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写真⑭

ランドセルを置いて椅子に座った。眺める父の背中が丸まっている。かつて見たことないほど頼りなく痩せ細っている。健司の最初の異変に気付いたのはいつかの夕食後だった。食卓で宿題をしていた拓人は、水の流れる音がやけに耳について後ろを見た。さっきから洗い物をしている健司がそこには立っているが、何かをがおかしい。手を動かしている様子がないのに水は出しっぱなしだ。近づいて健司の顔を見上げた。皿とスポンジを持ったまま 宙を見ている。その奇妙な目つきに背中がぞっとした。

「どうしたの?・・」

まるで健司だけ時間が止まっているかのようだ。恐る恐るシャツを摘まんだ。

「なんだ?」

拓人は驚いた。健司が何事もなかったかのようにこちらを向いたからだ。

「お父さん今ぼーっとしてたよ」

「そんなはずないだろ、洗い物してるのに」

健司は持っていた皿をすすいで水切りラックに置いた。



今回だけだと聞かされた夜の留守番は結局翌月も、翌々月も訪れた。健司のいない夜には携帯電話を顔の横に置いて眠った。1人で家にいることは怖い、しかし拓人にはそれよりも不安に感じていることが感じている事があった。

健司が日に日にやつれていく。車の工場で働くようになってから家に居るのをほとんど見ない。あれほど几帳面だったのが、流しに洗い物を溜めるようになり、テーブルには書類が散らかり、干さずに濡れたままの洗濯物がソファーに広げられるようになっていった。

来る日も来る日も残業は続き、休みの日には全身が鉛のように重くなり動けなくなった。ある日拓人が学校で腹痛を起こした。 保健師は胃痛だろうと判断し保健室で休ませたが、数時間経っても良くならない様子のため担任の林が昼過ぎに父親の健司へ電話をかけた。何度かけても出ず、林が拓人に尋ねると仕事で忙しいから、とだけ言った。

遅れて昼食を摂り、5限目でようやく普通に歩けるようになった拓人を林が念のため家まで付き添って帰らせた。その日も健司は夜10時を回って帰宅した。拓人はソファーでうずくまり眠っていた。朝から充電が切れてしまった携帯電話を後に確認すると、学校から着信の知らせが何件も入っていた。留守電を再生し落胆した。林はこれをきっかけに少しずつ拓人に目をかけるようになった。

健司は以前に比べると口数が減った。度々意識が飛ぶ、家事が手につかなくなる、物の置き場所がわからなくなる、これらの異変が頻繁に起こり始め、側にいる拓人は段々と何かが迫り来るような恐怖を覚えた。そしてとうとう健司は壊れた。決定的な出来事は1本の電話だった。

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