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写真⑰

林はドアを強く叩いた。

「原君!?いるの?」

曽根明美は両手を胸の辺りで重ね目を泳がせている。林はもう二、三叩いた後ドアに手をかけた、すると鍵は開いていた。

先に中を覗いた林が驚いたように後へ下がった。曽根は恐る恐る横から覗いた。

床に血がついている。時間が経ったものなのか、少し黒ずんだその血は足跡のような感覚で部屋の入り口へと続いている。

「け、警察!」

曽根は林の腕を掴み、震えて息をのんだ。

林は靴を脱ぎ玄関に上がった。一歩ずつ慎重に足を進め、妙な静けさに緊張し耳を澄ませる。後ろを振り向くと曽根の顔を見てから部屋に足を踏み入れた。

リビングを見て唖然とした。ソファーには皺だらけの服が何枚も重なり、床には物が散乱している。

誰もいない、でもこの家のどこかにあの叫び声の男がいる。拓人の安否が気になる、どうにか無事であってほしい……

林は隣の和室に移動した。仏壇が置いてある。ここにも血の跡がついている、よく見ると子供の足くらいの大きさだ、そう気づいて目眩がした。ここにもいない、考えてみれば音がしたのは2階ではなかったか。

階段を上るためもう一度玄関へ戻ると曽根の姿はなかった。林は2階へ上がっていくーーーーー

手前側にある部屋のドアを開けて、体は強張った。冷たい何かが頭からつま先まで電気のように走る。林は目の前の状況に理解ができない。

髭を生やし髪はボサボサ、叫び声をあげたであろう男は虚ろな目で床に座っていた。シャツのボタンをちぐはぐに掛け違え、ズボンは寝間着のようなものを履いている。その男に拓人がしがみついていることを異様に感じた。林は声を振り絞った。

「原君、離れなさい」

「いやだ…」

拓人は足を縮めた。目を当てられないほど血まみれの足裏は痛みからか震えている。林が歩み寄ろうとした瞬間、小さくパトカーのサイレンが聞こえてきた。

「先生、けいさつ呼んだの?…」

「原君いいから早くこっちに」

林は男の方を警戒して見る。

「ちがうよ先生…」

そう言うと拓人は涙をこぼし始めた。

「僕が悪いんだ」

「何のこと?」

「僕がコロッケを落としたから、お父さんは……」

しゃくりあげて呼吸を乱す拓人は男の顔を見上げた。男の右手には紫色の奇妙なまだら模様がある。林の目は大きく開いていく。

「え?…」

パトカーのサイレンは急に大きくなって止まった。



「お父さんを連れて行かないで!」

パニック状態となり泣き叫ぶ拓人を宥めながら林は警察に経緯を説明した。通報したのは曽根だった。曽根は主人を連れて戻ると 健司の姿を見てショックのあまり膝から崩れ落ちた。

「どうしてこんなになるまで気づいてあげられなかったの……」

そう言われて曽根の主人は肩を落とした。

その後、拓人は児童相談所付設の一時保護所に入る事となった。調査の結果、虐待が行われていた可能性は極めて低く、拓人の足裏の切り傷は割れたガラスを踏んだことによるものだとわかった。

曽根明美は一時保護所を訪ねて面会を希望したが叶わなかった。これを渡して欲しい、そう言って写真を1枚預けて帰っていった。

健司は精神科病棟での入院が決まった。この一件で病院を受診した際、過去に同じ病院で抗不安剤を処方されていたことが判明。その時期はここ数年というのではなく、拓人が生まれるよりも前という予想外の事実だった。

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