乙女たちの恋模様3
勇者様のアプローチを信じていなかったわけではない。差し出される甘い言葉や視線は、気恥ずかしくなるくらい本当のものだったし、それに揺らいでしまったのは一度や二度ではない。
でも絶対にその想いに応えることはできない。それだけははっきりしていた。梨沙はいい意味でも悪い意味でも現実を見ていた。おとぎ話のようなこの世界。見目麗しい勇者様と、優しい魔法使い様、色気と華やかさを併せ持つ踊り子のお姉さん、それから人形のような美しさを持った聖女。きっと自分は勇者様と結ばれることはない。踊り子のお姉さんか聖女様か、それともまだ見ぬどこかの姫か、きっとお話の最後に勇者は自分ではない誰かとハッピーエンドを迎える。飽きられる覚悟も、フラれる覚悟も、とっくに出来ていた。
それでも「話してみたい」とマリナに告げられた瞬間、心臓が縮こまった。こんなに早く、その日が来るなんて思ってなかった。指先が冷たく感じる。何を言われるのだろう、とマリナの次の言葉を待つ。
「マリナー!!ごめんね!待った?」
彼女が口を開いた瞬間、元気よく開けられる部屋の扉。中の様子にも気づかず楽しそうに入ってきたのは、同じく町娘の格好をしたレトラだった。彼女は梨沙に気付くと目を瞬かせ、それから嬉しそうに笑った。
「なんだ!リサもいたのね。ということは参加決定?」
「うん」
なんのことか分からない質問に、梨沙ではなくマリナが応えた。心なしか、二人ともどこかワクワクしている。
もしかして、二人そろって勇者様を諦めろと言われるのだろうか。友人だと思っていた二人にそれをされるのはつらい、と彼女たち二人に対して梨沙は泣いてしまいそうだった。
それから腕を引っ張られるままにメインストリートに戻ると、レトラから買い物のメモを渡された。十分後に集合ね、と言われ、放り出される。これが俗にいうパシリというやつだろうか。いや、マリナもレトラも、それぞれメモを片手にその場を離れたのだからそうではないと信じたい。
メモの通りの食材、魚と乳製品を手に入れて集合場所に戻ると、マリナとレトラは既に戻っていた。癖で謝ると、二人は待ってないよと笑った。
「ごめんねぇ。いきなり買い物に走らせて。さてと、あとはお酒ね」
それなりの重さの荷物を持ちながら三人で、酒屋さんへと移動した。
明るい女将さんが切り盛りする酒屋は、緑や青、様々なボトルが所狭しと並べてあった。レトラは楽しそうに女将さんに話を聞いてボトルを吟味していた。マリナは興味がないのか店先でそんな様子を見ていた。
そういえばこの世界に来てからお酒は口にしていない。特別好きという訳でもないが、嫌いなわけでもない。葡萄酒、リンゴ酒、あんず酒など、果実酒が多い中、琥珀酒と書かれた瓶を見つけ思わず手に取る。結晶のような六角形がデザインされたラベルをしげしげと眺めていると、レトラがその瓶を取り上げた。
「こら、アンタまだ飲めないでしょ」
「えっ?」
この世界の成人が何歳かは知らないが、梨沙はもう二十四歳になる。流石に飲めないということはないと思うのだが、一応聞いてみる。
「あの、レトラさん。何歳から飲めるんですか?」
「ニ十歳からだよ。向こうの世界では飲めたのかもしれないけど、こっちでは駄目だからね」
年長者らしく振る舞い、梨沙を嗜めるレトラにやっぱりかと思った。
おかしい。日本じゃ特別童顔に見られることなんてなかったし、どちらかと言えば年相応に見えると言われることが多かったというのに。十代に見られていたのを喜ぶべきか、悲しむべきか。
「レトラさん、私……二十四歳なんです」
腰を低く構えてそう言うと、案の定彼女は琥珀酒の瓶を落とした。それを難なくキャッチする。
「二十四!?嘘でしょ!?あんたレスリードより年上じゃない!!あいつ絶対リサを十八歳くらいだと思ってるわよ!」
「え!?勇者様年下だったんですか!?」
今度は梨沙がボトルを落とす番だった。
梨沙が落とした琥珀酒の瓶は一人冷静だったマリナがキャッチした。驚きを隠せないながらも、レトラがマリナから琥珀酒を受け取り支払いを済ませた。飲めるならこれも買おうと笑うレトラは頼もしかったが、リサだと女将さん売ってくれないから私が買うね、と続いた一言は本当に余計だと思う。
そんなこんなでお酒を購入してようやく気付く。これ、食事会なのではないのだろうか?
それに気づきレトラに聞くと、何を当たり前のことをと返される。よかった。これは体育館裏女子会ではなく、ただの飲み会であったようだ。ほっと胸を撫で下ろすと同時に、二人を疑っていたことを心の中で謝った。ごめんね、私が自意識過剰でした。