも、こんなところでなんて……嫌われたくなかったし……」


「ち、チカちゃん!」


「そうれ、みたことか。君はその若い欲望をぶつけられるならだれでも良かっ――」


「それは違う!」


 たっくんは、響の言葉を遮り否定する。


「お、俺は誰でもいいなんて思ってない! チカちゃんが、チカちゃんが良いんだ!」


「たっくん!」「チカちゃん!」


 若い二人のカップルは力の限り抱きしめ合う。


「ごめん。俺、何も考えてなかった。欲望のはけ口なんか……そんなことないから!」


「ううん。分かってる。そこまで私を求めてくれるなんて、嬉しい!」


 響は満足そうに、うんうんと頭を縦に振っている。なんだコレ。もう、なんだコレ。


「ねぇねぇ厳ちゃん。あの子たちは何を話しているの?」


「……俺にも分からん」


たっくんとチカちゃんはしばらく、お互いを感じあうように抱きしめ合っていた。


「ちゃんと避妊はするんだぞ」


 前途ある若い恋人たちは、響にお礼を言うと手を取り合い立ち去っていった。


「厳ちゃん。地球の男女は、触れあったり、怒ったり、泣いたり、抱きしめ合ったり、お礼を言ったり、いろいろと大変ね」


「……うん。まあ、そうだな」


 一見、響はとんでもないことをしているようにも見えるが、結果として丸く収まった。厳太郎だったら、多分相手を怒鳴り散らし無理やり公園から追い出したことだろう。根本の解決にはならない。


 今の厳太郎には到底できないことだった。


「おや?」


 やり切った! という表情で振り向いた響は、厳太郎を見ると首を捻った。


「ん? そこにいるのは厳太郎か……?」


 がさがさと草むらから出てきた響は、頭に張り付いた葉っぱを払いながら不思議そうな顔を厳太郎に向けた。


「響会長。お久しぶりです」


 素早く立ち上がり、背筋を正す。腰を九十度に曲げ、恭しく頭を垂れた。


「んん?」


 響は自分の額に手を当てると、そのまま厳太郎の胸にこつん、と当てた。


「あれ? 君、なんだか背が小さくなっていないか? 夏休み前はもっと大きかった気がするんだが……それに、ちょっと、こう……表情も幼いような」


 響の洞察に、額には冷や汗が浮かぶ。


「な、なに言ってるんですか。この年で背が縮む訳ないじゃないですか。はは……」


「ふぅむ……気のせいにしては……」


 さすがにばれてしまうか? 事情を説明してみるか?


「厳ちゃん? この子だぁれ? ままぁに紹介してほしいな」


 ままぁが頭を抱えている厳太郎を下からのぞき込んでいる。響もままぁに気がつくと、唸るのを止め、ままぁを直視していた。


「あ、ああ……響会長。俺の妹の……まま、うーん」


 そういえば、ままぁと言う名前はどうなんだ?


「厳ちゃんの妹という設定のままぁでーす」


 ままぁは人差し指を頬に当てて、満面の笑みで自己紹介した。設定って……。


 響は瞬きを繰り返して、不思議そうな表情をしていた。


「そ、そうか。厳太郎の……私は堅岩高校の生徒会長を務めている九条響と言う。厳太郎にはいつも世話になっている」


 響がぺこりと頭を下げる。


「高校三年生だ。今後ともよろしく」


 と、厳太郎よりも年上だと言うことをしっかりと強調した。


「ねぇねぇ。厳ちゃん。この子は彼女さん二号なの?」


「ぶっ!」


ままぁがとんでもないことを言い出した。


「なに言ってるんだ。二号でもないし彼女でもない!」


「えー。だってー。仲良さそうに見えたから……厳ちゃんは彼女さんいないの? こんなにかっこいいのに」


「い、いない……だからもうそんなことは言うんじゃない!」


 ままぁはつまらなそうに頬を膨らませた。


「私の記憶では君は一人っ子のはずだったが……妹がいるなんて知らなかったぞ」


 さすが、全校生徒の家族事情を把握している響だ。この場をどう切り抜けようか頭をフル回転させる。


「い、いとこなんですよ。こいつも一人っ子で、昔からお兄ちゃんお兄ちゃんって懐いてきて……」


「うーむ。凛華からもそんなことは聞いてないしなぁ……」


 響は腕を組み、未だ納得ができない様子だ。


 ……もう事情を話してしまおうか?


 ままぁとの関係を隠す必要はどこにもないのだ。ただ、授乳をされている、という人生至上最高に恥ずかしい出来事を響に知られるということを我慢出来れば、だ。


「……まあ、それよりも、君、八月に入ってから連絡が取れなかったそうじゃないか」


 厳太郎が事情を説明しようと、開きかけた口を再び閉じる。


「凛華が心配していたぞ。電話もメールも返信がないし、家に行ってもだれもいないし……その間、凛華が君に代わって、この繁華街の風紀活動を行っていたのだ」


「り、凛華先輩が……?」


「その凛華もここ一週間は連絡が取れない。二人して妙な事件に巻き込まれてはいないかと、私も内心穏やかではなかったのだ。まぁ、こうして君に会えたということはその心配も無用だったようだが……」


「もしかして、連絡が取れない凛華先輩に代わって、響会長が風紀活動を……?」


「ああ、そうだ。君も凛華も連絡が取れないから、私がやるしかないだろう?」


 仕方のないことだったとはいえ、響には迷惑をかけてしまった。本来は何があっても、自分がやらなければならない仕事だ。自らのふがいなさに情けなくなる思いだ。


「凛華先輩は連絡が取れました。風邪をひいてしまったようで、自宅で安静にしています」


 厳太郎の言葉に、意気消沈していた響の表情に明るさが戻る。


「そうか、風邪か……夏風邪は長引くと聞くからな。ゆっくり静養して、二学期には元気な姿を見せてもらいたいものだ」


 響は少し安心したように、うんうんと頷く。


「響会長……あの」


 ここまで迷惑をかけてしまったのだ。事情を説明しなければならない。


「響ちゃん……だったよね。ちゃんと汗は拭きなさい。体冷えちゃうよ」


 厳太郎がどう説明しようかと迷っていた時、ままぁは持参したタオルを響に差し出した。


「あ……ああ。すまない」


 響はままぁからタオルを受け取ると、少しだけ狼狽えながら額の汗を拭った。


「今日は暑いしね。ちゃんと汗拭かないとだめよ。水分は取った? そこの自販機でなにか飲み物買ってきましょうね」


 言うや否や、ままぁは自販機に向かって小走りに去っていく。その姿をきょとん、とした表情で見送っていた響は厳太郎の袖を引っ張って何か言いたげに見つめてきた。


「……君の妹……あ、いや。いとこか。世話焼きというか、よく気が付くというか……」


「大人びている?」


「うーん。それも違う気が……でもなんだか」


 響は手に持っていたタオルを胸の辺りで、きゅっと握ると、


「ちょっと心地よい」


 と、頬を赤らめながら小さく漏らした。


 心地よい、か。


 構われすぎて、うっとうしいと感じるときも確かにある。しかし、包み込むようなままぁの所作に不本意ながら心地よいと感じるときも……あった。


 二つの相反する感情。どんな感情を出してよいのか分からないもどかしさ。

 厳太郎は駆けていくままぁの後ろ姿を見ながらそう思ったのだった。


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