乙女たちの恋模様2
石造りのその建物の中は堅牢な見かけと違い、柔らかな温かい光で満たされていた。奥の方にはシンボルが掲げられ、その下では聖職者らしき人が動き回り、祈りを捧げる人たちはそこに向かって列をなしていた。彼らの手には水の張られた小さな杯があり、祈ったあと、その水をシンボルの描かれた大きな杯に捧げているようだった。それが教会の作法なのだろう。
それに倣い、教会の中にある水汲み場で杯を借り、水をいただく。そう込み合っていない教会を奥に進み、水を捧げる。つい癖で瞳を閉じれば、なぜか急に周りがざわめいた。
思わず目を開いて驚く。
「……リサ」
鈴を鳴らすような愛らしい声と、それに相応しい美貌を持つ少女が目の前にいた。真っ白な衣装を身に付け、奥の方から一般人が並ぶこちらの方に身を乗り出すようにする聖女。マリナ・リスリックが突然現れたことで、周囲の人々は次々に跪く。
「マリナ様!」
奥の方にいた聖職者の一人が慌ててこちらにやってきて、マリナを窘めた。
「リサ、奥に来てもらえる?」
窘められても顔色一つ変えず、彼女は梨沙を呼んだ。自分が行かなければ収集がつかなくなることを理解した梨沙は、頷いて見せた。
マリナと彼女を呼びに来た聖職者に案内されて教会の奥に進む。先ほどいた大きな広間とは違い、少し薄暗い。そして通された部屋はマリナの私室らしく、少女らしい小物と鉢植えの植物がたくさん存在する可愛らしい部屋だった。
「ちょっと、待ってて。着替えてくる」
マリナはそう言うと、右手の方にある寝室に消えた。
梨沙は椅子に腰かけて待つが、入り口のあたりで控えている聖職者にじっと見つめられて居心地が悪かった。何か言いたげな彼の雰囲気に負けて、梨沙は口を開いた。
「えっと、すみません。急に奥に通していただいて」
「あ、いえ。……大丈夫です。失礼ですが、どういったお方ですか。マリナ様のお知り合いのようですが」
どう説明したらよいのか、梨沙にも分からない。毎日のように一緒に昼食を食べてるとはいえ、直接喋ったことは数えるほどしかない。梨沙自身、まさか、マリナから引き留められるとは思っていなかったのだ。
「私、その、住民相談窓口の方で働いているもので」
「ああ。ということは、アルベリッヒ様に召喚された方ですか」
「!」
不審人物ではないことを証明したくて、職場を明かすと、聖職者は納得がいったらしい。驚いたのは梨沙の方だった。梨沙が異世界から来たことを秘密にしているわけではないが、大っぴらに話しているわけでもない。知っているのは、勇者一行と、王宮の一部の人、職場の人ぐらいだと思っていたのだ。
「通りで立派な魔力をお持ちの方だと思いました。その黒髪は染められたのですか?」
「いいえ。地毛ですけど」
「なんですって!?ますます素晴らしい!伝説だとばかり思っていた黒髪が本当に存在したとは!」
「黒髪が……?普通に通りを歩いている方の中にも黒髪の方はいらっしゃいましたよね?」
「あぁ。黒髪には類まれなる魔力が宿ると言いますから。魔法を志す者が縁起を担いで染めたり、ミーハーな連中が染めたりしているのですよ」
「そうだったんですか……」
「……これではこちらの方がよっぽど」
「ディルネ。もういい。下がって」
「……はい」
ディリスと呼ばれた聖職者は少し不満げに部屋を後にした。
いつもの真っ白なローブから着替えたマリナは、町娘たちと同じようなワンピース型の服を身に付けていた。少し変わっているのはその色が白や、可愛らしい色ではなく、真っ黒なこと。意外な選択肢に目を丸くしたものの、さっきの話を信じるなら黒は魔力を高めたい人にとって縁起がいいらしいので、そのせいかもしれないと考えた。
どちらにしろ、マリナがとびっきりの美少女であることに変わりはない。
「ごめんなさい。急に声をかけて」
「大丈夫ですよ。今日はお休みなので、特にすることもありませんし」
「そう……お休みなのね。それなら丁度いい。私、前から貴女と話してみたかったの。リサ」
小麦を思わせる金の髪。新緑のような若草の瞳をきらめかせ、マリナは初めて梨沙の前で笑みを浮かべた。