5 義憤
拙者は義憤の感情の赴くままに刀を抜き、下浪に斬りかかった。
「テ、テメー刀なんぞ振り回して何を考えてやがる!」
「キチゲ発散してんじゃねーぞ!」
下朗は今更慌てて拙者を止めようとしたが、拙者はなんのためらいもなく下朗の片割れの腕に刀を降り下ろした。
下浪の腕が衝撃音と共に鈍い音をあげ、下浪が腕を押さえながら耳をつんざくようなけたたましい奇声をあげる。
しかし、その腕からは血は一滴たりともこぼれ落ちていなかった。
そう、拙者の刀は刃を落としているのである。
しかし刃を落としているとはいえ鉄の塊を降り下ろされれば無事でいられないのは必定。
拙者の刀は不殺にして必殺なのである。
未だ奇声を上げ続ける下浪の片割れを尻目に、もう片方の下浪は震えながら捨て台詞すら残さず逃走した。
拙者が気絶した下浪の片割れを路地裏に投げ捨てていると、呆気にとられていた少女が声をかけた。
「あ、あの、お侍さん、危ないところを助けていただきありがとうございます。なんとお礼したらいいものか」
「例には及ばん。それよりケーキの方は無事か」
「いえ、先程絡まれたさいに全て踏み潰されてしまいまして···
お礼をしたいのですが、私お金も持ってないし、私のケーキなんか貰っても迷惑でしょうし···それに私のケーキみんなが不味い不味いって···私、誰からも必要とされてないんでしょうか···」
再び涙を溢れさせる少女。
どれ、拙者が元気付けてやるか。
拙者は息を大きく吸うと、叫んだ。
「未熟者めが!貴殿の覚悟や思いはそんな下浪の罵倒一つで揺らぐのか!
あんな有象無象の連中の言うことなんぞ恐るるに足らん!
他人の努力を踏みにじり
他人を下に見ることで己を慰める外道共より己の信念を信じて見せよ!」
彼女の瞳が大きく見開き、歯止めを失った涙が滝のように零れる。
それは悲しみの涙ではなく、喜びの涙だった。
「お侍さん、ありがとうございます!私、頑張ります!田舎のお母さんのために、彼氏のために、何より自分のために!」
···むぅ?
「貴殿、今何と申した」
「あ、聞こえませんでした?お母さんと彼氏、何よりのために頑張ろうって!」
「お主、彼氏がおるのか?」
拙者の手が震える。
「はい!これが三人目の彼氏なんですけど、ワイルドでえっちもすっごくうまいんですよ。彼ったら毎日私を押し倒して獣みたいに触ってきて、やんちゃだけどとっても可愛いんです。ヒップホップとボクシングが上手くてサーフ
(未婚の非処女···だと!?)
この世のどんな悪事をも越える、どんな聖人君子でも激怒するであろう狼藉に、拙者は憎しみと怒りを込め、刀を抜き、全筋力を使いフルパワーで刃を走らせた。
「切り捨て、御免!!!!!!!!」
「ぅ"ぁ"っ!」
拙者の怒りの刃に少女は腹から鮮血をぶちまけながらよろける。
しかし本来股から初夜に流すはずだった血をみだりに垂れ流した忌まわしき獣など最早人間ではない。
拙者はそのままフルパワーで刃を内蔵に到達させ全力でスライドさせることで内部機関を真っ二つにした。
声にならない声を上げながら崩れ落ちる少女。
(ヒロくん···ごめんね···私、日本一の
「回想不用!!!!!!」
虫酸と怖じ気が走るような回想を頭に刃を突き立て回転させることで脳髄をえぐりとり阻止する。
そして、少女だったものは物言わぬ死体となった。
と、そこにパトカーのサイレンが聞こえてきた。どこぞの下浪が通報したのだろう。
「チッ」
拙者は少女のケータイと財布を回収すると時速80キロで逃走した。
拙者の名はサムライニンジャ。
この世で最も嫌いなものは未婚の非処女である。