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公務員、異世界で勇者に求婚される  作者: 弥永 みき
公務員、勇者、それから魔王
16/19

二人の少女



 エドワード・ユカナ・テルエンス。

見知った人物の弟であることを理解して梨沙は狼狽えた。


「勇者様の弟さんだったんですね……!」

「え、気づかなかった?」

「似てらっしゃるなとは思ってましたが……」

「兄ちゃんから悩みがあるならここに行けって紹介されてきたんだけど」


 不思議そうな顔をしているエドワード。素直な少年にこんなことを吹き込んだレスリードには一言言ってやらなければならない。今日のお昼は覚えてろ、と決心する。

 それにしても、大変なことを知ってしまった。マリナの想い人がエドワードであることは知っていた。しかしエドワードがリアナという少女を探してる__涙を流すほど特別に思っている少女がいる。いっそ誰かに……レトラに相談したいと思ってしまうが、業務上知り得たことを話すことなどできない。梨沙は誰にも話せない秘密を持ってしまった。様々のことが複雑に絡まり合う秘密。マリナが顔を歪ませる姿が頭をよぎった。




 エドワードを入り口まで送り出し、そのまま昼休憩に向かおうとしてノルンに呼び止められた。渋い顔をしたノルンは梨沙の手を掴み、応接室まで引っ張る。

 梨沙を椅子に座らせると、エドワードをもてなしたように温かい紅茶を置いた。


「顔色が悪いよ。一杯だけでも飲んでいくべきだ」

「ノルン……」


 厳しい表情ながら、ノルンが呼び止めてくれた理由は優しい。その厚意を受け取り、一口、こくりと喉を鳴らして紅茶を含んだ。ほろ苦さの中にある柑橘のさわやかな香り。その香りごと飲み込むと、お腹の底から温まる。梨沙の一番お気に入りのフレーバー。


「……ありがとう。紅茶入れるの上手になったね」

「……君が紅茶好きだからね。俺は好きな人に染められるタイプみたいだ」


 ようやくノルンの顔がほころんだ。クスクス笑うノルンに梨沙も笑みが零れる。住民相談所の先輩として、同僚として、こんなにも頼もしい人はいない。勇者たちと同じか、それ以上に、ノルンは梨沙を支えてくれた人だった。


「秘密をね、抱えてしまったみたい」

「秘密……?」

「誰も悪くないのに、誰かが傷ついてしまうかもしれない」


 難しい話だね、とノルンは瞳を伏せた。他人の秘密は、時に自分の秘密よりも重くのしかかる。それを肩代わりしてもらうこともできないし、明かすこともできない。

 その秘密がいつの日か、秘密じゃなくなる日まで、梨沙には待つことしかできない。


「俺にはその秘密とやらをどうにかすることは出来ないけど、紅茶くらいだったら、淹れてあげられるよ」

「ふふ、それで十分」


 紅茶を飲み干して席を立つ。すっかり身体は温まった。優しさと温かい紅茶に。


「お昼に行ってくるね」

「うん。行ってらっしゃい。……リサ、一つ言っておくけど……冗談ではないからね」

「え?」

「弱ってる君に付け込む悪い男だって思う?」


 さっきの発言を指して言っていた。素直に受け取るのなら、ノルンは梨沙に好意を抱いてるということだろう。

 それにどう答えていいものか、梨沙は口ごもった。

 ノルンのことは嫌いではない。けれど、簡単に「はい」と答えられるものではない。なにより、梨沙は元の世界に帰らなければならないと思ってた。だから、返さなければならない答えは決まっている。


「今は、考えられない。ごめんなさい、ノルン」

「……いいよ。簡単にYESがもらえるなんて思ってない」


 言外に諦める気がないと告げたノルンは、愛しそうな顔をしていた。申し訳なさで顔が見れない。梨沙は逃げるように部屋を出た。







 間の悪いことに、いつもの大衆食堂にはレスリード一人しかいなかった。ノルンのこともあって顔が合わせづらいが、彼はそんなことを知る由もない。ふさぎ込む梨沙を元気づけようと、彼は太陽のような笑顔を浮かべた。


「珍しく元気がないですね」

「……頭の中がぐちゃぐちゃなんです」

「ああ……エドワードが来ましたか?」

「……」


 そう、そのことで文句を言わなければいけなかった。窓口で相談する前に家族で話し合うべき問題だ。口を開こうとして、頭がストップをかけた。もし、レスリードがエドワードの相談内容を知らなかったら?マリナの想い人を知らなかったら?

