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公務員、異世界で勇者に求婚される  作者: 弥永 みき
異世界公務員、求婚される
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髪ゴムが切れました(中編)


 美味しいお昼に舌鼓を打ち、午後を乗り切る英気を養えたところで、梨沙は勇者一行に別れを告げた。

 勇者様たちは午後からまた旅に出るらしい。なんでも行ったことある地点までは魔法使い様の魔法でワープできるそうだ。だから彼らは、魔王城まで徒歩で戦いながら進め、その日の夜には王都に戻って休むそうだ。どうりで旅に出てるはずの勇者様が頻繁に窓口に顔を出すわけだ。

 ちなみにこの世界にも労働基準法のようなものはあるらしく、勇者様たちも週休二日が約束されている。


「ノルン、お疲れ様」

「お、リサ。オツカレサマ」


 カタコトでそう返す同僚に苦笑いをして梨沙は席に着いた。『お疲れ様』はこの世界にない単語なんだそう。日本に比べればこの世界の仕事は、ほとんどないと言ってもいい。最近こそ、勇者が来るということで賑わっている窓口だが、それ以前は全く人が来ない日もあったらしい。それでも口癖で使っているとノルンも面白がってその単語を使うようになってしまった。

 そんな住民と政府とを繋ぐ窓口を担当しているのは、梨沙と目の前の青年ノルンだけ。梨沙と同じく二十代前半の彼は、人好きがする笑顔の持ち主で、住民からの評判がいい。若い女性の中にはぜひノルンに対応してほしいという人もいる。よっぽどのことがない限り、誰が応対するかは運なので勘弁してもらいたい。


「大丈夫だった?」

「うん。特になにもなかったよ。エメルダさんが二人でどうぞってお菓子くれたから、人がいないときはお茶しよう?」

「そうしましょう」


 エメルダは小奇麗な奥様で、ある一件の相談で知り合って以来、リサとノルンを気に入って差し入れをしてくれる。素朴な焼き菓子は、いくつかのハーブを混ぜているらしく、香りがいい。さっき昼食をとったばかりなのに、美味しそうに見えてしまうのは仕方ない。


「今は人の波も落ち着いてるし、リサはボックスの整理と回答お願いしていい?」

「はーい」


 以前の世界なら電話、メールでの問い合わせも多かったのだが、この世界にはそういうものがない。直接ここに来るしか方法がないというのも住民に優しくないと、手紙による問い合わせも開設したのだ。お昼の配達で届いた手紙を回収して、一つ一つ開いて確認する。要望であれば、それを考慮しながらよりよくしていくべきだし、質問であればそれに返事を送らなければならない。

 よくお役所の人間は突発的な出来事に弱いと言われるが、それは半分正解で、半分間違っている。公務員という人種は突発的な出来事に弱くて、それでも強いのだ。


「えっと……」



お給料上げてください

休みください



 このあたりはまだ序の口。それはここに相談しても直接どうにかなるわけではない。もちろん、こういう要望がありますと、奏上はする。相談に応えられないのは苦しいこと。心の中でごめんと謝る。


 父親が帰ってきません


 警察に届けてください。



今日の晩御飯のメニューが決まりません


マッシュポテトとチキンのトマト煮込みなんかいかがでしょうか



たぶん今日中には届かないだろうと思いながら手紙をしたためる。明日か明後日の晩御飯にでもなるだろう。


 勇者様に恋人はいますか?


可愛らしい文字で書かれた手紙になんと返事をしようか。まさか、相談所の職員が結婚を迫られている、なんてことは書けるわけがない。

 十通ほど返事を書いたところで一息つく。丁度ノルンも訪問客の切れ目だったらしい。お茶にしようと二人で頷いた。


 この世界に感謝したことの一つはコーヒーと紅茶が存在したことだ。食べ物だけはほとんどむこうと変わらないようだ。紅茶党の梨沙に合わせてくれるノルンに感謝しつつ、紅茶のためのお湯を沸かす準備をした。電力など存在しないこの世界ではお湯を沸かすのにも魔力を使う。


「今日こそって思ってるでしょ」

「あたり」


手のひらに力を込めてケトルに向ける。師匠でもあるアルベリッヒの言葉を思い出しながら魔法の流れを感じた。


「……ダメみたい」

「ふふ、俺がやるよ」


なんの音沙汰もないケトルを軽く睨みつける。睨んでもどうにもならないことは分かってはいるのだ。ノルンが手のひらを向けると、ケトルは素直に湯気を吹いた。攻撃や回復を行う魔法は稀有だが、この世界の住人ならこれくらいの魔法は日常的に使える。それができないのが悔しくないわけがない。

魔力は潤沢なのにそれが表に出ていない、というのがアルベリッヒの見解だ。フォローはありがたいのだが、魔法が使えなければ不便なのも事実。気は短くないほうだができるだけ早く、魔法を使えるようになりたかった。


「お湯湧いたよ。リサ淹れてくれる?」

「もちろん」


 ポットにお湯を注ぎ、茶葉を蒸らす。紅茶の色が出たことを確認して、梨沙はマグカップに紅茶を注いだ。その間にノルンが焼き菓子を皿に並べた。

 スパイシーなクッキーにはミルクティーが合う。自分の分にミルクを注げば、ノルンが「俺も」と強請った。彼の分もミルクを入れて、少し奥まった場所にあるテーブルに置いた。


「……髪、綺麗だけど、食べるときは邪魔じゃない?」

「邪魔で仕方ないわ」


 お昼も思ったのだが、髪を下ろしていると本当に食べ物が食べにくい。少し下を向いただけでさらさらと肩から流れる黒髪はかなり厄介だ。


「簡単にで良ければ俺が結ぼうか?」


 どこからか髪紐を取り出してノルンが小首をかしげた。その言葉に甘えて彼に髪をまとめてもらう。髪ゴムとは違うけれど、ゴムより締め付けがきつくなくて、頭が痛くならない気がする。

 思ったより楽なことに驚いて、梨沙はノルンに礼を言った。


「ありがとう。せっかくだから終業まで借りててもいい?」

「ん。いーよ。ていうかなんならあげるよ」

「いや、さすがにそれは……もらっても私結べないし」

「練習にでも使ってよ」


 照れているのかほんのり耳が赤い。彼が若いお嬢さんからの御指名が多いのもよくわかる。ノルンの心遣いが嬉しくて、梨沙は微笑んだ。


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