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公務員、異世界で勇者に求婚される  作者: 弥永 みき
公務員、勇者、それから魔王
18/19

公務員の矜持



 勇者の英雄譚に、魔王ほどかかせない存在はない。悪逆の限りを尽くし、人々を困らせ、最後は勇者に倒されるべき存在。

 実のところ、梨沙は魔王という存在を信じていなかった。魔王を倒すという使命を持った勇者一行の魔法使いに召喚されたにも関わらず、いまいちその姿が思い浮かべられなかった。世間に流れる魔王像もあやふやなもので、モンスターのようだとか、絶世の美男子だとか、老人だとか、噂話だけが広まっていた。唯一はっきりした情報は血のように赤い髪を持つということだけ。しかし、その姿を見た人は誰もいないという。夢か幻かのような話を到底信じることなんてできず、梨沙は国がわざと不安を煽っているのではないか、とさえ思っていた。

 その魔王が、目の前にいる。紅い髪は噂通りだったが、それ以外の噂は何も当てはまっていない。異形のモンスターではないし、老人でもない。正しく、彼の見目を表現するなら、少年と呼ぶのが正しいだろう。十五歳ほどの、華奢な少年。けれど、その表情は、大人びていて整った顔に不思議な陰を落としていた。

 国中から恨まれ、勇者たちがずっと追っていた相手、それがルーカスであることに呆然とした。まだほんの子供じゃないか。


「貴方が、魔王」

「そう。あとはなんだっけ?ここはどこかっていうのと、なぜリサを攫ったかってこと、だよね」


 椅子にどっかりと座りなおして、ルーカスはまたぱちんと指を鳴らした。今度は積まれた本の隙間から一枚古びた紙が呼び寄せられる。それを机の端に広げ、梨沙の方に向けた。

 ところどころ虫に食まれた紙は黄ばんでいたが、うっすらと見える線はこの国を模っていた。その東の一点を、日に焼けていない青白い指が差した。


「ここが現在地で僕の家。梨沙がいたのが中心地だから、結構離れてるね。歩いていけるような距離ではないから、不用意に逃げ出すと逆に危ないよ」


 ここには呼んで助けてくれるような人もいない。出てくるのは獣ばかりだと説明した。

 少なくとも地図一枚に収まる範囲に魔王がいたことにも驚く。ずっと遠く離れた地で、それこそ難攻不落の城にでも住んでいるのかと思っていたが、存外近く、居心地のよさそうな屋敷に住んでいたなんて。


「あとは君を攫った訳、か。それが一番答えにくいんだけど……端的に言うのならば、僕が殺されたいから、かな」


 なんてことないように、そう言った。

 梨沙の髪を切ってしまったことに対して、あんなにも申し訳なさそうな顔をしていたのにも関わらず、ゴミがゴミ箱に捨てられるように、自分の命は殺されてしかるべきだという風に考えているようだった。まるでそれが当たり前であるかのように。


「なんで……そんなこと」

「魔王は勇者に倒されるべきものだよ。君も分かっているだろう?」

「私は、そんなこと」

「理解していなくてもいい。そういうものなのだから。それをあの勇者は」

「……?」


 言うことを聞かない生徒を嗜める教師のようなしかめっ面で、ルーカスは一息に吐き出した。


「まったく、どうなっているのやら。勇者には、魔王を倒そうとする気配がない」

「……苦戦しているのでは?」

「まさか!僕は彼に対して何もしていない。早く殺されたいのだからね。統制も効かないような下っ端が喧嘩を売ることもあるだろうけど、そんな雑魚に苦戦するわけがない。だから、なにか理由があるのだろうと思った」


 その話が本当ならば、梨沙にはその理由に一つだけ心当たりがある。ダンジョンに赴いては、毎日国に帰ってきていた勇者たち。目的は、食事をしたり、相談窓口に押しかけたり、人助けしてくれたりと様々だが、その中心に誰がいるかなんて梨沙には分かり切っている。これが理由なのだとしたらあまりにも馬鹿らしい。


「自分の口から言いたくはないですが、……私、ですか?」

「僕も最初は君だと思ったよ。でも君じゃなかった。確かに理由の一つではあるんだろうけど、一番じゃない」


 自分でも知らずに梨沙は胸を撫で下ろした。それと同時に自分を恥じた。

いつのまにか勇者たちに勇者であることを望んでしまっていた。大きな役目を持った彼らに、その役目に相応しい人物であることを期待してしまっていた。自分だけはフラットに接しようとしていたはずなのに、『勇者』を特別な存在だと、心のどこかで思っていた。

結局自分は、勇者を勇者としか見てないじゃないか。彼は、勇者である前にレスリードという一人の人間だというのに。


「君は鈍いんだか、繊細なんだかわからないね。君が一番の理由であることにショックを受けるどころかホッとしているように見えるよ」

「その通りです。ところで……一番の理由って」

「さぁね、仮定だけど、彼らは、僕を殺したくないんだと思う」

「それは……あなたが『リスリック』であることに関係しますか?」


 そう問うと、ルーカスは出来の良い生徒を見たように黒い瞳を輝かせた。梨沙の質問を興味深そうに聞き、ワインを飲むときのように、じっくりと時間を掛けて答えを吟味した。


「そうだね。ここからは、君の考えを聞くとしよう」


 かの有名な名探偵のように、ソファーにどっかりと沈み込み、目の前の人物の一挙一動を見逃さないようにじっと見つめた。ただの少年だ。けれどただの少年ではない。

 今の梨沙のやるべきことは彼から情報を引き出し、見つからないパズルのピースを埋めること。ぐっと背を伸ばす。

まっすぐ胸を張れば、理不尽な市民にも、目の前の魔王にも立ち向かっていける。それが日本人なりの精一杯の虚勢だとしても。

 それがきっと彼らの助けになると信じて。



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