 

 固まった梨沙に、レスリードはキュッと眉根を寄せて、小さく吐いた。


「エドのこと、分かってますよ。でも私にはどうにもできない。リサ殿にご迷惑をかけているとは思いますが、弟のこと、よろしくお願いします」

「……そういうとき、真面目になるのは反則ですよ」

「いつだって真面目なんですよ?」


 不満そうに勇者様が口を尖らせた。いつもと変わらないその態度に、心が軽くなる。

 少なくともこの秘密を抱えているのは自分だけではない。それならできる限り、エドワードの力になってあげたかった。そう割り切る。

 今はエドワードのことだけに集中しよう。たくさんのことを同時に考えられるほど器用な人間ではないのだから。

 梨沙が晴れやかな顔をしたことに、レスリードも安堵する。困った顔も怒った顔も見てみたいけれど、愛しい人が笑顔でいてくれる方がずっといい。






「リサ、残るの?」

「うん、ちょっと調べたいことがあって。ノルンは先に帰ってて。戸締りも私がやるし」

「そう……?」


 ちょっと強引にノルンの背中を押し、梨沙は彼を帰した。今日の終業後からリアナについて調べようとしていたので、ノルンには悪いが人目はないほうがいい。誰もいなくなった住民相談窓口はがらんとしていて寒々しい。昼間は活気がある分、やけにその静けさがこの場所を知らない場所のように見せていた。


「さて、探さなきゃ」


 まずは普段相談を受け付けている窓口付近の戸棚から手を付けた。嘆願書や、各種申し込みの書類。筆記具が置かれている棚の中から、このあたり一帯の住民の情報がまとめられた冊子を取り出した。地区ごとに分けられている住民の中から、リアナが住んでいた森が含まれているディアンドール地区のページを開いた。三年分の情報しかのっていないその冊子には、リアナという少女の名はない。

 十年前に行方不明になった少女がこの台帳に乗っているとは梨沙も思っていなかった。あくまで可能性を潰す意味で開いたに過ぎないが、少なくともエドワードの勘違いだというのは無くなった。

 

 次に向かったのは相談所の地下にある資料室。コンピューターで一括管理ができれば苦労はないのだが、この国での情報は基本的に紙だ。埃っぽい資料室に一人の足音がコツコツと響く。行方不明者捜索願。引っ越し届け出。関係のありそうな冊子を抜きとり腕に抱えて奥の机の上に置いた。あとは十年前の住民情報が書かれた冊子なのだが、それ以外の冊子はすぐに見つかったというのに、目的のものが見つからない。他の冊子も含め、資料室は整理整頓されている。この明らかに不自然な『抜け』を見落とす梨沙ではない。

 誰がなんの目的でなのかは知らないが、こうも不自然に穴があると何かを隠したかったのではないかなんて、邪推をしてしまう。

 そして、探しているものはまだこの資料室にあると梨沙は確信していた。一冊だけないなんて、梨沙が疑っているように、いつ他の職員に疑われてもおかしくない。これが紛失なら大問題になる。だから、まだこの部屋の中に、極力見つからないように__もしないと分かっても「あ、そこにあったのか」という程度で収まるように隠してあるはずなのだ。

 そうなれば、隠す場所は見当がつく。

 二重に置いてある本の奥か、高い棚の一番上にある木箱の中か、それとも表紙と中身が違う細工がされているか。


 運のいいことに探し始めて一時間もしないうちに求めていた冊子は見つかった。二重に置いてある本棚の奥、ご丁寧にカバーと中身が違う二段構えだった。

 ディアンドール地区のページを開き、目的の少女を探した。ページを捲るたびに心音が高鳴る。なにか見てはいけないものを見ている気がする。誰かが奥深くに閉じこめておきたかった情報。

 また一枚、ページを開き、リアナという名前を瞳が捕らえ、梨沙は息を飲み込んだ。


 リアナ・リスリック 死亡


 たった一行の情報が梨沙の疑念を膨らませる。

 教会の守護のもと勇者一行に参加した聖女、マリナ・リスリック。彼女の想い人であり、勇者の弟、エドワード・ユカナ・テルエンス。彼の探し人、リアナ。

エドワードは苗字は知らないと言っていたが、まさか彼女の苗字がリスリックなんて。


リスリックの姓を持つ二人の少女。


なにかが決定的に食い違っている。思った以上に大きなことが隠されているのかもしれない。


底知れない恐怖を感じて一歩後ずさると、人の気配に空気が揺れた。梨沙一人しかいないはずの室内に感じる他人の気配。問いかけたいのに、声が思うように出ない。


「そこまで辿りついちゃうか」


 少年のような声だった。咎めるでもなく、純粋に梨沙がこの情報に辿り着いたことを褒めているようだった。その無邪気さが逆に恐ろしい。相談窓口はとうに閉まっていて、職員も存在しないこの場に入り込んできた異分子。

 覚悟を決め、その人を確かめるべく振り返ろうとして、焼けるような感覚が首に走った。何束か髪が切れたらしく、パサパサという乾いた音が鳴った。頭が真っ白になる、その瞬間に侵入者は困ったような声で「ごめん」と呟いた。


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