「閑話」秘密のデートの始まり
日光を遮る分厚いカーテンが印象的な部屋。 いつ誰を呼んでも良いようにきちんと整えてある部屋の隅に置かれている、膨らみを伴ったベッドから可愛い寝息が聞こえる。 その規則正しい寝息は時計が時を刻む音のような正確さで__
『ピピピッ、ピピピッ』
不快な機械音と共に現実に引き戻されるのはこの部屋の主人、瀬徒。 そんな音と共に静を纏う部屋も動き始める。
カーテンを引くと思わず目をそらしたくなる程に輝く太陽。その眼下に見える道路にはこれから労働に勤しむのであろうサラリーマンやOL達がどこか余裕なさそうに歩いている。
起床時刻は8時丁度、いくら高校から近くてもこの時間に起きたのなら遅刻は確定。曜日は月曜、祝日でも無い平日なのだが瀬徒には無縁の話、先日の狂宴_運動会の振替休日なのだ。 この緩やかな空間から見る大人達のせわしなさにどこか優越感を覚える。
せっかくの休日、先日の疲れも大いに引いてるだろう彼がわざわざ目覚ましをつけてまで起きたワケ、それは......
「はぁ......集合まで時間はあるな......久しぶりに身なりを整えるか」
休日の瀬徒はもっぱら引き篭もりで全くもって外にはでない、やるのはぐーだらと怠惰を謳歌するのみ。
未だ気力が上がらない肉体に鞭を打つために洗面所に行き、冷や水を顔に浴びせる。 微睡みも綺麗さっぱり消えて爽やかな顔つきになる。いつもは根暗変装も相まり”死人”と評される 肌も、素の容姿が合わさればさながら雪のように美しくみえる。
「__ワックスはいらんな、寝癖だけなんとかすれば良いか。」
鏡の前に立ち髪を弄る。いつもは黒いカツラで隠しているために鬱憤でも溜まってるかのように爆発している。整えるのにも時間が掛かりそうだ。 取り敢えずお気に入りの服を着飾り深呼吸、これから約束を果たしに行く__
「意外に先生剛胆なとこあるよな...... 」
幾ら手入れしても中々素直にならない髪の毛に悪戦苦闘しながらもなんとか諸準備を終え、人気の少ない街に繰り出す。車の往来すらなく自身の歩く音だけが静かな街のBGM。
集合10分前にはつきそうだ、デートのプランは先生に丸投げ、お金も負担すると言っていたのだが、それを鵜呑みにするほどに男は廃っていない。
いつかのバイトで得た戦利金を携え一応はお世話になってる先生に恩返しをしよう。実際のところ瀬徒の学園生活は彼女が握ってると言っても過言では無い。 最悪なのは彼女が敵に回ることだ、それは彼女自身が一番よく知ってること。 瀬徒も驕りが過ぎてたんだろう、”平穏”という心地の良いぬるま湯に浸かり過ぎて__それでいて教職者という彼女の立場に甘んじていたのだ。
デートの集合場所としても名高い広場、流石に平日っていうのもあり閑静だ。 そこにポツリと一人の影を捕らえる。
(早過ぎじゃねえか!? いや俺が遅れたのか?)
時計を見るがちゃんと定刻10分前、遅刻はしてないので非はないだろう。影に近付くにつれ甘い香水の匂いが鼻孔を突く。
「__おはようございます。早いですね」
携帯を眺めながら待つ彼女に緊張を載せた声色で声をかける。機嫌を損ねてないか気になる。
パッと顔をこちらに上げる。いつもより丁寧な化粧が印象的だ。
「あっ!ちゃんと来てくれたんだ!何かと理由つけてばっくれると思ったんだけど?」
「そんな不誠実な真似はしないですよーあははー」
お世話になった癖して休日執拗に鳴り響くメールや電話を無視していたのが脳内に蘇りついカタコトになってしまう。
「うふふ でもやっとデート出来て嬉しいよ? いや〜いつ見ても惚れ惚れするね 目の保養になるわ〜」
白いワンピースを着てその魅力的な肉体を控えめに披露しながらお淑やかに微笑む。正直かなり可愛い。大人の魅力も凄いのだが今の清楚さもまた良い。 驚きの二面性を併せ持つ、まさに魔性の女。
「そ、それで何で今日早かったんですか?」
「楽しみだったからかな〜?結局眠れなかったし? お弁当いつものよりも奮発したし楽しみにしててね!」
傍から見れば、仲睦まじい彼氏彼女の関係、 実際は生徒と先生の関係のだが......
「楽しみにしてますね!それでどこに行くんですか? 」
「ん〜この辺ぶらぶらしよっか?」
「__えっ?」
この辺? 学園にめっちゃ近いんですけど......
「ん?嫌だ? あんまし遠くだと楽しめないし...... あっ!今の生真君を”瀬徒”君と結び付けられる人なんていないよ?」
瀬徒の思惑を察し、大丈夫だと語るが__
「いや 先生は大丈夫何ですか? 多分ですけど会いますよ?生徒に......」
一番心配なのは先生の方だ、恐らく誰かしらの目に触れるだろう。 そして広められるだろう、悪意を孕んだ噂が。 だが瀬徒は気がつかなかった。彼女の真意に......
「なんかあっても貴方には迷惑かからないようにするわ。それに__今日くらい長くいても良いでしょ?」
そう腕を絡み華奢な身体に似合わないほどのロマンを押し付け腕を組んでくる。 やけに手慣れているなと思い顔を覗くと。
「......」
顔を赤く染め 恥ずかしがっていた。自分でやっておいて恥ずかしがるなんて......
「じゃあ 行きましょうか__葵さん」
互いにとって初めてのデート、ザワザワと木々が揺れる、陽に照らされながら笑う彼。そんな万人を魅了する笑みを浮かべられ顔に確かな熱量が宿る。
黄金の風が人生のページをめくり上げるのだった。
結構遅ればせながら、どうやらランキング10位を取ってたみたいです。 応援有難うございます。




