プロローグ 初めまして。私がままぁよ。
「初めまして。私が『ままぁ』よ」
穏やかでやさしい声が聞こえてきた。
神宮寺厳太郎はぼやけた視線を声の方に向けた。
霞がかかった視界の先には、一人の少女が辛そうに喘ぎながらも、厳太郎を慈愛の表情で見つめていた。
雪のように真っ白な髪の毛。しっとりと涙に濡れた瞳は、どんな宝石の輝きにも引けを取らない。厳太郎の体をやさしく抱いている腕は余りにも細く儚げで、触れてしまえば壊れてしまいそうだ。まるで薄布のような真っ白なワンピースは少女の体のラインをくっきりと映し出していた。髪の毛の色も相まってこの世のものとは思えないほどに神秘的だ。
見たところ、小学生……? いや、もう少し上の年齢だろうか?
幼く見える容姿とは裏腹に、慈しむように厳太郎の頭を撫でる様子はまるで母親のような温かさだ。雲の中でまどろんでいるような心地よさに、つい目を細めてしまう。
――夢の中くらいはいいだろう。
このまま眠ってしまうのが躊躇われるほどの心地よさと幸福感。厳太郎は全身の力を抜き、少女の胸に体を預けた。
「あ……ふふ。本当に甘えん坊な子……」
少女はほんの少しの驚きと、精いっぱいの喜びに満ちた吐息のような声を出し、きゅっと厳太郎をやさしく抱きしめた。思わず口の端が緩んでしまう。
「笑ってる……可愛い」
覗き込んでいる少女の真っ白な髪の毛が、はらはらと肩口から流れ厳太郎の頬を撫でる。こそばゆさに厳太郎は身をよじった。
夢にしては妙にリアルだ。目の前にいる少女の存在感。触れあっている肌の質感。かけられる言葉。
そして、この幸福感。
――高校生にもなって、こんな夢を見るなんて俺もまだお子様だな。
厳太郎は自分に苦笑しながらも、この抗えない感覚に身を委ねていた。
「ずっとこうしていたいけど……そろそろ」
少女は片手で厳太郎の後頭部を支えたまま、反対の手で肩の紐をずらした。はらり、と肩ひもが落ちる。少女は胸の辺りに腕を当てつつ、頬を赤らめ厳太郎を見据えている。
「さて……」
注意していなければ聞こえないほどの小さな声。先ほどとは違う少女の愁いを帯びた表情に厳太郎の鼓動が大きく跳ねた。
「おっぱい飲みましょうね」
「っぶ!」
少女が胸に当てていた手を離すと、少し小ぶりではあったが、形の良い二つのふくらみが厳太郎の目の前に現れた。
「はい。あーんして」
少女が小首をかしげ、厳太郎にそう促す。恥ずかしがる素振りは一切見せない。
夢心地だった頭が一気に覚醒する。視界いっぱいのおっぱい。生おっぱいである。
さすがに夢の中とはいえ、少女に授乳されるわけにはいかない。厳太郎は精一杯に抵抗しようとするが、少女の腕の中からは逃げ出すことはできなかった。
「……う……ぶぅ……うばぶぅ」
しかも、上手く声も出せない。
反対にはっきりとした視界に映るのは、むちむちと短い自分の手足。
「あびゃあぁあ! あびゃびゃあぁぁ!」
しばらくジタバタと暴れてみるが、少女の押さえつける力が強いのか、思うように体を動かすことはできなかった。
「こら……! あまり動かないで。おっぱい飲めなくなっちゃうよ」
少女は慌てた様子で厳太郎の体をしっかりと抱きしめた。生おっぱいが頬に押し付けられ、厳太郎は体中が火照ってしまう。これはまずい。欲求不満なのだろうか? 厳太郎も女性に興味がないわけではない。しかし、少女からの授乳プレイはさすがにまずい。
厳太郎は力の限り腕を突っ張り、少女の胸を自分の体から引きはがそうとした。
「え……ち、ちょっと……!」
突然の抵抗に少女の表情が困惑に変わる。厳太郎は自分の体が少女から十分離れたのを確認すると、思い切り体をよじった。その勢いで厳太郎の体は少女の拘束から逃れた。
つるり。ぼてん。
「へぶ」
厳太郎はころころと少女の体を滑り落ち、床に落ちてしまった。
「きゃああぁ! ご、ごめんなさい!」
少女の顔から血の気が引いていった。
「ううう……ひぐぅ」
思ったよりも床は柔らかく、痛みはそれほどでもなかった。が、まるで鏡のように磨き上げられた床に映る自分の姿に厳太郎は言葉を失った。
丸くぷくぷくとした輪郭。まだ生え揃っていない細い髪の毛。くりくりとした瞳に、ぷっくりとした唇。そのあまりにも幼い姿は、まるで赤ん坊のようだった。
厳太郎は無意識に、自分の頬を思い切りつねっていた。強い痛み。古典的な夢の確認法ではあったが、はっきりとした痛みは厳太郎に、これは現実なのだと告げてくる。
事態を上手く飲み込めないでいると、ひょいっと厳太郎の体は再び、少女に抱きかかえられてしまった。
「ごめんね。本当にごめんね。愛する我が子を落としちゃうなんて……悪い『ままぁ』ね」
ままぁ……? ママ? 母親?
何が何だか分からない。
「頭にこぶ出来てないよね? どこか痛くしてないよね?」
体中をペタペタと触られ、厳太郎はいやいやと身をよじる。
「よかった……どこもけがはしてないみたい。それじゃあ、そろそろおっぱい飲んでおねむしましょうね」
厳太郎の体は、くるりと反転させられ『ままぁ』と向き合う。目の前には再びおっぱい。近づくおっぱい。今度は有無を言わせず、厳太郎の口元におっぱいが押し付けられる。
「はい。飲みましょうねー」
抵抗むなしく、厳太郎の口の中に『ままぁ』の乳首が押し込まれる。
「……あぁ」
ままぁの口から、吐息が漏れる。
なんだこれ……なんなんだこれ……。なんでこんなことになってるんだ?
厳太郎の脳裏には、今日一日の出来事がフラッシュバックしていた。
そんな中、厳太郎は大きく息を吸うように、ままぁのおっぱいを吸うのだった。